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夏休みの夢(三千字)(童話)




「ほら、早く!」

「お姉ちゃん、待ってよ」


 二人の子供が薄暗いトンネルの中を歩いていました。小学生くらいの女の子と、その後を付いて行く小さい男の子。二人ともリュックを背負って、顔に汗を浮かべながら歩いています。


「トンネルに入ったら頑張って歩くって言っていたでしょ。ここは外と違ってこんなに涼しいんだから。ほら、頑張って」

「うん」


 男の子は急かされて歩みが少し早くなりました。けれどもここまで随分長い距離を歩いて来た様で、表情はだいぶ疲れています。先を行く女の子も、元気のいい声を出していますが、それは自分を元気付けるためでもあるのでした。


「さあ、頑張って、頑張って」


 女の子が男の子の手を引っ張りました。


「このトンネルを抜ければ、おばあちゃんの家はすぐなんだから」



*  *  *



 眩しく照りつける夏の午後の日差しの中、おばあさんが縁側で大きな西瓜を切っていました。


「あっ、あばあちゃん、スイカだ」


 一人の少女が庭を横切って縁側までやって来ました。


「おばあちゃん、どうしてスイカなんか切っているの。誰か来るの?」

「そうだよ。あなたみたいな女の子とその弟。仲の良い姉弟が来るんだよ」

「女の子と男の子……」


 少女は不思議そうな顔をしました。おばあさんからそんな話を聞くのは、初めてだったからです。


「そう。二人とも夏休みになると、毎年ここに来て、顔が真っ黒になるまで遊んで帰って行くだよ」

「ふうん」


 それだけ言うと、少女は黙って、おばあさんが西瓜を切るのをじっと見ていました。と、おばあさんが思いついたように言いました。


「ああ、そうだ、裏庭の井戸水で冷やしてあるのを持って来てくれないかね。ザルが置いてあるはずだから、それに盛って」

「いいけど、何が冷やしてあるの?」

「トマトとかウリとか、二人が好きな物がね、冷やしてあるんだよ」



 2



「あばあちゃん、またトマト食べさせてくれるかなあ」


 女の子に手を引かれながら、男の子が言いました。


「もちろん食べさせてくれるわよ」

「スイカやウリもあるかなあ」

「もちろんよ」

「それから、えーと」

「ほら、そんな事言っている間に歩いて、歩いて」


 女の子は男の子の手をぐんぐん引っ張って行きます。女の子には男の子がこんな事を言う理由が良く分かっていました。自分ももう喉がからからに乾いていたのです。

 もちろん背中のリュックの中には水筒が入っているのですが、それよりもおばあさんの家で食べるスイカやトマトの方が何倍もおいしいので、それには手を付けずに我慢して歩いているのです。


「あ、向こうが明るくなってきたよ」


 男の子が嬉しそうな声で言いました。女の子も出口が見えてきたのでまた元気が出てきました。あと少し、あと少しでこのトンネルを抜けます。そうすればおばあさんの家は、もう、すぐなのです。



*  *  *



「おばあちゃーん、持って来たよ」


 ザルに野菜や果物を盛って、先程の少女が戻って来ました。


「ああ、ありがとう」


 西瓜を切り終わったおばあさんは女の子からザルを受け取ると、その中身を大きな器に移し替え始めました。少女はそんなおばあさんを、またじっと見つめていましたが、やがて、


「ねえ、その女の子と男の子はどこから来るの?」


 と尋ねました。おばあさんは顔を上げると遠くを指差しました。


「あそこから」

「あそこ?」

「そう、あのトンネルから」


 おばあさんの言葉に少女は不思議そうな顔をしました。


「でも、おばあちゃん、あのトンネルは……」



 3



 二人は前方の出口に向かって一所懸命に歩いていました。しかしなかなか出口には着きません。前方に光が見えているのですが、距離は意外とまだあるのかも知れません。


「お姉ちゃん、なかなか出口に着かないね」

「そうねえ」


 それから二人は物も言わずに歩き続けました。前にある光に向かって、その向こうにあるおばあさんの家に向かって。しかし依然として二人はトンネルの中でした。まるで同じ場所で足踏みをしている様に、出口にはたどり着かないのです。いつもならとっくに外に出ているはずなのに、まだトンネルの中を歩いているのです。やがて男の子の足取りが極端に遅くなりました。


「何をのろのろ歩いているの。急いで!」


 女の子がきつい口調で言うと、男の子は立ち止まってしまいました。


「ほら、歩いて」

「もう、うっ、うっ、歩けない、うわーん」


 男の子は泣き出してしまいました。それを見て女の子の方も、今まで張り詰めていた気持ちがすっかり緩んでしまいました。女の子は背中のリュックを下ろすと、中から水筒を取り出しました。


「これ飲んで、少し休もうか」


 二人は腰を下ろすと、トンネルの壁に背中をもたれかけさせて、水筒の水を飲みました。喉の乾きが癒されると、重たい疲労感がのしかかってきました。


「お姉ちゃん、疲れたね」

「うん」

「お姉ちゃん、ぼく、なんだか眠たくなってきた」

「じゃあ、少し寝ていいよ。おばあちゃんの家はもうすぐそこなんだから。しばらくしたら、起こしてあげるよ」

「おばあちゃん、待ってるかなあ」

「少し遅れても許してくれるよ」

「スイカあるかなあ」

「あたしたちの分はちゃんと取っといてくれるよ。ふうー」


 女の子の方も頭が少しぼんやりしてきました。二人はこれまでおばあさんの家で過ごした、楽しい夏休みを思い出しながら、うとうとし始めました。



*  *  *



「あれは旧道のトンネルでしょ。でも……」


 少女の言葉におばあさんは少し悲しそうな顔をしました。


「そう、あの日から何年経ったかねえ。大きな地震と大きな津波でたくさんの物が失われてしまった。あの旧道のトンネルも崩れてしまった。いつまで待っても二人がやって来ないし、男の子と女の子が手をつないでトンネルに入って行くのを見た人もいたから、もう諦めるしかなかった。それにトンネルの下には新しい道路の工事も始まっていたから、結局あのトンネルはこれ以上崩れないように処置されて、そのままになってしまったんだよ」

「そしたら、その女の子と男の子は」

「あそこに眠っているんだよ、あの時のまま。これから始まる楽しい夏休みを夢見たままで。でも、それで良かったのかもしれないよ。二人の両親も大勢の友達も亡くなってしまったのだからねえ」


 おばあさんは器に野菜や果物を盛り終わると、ぼんやりした目で遠くを見つめました。


「あの子たちはもうここには来ない。それはわかっているんだよ。でもね、それでもね、こうして毎年、あの子たちの好物を準備しておいてあげるんだよ。そうすれば、あそこに居るあの子たちが楽しい夢を見られそうな気がしてね。いいや、もしかしたら、あたし自身が、あの子たちの夢になれそうな気がしてね……」




「お姉ちゃん、もうすぐだね。ここを抜ければ僕らの楽しい夏休みが始まるんだね」

「そうよ。あばあちゃんの美味しいスイカと野菜を食べて、日が暮れるまで川や野原で遊べるのよ。さあ今は眠って。目が覚めたらまた歩くよ」

「わかった。おやすみ、お姉ちゃん」

「おやすみ……」


 そうして二人は眠るのです。また巡ってくる来年のこの日まで、おばあさんに見せてもらった楽しい夏休みの夢を抱きながら、トンネルの中で静かに眠り続けるのです。




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