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百パーセント未来予知(五千字)(異能)

 小春日和の日曜日だ。知っているか、小春ってのは春に使う言葉じゃなくて冬に使う言葉なんだぜ。俺がその事実を知ったのは高校一年の春だった。ああ、恥ずかしかったさ。入学早々やっちまったと思ったよ、俺の三年間をなかったことにしてくれと本気で願ったさ。えっ、どうして三年間かって? そりゃ小春という言葉を知ったのが中学一年の時だったからさ。三年間、誰も指摘してくれなかったんだよなあ。友達甲斐のない奴らばかりだぜ。もっとも俺の友達全員、正しい意味を知らなかったのかもしれないし、どちらかと言うと、そちらの可能性の方が高いから、別に恨んじゃいないさ。まあ、いい。これからの残りの人生、俺の小春は常に正しい小春なんだ。三年間の失敗くらいすぐに取り戻せるさ。そんな事を考えながら、俺は小春日和の日曜日の公園を、春のような初冬の日差しの中、口笛吹いて歩いていたんだ。


「差し出がましいようだけど、君、転ぶよ」


 誰かの声がした。女だ。と言うか、少女だ。と言うか、俺と同じくらいの歳の女子高生だ。なんで高校生と分かったのかと言うと、制服を着ていたからだ。しかも、俺と同じ高校の制服だ。しかも、結構な美少女だ。俺は思わず、その声の主を凝視してしまった。不意に右足に大きな抵抗を感じた。次の瞬間、俺は転んでいた。


「いてて」

「ね、転んだでしょ」


 その女子高生はそう言うと、何事もなかったかのように歩き出した。俺は立ち上がり、その後を追う。


「おい、待てよ」

「何? 何か用?」

「責任とってくれよ」

「責任? 何の?」

「俺が転んだ責任だよ」

「君が転んだ責任がボクにあるとは思えないな」


 こいつ、カワイイ顔をしているくせにボクっ子かよ。ちょっと萌えるぜ。いや、今はそんなことはどうでもいい。俺は食い下がる。


「だって、お前が声を掛けたから俺はそれに気を取られて足元が不注意になり、その結果転んだんだ。もし、お前が声を掛けなければ俺は転ばなかったはずだ」

「本当にそう断言できるの? 君、口笛吹いて空を見上げて歩いていたでしょう。まるで小春日和の日差しを楽しむみたいに。あのままでも足元の段差に気付かず、転んでいたんじゃないかなあ。むしろ、ボクに声を掛けられた時、すぐに立ち止まり足元を確認すれば、転ぶのは避けられたんじゃないかなあ。とすれば、君はボクに感謝こそすれ、非難するのは完全なお門違いと言えるのではないのかなあ」


 むむむ、そう言われれば確かにそうかもしれない。しかも、こいつ、小春日和を正しく使用しているじゃないか。俺としてはそちらの方がちょっとショックなんだよな。まあ、いいや。小春日和を愛する者同士ということで許してやるか。

 俺は口元に無理やり愛想笑いを浮かべると、それなりの謝罪の言葉を言おうとした。が、俺よりも早く、その女子高生が言葉を出した。


「もっとも、君が転ぶことは何をしても避けられなかったんだけれどね」

「避けられなかった? どういう意味だ?」

「つまりここで転ぶのが君の運命だったってことさ」

「運命って、お前に俺の運命が分かるとでも言うのか」

「うん、ボクには分かるんだ。実はボク、数十秒先までの未来が見えるんだ。で、さっき、あそこで七秒後に君が転ぶ姿が見えたってわけ。普段はそんな姿が見えても教えてあげることなんてないんだけれど、転ぶ前に君に声を掛けるボクの姿も見えたから、声を掛けたってわけ。どう納得してくれた?」


 俺は呆れた。変な奴にかかわちまったなあという後悔が、津波のように押し寄せてきた。納得できるわけがないだろう。未来が見えるだって。何を言っているんだ、このボクっ子女子高生は。


「どう、凄いでしょ、ボクの能力」


 思いきっり軽蔑の眼差しを向けているのに、まるで意に介さずニコニコしている。どうやらかなりイカレているようだ。高二にもなってまだ中二病に侵されたままとは情けない。ここらでひとつ現実というものを直視させてやるとするか。


「おい、じゃあ、聞くが、今から十秒後にお前はどうしている?」

「君に頭を叩かれている」


 俺はギクリとした。そう、こいつの頭に正義の鉄拳を加えてやろうと思っていたからだ。なかなか勘のいい奴だな。まあ、いい。それが分かっているのなら、こいつは俺の拳を余裕で避けるはずだ。そして未来が自分の見た通りにならないことを思い知るはずだ。俺は避けやすいように、ゆっくりと拳をそいつの頭に打ち下ろした。


