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ソラトの皇  作者: 雪月葉
二章 新しい道のりと決断の交差
13/14

1 メイドの薔薇

 *


 魔国ベルヘイム。新生大陸《空天の座》において第二国家と呼ばれ、魂の還る国との別称がある。その理由は魔国首都、魔利唖マリアからすぐ近くにある大空洞と呼ばれる場所にあった。

 大空洞とはその名の通り、巨大な大穴が空いた洞窟の事だ。洞窟、とは言っても半径一キロ以上の大穴に加え、斜角九十度の断崖絶壁。さらには内部に入ると召喚獣の恩恵が打ち消されてしまい、飛行(タイプ)の召喚獣も役には立たない。内部には悪魔も多数存在しているようで、命綱をつけての探索も綱が切れるだけで終わってしまった。

 ただ一つ分かっているのは、その大空洞へ一年に一度、魂が集まるという事だけだ。何故そのような事が起こるのかは不明。どこから集まって来るのかさえも不明なのである。

 そんな理由もあり、魔国はある種、神聖な場所として紹介される事が多かった。



 魔国の皇はクジャク・じゅう魔光まこうと言った。家族構成は、孫娘が一人。息子夫婦は十年以上前に他界。妻もその頃に亡くしている。そのため、彼は老骨に鞭を打って未だに皇として君臨していた。

「ただいま戻りました、お爺様」

 暗い自室にてクジャクは目を細め、今扉を潜って現れた少女に顔を向ける。

「……おお、帰ったか。元気だったか? クーシャ」

「はい。お爺様は……あまり、お体の調子はよろしくなさそうですね」

 白い肌がドレスの裾から覗き、純白の長い髪がサラリと流れた。つい先日まで来ていた修道服を脱ぎ捨て、今では立派な一国の皇女の出で立ちをしているのはクジャクの孫娘、クシェリア・獣・魔光。歳は現在十四になった所だ。

 そんな少女が心配そうにクジャクへと近付き、何かを差し出した。

「ではお爺様、ジャッジメント土産の審判饅頭です。白餡とこし餡で白黒を表しているそうです。ちなみに中身は全てこし餡となっています」

「それ、私が黒って事かい?」

 不敵に笑う孫娘の姿に、クジャクは若干顔を引きつらせる。

「さあ? 少なくとも、空時ソラトの住人達は間違いなく黒だと思っていると思いますが?」

「……メルカパには悪い事をしたなぁ」

「……否定なさらないのですね?」

 渋い表情で溜め息を吐き出した。クシェリアの責める様な視線に、クジャクは真面目な表情をとった。

「……最近、自分でも何をやっているのか分からない時がある」

「お歳のせいですか?」

「いや、違う……と、思う。正直に言うと、私にも良く分からないのだ」

 瞳の中には本人でさえ困惑しているような光が見える。

「分からない、とは?」

 腑に落ちないクジャクの言い方に首を傾げ、クシェリアは疑問する。

「言葉の通りとしか言いようがないな。……良いか、クーシャ」

 名を呼び、しばしの。そして、真っ直ぐな眼差しが少女の瞳を見つめた。

「これから先、私の言葉は絶対に信用するな。例え、どのような状況にあってもだ」

「えっ……?」

 祖父の良く分からない言葉に、クシェリアは再度首を傾けるのだった。


 *


 悪魔襲来事件、及び魔国侵攻より既に二週間が経過していた。

 皇城にあるセルの部屋。今そこには部屋の主であるセルは存在せず、四人の少女達が集まっていた。四人が四人とも例外なく整った容姿をしており、美少女、美幼女が一堂に会している状況だ。その内の一人、騎士服に身を包んだ少女がこめかみに怒りマークを浮かべて目を閉じている。

「もう一度聞きますが、何をなさっているのですか? あ・な・た・た・ち・は?」

 ゆっくりと、確認する様な言葉。それの返答は、存外に適当なものだった。

「だから見ての通りだってば。セルがいなくて暇だから帰って来るのを待ってるの」

「そーそー。クソメンドイけど流石にお勉強には難癖つけられないからねー」

「お、菓子発見。セルのくせに生意気です。没収」

「だからって皇子のベッドでゴロゴロしないで下さい! あとそこのちっこいの! 勝手に戸棚を漁らない!? ああもう! ニヒト!」

 流石に怒鳴ってしまった。それも仕方ないだろうと無理やり納得させる。なにせこの三人の少女、仕えるべき主のベッドに寝転び、雑誌を読みながら缶に入っていた高級チョコレートを摘まんでいるのだ。これには騎士団の団長であるノゾミ・よく四慈陽しじようも我慢が出来なかった。手早く召喚獣、ニヒトを喚び出し、力を借りて三人をベッドから転がり落とす。宙を舞ったチョコレートを一つ残らず缶に戻すという神技を披露し、缶を元あった場所へと戻した。

