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目覚めれば夢(三千字)(夏ホラー2015)


「おい、いい加減に起きないか」


 という声を聞いて目が覚めた。俺の前には教科書を持った教師。そうだ、授業中だったんだな。昨晩、夜更かししすぎたせいで、居眠りしちまったんだ。


「ホラ、ここから読め」


 わざわざ俺の教科書を開いて、英文の一節を指し示してくれる。ご親切なことだ。俺は立ち上がって寝起きとは思えないほど流暢に発音する。リーディングは得意なんだ。文法はさっぱりだけどな。


「ん……何の音だ?」


 教師が窓の外に目をやった。俺は気になったが、取り敢えず読み続ける。


「おい、見ろ!」


 今度は窓際の生徒が騒ぎ出した。さすがに俺も読むのを止めて、窓の外を見る。


「あれは、飛行機か」

「低すぎやしないか」


 教師も生徒も、もちろん俺も、今は全員の目が窓の外に釘付けだ。そこにはあり得ないほどの低空飛行で、こちらに向かって飛んでくる飛行機――どうやら大型の旅客機のようだ――が見えている。近付くに連れ、飛行機が発するジェット音も大きくなってくる。今はもう耳を塞ぎたいほどだ。


「おい、また高度を下げたぞ」

「ヤバくねえか、これ、このままだと……」

「うわー!」


 誰かが声を上げて教室を飛び出した。それに釣られて他の生徒も、俺も教師も、そして他の教室からも、一斉に生徒が廊下に飛び出した。


 一瞬、何かが眩しく光った。


 体が重い。手も足も動かない。かすかに開いた瞼から見える光景は煙と埃と炎。ああ、やっぱり落ちたのか。どこかで爆発音。どうやら俺の体は燃えているようだ。こんな最期になるとはな。仕方ない。このまま死を待つとしよう。俺は目を閉じた。



「おい、いい加減に起きないか」


 という声を聞いて俺は目を開けた。俺の前には教科書を持った教師。授業中……なのか……


「あ、あれ、飛行機は……」

「何を寝ぼけたことを言っているんだ。いいから早く読め」


 教師は俺の教科書を開いて、英文の一節を指し示した。なんだ、飛行機が落ちたのは夢だったのか。どうやら昨晩プレイしていたアクションゲームの余韻を、まだ引きずっているみたいだな。俺はほっと安堵の息を漏らすと、指示された箇所から英文を読み始めた。リーディングは得意なんだ。文法はさっぱりだけどな。


「ん……何の音だ?」


 教師が窓の外に目をやった。俺は読むのを止めた。嫌な予感がする。


「おい、見ろ!」


 今度は窓際の生徒が騒ぎ出した。俺の背中に冷汗が流れ始めた。


「あれは、飛行機か」

「低すぎやしないか」

「お、同じだ……」


 さっき見た夢の中身と全く同じだ。どういうことだ。予知夢だとでも言うのか。

 窓の外の飛行機は高度を下げこちらに近付いてくる。俺は本を放り出して、廊下に出た。続いて何人かの生徒も出てきたようだが、俺は脇目も振らず、階段へ向かった。


 一瞬、何かが眩しく光った。


 重い体。手も足も動かない。ああ、これも夢と同じだ。何もかも同じだ。それならば、もう無理にあがいても仕方がないな。俺は目を閉じた。



「おい、いい加減に起きないか」


 俺は目を開けた。まただ。これで三回目。


「ホラ、ここから読め」


 教師が俺の教科書を開いて英文の一節を示す。それも過去二回と同じ箇所だ。


「うわー!」


 俺は立ち上がると勢いよく教室を飛び出した。教師が何か叫んでいるが知ったことじゃない。逃げるんだ。飛行機がここに落ちてくる前に出来るだけ遠くへ。

 階段に着いた。手すりに腰掛けて滑り降りる。くそっ、何だって俺の教室は四階なんだ。一階だったらすぐに外へ出られたのに。

 音が大きくなってくる。今度も間違いなく飛行機が近付いてきているのだ。急げ、急げ。よし、一階に着いたぞ。昇降口まであと少し。外が見えた、運動場だ。早く、早く!