「あいたた」


 頭を抱えて痛がるボクっ子。思わぬ結果に驚く俺。


「おい、お前、何で避けないんだよ。叩かれると分かっていて、しかもこんなにゆっくりと打ち下ろした拳を避けられないはずがないだろ」

「言ったでしょ。ボクの未来予知は絶対なんだ。外れることなんて有り得ないんだよ」


 おいおい、まさか自分の予知を実現させる為に、わざと叩かれたんじゃないだろうな。どこまで愚かで頑固な中二病患者なんだ。こりゃ駄目だ。別の方法を考えないと。


「おい、お前、俺の頭を叩け」

「え、どうして。初対面の人の頭を理由もなく叩くなんてこと出来ないよ」

「仕返しだよ。今、お前は俺に頭を叩かれた。だからその報復としてお前は俺の頭を叩くんだ。どうだ、理由はあるぞ」

「そっか。うん、わかった」

「で、聞くが、十秒後の俺は何をしている?」

「ボクに頭を叩かれている」


 ふふふ、思ったとおりだ。馬鹿め。お前みたいな軟弱女子高生に、そう簡単に頭を叩かれるはずがないだろう。受け止めてやる。そしてお前の予知能力は偽物だと証明してやる。

 俺は相手が叩きやすいように両足を曲げて背を低くすると、両手を頭の上に待機させた。


「さあ、こい!」

「いくよ!」


 弱弱しく拳を振り上げ、俺の頭の上に振り下ろすボクっ子。ふ、楽勝だぜ、途端に鼻がムズムズし始めた。


「へ、へっくしょい!」


 くしゃみと同時に頭には鈍い痛み。俺の顔がひきつった。目の前には勝ち誇った笑顔満面のボクっ子。


「ね、予知通り君は頭を叩かれたでしょ」

「くそ、今のはくしゃみのせいだ!」


 そうだよ、くしゃみさえ出なきゃ俺は頭を叩かれることなんかなかったんだ。どうもうまくいかねえな。他人を介入させず、自分だけで事を済ませられるようにしないと。


「う~ん」


 俺は公園を見回した。目に入るのは子供向け遊具、砂場、ベンチ、花壇、出入口に自動販売機、お、そうだ、これだ。


「おい、二十秒後の俺は何をしている」

「自動販売機で缶コーヒーを買っている」

「よっしゃあ」


 俺は走りだした。これだよ。これなら邪魔されることもないだろう。で、コーヒーじゃなくコーラを買う。予知は外れる、ボクっ子は意気消沈し、自分は予知能力者なんかじゃない、ただの平凡な女子高生だと思い知る。そんなボクっ子を俺が慰める、ついでに昼食をおごってやる。くふふ。完璧な筋書きだ。

 そんな妄想に耽りながら自動販売機の前に到着した俺は、さっそくズボンのポケットから財布を取り出し、硬貨を投入。あとはコーラのボタンを押せばいいだけ。簡単な話だぜ。


 ドカッ!


「あ、すみませーん!」


 背後から子供の声が聞こえる。俺の足元にはサッカーボール。おいおい、公園内でのボール遊びは禁止されているだろ。少しずれていたら、俺の頭を直撃していたじゃねえか。まったく最近の小学生はマナーを知らねえな。


「おい、気を付けろよ。危ねえだろ」


 頭に来た俺は少し強い口調になってしまった。こちらに走ってきた小学生がビクリとして立ち止まる。その姿を見て、そう言えば俺も小学生の頃はこの公園でサッカーやって、よく大人に叱られたなあなんて昔の思い出がよみがえった。俺は足元のボールを拾う。


「ほらよ。公園でサッカーはやめた方がいいぜ」


 そう言って投げてやると、小学生は「ありがとうございます」と言って胸でボールをトラップ。振り向きざまにノーバウンドでキックすると、向こうで待っている仲間の一人の頭に見事、命中させた。おい、小学生にしちゃテクありすぎるだろ、と驚きながら俺はコーラのボタンを押そうとしたが、何故かランプが消えている。当然押しても何の反応もない。


「ま、まさか……」


 取り出し口に手を突っ込む。ある。握る。温かい。恐る恐る顔の前に近付けると缶コーヒー。くそ、またしてもやられた。あのボールがコーヒーのボタンを直撃したのか。


「ねっ、言ったとおりでしょ」


 背後から聞こえてくるボクっ子の声が忌々しい。俺は否定したかった。だが、さすがにこれだけ偶然が重なると、考えを改めなくてはならないだろう。


「ホント、なのか……」

「えっ、ホントって何が?」

「だからお前の予知能力だよ。本当に未来が分かるのか」

「分かるよ。さっきからそう言っているじゃない」


 俺は缶コーヒーを握りしめたまま、ボクっ子に対峙する。信じたくない気持ちと信じられない気持ちが、頭の中で渦を巻いて俺の感情を高ぶらせる。渦巻く不満を吐き出すように俺はがなりたてた。


「だがな、こんなの意味がないじゃないか。未来が分かった所でそれを変えることが出来ないんじゃ、どんな利点があるんだ。俺の知っている未来予知の異能者は、こんなのとは全然違うぞ。たとえば戦闘中、相手の手の内が読めるのなら、それを打ち消すように自分の技を繰り出し、相手を負かす。それが正しい未来予知者の姿だ。しかし、お前の能力はまるで役に立たない。自分が負けると分かったら、何をしてもその通りになるんだからな。そんな予知の力に何の意味があるんだよ」