 この強制行動に声をあげたのは先の三人だ。

「ちょっと! あにすんのよ、クソ痛かったじゃない!」

「ってーか誰がちっこいだ、誰が。温厚なオレでも怒る事はあるんですよ?」

「あー、絨毯もあったかい……あたしこっちでも全然いけるわー」

 反抗的な目を向ける者一名。殺気の込められた視線を向ける者一名。肌触りのいい絨毯に体を横たわらせる者一名。

 いずれにせよ、彼女達の性格に難があるのは良く分かった。

「はぁ、本当に貴女達は……。自分の立場を理解しなさい!」

 そう言ってノゾミはキツイ視線を三人の少女に向けた。彼女達はムスッとした顔をしながらも自分が着ている服を見下ろし、つまらなそうに吐息する。

「分かってるわよ、そんなの。つまりあたし達はセルの欲望を発散させるお人形ってことでしょ? 前に大地から聞いたわ」

 耳の尖った少女の言葉に、ノゾミは思わず噴き出した。

「何ですかその歪んだ情報は! と言うか、何故そうなったんですか!?」

「あー、聞いた聞いた。大地曰く、メイドはご主人さまの性欲を解消させる重要な役割が云々(うんぬん)

「死んでしまいなさい、その男」

 深いため息を吐き出し、片目だけでチラリと少女達を盗み見る。

 彼女達はノゾミにとって数少ない友人達だ。そして同時に、セル・くうのクラスメイトでもあった。

 ユゥリ・ひな名星めいせい。リンネ・せきおわり。シルフ・コドゥージュ。

 三人が三人ともかなり癖の強い人物ではあるのだが、セルを思う気持ちは本物だ。ついでに言えば、過去にノゾミは短い時間ながら彼等と共に過ごした事があった。そのためかは分からないが、ノゾミにしては異例の待遇を彼女達に与えていた。

 それはまあ、彼女の服装を見て貰えれば分かる事だろう。

「良いですか? 貴女達は皇子の付き人、侍従、メイドです。皇子の身の回りの世話をし、さらに皇子の身に危険が迫ればその身を犠牲にしてでもお守りするのが使命なのです」

 溜め息を一つ。

「……それなのに、掃除の一つもせずにダラけていてどうするのですか!?」

 雷が落ちるとはこの事だろう。部屋中に響き渡るノゾミの怒声に、三人は顔を見合わせて悪気も無く言った。

「いやだって、あたし掃除ってした事ないし」

「同じく」

「オレはしたことありますよ? まあ、ぶっちゃけ殺しの方の()()()ですけど」

「この……! 貴女達と言う人は……!」

 ユゥリは名家のお嬢様。シルフはシェアハウスでクラスメイトの一人、アイシア・月羽つきばねと暮らしており、家事の類は全てアイシア任せ。リンネに至ってはそもそもどこに住んでいるのかも不明だった。

 そんな彼女達に家事を任せるのは正直リスクが高過ぎるのである。つい先日、洗濯だと言ってセルの下着を一枚残らず破き去ったのは記憶に新しい。

「……本当ならば私が貴女達を骨の髄から教育し直すべきなのでしょうが、現在の情勢で付きっ切りと言うのはまず不可能」

「あーそうよねー。今魔国(ベルヘイム)と緊張状態なんだっけ?」

「ええ、その通りです。ですので、空翔騎士団長である私が騎士団から離れるなどもってのほかということです」

 元々、十年前の戦争によって二国間では亀裂が走ったままだった。それが今回、杯羅地方への侵攻により民衆レベルで魔国への悪感情が噴出しているのだ。シグルド皇は何とか抑え込もうとしているようだが、やはり病床に伏せっている以上大きな動きは出来ないでいる。

