変身(後編)~クマムシを愛した少年は如何にして地球を離れ、宇宙へと旅立ったか(五千字)(SF)
●サードミッション 絶対零度の宇宙遊泳!
「座無座君、次の仕事が来たよ~」
助手が嬉しそうな顔で走って来た。前回のお掃除大作戦では、除染が終了して建屋の外に出るまでに半日もかかってしまったので、すっかりヤレヤレ気分の座無座である。
「今度は、もう少しマシなお仕事なんでしょうね」
「聞いて驚くなかれ。なんとJAXAが、君を貸してくれないかと問い合わせてきたんだ」
貸してって、まるで物扱いじゃないかと座無座は思ったが、JAXAと言えば国内でもかなり有名な組織なので、それ程悪い気はしなかった。
「あ~、宇宙関係の仕事ってまだ一度もやったことがないんだよ、楽しみ」
どうやら助手も一緒に来るようである。そんなわけでさっそく座無座と助手は、東京の調布航空宇宙センターへ飛んだ。
「はいはい、私はJAXAの職員です。それでは座無座さんには種子島宇宙センターへ行ってもらいましょう」
それなら最初から種子島へ行くように指示してくれればいいのにと座無座は思ったが、旅費は研究所持ちで自分の懐は全く痛まないので何も言わなかった。そんなわけでさっそく座無座と助手は、種子島宇宙センターへ飛んだ。
「やあやあ、私はJAXAの職員です。それでは座無座さんには宇宙ステーション補給機『こうのとり』に搭乗していただきましょう」
着いた早々、座無座は有無を言わさずこうのとりに乗せられた。
「あ、あのすみません。訓練とかないんですか。ボク、宇宙船に乗るの初めてなんですが」
「座無座さんなら、いきなり宇宙初体験でもダイジョブ、です」
「えっ、いや、そんな。それにこれって確か無人の宇宙船なんですよね。ボクみたいな生物が搭乗しても安全なんですか」
「座無座さんなら、無人補給機の中でも耐えられるはずです。ホショウしまっす」
「えっ、でも……」
とか言っているうちに打ち上げカウントダウンは一分前になっている。聞こえてくるカウントは何故か助手の声だ。どうやら関係者に頼み込んで、無理やりやらせてもらっているらしい。
「さん、にい、いち、ブースター天下!」
あーあ、点火と天下を間違っている、台無しだなあ助手さんは、と座無座は恥ずかしく思った。
こうして打ち上げられたこうのとりは、順調に宇宙空間にやって来た。JAXAの職員が地上から座無座にミッションを伝える。
「座無座君、君の任務は補給物資を背負って、あそこに浮かぶ国際宇宙ステーションに行き、クルーリーダーの指示に従うことだ。ではヨロシク」
この指令を聞いて座無座は焦った。
「えっ、ボクが直接行くんですか。確かこうのとりは宇宙ステーションとドッキングして、物資を補給するって聞いていたんですけど」
「ドッキングは時間がかかるし、操作も面倒だし、燃料も余計に使うでしょ。座無座君が運んでくれれば大助かりだよ」
そうこうしている内に二重気密扉の内側が開いた。ホレ早く行け早く行けと地上から急かされる。座無座は更に焦った。
「いや、あの、行けって言われても、ボク、素っ裸なんですけど、宇宙服とかないんですか」
「クマムシならフルモンティでもダイジョブよ。んじゃ」
こうまで言われては仕方がない。座無座は五トンの補給物資を背負うと宇宙空間に飛び出した。太陽が出ていないので真っ暗だ。
乾眠状態のクマムシは真空中でも絶対零度でも平気である。しかし、酸素がないので、座無座の手も足も思考回路も完全に停止。ただの樽となって宇宙空間を漂い始めた。
「オー、やっぱりただのタルですかあ。宇宙ステーション回収よろしく」
一直線に宇宙空間を突き進む座無座は、宇宙ステーションの壁面に衝突した。そこを逃さずアームが掴んで回収成功。座無座は無事、内部へ収容された。
座無座はしばらく放っておかれた。宇宙ステーションのクルーにとって補給物資は命の次に大切である。まずは、そちらを優先して処理。そうして数日を経過した後、ようやく座無座に蘇生措置が施され、元通りの状態に戻った。
大変な目に遭ったと愚痴りたくなったが、無視されなかっただけでも良しとしようと座無座は思った。ムシだけに。
●フォースミッション 真空中の難作業!
