包帯(二千字)(童話)
1
女の子が草原を歩いていました。
すると足元に小さな花を見つけました。
「あら、かわいそうに」
花の茎が折れていたのです。
女の子はポケットから包帯を出すと、少し解いて切り、折れた茎に巻いてあげました。
「さあ、もう大丈夫。これは魔法の包帯だから、すぐに治るわよ。でもね約束して。治ったらこの包帯を解いて、怪我している子に巻いてあげて欲しいの」
その時、東風が吹いてきて小さな花を揺らしました。
それはまるで女の子の言葉に、花が頷いているようでした。
女の子はにっこり笑って、また野原を歩き始めました。
2
女の子は海辺を歩いていました。
すると足元に小さな貝を見つけました。
「あら、かわいそうに」
貝の殻がひび割れていたのです。
女の子はポケットから包帯を出すと、少し解いて切り、ひび割れた殻に巻いてあげました。
「さあ、もう大丈夫。これは魔法の包帯だから、すぐに治るわよ。でもね約束して。治ったらこの包帯を解いて、怪我している子に巻いてあげて欲しいの」
その時、南風が吹いてきて、開いた貝の殻を揺らしました。
それはまるで女の子の言葉に、貝が頷いているようでした。
女の子はにっこり笑って、また海辺を歩き始めました。
3
女の子は森の中を歩いていました。
すると足元に小さな若木を見つけました。
「あら、かわいそうに」
若木の幹が削れていたのです。
女の子はポケットから包帯を出すと、少し解いて切り、削れた幹に巻いてあげました。
「さあ、もう大丈夫。これは魔法の包帯だから、すぐに治るわよ。でもね約束して。治ったらこの包帯を解いて、怪我している子に巻いてあげて欲しいの」
その時、西風が吹いてきて、若木の小枝を揺らしました。
それはまるで女の子の言葉に、若木が頷いているようでした。
女の子はにっこり笑って、また森の中を歩き始めました。
4
女の子は雪原を歩いていました。
すると足元に小さな雪うさぎを見つけました。
「あら、かわいそうに」
雪うさぎの耳を作っている緑の葉が破れていたのです。
女の子はポケットから包帯を出すと、残っている全ての包帯を、破れた耳に巻いてあげました。
「さあ、もう大丈夫。これは魔法の包帯だから、すぐに治るわよ。でもね約束して。治ったらこの包帯を解いて、怪我している子に巻いてあげて欲しいの」
その時、北風が吹いてきて、破れた葉を揺らしました。
それはまるで女の子の言葉に、雪うさぎが頷いているようでした。
女の子はにっこり笑って、また雪原を歩き始めました。
5
女の子は雪原の上に横たわっていました。
足を踏み外して谷底に落ちてしまったのです。
両足は折れて血が出ています。
起き上がることは出来ません。
助けを呼んでも誰も来ません。
「包帯は、もう全部使ってしまったのね。私が助けたあの子たち……花も貝も若木も雪うさぎも、自分ひとりでは動けない。怪我をした私に自分たちの包帯を巻きたくても、あの子たちは、ここに来ることは出来ないのだわ」
それはひどく悲しいことに思われました。
けれども女の子は少しも後悔していませんでした。
きっと、今頃は怪我が治って、みんな元気になっているはず。そう考えるだけで、女の子の胸は温かくなるのでした。
「みんな、よかったね。私は疲れたから少し休むわ」
冷たい雪が女の子の上に降り続きました。
足から手から体から、全ての感覚が消えていくようでした。
女の子は目を閉じて、その冷たさに身を委ねました。
「これは……」
感じました。最初は頬に。それから手に足に。
風でした。不思議な風でした。
東から、南から、西から、北から、四つの風が四つの方向から同時に吹いてくるのです。
女の子は目を開けました。両手を空に伸ばしました。その手の平に四つの包帯が静かに落ちてきました。
「ああ、そう……そうなのね。風に……あの時の風に託してくれたのね」
女の子は包帯を傷ついた両足に巻きました。すると、足はすぐに元通りになりました。
「みんな、ありがとう」
立ち上がった女の子がそう言った時、四つの風は竜巻のように天に吹き上がりました。
降る雪は押し上げられ、地表を覆っていた雪は空へと吹き上げられました。
雪原は一瞬で消え、陽射しが戻り、一面に草が生え、花が咲きました。
女の子は明るく笑うと、舞い飛ぶ蝶たちと一緒に踊り始めました。
ひとつになった包帯を抱いて、女の子はいつまでも踊り続けていました。