 今は魔国との国境付近には砦を再建し、ノゾミ率いる空翔騎士団に加え、ヨカイ・じゃ清華せいが率いる血迅騎士団が守りを固めている。

 今ここにノゾミがいるのは、皇都待機のセイジュウロウ・おう白斗光はくとこうへの報告がてらユゥリ達の様子を見に来たのだ。

「やはり失敗だったでしょうか……いえ、ですが心身ともに皇子の味方になってくれる者が少ないのもまた事実……」

 悩ましい問題である。

「ま、適当にやっていきましょうよ。人生何だかんだで何とかなるものよ? 難しく考えるとバカを見るし」

「貴女達のクラスではそうだったのでしょうね。ですが、事は一学級だけで済む問題ではないと言う事を忘れないで下さい」

 ユゥリの投げやりな言葉にイラッとしながら返事をする。再度溜め息を吐き出し、仕方ない、と顔を上げた。

「分かりました。どうやら貴女方は監視する人間がいなければどこまでもグウタラになると言う事ですね? それならば仕方ありません」

「へっ?」

 やや早口に言い、扉の外へと顔を出す。そして何か一言二言口にし、戻って来た。

「ちょっと、何やってんのよ? クソならちゃんとトイレ行きなさいよ? 便秘? 食物繊維とった方が良いわよ?」

「黙りなさい下品古代種(エルフ)。……今日から貴女達の上司になる方を紹介しましょう」

「は? 上司って何言ってやがるんですか? オレ達はセル直属じゃなかったんですかよ?」

「それですと纏まらないじゃないですか。ご安心を。上司と言うのはメイドとしての上司です。つまり、彼女の言葉は私の言葉、逆らえばそれなりの仕置きが待っていますよ、と。そう言う事です」

 案の定、ノゾミの言葉に反発の声を上げる三名。しかしそれら全てを無視し、扉の外の人物へと声をかけた。

「さあ、お入りなさい」

「は、はい! 失礼します!」

 現れたのは、サファイア色の髪の少女だった。着ている服はユゥリ達と同じようなメイド服だが、襟元には金色のピンバッジが付けられており、それは上位のメイドの証である。優しげな風貌と若干垂れた目が緊張に強張っていた。

「あん? オマエ……?」

 彼女達三人、その顔には見覚えがあった。あれ、と声を発したリンネに続く様にユゥリが目を細めるようにして眺め、シルフが首を傾げる。彼女達の疑問を余所に、青髪の少女は優雅に頭を下げた。

「お久し振りです、皆様。本日よりセイルド様の身の回りのお世話をさせて頂く、ローゼ・さき園緒そのおと申します。どうぞ、お見知りおきを」

 顔を上げ、ニコリと微笑んだ。


「あなた、確かうちの学校の……」

「はい。1‐Aに所属していた者です。それと、皆様に命を救って頂いた者でもあります」

「あー、そー言えばいたわね。確か。……あれ? いたわよね?」

「セルのついでに逃がしてやった奴ですね」

 ローゼの事を思い出したのか、ユゥリ達は頷いている。割とぞんざいな扱いだ。タラリと額に汗が流れた。

 コホン、と気を取り直してノゾミへと視線を向ける。

「そういう訳で、今日からこの子が貴女達にメイドのイロハを教えてくれます。各自、真摯な態度で教えを受け、どこに出しても恥ずかしくない、立派な従者になって下さいね」

「ちょっと待てコラ。信用のおける人物しかセルの近くには置かないっていってなかったですか?」

「もちろんですわ。それを踏まえた上で私が判断しました」

 敵かも味方かも分からない相手を雇う様な事はしない。もし雇った者が暗殺者であれば目も当てられないからだ。だからノゾミは今まで自らがセルの世話役を買って出ていたのである。

 そして、そのノゾミが認めた人物。それが彼女、ローゼなのだそうだ。

「確か前の事件以降、セルのメイド志望の子ってかなりの数がいたはずよね? 全員追い返したって話を聞いたんだけど?」

「ふむ、流石はユゥリです。良くもそんな事まで調べていますね」

「暇だったからね。……で、それがどうして雇ってるの? 内密に試験でもしたの?」

「まさか。大体、追い返したと言うのも少し話が違いますよ?」

 クスリと穏やかに微笑むノゾミ。その反面、側に控えていたローゼはビクリと肩を震わせた。

「ちゃんと私は皆に選択の機会を与えましたよ? それを無碍にしたのはあちら側。こちらには一切の非はありません」

「……選択?」

 リンネの問いにコクリと頷き、懐からギラリと光るナイフを取り出した。

「『本当に皇子の従者になりたいのであれば、この場で顔にこれを突き立て、女として死ね』と。たったそれだけを言ったまでですわ」

 女性の顔を傷付け、一人の女性では無くただの従者としての者を選定したのだ。同時に、セルの為ならばその身を犠牲に出来るか、と問うたのである。

 これには集まった少女達は顔を青くし、クモの子を散らす様に逃げ帰って行った。ノゾミは呆れた眼差しでそれを眺め、その場から去ろうとして、たった一人残った少女と目が合ったのだ。


 ――分かりました。それで彼のお側にいられるのであれば……。

 そう言って、青髪の少女はノゾミからナイフを受け取り自身の顔面に向けてナイフを振り下ろしたのだった。


「まあ、そんなような訳で、この子を気に入りましてね。今日まで私の持つ、従者としての技能を教え込んだのです。幸い、杯羅騎士養成学校は近くでしたからね。ニヒトならば一時間と掛かりませんし」

