感想受付停止中(五千字)(悪魔物)
1
『投稿している作品に対して、私が感想を受付停止中にしている理由は次の通りです。
1 感想を書かれたとしても読むのが面倒なので多分読まない。長文の感想は100%読まない。また当然、返事も書かないので、書いてくれた方々を無視しているような印象を与えてしまう。と言うか、実際、長文の感想は無視することになる。
2 誤字脱字、語句の誤用などの指摘は有難く、恐らく訂正することになるとは思うが、ストーリーの矛盾や設定ミスなど、容易に訂正できないものは100%訂正しないので、指摘していただいても無駄。結局そのような感想は書き損である。
3 作者は褒めて伸びる性格ではない。面白かったとか、続きを期待していますとか、才能を感じますなどの感想は、単なるプレッシャーとして受け止めてしまうため、執筆意欲が増すどころか、むしろ減退させてしまう。
4 もちろん、一般の作者と同じく叩かれ弱いので、つまらないとか、無能とか、早く退会してくださいなどの罵りは、作者から大幅にヤル気を奪い、アドバイスに従って本当に退会しかねない。つまり、どのような感想も作者にとっては百害あって一利なしである。
以上、読者の皆様にはご理解のほどをお願いしたい。』
「ふーん、こんな事を考える作者さんもいるんだなあ」
公園のベンチに寝転がっていたS君は、スマホを眺めながらつぶやきました。ディスプレイに表示されているのは、最近ネットで発見した小説投稿サイト「小説家をめざせ」に投稿されていた、とあるエッセイです。
「まあ、確かにネットでの文章って、色々と誤解を生みやすいからね」
この「小説家をめざせ」には様々な小説が掲載されています。中学生のS君は読書が好きだったので、時々このサイトで面白そうな小説を読んでいます。今日、偶然目にしたのが、このエッセイだったのでした。
「こんなエッセイを書いてサイトに投稿するなんてなあ。そんな行為に駆り立てられるほど、感想が作者さんに与える影響って結構大きなものなんだろうなあ。誰しも同じような悩みを抱えているってことか。あ~あ……」
S君はため息をついて浮かない顔をしました。実はS君には最近、頭を悩ませる出来事が起きていたのです。
S君の通っている中学校は今年創立五十周年でした。それを祝う記念ポスター募集に応じて、自分の作品を提出したところ、なんと最優秀賞に選ばれたのです。
それだけなら御目出度い話なのですが、誰かが「Sの作品は、ネットのこの画像にソックリだ!」と言い出したことから、S君を取り巻く環境が変わり始めました。「パクリ野郎」「盗作男」などの陰口があちらこちらで囁かれ始めたのです。
それだけでも辛かったのに、学校側が何の対応もしてくれないのがS君には不満でした。ネットで実際にその画像を見てみましたが、似てはいるけど何もかも同じとは言えないものでした。無論、それはS君が初めて見る画像でした。真似した訳でも参考にした訳でもなかったのです。完全な言いがかりでした。
「あ~あ、ボクもこの作者さんみたいに、感想を受付停止に出来たらなあ」
「出来るわよ」
突然、声が聞こえてきました。驚いたS君がベンチから身を起こすと、いつの間に隣に座ったのでしょうか、同じ年くらいの女子がこちらを見ています。
「え、なに? 君、今、なんて言ったの?」
「自分への感想を受付けないようにしたいんでしょ。出来るわよ」
いきなり見ず知らずの男子に何を言っているんだろうとS君は思いました。けれども結構カワイイ女子だったので、話を合わせることにしました。
「そ、そうなんだ。本当に出来たら凄いよね」
「だから出来るって言っているでしょ。自分への悪口なんて誰だってお断りですものね」
「そりゃそうだよ。そんな感想は聞きたくもないよ」
「ねえ、それじゃあ」
急に女子が顔を寄せてきました。S君はちょっとドキリとしました。
「あなたへの全ての感想を受付停止にしてあげようか。もちろん、報酬とかは不要」
「えっ、本当に可能なの」
「可能よ。あなたへの悪口も罵倒も憎まれ口も軽蔑も悪態もバッシングも全てがなくなる。どう、試してみたくない」
女子の顔は真顔でした。S君は少し冷静になって考えてみました。
「で、でも全ての感想がなくなるってことは、ボクを褒めてくれたり賛同してくれたり感心してくれたりってこともなくなるんだよね」
