災星
まえがき
余興で御座います。夏休みの。
きちんと最初から最後まで読むと面白いことあるかも(ないかも)。
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――通話を開始する。
OK、把握した、ミスター×××。確認だが、この動画は見えているかい?
よし、見えているな。なら良い。
では少しこの写真を見てくれ……添付してある奴だ。
良いかい? どれだか分かったか?
この手紙の束は、とある女性から提供された貴重な資料である。この出来事の記録の中で唯一、当事者が出来事を記録している物である。
また、手紙の筆者は女性の弟であることを、ここに明瞭にしておく。
では、資料を読んでほしい。
――言われて私は添付ファイルを開き、中に入っていた数枚の写真に目を通した……。
◇
三月二十四日付け
ハロー、ハロー。姉さん。この手紙は届きましたか?
お元気ですか。僕は勿論元気です。
里を離れてから早くも一年が経とうとしています。こちらの暮らしにもすっかり慣れて、日々を楽しく過ごしています。
つい最近も、お隣さんに隕石が突っ込んで、一人が家もろとも爆散したそうです。あとで見に行ったら、大きなクレーターが出来ていました。
……ああ、安心してください! お隣さんといっても、距離は一キロほど離れていますから……何といっても、ここはそちらに比べて田舎ですしね。
明日は我が身って言いますからね。少し怖くもありますけれど、派手なのは良いことです。漫然と日々を過ごし、靄然とした空気に使っていては、蓋然的にだらけてしまいます。あ、必然じゃないですよ。
そうそう明日は我が身と言えば、一日一盗みをモットーにしていた木村さんが、遂に泥棒に入られたそうですよ。
何でも、帰宅すると家が家ごと消滅していて、土地の所有権も一緒に盗まれたとか。駭然としていましたね。
で、昨日くらいにいつの間にか土地が売りに出されていたそうで。今は路上でテント暮らしをしていますね。ここの夜は冷えるんだけど、大丈夫かなあ。
冷えるといえば、坂本さんの所は本当に大変そうですね。前にも報告しましたが、今はそれにも増して大変な事になっています。
今までは冷蔵庫が壊れたせいで水が冷蔵庫からしたたる程度だったらしいのですが、最近冷凍庫も亡くなったらしく、家が氷漬けになってもう三ヶ月が経とうとしています。パキパキです。
いや、あの家は元家長が鬼籍に入ってからまるでダメですね。全く不測の事態に対応できていない。
今は一家纏めて氷の中に閉じ込められているようですが、どうするつもりなんでしょう? 実に気になります。
みんなはかき氷にしようとか好き勝手言っていますが、とんでもない! どうしてピックで砕いて酒に入れる、この発想が無いんでしょうか。
さて、今回の報告はこれくらいですかね。
来たばかりの頃は連続殺人やら放火やらと騒がしかったここもかなり落ち着いてきています。
姉さんもここに来られては如何でしょう? お返事待ってます。
四月三日付け
ハロー、ハロー。姉さん。この手紙は届いていますか?
僕の周りは近頃段々と慌ただしくなってきました。
なんでも、蚊が新しい疫病を媒介しているようで。どうもその症状というのが、口の周りを中心に沢山の青い痣が出来ると云うモノらしくて。
まだ僕はかかっていませんが、この地域の半数くらいは感染しているようです。死に至るかは……分からないですけれど。
もう青い痣が全身に回っている人も、いるそうでして。
何か分かり次第、随時報告します。今日のところは、この辺で。
くれぐれも、お身体に気を付けてください。
四月八日付け
ハロー、ハロー。姉さん。この手紙は届いていますか?
数日前に報告した病気ですが、遂に死者が出たようです。全身青くなって死んでしまうとか聞きました。
治療法は当然、未だに確立されていません。
もう皆はよほど用心して外出を控えています。つい数週間前の活気が、ああ、嘘のようです。
まだ僕は感染していませんが、いつ感染するとも分かりません。里が恋しいです。
姉さんに会いたいなぁ。
寂しいです。
四月十日付け
ハロー、ハロー。姉さん。この手紙は届いていますか?
この二日間で沢山の人が無くなりました。道路には死体が行き所もなく捨てられていて実に不快です。
そして、実に悪い知らせです……書くことを迷いましたが……とうとう僕も、感染してしまったようです。今朝鏡を見たときに気が付きました。
致死率は何%なのでしょうか? 分かりませんが……相当に高いかと。
ああ、怖いです、姉さん。どうか側に……!
四月十三日付け
ハロー、ハロー。姉さん。この手紙は届いていますか?
最早全身に痣は回りました。死ぬのも時間の問題でしょう。
不思議と痛みなどはありませんが、身体中から力が漏れているような感じです。
ニュースでは生存者は二週間前の一%を切ったと伝えています。致死率はほぼ百%。
生きることは既に諦めています。
でも最後に……姉さんに会いたかったなぁ……。
四月十四日付け
ハロー、ハロー。姉さん。この手紙は届いていますか?
どうやら、お別れのようです。この手紙を書く手も震えています。身体は最早ベッドから起こすことすら出来ません。
ここ……火星に住み始めてから、一年。やはり住むのに反対した姉さんは正解だったようです。
ごめんなさい。
ここ、火星の別名は、災星。災いの星……。
ここが荒れていたのはきっと、そのせいなのでしょうね。
ニュースでは、この星に殺虫剤を蒔き、そして新しく移住を始めるそうです。
ここが安全になる日が、いつかきっと来ます。そのときは是非、僕の死体を地球に返してやってくださいね。よろしくです。
では、さようなら。
また、来世で、お会いしましょう。
◇
――読了した。
OK。把握した。では、話を続けるぞ。
そして、この手紙の筆者の死亡日時は四月十四日。その僅か三日後には、火星に人間の生命反応は無くなった。つまり筆者は一連の出来事のほぼ一部始終を観察していた。その点でも、この資料は有意義である。
火星には殺虫剤が蒔かれ、蚊も全ていなくなった。
それから、数ヶ月がたち、新しく住居を建設する際に、とある家を包み込んでいた氷の中から奇跡的に身体を全く損なっていない一家三人が発見される。
それどころか、彼等は冷凍保存、コールドスリープのような状態にあったため、息を吹き替えした。
そして今日の本題はこの一家についての話なのだが……。詳しくは、別に添付しておいた写真を見てくれ。
――私はおもむろに添付ファイルを開く。添付ファイルの題名に私は見覚えがあったが、大した問題でもない。特に気にも止めず、通話に戻った。
添付ファイル1:手紙.ztp
添付ファイル2:坂本家.ztp
あとがき
どうも伊坂倉葉です。余興でございます。何の余興か? 夏休みの余興です。ゆえにこの小説、あまりストーリー性も無ければショートショート的オチもございません。
なのにあとがきまで読んでるあなた。物好きですね……、驚きです。
知ってるかも知れませんが、火星の別名に災星ってあるんですよ。これを本で見かけたから、それをトリックに書いてみようかな、と。
どうですかね。災が起きる星をテーマに、未来技術などは全く関与してこないSFは。――よく考えてみると、これSFか? その他ジャンルにしときますかね。
もうすぐ、夏が終わります。くれぐれもお身体に気を付けて、皆さんお過ごしください。(ブーメラン)
2015/08/20 執筆完了
追記:そろそろ伊坂倉葉を井坂倉葉にしますかね。いやぁ、だって、伊坂幸太郎さんって凄まじい作者がいらっしゃいますでしょ……。