「って、ちょっと待ちなさいよ! 見た感じどっこも傷ついてないんだけど!?」

 ジロジロとローゼの顔を眺め、ノゾミに喰って掛かるシルフ。落ち着けるようにまあまあ、とナイフを差し出した。

「……あら? これ、偽物?」

 訝しげにそれを眺め、何かに気がついたのか恐る恐るナイフの先を押してみた。するとナイフの刃は引っ込み、もちろん手には怪我の一つも無い。

 おもちゃのナイフだ。

「ふふ。流石に女性の顔をいたずらに傷つけるはずがないでしょう?」

「そ、そりゃそうよねー!?」

 そんな女性の味方であるような事を言ってはいるが、ノゾミの内心では、セルの前に出すための女を傷つけるつもりがなかった、と言う意味となっている。結局はセル至上の考えである事に変わりはないようだ。

「と、とにかく! 経緯は分かったわ。でも本当に言いの? 学校はどうしたのよ?」

「オルバー学園長からはちゃんと了承は得ています。何よりも、今はセイルド様のお側にお仕えしたいと考えておりますので」

 少し寂しげな微笑を浮かべ、クラスの友人達を思い浮かべる。すぐにその映像を振り払った。

「ですので、本日より皆様にメイドとしての働きを御教授致します。四慈陽様より教え込まれた技術の全てを以て、皆様を立派な真人間に戻してみせますから!」

「真人間て……あたし達、そんなにだったかしら?」

「知らないわよ。ただ一つ言えるのは、クソめんどくさくなったって事かしらね」

「オレ、別に真人間になんてならなくても良いんですけどね」

 熱く燃えるローゼを眺め、ユゥリ達はゲッソリとした表情を浮かべるのだった。


 *


 皇城の一室、やたら広く、豪華な部屋の中央に机と椅子が置かれ、その前にはホワイトボードが設置されていた。空時ソラト国の皇子、セイルド・無・空時は椅子に座り、必死にノートに板書を写している。

 ホワイトボードの前に立っているのは縁無しの眼鏡をかけた美丈夫。空時国最強とも呼び声高い、英雄騎士団団長、セイジュウロウ・櫻・白斗光その人であった。そんな彼がセルと二人で何をしているのかと言えば、

「よろしいですか? セイルド皇子。先ほどお教えしたように、この場合は両国間による貿易摩擦により――」

「う、うぅぅ……」

 絶賛お勉強の真っ最中である。

 市井の出であるセルに皇族としての心構えと礼儀作法、さらには経済と政治。皇として必要な事柄を丁寧に教えていた。

 かれこれ三時間はぶっ続けでの授業に、セルの頭からは煙が上がっている。流石にこの状況では頭に何も入らないだろうと判断し、セイジュウロウはパタンと教本を閉じた。

「……そろそろご休憩を取りましょうか」

「ホント!?」

 赤い顔をしたままパッと顔を上げるセル。その様子に無表情で頷き、軽く手を鳴らす。

「ええ。時には休息も必要でしょう」

「失礼します、皇子殿下。白斗光様」

 それとほぼ同時に扉が開き、メイド数名がトレイに飲み物やお菓子を持って現れた。一人から手渡された氷水入りの袋を頭に乗せながら、セルは深く吐息する。

「あー、生き返るー」

 熱を持った額にひんやりとした心地が気持ち良い。差し出されたアイスティーで喉を潤しながら、セイジュウロウを盗み見た。

 三時間の勉強と言う事で、彼もまた同様の時間、ずっとセルに色々と教えてくれた。その間ずっとホワイトボードの前からは動かず、座る事もせずに。今も何やら資料に目を通しており、つい心配になって声をかけた。

「セイジュウロウさんも休んだらどうです? 疲れてませんか?」

「ご心配なく。この程度、疲れた内に入りませんから」

 素気無く言い切られ、会話が終わってしまった。どうしたものかと視線を泳がせていた所、セイジュウロウの方から声が掛けられた。

「しかし、皇子は呑み込みが早いですね。正直、ここまですんなりと理解して頂けるとは思いもしませんでした」

 血筋はどうあれ、十年間は市井しせいしんとして過ごしていたのだ。それよりも前の記憶は失っていたため、彼の中には皇族としての記憶は無い。それなのに、セルはセイジュウロウの授業に必死になりながらも付いていっている。

 セルは称賛の言葉に照れたように頭を掻いた。

「勉強とかは結構好きでしたし、セイジュウロウさんの授業も何だかどこかで見た事あるものだったんで何とか」

「ふむ……」

 彼の行った授業。その内のいくつかは、過去にユゥリ達によって体に叩き込まれた物だった。それを考えるに、どうも彼女達はセルの正体を知っていた、そう考えるべきなのかもしれない。

 とはいえ、それを聞いた所ではぐらかされるのが目に見えているため、特に何も言わないでいるが。必要になれば教えてくれるだろう。全幅の信頼を寄せた思考を頭の隅に寄せておいた。

