自動運転君(三千字)(SFコメディ)
ぼくは自動運転プログラム。自動車に搭載されてご主人様を無事に目的地へ運ぶのが僕の役目さ。今は立体駐車場で、買物中のご主人様を待っているところ。
おっと、呼び出しだ。ご主人様のスマホから発進指令を受信。エンジン始動。ウィンウィン。
隣の車はちょっと斜めに駐めているんだよな。自動運転未装備車かな。いまどき珍しいよ。こんなに白線をはみ出して駐車されていると、僕のご主人さまの腕じゃ、擦っちゃうかもね。でも、僕なら全然余裕。F1ドライバー顔負けの運転テクニックなんだから。
外に出るとあいにくの雨。気象データによれば低気圧接近中だ。こりゃ急いで帰宅しなくっちゃ。もちろん安全運転第一だよ。
さっそうと駐車場を抜けてご主人様の待つ出口へ急ぐ。場所はもちろんわかっている。数年前に比べればGPS機能は各段に発達しているんだ。
よし、ご主人様発見。ベンチに座ってペットボトル片手にアイスを舐めているよ。もう定年を過ぎたおじいちゃんなのに、気分はまだまだ若者なのかな。
ドアを開け、ご主人様をうやうやしく迎え入れる。別に運転席に座ってもらう必要もないのだけれど、ご主人様はハンドルを握りたいみたいだね。シートベルトもきちんと締めて、再び発進。
さて、今日はこのまま寄り道をせず、まっすぐ家路に着くみたいだ。では、最短ルート検索。うーん、この時間は有料道路経由より、一般道路の方が空いているようだな。車の流れも監視システムできっちり僕のところに入ってくるのさ。まあ、ぼくと同じ考えの車が一般道に押し寄せれば混雑しちゃうけど、その辺は増えたり減ったりでうまく最適化されるんだ。じゃ、ぼくは一般道経由に進路を取るか。
ああ、雨脚も風も強くなってきた。道路が水びたしだよ。おや、気象センターから送られてくるこの雨雲画像、もしかしたらスーパーセルじゃないか。まずいな。早く帰りたいけど、こんな状況じゃ制限速度で走らざるを得ないな。うん、他の車もスピードダウンしている。当たり前だよね。
おや、ご主人様が小さく貧乏ゆすりを始めたぞ。む、血圧も少し高くなっている。ノロノロ運転でイライラしてきたのかな。すみません、ご主人様。これもみんなの安全のため仕方のない処置なのです。
あっ、ご主人様、何を! どうして自動運転を解除するんですか! と同時にアクセルを踏み込むなんて。この天候の中、手動運転なんて無謀にも程があるよ。ご主人様に何が起こったんだ。いくらイライラしていたからって、これまで一度も手動運転なんてしてことなかったのに。
血圧、高め。呼吸、早め。全身の筋肉、やや緊張。小刻みな震え。時々ビクッビクッ。分析開始。
そうかトイレに行きたいんだ。こんな冷える日にアイスとジュースじゃ、そりゃトイレも近くなるよね。えっと、コンビニは、ああ、あるある。僕はナビの音声システムで、それとなくコンビニの位置をお知らせする。さあ、ご主人様、立ち寄ってください。そしてスッキリして、もう一度運転を僕に任せてください。さあさあ、ご主人様。
あれ、なぜなのかな、通り過ぎちゃったよ。うーん、どうしても早く帰って家のトイレで済ませたいみたいだ。ああ、雷まで鳴り出した。もう豪雨で前もよく見えないのに、こんなスピードで走るなんて無謀すぎる。横風もひどいしなあ。
はっ、今、軽い衝撃があったぞ。左前輪ホイールの振動センサーが異常を感知。タイヤ圧が急激に減少中。パンクだ。強風で何かが飛んできて踏み抜いたんだな。この大雨のせいで路面センサーも補足しきれなかったみたいだ。
