表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/52

リツイート 後編(四千字)(ミステリー?)

 




 期待通りだった。ツイートの返信をした翌日には、あたしの小説のポイントは以前と同じ数値を回復していた。

 そして数日後には日間ランキングの十位以内に入るまでになった。もちろんリツイートは相変わらず数百付いている。


「これなら日間ランキング一位も夢じゃないわ」


 あたしの気分は否応なしに高まっていた。それもそうよね。数週間前までは底辺を這いずり回る、ありふれた名もない一人の作者に過ぎなかったのだもの。それが今では日間の常連。遂にあたしの時代がやって来たのだわ。

 それはあたしに大きなモチベーションを与えてくれた。以前にも増してあたしは自分の小説に力を入れた。読者の期待に応えなきゃ、このランクを維持しなきゃ、あたしは必死だった。


 でも、物事、万事が上手くいくとは限らないのね。ブックマーク数も評価によるポイントも、そして書き込まれる感想数も、以前とは比べ物にならないくらい多くなっていた。でも、感想が……あたしはそれを見るのがすっかり嫌になってしまった。

 ひどいものよ。誹謗と中傷、妬み、やっかみ。そして、その内容のほとんどは、不自然なポイント数上昇への不信感だった。

 それはツイッターでも同様。あたしの宣伝ツイートへの返信は増加の一途をたどっていた。その内容は小説の感想と同じで、何か不正な手段を用いたのではないか、という疑問で埋め尽くされていた。

 もちろん違う。あたしは何の不正もしてはいない。あのツイートに返信をしただけ。


 ただ、疑念はあった。謎のユーザーが不正な手段を用いたという可能性。

 考えてみれば、これだけの短期間でリツイートとポイント数をこれほどまでに増やせるなんて、尋常な手段では絶対に不可能なはずだわ。何か特殊な方法を使ったに違いない。でも、あたしはそれを知るのが恐かった。

 あたしは雑音には耳を貸さないことにした。ツイッターの返信や小説の感想は一切無視して、あたしは小説を書き続けた。

 有名な掲示板で、あたしの悪口が書きまくられているという噂も耳に入った。それでもあたしは挫けなかった。何としてもこのチャンスを活かしたかった。

 そして、ある日、あたしの小説は、遂に日間ランキング一位にまで登り詰めた。達成感と充実。紛れもない幸福の瞬間。だけど、同時にあたしの中には、得体の知れぬ空虚な気持ちも生まれていた。


 今こそ本当のことを知る時かもしれない。あたしはDMを発信した。


 ――お久しぶりです。お陰様であたしの小説は日間ランキング一位になりました。でも、あたしの作者としての評価は地に落ちています。不正な手段を用いたのではないかと疑われています。どのような方法を使ったのか教えていただけませんか?


 数分後、返事が返って来た。


 ――了解しました。しかしDMでは書き込める文字数が少ないので、よろしければメールアドレスを教えていただけませんか。捨てアドレスで構いません。


 あたしはツイッターを作る時に取得したアドレスを教えた。ツイッター関連以外には使用していないので、好都合なアドレスだった。

 今度の返信には少々時間がかかった。ヤキモキしながら待ち続け、ようやくメールが届くと、あたしはそれを開封して読み始めた。



 5



 ――日間ランキング一位おめでとうございます。希望が叶ったあなたは喜びで一杯でしょう。ところで、我々がどのような手法を用いてそれを可能にしたか、あなたは知りたがっているようですが、それを知ったとしても、余り意味のないことだと思いますし、今となってはどうすることもできません。それでも知りたいと思われるのなら、先を読んでください。


 実は我々は『好意』を移し替える技術を有しているのです。人には生まれつき『好意』が備わっています。その総量は各個人によって様々です。多く備わっていれば多くの人を惹き付け、少なければ少しの人しか惹き付けられません。人気者とは一般の人よりも、多くの『好意』を備えた人物であると言ってもいいでしょう。

 あなたの持ち得る『好意』も、その量が決まっています。そしてあなたの行為に従ってそれは分配されています。一部はあなたの小説に、一部はあなたのツイートに、一部は作者としてのあなた自身に。


 さて、あなたは多くのリツイートを望まれました。それを実現させるためには、より多くの『好意』をあなたのツイッターに付与する必要があります。

 どこか別の場所から持って来て、付与することはできませんでした。なぜなら、あなた自身が利用できる『好意』の最大総量は決まっていて、既にあなたの『好意』はその最大値に達しているからです。あなた自身の『好意』を再分配するしかないのです。

 そこで我々はあなたの小説に分配されている『好意』を剥ぎ取り、あなたのツイッターに付与することで、この目的を達することにしました。十分間だけ現れた、あのツイート『小説サイトによるリツイート増加申込』とは、つまり、それを意味していたのです。