 一瞬思案気な表情をしたセイジュウロウは、すぐに表情を消す。

「まあ、いいでしょう。流石は皇剣に認められたお方です」

 視線はセルの近くに立て掛けられた一本の古びた剣へ向けられていた。黒革の鞘に収められた、お世辞にも綺麗とは言えない黒ずんだ刀身の剣。その正体は、皇家に代々伝わる代物であった。

 どうにもそれが納得出来ていないセルは、首を傾げながら疑問する。

「皇剣……。あの、聞いても良いでしょうか?」

「何でしょう?」

「皇剣って、そもそも何なんですか?」

 漠然とした質問ながらも、簡潔な問いだ。セイジュウロウは顎に手を添え、何かを考えるように押し黙る。そして、口を開いた。

「皇剣とは、各皇家に伝わる伝説の奉具。その内の一つだと言われています」

「奉具? 伝説の?」

 奉具と言う言葉自体はセルにも聞き覚えがあった。召喚獣と契約する際に依代とされる物の事だ。ノゾミで言えば、首から下げたおもちゃの指輪。ユゥリならば、リボン。それは種々様々で、契約者にとって大切な物である事が多い。

 それが一般的な奉具というものである。

「皇子は、この大陸を制定した十ニの英雄の話を御存じですか?」

「十ニの英雄? それって、空天の座を悪魔の手から護り、国を創ったっていう?」

「その通りです」

 セルの答えに満足したのか、セイジュウロウはムッツリとした表情のまま頷いた。

 十二の英雄の話とは、よくある伝説である。


 千年以上も昔、空天の座大陸は神々の住まう地だと言われていた。だが何時の頃からか、空天の座に悪魔が出没するようになった。倒しても倒しても溢れ出す悪魔達に対抗するために、神々は十三の奉具を作り出したという。その内の十ニを特に力のある者達に託し、悪魔との争いに終止符を打ったのだった。

 戦いは終わり、荒れ果てた空天の座を癒した神々は、力ある者達にその地を託し、天上の世界(タカツクニ)へと旅立ったのである。その後、力ある物達は各々が国を興し、今日の十二国があるのだと言われている。


「そして、もうお分かりの通り、この十ニの奉具こそが皇剣を初めとし、十二国に伝わる伝説の奉具という訳です」

「へぇ、これが」

 ジロジロと皇剣を引き抜いてみる。やはり、ただのボロ剣にしか見えない。

「皇剣は皇子の先祖、十二の英雄で一番の剣の使い手であった、ゼグディース・無・空時様がお使いになられていた物だと聞いております」

「ゼグディース……様が!?」

 その名前は空時国の建国者として刻まれた者の名だ。流石にセルとてそれくらいは知っていた。驚いて取り落としそうになるのを慌てて抱き止める。抜き身の状態だったが幸いにも怪我をせずに済んだようだ。

「そんなに凄い物だったんですね……。でも、それじゃあ神獣って何なんですか? ただの召喚獣とは違うし、一つの奉具に宿ってるなんて……」

 当然の疑問を口にし、セイジュウロウを見る。彼は首を横に振り、僅かに顔をしかめて言った。

「残念ながら、それは未だに謎とされています。奉具に合わせて神々が創り出したとも、神々自身だとも伝えられていますが……その謎を解いた者はいないようです」

「はぁ」

「ただ一つ分かっているのは、神獣が他の召喚獣を圧倒するだけの力を秘めていると言う事だけです」

「……」

 確かに、セイジュウロウの言う通り神獣の力は凄まじいものだった。直接この目で見て、その力を借りたからこそ分かる。未熟で召喚獣の力など少しも引き出せずにいたセルでさえ、幻想種悪魔に対抗する事が可能になった。それがどれだけ規格外な事か、考えなくても分かるだろう。

「それ故に、皇族というものは国の守護者でもあるのです。神獣は各国に一体ずつ。下手に手を出せば、火傷では済みませんからね」

 カチャ、と人差し指で眼鏡を持ち上げ、そう締めくくった。

「さて、それでは休憩時間は終わりです。次は実技の方に移りましょう」

「じ、実技ですか?」

「はい。皇剣を持っていようと神獣を手足のように動かせなくては宝の持ち腐れ。そもそも、皇子はあれから一度も神獣を呼び出せてはいないと聞きます。先ほどの話の通り、神獣の所持者は皇国の守護者。いつまでも扱えないと言う訳にはいかないでしょう」

「うぐ……」

 実はそうなのだ。悪魔を打ちたおしたあの日より、セルは一度として神獣を喚び出せていないのである。ノゾミやヨカイ、その他騎士団の人々から召喚獣の扱いを教えられてはきたのだが如何せん応えてくれない。