 一瞬、何かが眩しく光った。


 駄目だった。逃げられなかった。目が覚めてすぐに走り出しても無理なのか。どうすればいいんだ。俺は何度この夢を見なければいけないんだ。いや、同じ夢を見ているのではなく、ただ単に過去の同じ時刻に戻っているだけなのか。

 手も足も動かない。体が重い。もういい、このまま死なせてくれ。もう目覚めなくてもいいんだ。心の中でそう叫びながら、俺は目を閉じた。



「おい、いい加減に起きないか」


 教師の声。やはり目覚めてしまった。俺は顔を上げる気力さえなかった。


「ホラ、ここから読め」


 同じだ。今までも、そして多分これからも。飛行機が突っ込んで学校は破壊、炎上、俺は死ぬ、目が覚める……このループを断ち切るにはどうすればいいんだ。


「ん、何の音だ……」


 教師は座ったままの俺よりも窓の外が気になるようだ。他の生徒も騒ぎ始めている。何をしても無駄だ。どうせみんな死ぬんだからな。


「あれは、飛行機か」

「低すぎやしないか」


 俺は周囲を見回す。誰も彼もまだ逃げ出そうとはしない。このループに陥っているのは俺ひとりだけのようだ。どうして俺だけこんな目に遭うんだ。理不尽にも程がある。


「おい、また高度を下げたぞ」

「ヤバくねえか、これ、このままだと……」

「うわー!」


 ようやく逃げ出し始めたか。なんとか助けてあげたいものだが、目覚めてから衝突までの時間が短すぎる。スマホで誰かに連絡しても、こんな短時間じゃどうしようもないだろうしな。結局、俺自身が何とかするしかないんだろうな。


 一瞬、何かが眩しく光った。


 手も足も動かない。ああ、また死ぬのか。俺に出来ること……何かあるだろうか。このシナリオを変える、この結末を変える、これだけの短時間でそんな事を可能にする方法があるだろうか……そうだ、あれを試してみるか……

 ひとつの考えが頭に浮かんだ。俺は目を閉じた。



「おい、いい加減に起きないか」


 五回目の声が聞こえる。俺は目を開けると、教師が教科書を開く前に立ち上がった。


「な、なんだ、いきなり」


 驚く教師を無視して窓際に駆け寄る。開いたままの窓から身を乗り出す。遠くに米粒のような黒い点が見える。あれが飛行機なのだろう。


「おい、何をする気だ」


 何の躊躇もなく、俺は窓から飛び降りた。確実に死ねるように頭を下にして落下する。無重力の感覚と、次第に激しくなる風を切る音。


 一瞬、目の前が明るく輝いた。


 抜けるような青空が見える。誰かの叫び声。遠くから響いてくるジェット音。全ての景色が赤っぽく見えるのは、俺の頭から流れた血が目に入っているからだろう。

 飛行機に殺される前に俺自身の手で俺の命を奪ってやった。同じではない筋書。結末の異なる終端。飛行機が衝突する前にこの夢は終わるのだ。これでループから逃れられるかもしれない。

 強大な敵を倒してやったような満足感に浸りながら、俺は静かに目を閉じた。



 ピピッ、ピピッ、ピピッ!


 目覚ましの音を聞いて俺は目を開けた。ここは……俺の部屋だ。手を伸ばして目覚ましを止める。朝だ。やったぞ、違う目覚めだ。ようやく抜け出せたんだ、あのループから。


「まったく、ひどい夢を見ていたもんだ」


 俺はベッドを離れると大きく伸びをした。それにしてもあれは何だったんだろう。本当に時間をループしていたのか、それともこのベッドの上で、単純に同じ夢を五回見ていただけなのか……いや、今となっては、もうどうでもいいことだ。忘れよう。夢を覚えていても碌なことはない。

 俺は窓に近寄りカーテンを開けた。いい天気だ。気持ちの良い青空が広がっている。


「あれは、何だ」


 青空に黒い点のようなものが見える。信じられない低空飛行でこちらに向かってくる。次第に大きくなる振動音。俺は目を凝らした。そして、その正体が分かった時、校舎の屋上から突き落とされたような絶望感が俺を襲った。



「俺は……まだ、夢を見ているのか……」



2015年8月3日投稿

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