 大幅に『好意』を付与されたツイッターにより、あなたのリツイート率は跳ね上がりました。しかし、『好意』を完全に失ったあなたの小説はポイントを失っていきました。仕方のないことです。どんなことにも犠牲はつきものですからね。

 

 ここまで書けば後の説明は不要でしょう。あなたは更に自分の小説のポイントを上げることを希望されました。そのために我々は、作者としてのあなた自身の『好意』を剥ぎ取って、小説に付与したのです。結果は御存じの通りです。

 説明は以上です。質問があればどうぞ。


 あたしはすぐにメールを返信した。


 ――戻してください。今すぐ、なかったことにしてください。どんなに多くのリツイートをされても、小説のランキングが上がっても、作者としてのあたしに魅力がなければ意味がありません。お願いします。元通りにしてください。


 ――残念ですが、それはできないのですよ。一度でも『好意』を付与されてしまうと、その対象物から『好意』を剥ぎ取れなくなってしまうのです。ツイッターからも小説からも、もう『好意』は剥ぎ取れません。あなた自身は『好意』を持たない存在として、このまま過ごしていくしかないのです。

 けれども考えてみてください。これはあくまでネット上での話に過ぎません。実社会のあなたには無縁の事柄です。そう考えれば、ネット上でのあなた自身に価値がないとしても、構わないのではないですか。


 ――あなたたちは、どうしてこんな事をしているのですか。手間も時間もかかるでしょう。無償でこんな事をして、どんなメリットがあるのですか?


 ――疑問に思うのは当然ですね。本当は代金を請求して行いたいのです。けれども、有料ならば、こんな眉唾な話に乗ってくる作者さんなんていませんから、我々は別の方法で対価をいただいているのです。それは利用を申し込まれた方の『好意』を何割か抜き取るという方法です。

 最初の再分配を終了した時、あなたの『好意』の総量は少し減っていたのです。我々が対価として抜き取ったからです。二回目も同様です。こうして『好意』を貯めていき、それを必要としている大企業に高値で売買しております。

 不思議なことに経済活動を行う団体の『好意』の最大総量は、その経済規模によって増減するのです。急成長した企業などは、創業時の『好意』では足りなくなってしまうので、こちらの言い値で買い取っていただけます。『好意』を欲しがる方は大勢おられます。メーカーでも金融業でも、消費者を対象にした商売は、なにより『好意』を持たれることが一番大切ですからね。

 ああ、ご心配なく。何割か抜き取ると言いましたが、さして影響のないほどの量ですから。あなたにDMを差し上げたのは、あなたの『好意』が最大値に達していたからです。ですから、我々が引き抜いた程度ではさして影響はないはずです。世の中には本来持ち得るべき『好意』の半分ほどしか備えていない作者さんも大勢居られるのですから。

 あなたは、まあ、ごく普通の量の『好意』の持ち主でしたよ。


 読み終わったあたしはメールを閉じて、窓の外を眺めた。梅雨晴れの青い空が広がっている。しばらくネットの世界から離れたい……そう思った。



 6



 そして、あたしは今日もネットで小説を書いている。ツイッターはアカウントを削除して完全にこの世から消し去った。「小説家になろう」も退会して、そこに掲載していた小説は別の小説サイトに載せたわ。

 そう、『好意』の再分配をされたのは、あくまでも、あのアカウントのツイッターであり、「小説家になろう」の小説であり、あのIDの作者なの。それらを消滅させれば、『好意』の再分配はなかったことになる、それは追加のメールで、あのユーザーが教えてくれた方法。


「結局、元通りか」


 あたしは別のIDでもう一度「小説家になろう」に登録した。日間ランキング一位になった小説と一緒に、新しい投稿サイトに移ろうかとも思ったけれど、なんだか逃げるみたいで嫌だったから。

 移した小説の人気は普通くらいかな。所詮、それだけの内容のお話だったのね。そこのサイトでは「小説家になろう」の騒ぎには無関心みたいで、感想も当たり障りのない平凡なものばかり。

 もちろん、今、「小説家になろう」で書いている小説も、相変わらず底辺を低空飛行中。『好意』を二回も抜き取られて総量が減った分、前よりも面白いものを書かないと、もっと悲惨な状態になるかもね。


 あの謎のツイッターはまだ残っている。あたしは時々、覗いたりしているの。ひょっとして十分間限定の、


『小説サイトによるリツイート増加申込』


 のツイートが現れるかも、って思ってね。


 もっとも、現れたところで忠告なんかする気はないわ。世の中には自分自身の評価をおとしめても、自分の作品を世に出したいと思っている人は、ごまんと居るのですもの。邪魔しちゃ悪いでしょ。

 それにほんの一瞬でも日間ランキング一位になれたわけだし、いい夢を見させてもらったと今では思っているの。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