 召喚獣よりもずっと扱いが難しいのだから、とノゾミなどは励ましてくれているのだが、ここまで反応が無いと以前の一件は夢か幻だったのではと考えてしまう。

 その不安を目聡く読み取ったのか、セイジュウロウは不敵な笑みをセルへと向けた。

「ご安心を、皇子。このセイジュウロウ・櫻・白斗光全ての力を以て皇子に神獣召喚をお教えさせて頂きます。この国の未来は全て、皇子の双肩に掛かっているのですから」

 ギラリと眼鏡が光ったような気がした。

 やる気になっている英雄騎士団長を相手に否定の言葉など出るはずもなく、セルは若干涙目になりながらも小さく頷くのであった。

「お、お手柔らかにお願いしますぅ……」

 果たして、消え入りそうな声が彼の耳に届いたのかは定かではない。


 *


 セイジュウロウ曰く、実技の授業を終えたセルは身も心も消耗し切った状態で皇城の自室へと戻って来ていた。

 まずは手始めに、と召喚獣と意思を交わすための瞑想から始まった。座禅を組み、心を無にして召喚獣の心を読み取るのだ、と言われた。心が乱れていれば木の棒で肩や頭を叩かれ、それが一時間も続いた頃にはセルの頭はコブだらけになっていた。

 それが終わると、今度はセイジュウロウが自身の召喚獣、レオアズエルで攻撃を加えて来た。戦闘の中で覚醒するかもしれない、との事である。もちろん、手加減はしているし大怪我を負わせる気のない攻撃ではあったのだが、曲がりなりにも最強騎士の筆頭。避ける事も防ぐ事も出来ず、三分と掛からずに意識を手放してしまう。

 それを十回ほど繰り返した所で皇城からノゾミが飛び出して来て、皇子に何をしているのだ、とセイジュウロウへと食って掛かった。飄々と受け流す彼の態度にこれまでの苛立ちも含めたものが爆発。ニヒトを呼び出し、その場に軽い惨状を作り上げていた。

 その他にも滝行をしたり地面に埋まったりしたのだが神獣は少しも応えてくれない。こうして自室へと帰って来た時には、既に辺りは夜の闇に包まれていた。

「……あー、疲れた……」

 息も絶え絶えにそう言い、暗い部屋の床に皇剣を放り投げた。柔らかな絨毯がそれを受け止め、セルはそちらに視線を移す事無くベッドへと近付く。

「あー、お風呂……まあ、いっか。今日は疲れたし、もう寝ちゃおう……」

 灯りを点ける気力も起きず、倒れ込むようにしてベッドへと身を投げた。

 ――ふにょん。

「きゃっ」

「……きゃあ?」

 ……気のせいだろうか。今、自分のすぐ側から女性の声が聞こえたような。しかも手には何やら柔らかな感触が吸いついている。サラサラとしたシルクの手触りと官能的な吐息が頬を撫で、セルはゾワリと嫌な予感に身を起こした。

「何よ、セル。もっと優しくしなさいよね?」

 聞こえたその声は、聞き慣れた少女の者だった。

「うわぁああ!? 何? 何やってんのシルフー!?」

 後ろに倒れてしまい、ベッドから転がり落ちる。そのままズザザ、と逃げるようにして退避したセルは灯りのスイッチを急いで入れた。

 一瞬光に目が眩み、手で目を覆う。そこにいる人物の姿を見るのに数秒の時間が掛かってしまった。

「何って? お疲れのあんたを癒してあげようとしただけじゃない」

 ムッ、とした表情で責めるような視線をセルへと向けて来る古代種エルフの少女、シルフ。不満気な彼女の心情を表しているかのように、長い彼女の耳は僅かに上に向いていた。

 だがセルにはそれに気付く余裕は無かった。理由はシルフの今の格好が主な原因だろう。

「ってか、服着なよ! 服!?」

 メイド服を着ていた時も驚いたが、今度はその比では無かった。薄紫色のネグリジェはスケスケで肌の色がハッキリと視認でき、純白の下着が否が応でもセルの視界に飛び込んでくるのだ。

 見た目は間違いなく美少女であるシルフの裸に興奮しない男はいないだろう。それはセルとて同じであり、健全な少年である彼にはあまりにも目に毒である。

「何よ、あたしの裸は見る価値も無いって事? 流石にそれはあたしでも傷つくんだけど? てか、セルに言われるのはクソムカつく」

「そうじゃなくて! ああもう――!」

「あ、逃げる気!?」

 バッと背中を見せるセルにシルフが声を上げた。当然だとばかりに逃げ出そうとする。だがドアの取っ手に鎖がグルグルと巻き付き、セルの逃亡を妨害する。

「っ、これは……!?」

「おっと、こっちは通行止めですよ?」

 誰がやったのかはすぐに分かった。暗器の扱いに長け、シルフと同様にセルのクラスメイトであるリンネだ。声のする方向へと視線を向け、

「やっぱりリンネちゃ――リンネちゃーん!?」

 顔を赤くしてすぐに顔を背けた。リンネの格好も、シルフとまったく同じような服装だったからだ。違いと言えばネグリジェの色が青で下着の色が黒と言う事だけだろうか。幼い彼女の肢体とはミスマッチのようにも思えるが、そのアンバランスさがどこか危うげな雰囲気を醸し出していた。