「座無座君、気が付いたあ~、熟睡していたみたいだね」
と言ったのは助手である。信じられないことだが、国際宇宙ステーションの現在のリーダーはクマムシ研究所の助手だったのである。
「な、なんで助手さんがここに!」
「いやあ、カウントダウンがお見事だったんで、リーダーに抜擢されたみたい。あっ、ここにはソユーズで来たんだ」
とてもお見事とは言えないカウントダウンだったよなあ、と座無座は思ったが、だからと言って、別のクルーがリーダーを勤めてくれるわけでもないので、黙っていた。
「それでは今日のお仕事だよ。この部品を持って外へ行き、古いのと交換してちょうだいね。よろしく」
「あ、待ってください。素っ裸で宇宙空間に行くと手も足も頭も働かなくなるんですけど。どうすればいいですか」
「おお、そうだった、そうだった。実はそんなこともあろうかと、所長と一緒に開発したのがコレ。座無座君専用、腕足頭だけ宇宙服。これを装着すれば宇宙空間でも動けるよ」
いや、そんな特別なもの作らんでも、普通の宇宙服を着せてくれればいいんじゃないのかいと、ツッコミを入れたくなったのだが、どうせボケ返してくるだけなので、黙って自分専用腕足頭宇宙服を装着した。
これなら大丈夫だろうと座無座は安心して外へ出た。腕も足も動く。頭も冴えている。宇宙ステーションの外壁にへばり付いて、問題の個所まで行き、難なく部品を交換した。
「今回は楽勝だったなあ、早く帰還して宇宙食牛乳を飲もう」
座無座は油断していた。油断大敵である。古来より様々な格言が残されている。百里の道は九十九里をもって半ばとせよ。下駄を履くまで分からない。野球はツーアウトから。瓢箪から駒。空から隕石などなど。
要するに、どういう不運が重なったのか不明であるが、突如として大量のスペースデブリ(宇宙のゴミ)が飛んできて、座無座を直撃したのである。
「ぐはっ!」
吹き飛ぶ座無座。この様子をカメラで観察していた助手はびっくりした。
「た、大変だあー。すぐに救助に向かうぞ」
普通に考えれば、こういう場合は、船外活動ユニットを装着して複数の仲間と救助に向かうのだろうが、この助手、クマムシに関しては優秀ながら、それ以外の能力は中学生以下だったので、何をトチ狂ったのか、宇宙ステーションごと座無座救出に向かわせた。
大きく軌道を外れて座無座を追う宇宙ステーション。スペースデブリはステーションにも衝突する。あっちこっちで爆発音、火花、悲鳴、花火。どこかで観た映画(ゼロ・グラビティじゃないよ。べ、別に参考になんかしてないんだからね)みたいになってきた。
「リーダー、これちょっと、ヤバイっすよ」
「うるさい、ざむちゃんを助けるんだい」
「こりゃ、駄目だ。みんな、逃げよう」
助手以外のクルーは緊急脱出宇宙船に乗り込んで、宇宙ステーションから離脱してしまった。
脱出の光景は座無座からもはっきり見て取れた。正直がっかりしたが、それでも宇宙ステーションがこちらに向かっているところを見ると、完全に無視されたわけでもないようなので、まあそれなら良しとしようと座無座は思った。ムシだけに。
●ラストミッション そして星になれ!
