ベルは見ていた。
毎日毎日、かしこまった服を着て、同じところに通う様子をベルは見ていた。
その服は――男は黒の背広であり紺の背広であり、女は色地のブラウスとタイトスカートであり無地のブラウスとパンツであり、学生は各々の制服を着ておりそれらはセーラー服や詰め襟やブレザーであり――個人の意思よりもその団体の一員である事を示していた。
彼らは込み合った車内に乗り込み、いつもの場所へ向かっていく。
それらを全て、ベルは見ていた。
普段より少し華やかな服を身にまとい、足取り軽く車内に乗り込んでいく人をベルは見ていた。
彼らもしくは彼女らはこれから遊びに行くのだろう。相手は誰だか知らないが、それが善き相手である事をベルは祈っていた。
夕方、目を赤くして此処に戻ってきてもベルはどうする事も出来ないから。
残る電車もあとわずか。仕事が終わり、全身から酒気を漂わせる人が向かいの電車に乗ったお偉いさんに頭を下げる姿をベルは見ていた。
ベルは知らない。その頭を下げた人が家では決して自分の非を認めない事を。何があっても家人には頭を下げない事を。
ベルは知らない。お偉いさんが電車を乗り間違えている事を。
日も西の空に傾き、同じ制服を着た学生が賑やかに話している姿をベルは見ていた。
騒がしい学生の話し声にベルは普段より大きい音を響かせた。
学生がその音を疎ましく思おうとは、ベルは夢にも思わない。
たった一人の男を村人全員で見送る姿をベルは見ていた。家族は悲しみを帯びた顔をしながらも、精一杯笑みを浮かべて彼を送り出した。彼は手に赤い紙を持っていた。
けれども、今より六十年以上も前の事だからベルは覚えていない。
彼が帰ってきたのかどうかさえベルは覚えていない。
大きな荷物を持った人とそれを見送りに来た人の別れを惜しむ姿をベルは見ていた。
大きな荷物を持った人を乗せた電車が発車し、その車体が見えなくなっても手を振っている。車内にいる彼らもずっとずっと手を振っている。
自らの音で彼らを離ればなれにした事に今さらながらベルは後悔した。
<終>
ベルは見ていた。
ということで、駅のプラットホームに響くベルの気持ちでした。
こういう擬人化ってすきなんですよね。