「おっ? セルのくせにオレの体に興味ありですか? ふふん、それはそれで良し、良い趣味してやがりますね、変態大将?」

「ちち、違うやい! って言うか、女の子がそんなに簡単に肌をみせちゃあ……うわぁ!?」

 目を瞑りながらの反論など誰も聞いておらず、リンネによってベッドへと放り投げられてしまった。小柄な少女だが彼女は1‐Cの武闘派四天王の一人。セル一人を投げ飛ばす事くらい造作もない。

 ボスン、とベッドの高価なシーツに迎えられ、セルは急ぎ状況の確認を行った。

「ふふん、皇子様って言ってもしょせんはセルよね。お帰りー」

「や、やっぱり君が主犯かユゥリ!? ってユゥリもかー!」

 そしてすぐに把握した。目の前にはシルフ達同様、ピンク色の下着を惜しげもなく晒した状態のユゥリがいた。その顔には楽しそうな表情が浮かんでおり、これまでにも何度となく見て来た笑みだ。

 広いベッドに腰掛けるユゥリと、その両隣りにはシルフとリンネが思い思いにベッドの上で悩ましげなポーズをとっている。

「そそ、それでこれは一体全体どう言う事ー!?」

 顔を逸らし、必死に彼女達を見ないようにして言う。

「それはもちろんー」

 ユゥリはクスリと妖しく微笑むと白魚のような指先でセルの顎をクイ、と持ち上げた。

「セルが疲れてるようだから、ちょっと癒してあげようかなー、ってね。もちろん、あたし達三人で」

「疲れてない疲れてない! 全然疲れてないからそんなのいらないかなー!? ……ちなみに、どうやって?」

 チラリと両隣りと視線を交わし、ポッと頬を赤く染めて、

「まったく、セルってばあたし達の口から言わせたいの?」

「変態ね、ド変態。クソ変態でも可……でも、セルだから許しちゃう」

「クク、初めてが4(ピー)とは、恐れ入りますね。皇子様っぽーい」

 そんな事をのたまった。

「何言ってんのさ三人とも!? あとリンネちゃんは全国の皇子様に謝りなさい! 多分色々と不敬だから!?」

 ユゥリ達の発言にセルはカァと顔を赤くさせて唾を飛ばす。思わず後ずさろうとするがいつの間にかリンネの鎖で捕らえられており、身動きが取れない。その間にも三人はジリジリと近付いて来る。

「ふふ、安心しなさいセル。痛いのは初めのうちだけだから」

「そうそう、すぐに気持ち良くなるわ。古代種エルフのパーフェクトボディ、堪能するといいわ!」

「むしろ痛みを快感にさせるのも腕の見せ所じゃねーですか?」

「誰かー! 誰か助けてー! ノゾミさんヘルプー!?」

 ドアの方へと向かって大声を張り上げる。しかし、返事は無い。

「無駄よーセルー。このあたしがそこら辺を徹底していないとでも思ってるのかしら? だとしたらちょっと過小評価よ?」

「わーん分かってたけどさー! ちょっとくらい期待してもいいじゃんかー! ユゥリのバカー」

「所でリンネ、その縄とロウソクは何に使うのよ?」

「ククク、お子様エルフは知らなくても良い事ですよ。ただまあ、一言で言えば……S?」

「リンネちゃん恐い恐い! あとおれは痛いのダメな人だからね? 忘れないでいてくれると助かります!」

 最早これまで。

 観念したようにギュッと目を瞑るセル。服に少女達の手がかけられ――

「何をしているのですかお三方はー!?」

 寸前、誰かの声と共にパシンという音が三度鳴り響いた。

『あいたー!』

 ユゥリ達の悲鳴が聞こえ、セルは固く瞑っていた目を薄らと開く。そこには、青髪の少女が巨大なハリセンを片手に立っていた。

「いつの間にか姿が見えないと思ったら……私の講習を抜け出して何をやっているんですか!?」

「講習って……あれはただの虐待とかパワハラとかそんな感じのだったわよね?」

「うんうん。頭にバケツ乗せて平均台を渡り切れ、とか。何その売れないマンガの修行編みたいなの。しかもバケツには水が入ってて重いし……首が痛くなったわよ」

「ってかメイド服でってのが謎です。歩きづらくて叶わないってーの」

「お黙りなさい!」

「いやあんた、ちょっとキャラ変わってない?」

 ボソリと誰に言うでもなくユゥリが呟き、キッと睨まれて口を噤んだ。不満顔ながらも、三人が大人しくなるだけの迫力がその少女にはあった。

 一体何者なのか、と青髪の少女を見上げてみる。

「えっ? もしかして……ローゼ?」

「はい、セイルド皇子。ご挨拶が遅れてしまい、申し訳ありません。本日より皇子のメイドとして働かせて頂きます、ローゼ・咲・園緒と申します。どうぞよろしくお願い致します」

