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JACKET フリーワンライ企画

新・鏡地獄

 俺が目覚めた時の光景は、眺めるも悍ましい永遠の地平に連なるギュウギュウ詰めの人間の山だった…

 それは山とは言っても比喩でしかなく、むしろ永遠に連なるギュウギュウ詰めの群衆の宇宙といえた。

 つまり、上下左右の全方位に広がった人間どもの無限の情景だったのである……


 そしてそれが反転させたマジックミラーの水槽に詰められているのではないかという推理に達したのは少し経った後の事だった。

 つまり水槽の六面はことごとく鏡となっているために、この無残に詰められた俺やそれ以外の人々の群れが、途方もなく無限の遠方にまで達していたのであった…


「まるで乱歩の鏡地獄だ」


 俺は歯がゆさをブチまける方法を持たぬ現状を悔しく思っていた。


 それが単なる鏡バリの巨大な容器ではなく、どうしてマジックミラーであると推理されたのか…それは、その境界に詰められたひとりの青年に見覚えがあったからだった。

 彼の胸ポケットには一輪の赤いカーネーションが刺されていた…


(ああ…あの時…まっとうな気持ちを持ってさえいたのなら…)

 俺の後悔は即ち懺悔でもあった。 


 カーネーションを刺した青年は、いかにも隅に押し込められた恰好で、苦しそうにしていた。そして、そのマジックミラーであろう平面に頭を押し付けられていた、彼は恐れを抱いたような表情でその奥をじっと眺めていた…


(彼はこの外をきっと眺めているのだろう。)


 彼の外には何があり、誰がいるのだろうか?

 俺達は憐れな実験台であり、生贄であるのだ。

 その目的がなんであれ、外側からは透明に写るマジックミラーの裏側の壁に押し込められた生贄どもを、ニヤニヤと厭な笑い方で侮蔑しているに違いない…

 俺は腹が立ってしょうがなかった。


 青年は、ある時、より恐怖を抱くように青ざめていった。そして、彼の隣にいる人間へと耳打ちをした。


 ヒソヒソ…ヒソヒソ…


 それは一気に伝播していった。

 彼は何を伝えたのだろう?この奇妙極まりない伝言ゲームの発起人は…


 そして俺の隣りの男が口ずさんだ言葉は、あまりにも不可解で、この危機的状況には全く似つかわしくない言葉だった。


「バラ…」


「薔薇?」


(何だ!何だってんだ!!)


 しかし、その言葉は憐れにも俺を堺に潰えてしまった…


 閉じ込められた地獄の中の…唯一の光であるはずの…そのたった一語すら…俺を堺に消されてしまった。


 つまり、俺を境にした以降の人間達はみなことごとく、夢現の状態に立たされてしまっていたのだ。こいつらに伝えるまともな言葉なんてなかった。

 そして俺自身、どうしてこうも冷静でいられたのかが不思議でならなかった。


 下方…方向感覚のないこの世界で上方も下方もあったものではないが、恐らく逆さになった俺の…下方から、何やら怪しげな感覚を感じられてならなかったのである。


 そして!


 クスクスクス…クスクスクス…


 皆が示し合わせたように、一斉に笑い始めたのである。

 

「笑気ガス?」


 しかしそれの咄嗟の一言は、増々倍加していく群衆の笑い声に見事に掻き消されてしまった!


(このまま眠っちまうのだろうか…)


「こんな修学旅行は厭だ…」


 俺は呟いた。

 修学旅行の夜、ギュウギュウに水槽に詰められた哀れな生徒たちは、迫っ苦しい圧力の畑で、おどけて枕を投げ合ったり好きな人を告げあったりしなければならないのである。


 俺は最早、夢うつつにあるのか?