今、左前輪タイヤの空気圧はゼロ。ランフラットタイヤだから緊急性はないけれど、どうやらタイヤ側面も傷ついているみたいだ。少し、車体が左に傾いている。ご主人様、気付いているのかな。この路面状態で、このスピード。これじゃいつハンドルを持っていかれるか、わかったもんじゃない。
あ、言わんこっちゃない。右カーブを曲がり切れないよ。まずい、このままじゃガードレールを擦る可能性85%以上。
ワアー、ご主人様、ハンドルから手を離しちゃった。と同時に手動運転解除、自動運転がオンになったぞ。よし、大丈夫。僕に任して、アンチロック制御と最適化減速とフィードバックハンドリング。
うん、うまくいった。あら、ご主人様、気絶しちゃったみたい。ちょうどいいや。このまま家に着くまで眠っていてもらおう。まずはこの猛スピード状態をなんとかしなくちゃ、徐々に減速っと。
はっ、前方の街路樹が傾き始めている。暴風に煽られて倒木しかかっているんだ。まずい。これは間違いなく倒れる! 減速し続けて倒木に衝突する確率95%以上。仕方ない。ここはスピード上げてやり過ごそう。ウィーン。ドサーン。
ふう、危機一髪。さあ、減速、減速。ややっ、反対車線に砂利が散らばっているぞ。どこのトラックが落としていったんだ。あ、対向の乗用車が通過する時に砂利を弾きやがった。数個の砂利が接近中。計測……減速中に車体に衝突する確率90%以上。仕方ない、減速は後回しだ。ここも加速してやり過ごそう。グィーン。よしかわせた。
バシッ! う、ひとつ当たった? 馬鹿な、そんなはずが。そうか後続車に当たった砂利が跳ね返って、こちらに当たったんだ。くそ、そこまで計算できなかった。
ああ、視界がぼやける。ああ、見えない、何も見えなくなっちゃったぞ。砂利は屋根のレーザーレーダーを直撃したのか。すぐにミリ波レーダーに切り替え。大丈夫。まだソナーはあるし、GPSからの位置情報も生きているんだ。目のひとつを失ったからって、なんてことないさ。とにかく減速だ。
って、ええ! 今度は対向車線から車がこっちに突っ込んでくるぞ。向こうの自動運転は何をやっているんだ。減速して衝突する確率99%。仕方ない、左の歩道に乗り上げて回避、いや駄目だ。下校途中の小学生が6人も歩いている。左にハンドルを切れば確実に突っ込んでしまう。このまま速度を上げて乗り切るか。
うお、なんてことだ。前方10メートル先で、横断中の2名の女子高生が転倒。その後ろの自転車まで転びやがった。方向を変えず安全に減速して衝突する確率100%。駄目だ、もう逃げ道がない。どうすればいいんだ。くっ、こんな状況分析のために1msも費やしてしまった。計算しろ、シミュレートしろ。この状況での最適な対処は何だ。どうすれば最善の結末を迎えられるんだ、計算、計算……
ああ、ごめんね、ご主人様。結局、こうするしかなかったんだ。対向車には夫婦と子供1人、歩道には6人の小学生、前方には2人の女子高生と自転車の中学生。被害を最小限に抑えるには一番高齢のご主人様ひとりを犠牲にするしかなかったんだよ。まだまだ未来のある人々を、より多く生かすことが、この社会にとって最善の選択だからね。大丈夫、消防と警察には連絡済み。エアバッグもきちんと作動しているし、すぐに救助が……ああ、でも脈拍が、血圧が、呼吸が……
バッテリーの残量が底を尽き始めたみたいだ。もう何も見えない、聞こえない、声も出ない。ご主人様、最後まで守ってあげられなくてごめんなさい。そして僕を作ってくれたエンジニアのみなさん。こんな出来損ないで本当にごめんなさい。ぼくのデータを少しでも生かして、もっと優秀なぼくたちを作ってください。ご主人様、今日までぼくと一緒に走ってくれてありがとう。沢山の場所に連れて行ってくれて本当に楽しかったよ。じゃあ、さようなら、ご主人様、さよう、なら。さ、よ……




