最終話(三千字)(お別れの挨拶)
一
彼は意気消沈していた。趣味で書き始めた小説の人気がまったく芳しくなかったからだ。
それまではノートに駄文を書き連ねるだけだった彼が、「小説投稿サイト」という存在に気付いたのはちょうど一年前。このサイトに自分の小説をアップすれば、日本どころか世界中の人々の目に触れ、読んでもらえる。ずっと以前から自分の作品の感想を聞いてみたいと思っていた彼には渡りに船だった。
すぐにユーザー登録をして、それまで書き溜めた小説をせっせとアップする日々。もちろんアップした初日から読んでくれる人などいない。ブックマークも感想も評価もゼロのままである。それでも書き続けていれば、誰かの目に留まり、ポイントが入り、ランキングに入り、注目を浴び、多くの人が読みに来てくれるに違いない、彼はそう考えて自分の小説を載せ続けた。
一カ月が過ぎた。ポイントはゼロのまま。二カ月、三カ月、半年が過ぎた。依然としてポイントはゼロのまま。週に一度の更新ではダメなのかと思い、三日に一度の更新にした。ゼロ行進は変わらない。それでも彼は挫けることなく更新のペースを一日に一度、休日は一日に二度へと引き上げた。
が、それも徒労だった。感想もポイントもゼロのまま凍り付いたように動かない。更新した時間にアクセスは増えるものの、最近、彼はそれがbotによるもので読者がアクセスしているのではないことに気付いていた。誰一人として彼の小説を読んではいないのだ。
彼にはわかっていた。このサイトを訪れる読者がどんな小説を好んで読んでいるのか、この一年の間にすっかりわかっていたのである。異世界、転生、俺Tueeee……しかし、それは彼の書きたい小説ではなかった。プロならともかく、趣味として書きたくもない話を嫌々書くなど、彼には到底できなかった。
「これならネットに晒さず、ノートに書いているのと何も変わらなかったな。誰も読まないんだから」
ある日、彼はやりきれない自分の想いを短編にまとめ「愚痴話」とタイトルを付けて投稿した。その短編が新着小説の欄から消えないうちに、投稿サイトの自分のページへ一通のメッセージが届いた。彼がサイトに登録してから初めてもらったメッセージだった。
「誰からだろう」
ユーザー名は「binbogami」……知らない名だ。彼はメッセージを開けて読んでみた。
二
メッゼージを受け取ってから数日後、彼は別の小説投稿サイトを見つけ新たに登録した。そして直ちに、掌編「焼き味噌を送り届ける話」を掲載し、同時に元のサイトにも掌編「焼き味噌を流す話」を掲載した。
「ただのイタズラだとは思うけど、試しにやってみるのも悪くないだろう。うまく行かなかったからって、こちらが損するわけでもないからな」
全ての作業を完了した彼は、初めて貰った見知らぬユーザーからのメッセージをもう一度読み返した。そこにはこう書かれていた。
『初めまして。突然のメッセージ失礼いたします。新作の愚痴話、読ませていただきました。アクセスは作者本人とbotだけ、ポイントはゼロのまま。随分と心を痛めておいでのようですね。実はその原因は私にあるのです。私があなたのユーザーページに住み着いているから、アクセスもポイントも貧弱なままなのです。私はネットの世界に住む貧乏神。如何に作者が優秀で、作品がノーベル賞級に優れていても、一度私がそこに住み着いてしまえば、決して人の興味を引き付けることはなく、そのユーザーページは寂れていく運命にあるのです。これまでの、そしてこれからのあなたの努力は全て徒労に終わるでしょう。お気の毒です。さりとて私は現実世界の貧乏神のように無慈悲ではありません。ひとつ、良いことを教えてあげましょう。私は焼き味噌が好きなのです。焼き味噌に関する掌編を書いていただけませんか。もちろん、この小説サイトに掲載してはいけません。別のサイトに掲載するのです。そうすれば私はその作品に釣られてこのサイトを出て、新しいサイトへ移るでしょう。そうなればしめたもの。私がいなくなったあなたのユーザーサイトは読者から正当な評価を得られるようになるはずです。どうです、ひとつ試してみませんか』
もちろんこんな馬鹿げた話をすぐに信じるほど、彼はお人好しではない。文句を言ってやろうと差出人のアカウントを検索したが、既に退会してしまったのか見つけることはできなかった。
「底辺作者をからかうための、たちの悪いいたずらか」
そう思いながらも心のモヤモヤは晴れない。少なくともメッセージの送り主は「焼き味噌」が出てくる話を読みたいようだ。これは一種のリクエストと考えてよいのではないか。ならばそれに応えてやるのも作者の務めでないか。
そう考えた彼はメッセージに書かれている通りに行動したのだった。
三
彼は驚いていた。このサイトに「焼き味噌を流す話」を掲載し、新しい小説サイトに「焼き味噌を送り届ける話」を掲載した直後から、彼の作品へのアクセスが増え始めたのだ。これまでの不人気が嘘のようにアクセスもポイントもブックマークも増えていく。感想を書く者も現れ、その中のひとりによってレビューが行われると、彼の作品は一気にブレイクした。日間ランキングに乗り、どこかのサイトに取り上げられ、もはや書籍化も時間の問題と思われるほどだった。
「す、凄い! 今までの不人気は、本当にネットに住み着いた貧乏神のせいだったんだ」
彼は素直に喜んだ。ネットに小説を書き続けていて良かったと心底感じた。
だが、それも長くは続かなかった。不思議な事に彼の作品が有名になればなれるほど、彼の筆は進まなくなっていったのだ。遂にはどれだけパソコンに向かって頭を捻っても、一文字も書けなくなってしまった。
「ランキングが上がれば、読者が増えれば、それを糧にしてどんどん書けると思ったのに……」
そう、ほとんどの作者はそうだ。読者の数、感想の数、アクセスの数、それは作者のヤル気と正比例する。しかし彼は違った。それらの数値が上がれば上がれるほど、彼の意欲は減退していったのである。そうして彼はようやく気付いた。
「そうか、オレはハングリーでなければ書けない作者なんだ。食料を得るために野原を駆けずり回れるのは空腹だから。満腹な状態では心も体も怠け始める。オレにとって書く事はこれと同じ。読者がいないから、ランキングが低いから、アクセスがないから、必死になって書けるのだ。それが満たされた今、オレはもう一文字も書けやしない」
彼は決心した。こうなればこのサイトに留まっていては新作など書けない。貧乏神を追って新しい小説投稿サイトに移ろう。
「さらばだ、『小説家になろう』。今までオレと遊んでくれてありがとう。もしかしたらまた戻って来ることもあるかもしれない。その時にはよろしくな」