「それは仕方ないわ。全ての感想がなくなるんだもの。でも、それくらいのデメリット、悪口が一切なくなることに比べれば、十分許容範囲内でしょ」
「う、うん、でも……」
S君は迷いました。この女子の言葉を信用したわけではありません。自分への感想を停止させるなんて現実味がありません。嘘に決まっているのです。もしOKしたとしても、いつもと同じ日常が続くことは目に見えています。
だからと言って、女子に話を合わせて「じゃあ、お願いします」とは言い出せませんでした。冗談とは思えないほどの真剣さと気迫が、その女子の表情から感じられたからです。
「どうしようかなあ……」
「嫌ならいいのよ。別の人にするから。勿体無いなあ、せっかくのチャンスだったのに」
そう言われるとなんだか惜しい気もします。駄目元で頼んでみようか。変わらなければそれでいいし、変わればもっといい。別に困ることもないはずだ、S君は決心しました。
「わかった。じゃあ頼む」
「了解。じゃ、この契約書にサインして」
女子は一枚の紙とペンを取り出し、S君に差し出しました。見たこともない文字が並んでいます。どうせ悪戯だろうと思っていたS君は、何も考えずに自分の名前を書きました。
「それと、ちょっとチクッとするけど、ごめんね」
そう言いながら伸びて来た女子の右手がS君の耳に触れると、針で刺されたような痛みをS君は感じました。続いて、女子がサインし終わった紙を耳に当ててきました。
「はい、契約完了。じゃあ、頑張ってね」
女子がそう言った瞬間、世界が揺らいだようでした。軽い眩暈に襲われたS君は目を閉じ、それからゆっくりと目を開けると、もうベンチに座っていた女子の姿は見えませんでした。
「夢でも見ていたのかな」
S君はスマホをポケットに入れると、頭を振りながら家に帰りました。
2
変化は帰宅してすぐに現われました。玄関を開けると、ちょうど小学生の妹が外出するところでした。S君は声を掛けました。
「なんだ、こんな時間に出掛けるのか。明日は月曜なんだから早く帰って来いよ」
妹からは返事がありません。完全に無視して外へ出て行きました。S君はむっとしましたが、その場はそれで済ませました。
夕食の時間、S君がリビングに行くと、用意されていたのは両親と妹の三人分だけでした。S君は母親に食って掛かります。
「なんだよ、母さん。なんでボクの分はないんだよ」
母親は答えません。まるでその場にS君が居ないかのようです。
「オヤジも何か言ってくれよ」
父親も何も言いません。黙々と自分の食事をするだけです。S君は諦めてカップ麺を取り出すと、それで夕食を済ませました。
異変はお風呂でも起こりました。S君が体を洗っていると、いきなり全裸の妹が入って来たのです。これにはS君も慌てました。
「お、おまえ、何のつもりだよ!」
慌てふためくS君をよそに、妹は平然と湯船に浸かっています。恥ずかしい様子は微塵も見せず、お気に入りのアニメの主題歌を鼻歌しだしました。
「おい、まさか、見えていないのか。ええ!」
S君は妹の肩を掴むと揺すぶりました。妹はされるがままです。もしS君の姿が見えていないのなら、急に体を揺らされれば驚くはずです。けれども、そんな様子はありません。見えていないのではないようです。肩を掴まれ揺すられている、それは認識しているようなのですが、それ以上の認識はないようでした。S君は諦めるとお風呂を出ました。
自分の部屋に戻ったS君は、やはりあの女子の力は本物だったのだと痛感せずにはいられませんでした。自分への感想を完全に失う事、それはもはやこの世に自分が存在しないのと同じでした。
「でも、それは完全に自由って事でもあるじゃないか」
S君は寂しさと同時に不思議な高揚感を覚えました。明日、学校や街で色々試してみよう、そう考えながらS君は床に就きました。
次の日、当然のようにS君の朝食は用意されていませんでした。手短にパンと牛乳で済ませると、「行ってきます」も言わずにS君は出発しました。カバンは持っていません。そんなものは不要だからです。
教室に入るなり「おはよう!」と言いました。誰も返事をしません。
ゴミ箱を転がしました。文句も言わずに学級委員が元に戻しています。
授業中、席を立ちました。先生は何も言いません。