「ざむちゃん、よかったあ~」
無謀な行動の甲斐あって、なんとか座無座回収に成功した助手は、自分の立場を忘れて座無座にしがみつき、頬をスリスリした。
「やめてくださいよ、気持ち悪いなあ。それよりこれからどうするんですか」
「もう、こんな恐い所には居たくないよう。お家に帰りたいよう」
あーあ、すっかり駄目な子供になってるよ。どうしてこんなのをリーダーにしたんだろうと、今更ながらに責任者を呼び出して文句のひとつも言いたくなったが、こんな状況で愚痴ったところで良いことは一つもないので我慢した。そこへ地上から通信が入った。
「あー、こちら、ケネディ宇宙センター。聞こえますか、どうぞ」
さすが国際宇宙ステーションだけあって、NASAの職員からの通信である。助手は使い物にならないので、代わりに座無座が応答する。
「こちら宇宙ステーション。聞こえます、どうぞ」
「こちらの観測によると、宇宙ステーションは地球周回軌道を外れて飛行中。ついでに第三宇宙速度も越えているので、このままでは太陽系からも離脱する。なんとかしてちょ」
「助手さん、今の聞きましたか、大変ですよ」
二人は焦った。なんとか軌道を戻そうとマニュアルを読んだり、宇宙センターの物知りおじさんと相談したりしたが、いつの間にやら宇宙ステーションの推進装置も、駆動装置も、修理セットも、全てスペースデブリによって破壊され、二進も三進もいかなくなっていることが判明したのである。
「こりゃ、宇宙ステーションを捨てて脱出するしかないね」
という結論になったのだが、緊急脱出宇宙船はクルーを乗せて飛び去ってしまっていたので、宇宙ステーションに残っているのは『もの凄く困った時の為の脱出カプセル(一人用)』だけだった。これでは一人しか助からない。その時、座無座に名案が浮かんだ。
「そうだ、助手さんが乗ってきたソユーズに助けてもらおう。もしもし宇宙センター。ソユーズに連絡してください、どうぞ」
「あ~、あれ。実はあれもスペースデブリにやられちゃって、慌ててこちらに引き返している最中なんだ。あ、見えて来た。よかったあ、再突入で燃え尽きるんじゃないかと心配してたんだあ。どうぞ」
駄目だ。まさに万事休すだ。座無座は覚悟を決めた。
「助手さん、今までありがとう。このカプセルは助手さんが使ってください。ボクはここに残ります」
「で、でも、ざむちゃん、君を一人残していくなんて」
「大丈夫ですよ。ボクはクマムシなんですよ。いざとなれば完全な乾眠状態に入って何百年でも生き延びてみせます。地球最強生物の名は伊達じゃないんです」
「う、うん、わかった。ざむちゃん、ありがとう」
助手は涙を流しながらカプセルに乗り、宇宙ステーションを脱出した。カプセルが無事に地球へ向かい始めたのを確認した座無座は、ほっと一息つくと宇宙食牛乳を飲んだ。そこへ地上から通信が入った。
「座無座君、座無座君、聞こえるか、わしじゃ、所長じゃ」
「あ、所長さん、わざわざ連絡ありがとうございます」
「うむ、こんな形で君と別れることになろうとは。まさしく人生一寸先は闇、何が起こるかわからんものだな。こちらのことは心配せんでよいぞ。君の家族には『座無座君はお星さまになったのじゃ。今でもまだ燃えています』と伝えておく。ついでにクマムシ研究所には座無座像を設置し、君が地球の引力圏から離脱したこの日をザムザ記念日に制定する。『「この星がいいね」とわしが言ったから今月今夜はザムザ記念日』の名歌と共に、末永く人々に愛されることだろう」
「あ、はあ、それはまた、ありがとうございます」
「ではごきげんよう、座無座君。もし宇宙人とかに出会ったら連絡してくれたまえ。さらばじゃ」
「わ、わかりました。所長さんもお元気で」
正直どうでもいいような話だし、もし運よく宇宙人に出会ったとしても、連絡のしようがないだろうなあと思ったが、無視されなかっただけでも良しとしようと座無座は思った。
ムシだけに!
クマムシ座無座――奥州月畑郡満月村の昏五時家の長男として生まれたという。十六歳の時に家を出て、その後一家は幸せに暮らしたと伝えられる。天涯孤独のクマムシ座無座、無宿渡世の身でどのように銀河を生き抜いたのかは、定かでない……




