雨の夜のなぞなぞ(二千字)(童話)
雨の音はまだ聞こえています。
男の子は堅い床の上で退屈そうに座っていました。両隣に座っている姉と母親も、手持ち無沙汰な表情でぼんやりとしています。
「ねえ、お姉ちゃん、なぞなぞしようか」
男の子が言いました。「いやよ」と普段の姉なら即答したことでしょう。男の子は小さいくせに屁理屈だけは達者で、いつも変な問題で姉を困らせていたからでした。でも、その時は特にすることもなかったので、姉は「うん、やろうか」と言ってしまったのです。
「じゃあ、ボクが問題を出すから、お姉ちゃんは答えてね」
男の子は嬉しそうな声で言いました。
「雨が降っていたのに、全然濡れませんでした。なぜでしょう」
「何、その問題。簡単すぎるわよ。傘を差していたからでしょう」
「違いまーす。傘は差していません」
「じゃあ、カッパを着ていたから」
「傘もカッパも使っていませーん」
「なら、どうしてよ?」
「お姉ちゃん、降参する?」
男の子が得意げに姉を見上げています。姉は不満でしたが、考えるのも面倒なので、答えを聞くことにしました。
「降参よ。で、答えは何?」
「家の中に居たからでーす」
「ばっかみたい」
予想外の答えを聞いて、姉は不満そうに顔をしかめました。一方、男の子はますます得意げになっています。
「じゃあ、次ね。雨が降ってきたので家の中に入ったのに、ずぶ濡れになってしまいました。なぜでしょう」
「水道が壊れていたとか」
「違うよ、雨で濡れちゃったんだよ」
「うーん、もういいわ。早く答えを言って」
「家の屋根が無かったからでーす」
「ふっ……」
下らなさすぎて、姉はため息しか出ませんでした。男の子は更に問題を出します。
「次は難しいよ。屋根の無い家に居たのに、少しも濡れませんでした。なぜでしょう」
「どうせ家の中で傘を差していたとか、カッパを着ていたからとか、そんな答えでしょう」
「違いまーす。傘もカッパも使っていません」
「だったら、何?」
「また降参だね。答えは雨が降っていなかったからでーす」
「……」
姉は絶句しました。もはや口を利く気力もありません。
「それじゃ、次ね。雨はザンザン降っていて、家には屋根も無く、傘もカッパも使っていないのに、家に居る人は全然濡れませんでした。なぜでしょう」
「うーん、わからないわ」
「諦めるのが早いね。答えは、雨が降っていたのはよその町で、家がある町は晴れていたからでーす」
「ぷっ!」
遠くから吹き出す声が聞こえてきました。二人の会話を聞いていた誰かが、堪らず笑い出してしまったようです。姉は恥ずかしく思いましたが、男の子の方は、逆に、なぞなぞ魂に火が点いてしまったようです。
「よおし、もっと難しくなるよ。土砂降りの雨が降っている屋根の無い家の中に居たのに、全然濡れませんでした。もちろん傘もカッパも使っていません。なぜでしょう」
「いいわよ、もう。答えを言って」
「えー、少しはちゃんと考えてよ。じゃあ、答えを言うよ。濡れなかったのは、ちゃんと屋根があるオモチャの家の中に居る人形だったからです。人が濡れなかったなんて言ってないからね」
「ふふふ」
「ははは」
今度はもっと沢山の笑い声が聞こえてきました。男の子は更に調子に乗ります。
「よおし、次いくよ」
「ちょっと、いつまでやるのよ。いい加減にやめなさいよ」
「ダメダメ。お姉ちゃんが正解するまで終わらないよ」
「そんな無茶な……」
「えへへ、それじゃあ、少し簡単な問題にしてあげるよ。雨は大降りで、家には屋根もちゃんとあったのに、ずぶ濡れになってしまいました。なぜでしょう」
「どこが簡単なのよ。これまでの問題と全然変わらないじゃない」
「いいから、今度はキチンと考えて答えてよ」
男の子にそう言われて、姉は考えました。前にも似たような問題があったっけ。その時は水道で濡れたと答えたけど、どうせまた、『違います、雨で濡れたんです』と言われるに決まっている。雨で濡れるためには……姉の口元に笑みが浮かびました。
「分かったわ。家の外に居たから」
「正解! ちょっと簡単すぎたかな」
「ほうっー!」
今度は感嘆の声があがりました。まばらに拍手も聞こえてきます。
「みなさーん、夜も更けて来たので、少し灯りを落とします。でも小さい子もいるので完全には消しません。ご了承ください」
出入口で女の人の声が聞こえました。母親が姉と男の子に言います。
「さあ、二人ともそろそろ眠りなさい」
「はーい」
二人は支給された毛布にくるまって横になりました。出入口の女の人が重ねて言います。
「それから、良いお知らせです。先ほど、大雨特別警報が解除されました」
あちこちから人々の安堵の声が聞こえてきました。ほどなく、避難所になっている大会議室の灯りが暗くなりました。
男の子は耳を澄ましました。もう雨の音は聞こえません。窓の外は薄ぼんやりとした明るさに満ちています。
「ねえ、お姉ちゃん、最後に、もう一問だけなぞなぞ出していい?」
「いいわよ」
「灯りが点いていなかったのに、とても明るかったのでした。どうしてでしょう」
「それは……」
姉は窓の外を見ました。雨がやんで切れ始めた雲。その雲を透かしてほんのりと見える黄色い光。
「そうか、月が出ていたからだわ。だから灯りがなくても明るかった。どう、正解でしょう」
「うん、それも正解もしれないけど……」
男の子は少し微笑んで言いました。
「でも、灯りも月の光も無くても、みんな明るかったんだよ」
「どうして?」
「それは笑ったから。笑うことで、それまで暗かったみんなの心は、ほんの少しだけど明るくなったんだ」