勝手に黒板に落書きをしました。先生は無言でそれを消しています。
気に入らない生徒の机を倒しました。嫌な顔もせずに元通りに直しています。
「これは凄いや、なんでもやり放題じゃないか。ボクは完全に自由なんだ」
S君は教室を飛び出しました。学校の外へ出ると、いつも利用しているコンビニに入り、手当たり次第に菓子やパンやジュースを食べ散らかしました。店員は何も言いません。ただ、黙って床に落ちた空袋や空き缶を片付けるだけです。S君はすっかり気分が良くなりました。
「ああ、感想受付停止にするだけで、人はこんなに人生を謳歌できるだ。もう、何も恐れることはないんだ」
気分が大きくなったS君はバスに乗って繁華街へ向かいました。滅多に来ることのないデパートへ入ると、欲しかった本を取ったり、クリスマスに買ってもらう予定のゲーム機を取ったり、ちょっと洒落たジャケットを取ったり、今日の夕食用の高級和牛焼肉弁当を取ったりと、物欲の赴くままに地下から屋上まで蹂躙しまくりました。
店員さんたちは何も言いません。どうやらS君が取った商品は、紛失とか破損とかで処理しているようなのです。S君は持ちきれないくらいの荷物を、登山用の大型ザックに詰め込んでデパートを出ました。
「さて、一旦、家へ帰ってゲームで遊ぶか」
ホクホク顔のS君がバス停に向かって歩き始めた時です。背後から大きな叫び声が聞こえてきました。それから大きな衝撃音、何かの軋む音。
「えっ……」
振り向いた瞬間、S君の目の前が真っ暗になりました。
ぼんやりとした闇の中をどれくらい彷徨っていたのでしょう。S君は目を開けました。いつもの繁華街と多くの人、人、人。どうやら自分は道路に横たわっているらしい、S君はそう思いました。
「いったい、何が……」
立ち上がろうとしましたが、足に力が入りません。腕もほとんど動きません。なんとか頭を動かしてS君は周囲を見ました。少し離れた場所に大きく破損した自動車。それからS君と同じように道路に倒れている人々。
「そうか、事故か」
きっと自動車が歩道に突っ込んだんだ、S君はそう判断しました。運悪くそれに巻き込まれてしまったのでしょう。そうと分かると、急に痛みを感じ始めました。ズボンが破れて足がむき出しになっています。どうやら両足ともやられてしまったようでした。おまけに右足は明らかに千切れかかっています。
「くそ、こんなことが起こるなんて……」
救急車が到着しています。白衣を着た人がけが人を診ています。早々と担架に乗せられて運ばれていく人もいます。けれども、S君の元には誰も近寄ってきません。
「おーい、ここにもけが人がいるんだよう」
S君はか細い声で言いました。もちろん、気付く人などいません。S君は両腕を使って人が大勢いる方へ這い始めました。けれどもそれは事態を更に悪化させました。S君に気付かない人々は、ただS君の体を踏みつけて歩いて行くだけだからです。S君は泣きそうになりました。
「ボクはここにいるんだよ。このままじゃ死んじゃうよ、お願い、誰か助けて、助けて……」
雑踏の中で無数の足に踏みつけられながら、S君の声は次第に弱まっていきました。そんなS君の姿を、ただひとり、認識できている者がいました。
「ふふ、一日も持たなかったのね。お気の毒」
それは昨日、公園のベンチに座っていた女子でした。背中に黒い翼を持ち、頭には二本の角が生えています。
「これじゃ、あんまり絶望には染まっていないかしら。まあ、仕方ないわね」
その女子はズタボロになっているS君の体を仰向けにすると、その胸に自分の両手を当てました。すると磁石に吸い寄せられるように、胸から灰色に光る玉のようなものが現れました。
「まずまずね。もう少し苦しんでくれるとよかったのだけれど」
翼の生えた女子はその玉を掴むやいなや、空高く舞い上がりました。その時になって、ようやく人々は声をあげました。
「おい、ここにもけが人がいるぞ!」
それはもうS君ではなく、ただの肉の塊でした。S君でなくなったため、感想受付停止の縛りは解かれ、多くの人々がその塊を見て、沢山の感想を口にし始めました。けれどもそれを受け止めることのできるS君の魂は、既にそこにはなかったのです。次々と塊に浴びせられる無数の感想は、ただふらふらと彷徨いながら、青空の向こうへ消えて行くばかりでした。