 こんなに一気に喋るのは久しぶり、いや、生まれてこの方、一度もなかったかもしれないな。それくらい、俺は興奮していたんだ。


「そうだね、何の意味もないよね。でもね、本当の未来予知ってそういうものなのじゃないのかな。もし未来が見えて、それに対処して、見えた未来と違う未来を発生させたとすれば、それは正しい未来予知とは言えないよ。だって自分が見た未来とは違う未来になっているんだから。間違った予知をしたと言わざるを得なくなる。その人は完璧な未来予知者とは認められないよ」

「いや変えられるからこそ、予知の意味があるんだろう。変えられない未来を知ってどうなるんだい」

「どうもならないよ。ただ知るだけ。でもね、それはボクらがいつだって体験していることさ。楽しかった日曜が終われば憂鬱な月曜がやって来る。だけどそれを変えようなんて誰も思わないでしょう。誕生日が来ればひとつ歳を取る。台風が上陸すれば被害が出る。ボクらはいつか必ず死ぬ。誰だって未来のことは分かっている。けれども誰も変えようとしない。変えられないことが分かっているからだよ。それと同じ。ボクが知る未来の出来事も、そんな出来事と同じ価値しかない。同類の事柄にすぎないんだ。だからそれでいいんだよ」


 なんだよ、何を諦めているんだよ。せっかく未来を予知出来るのに、どうしてそれを活かそうとしないんだ。俺は考えた。絶対に変えられない確定している未来を、逆に利用する方法はないか。


「そうだ、じゃあ馬券なんかはどうなんだ。当たり馬券は確定している。お前が予知した馬券は絶対に外れない。なら、それを買えばいいじゃないか。大金持ちになれるぜ」


 我ながら名案だ。どうだと言わんばかりに胸を張る。だが、ボクっ子は少し軽蔑するような目で俺を見た。


「そうだね。当たり馬券は外れない。でもそんな事は大したことじゃない。問題はそれを買えるかどうかなんだよ。買っている君が見えれば、当たり馬券を手に出来る。見えなければ、何をしたって君は当たり馬券を手に出来ない。さっきの自動販売機みたいにね。今の君にどの馬券が当たるか分かっても、未来の君がそれを手に入れられないのなら、そんな情報は無意味に等しい。今までの君の行動と同じことだよ」


 そうか、当たり馬券は確定していても、それを俺が入手出来るとは限らないのか。やはり何をしても駄目なのか。くそ。いや、俺は認めない。そう簡単に運命決定論者になりたくはない。まだ何か試す方法はあるはずだ。


「おい、十秒後、俺は何をしている」

「君の体はここにあるよ」


 それを聞いて公園の外へ飛び出す俺。十秒あれば数十メートルは遠ざかれるだろう。今度こそ外してやる。お前の予知する未来から俺をはみ出させてやる。俺は全力で歩道を走った。その時だ。


 キキー!


 タイヤがきしむ音。車だ、と思った瞬間、体に感じる衝撃。宙を舞う俺。世界が回っている。重さを感じない。頭がぼんやりする。何かに体が叩き付けられる。遠くで叫び声。青い空が眩しい。


「ねっ、言ったとおりでしょ」


 癪に障るボクっ子の声。くそ、またしてもしくじったか。青い空を背景にボクっ子は笑顔で俺を見下ろしている。車にはねられて公園の出入り口まで吹っ飛ばされたっていうのに、こんな時でも笑っていられるのか、こいつは。


「お、お前、こうなることを、知っていたくせに」

「そうだね、言わなかったね。言ってどうなるもんでもないしね。でも大丈夫。君が公園を出ていくのと同時に119番したから。事故が起こる前に救急車を呼べたんだから、ボクの予知能力も全くの役立たずってわけじゃないでしょ」


 ああ、そうだな、確かにそうだ。まあ、いい。認めてやるよ、お前の百パーセント予知能力の完璧さを。

 それにしても全身が痺れたように何の感覚もない。俺の怪我の具合はどうなんだ。車にはねられたんだから軽くはないだろう。俺はボクっ子に尋ねる。


「おい、出来るだけ先の未来を見てくれ。俺はどうなっている」

「えっと、一分後の君の体はここに横たわって救急車の到着を待っているよ」


 そうか一分がお前の限界か。いくら救急車でもそんな短時間に来るわけないしな。ん、今、こいつ変な言い方をしたな、俺の、体……


「俺の体はここにあるってどういう意味だ。じゃあ、俺の魂は……」


 焦る俺を見詰めながら、ボクっ子はにっこりと笑った。


「知りたい?」


 俺は首を横に振った。もう未来を知るなんてこりごりだ。知らなければ希望が絶望に変わることはないんだからな。たとえ悲惨な結末しか待っていないとしても、それまでは希望を抱いていたいもんだぜ。



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