 青年を見詰めている。

 彼は街中で見かけたのだ。彼は俺のことを覚えてはいないだろう、単純に俺が覚えていただけで。


 そう、その日…恐らく夜が明けて昨日のことだろうが、その日は母の日だった。

 青年はカーネーションを胸に刺していた、恐らくこれから母親孝行をするんだろうな…


 俺はその光景を偉そうにも侮蔑して見過ごすばかりだった。

 忘れもしない、俺はなけなしの千円で、母の日フェスティバルと謳われたワケのワカランパチンコ店のその日のイベントで、運良く大フィーバーを起こして、どうにか食いつなげる状態にあったのだ。


 普通の人間ならば、その母の日に感謝して、カーネーションの一輪でも買うに違いないが、その日の俺は、あろうことか普段と何も変わらずに夜の街にて豪遊する以外の選択肢を持たなかったのだ。

 俺は堕落した人間だった。


 可愛い女の子の大勢いる店に俺は入った。

 正装した若者に案内されて店内の廊下を歩いていく…  そして扉を開いた。

 

 そこは…バーカウンターのひとつだけある小さな場末のバーであった。


「おかしいぞ…」


 店外には大勢の可愛く着飾ったお水のオンナ達が貼られていたというのに…騙されたか!


 店主が俺を見ている…

 その視線があまりに強いものだったから、俺は仕方なく一杯だけ飲んで帰ることに決めた。


「ビールを」


「……」


「聞こえないんですか?」


「あいにく…こちらしかありませんで」


 店主は高そうなグラスに注がれたカクテルを差し出した。


「カクテル…ですか?」


「モヒートです…ラムベースのカクテル…ミントの香りを抽出しています」


(カクテルか…俺はそんなやわな酒は飲まないが…しょうがない、付き合ってやろう)


 俺は一口飲んでみる…


「……」


「いかがでしょう?」


「…う…うまい…」


「ええ、特製レシピですから…美味いに決まっていますよ」


(こんなに美味い飲み物を…これまで知らずにいたなんて…)


「あなたは初めてですね?」


「ええ…表は全然違っていましたよ、騙されたかと思いました」


「そうですか。ここにはいろんな方がおいでになる…それこそ著名な方々が…」


「いわゆる…お忍びの店ってやつですね」


「ええ…いかにも…」


 それから店主は口を閉ざしてしまった、そして俺の方も。


 どれくらい時がたったのだろうか?

 俺は一杯のドリンクを…ちびちび飲んで時間を味わい尽くしていた…

 

 カラン…


 そしてグラスは空になった。


「いい時間を過ごさせて頂きました、ありがとう」


 俺は席を立とうとした…しかし…店主は相変わらず固まったまま動こうとしなかった。


「どうしたんです!店主、店主!」


 ミントの匂いがしている…ここは何だ?現実ではない世界なのか?ここは…一体……


「どこだってんだ!!」


(はっ…)


 俺は目を覚ました…俺はギュウギュウ詰めの状態で、隣りの男の体に、俺の頭を押し付けられていた。

 その男の体からは、香水の匂いがした……


(ミント…モヒートの正体は、彼の香水だったのか…俺は…気を失って夢を見ていたんだ…)


 皆…寝静まっていた…ひょっとして…コイツラ、全員、死んじまったのか…


 未だに広がる永遠の肉世界……


 気を保っているのは…たったひとり…俺ひとり……


 孤独。

 

(何物にも感謝を持たずに暮らし続けたこの人生への罰だというのか?俺は地獄の門で裁かれた、地獄の住人にでもなってしまったというのか…)


 キラ…


 光るものがあった…

 それは…光ではなく…闇--


 地獄を射抜いた宇宙線は、余りにも太い黒。


 目が合う…青年だ!赤いカーネーションの青年!

 

 彼ひとり、俺以外で正気を保った者。

 街ですれ違った俺と彼の二人だけが、何の因果か、この狂った世界で唯一マトモを保っているなんて。


 そして、青年は、力一杯に…拳を振り下ろした!


 風圧!!!!!!!!

 バリーーーーーーーーーンンンン!!!


 割れた!すべてが…割れた!

 俺たち地獄の住人をギュウギュウに閉じ込めた、地獄の城壁を彼の細い拳が……


「破った!」


 

 宇宙…


 透明な立方体から次々に吐き出されるものがあった…

 宇宙塵?

 否、人間だ!

 その巨大な水槽からは…次々に…ギュウギュウに押し込められて詰まっていた憐れな人間どもを、吐き出し続けるのである……


「ああ…やっと解放される…」


 俺はそう、宇宙空間を漂いながら呟くだけだった…… 

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