 優雅に一礼をした少女は確かに以前見たローゼだった。しかし、彼女が纏う雰囲気や仕草は少し違う。以前よりもずっと洗練されている。

「同時に、ノゾミ様よりこちらのお三方の指導も任されました。ご安心下さい、私が皆さんを真人間にしてみせます!」

「いやだから、あたしらどんだけダメ人間よ」

「主の貞操を奪おうとするメイドがダメではないとお思いですか? そんな事を考えるのはこの頭ですか?」

 ハリセンでパシンパシンとユゥリの頭を叩きながら冷たい視線を向けるローゼ。

「痛い痛い、分かったわよ、ゴメンってば。それ地味に痛いんだけど?」

「反省の色は無し、と。仕方ありません……皆さん」

 ぶーぶーと不満たらたらな三人娘を呆れた眼差しで見下ろし、ローゼはパチンと指を鳴らす。するとどこからともなく数人の騎士が現れた。

「ちょっ、何よこいつら!? クソ放しなさいよー!」

「騎士服から見て空翔騎士団の連中? って、ちょっとどこ触ってるのよ」

「……なんでオレは芋虫にされてんですか? もっと穏便に連れていきやがれです」

 騎士達はヒョイ、とユゥリ達を持ち上げ、スタコラサッサとどこかへと連れて行ってしまった。リンネに至っては縄でグルグル巻きにされており、暴れることすら出来ないでいる。

 彼女達が居なくなった事により部屋に静かな沈黙が流れた。

 その沈黙を苦痛と感じたのか、ローゼはしどろもどろにセルへと言葉を投げかけた。

「えぇとその……とりあえず先ほど話した通りです。今後は私がセイルド様の身の回りのお世話をさせて頂きます。何かございましたら何でも仰って下さい。出来得る限りお力になりますので」

「え、あ、うん」

 どこかオドオドとした態度のローゼを訝しげに眺める。まるで子供が怒られるのを恐がっている様な、そんな仕草だ。

 しばらく黙っていたローゼだったが、意を決したように口を開いた。

「……その、怒ってらっしゃいます、よね?」

「えっ?」

 恐々と尋ねる彼女の言葉に、セルは本気で首を傾げる。どう言う事かと先を促すと、ローゼは観念したように弱弱しい口調で答えてくれた。

「……以前、私はセイルド様から……セル君から逃げてしまいました。いきなり一人になって心細いはずのあなたを前にして、です。例え皇子であろうと、あなたは私の命の恩人で、護ってくれた人。それなのに、あんな態度を見せてしまって……」

「ローゼ!?」

 ガバ、と勢い良く頭を下げ、ローゼは地面に這いつくばるようにして土下座する。制止するセルの声など聞こえていないかのように、ただひたすらに謝り続けた。

「ごめんなさい、セル君。弱い私で、本当にごめんなさい……」

「ローゼ……」

 しゃくりを上げる音だけが部屋に流れている。セルはどうしようかと思考し、すぐに一歩、彼女へと近付いた。

「その、何て言うかさ……ありがとう」

「えっ?」

  膝をつき、ローゼの視線と合わせるようにして絨毯を握り締める手を取る。思わぬ行動に、ローゼは驚きに目を見開いた。

「ここに来てくれた事、あの時一緒に悪魔と戦う事を認めてくれた事、色々あるんだけどさ。とにかく今は……」

 顔を上げたローゼを覗き込むように、セルは柔らかに微笑んだ。

「おれをセルって呼んでくれて、ありがとう。何て言うかさ、それが一番嬉しかった」

「あ……」

 一転してどこか情けないような笑みで頬を掻くセル。その表情に、言葉に、ローゼは胸が熱くなるのを感じる。

「……ううん、こっちこそ、ありがとう。でも、セイルド様? この服でいる時は皇子様として接しますから。だって私は、皇子殿下のメイドなんですから!」

「……そっか。それはちょっと残念だなぁ」

 ローゼは目尻に溜まった涙をグイ、と拭き取り、晴れやかな笑顔を見せるのだった。

新章スタートです!

更新は不定期ですが、続けて行きますので応援よろしくお願いします!

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