7話『メガネ君と百夜通い』
「めっがねく~ん!来たよ~!!」
「何が『来たよ~』だ。呼んでないし」
「相変わらず冷たいなぁ。そこが良いんだけど!」
「・・・どこまで無駄にポジティブなんだか。いい加減、諦める気にはならんのか?」
「ならないよぉ!メガネ君こそ諦めて私の事好きになっちゃえば?」
「ならん」
「うっ、即答しないでよぉ。こうなったら、好きになってくれるまで図書室に通わなきゃ!」
「・・・嫌われても通うつもりだろうが。ったく、君は深草少将かっ」
「ふかくさのしょーしょー?」
「小野小町は知ってるか?」
「あったりまえよ!世界三大美女の一人でしょ」
「そう。平安初期の女流歌人で、六歌仙の一人でもある。深草少将は、その小町に懸想した若者だ」
「懸想・・・恋したって意味ね」
「少将は宮中で見掛けた小町に一目惚れして、後日、彼女に結婚を申し込む」
「きゃー!情熱的!素敵!!」
「しかし、その美貌から男に言い寄られ慣れてる小町は、少将をあしらう為にある事を言った」
「ある事?」
「『百日間、一日も欠かさず私の家に通えたら結婚する』と」
「百日か~、三ヶ月強ってとこね」
「少将の家から小町の家までは、現在の距離に換算すると5km程だが・・・。整備されておらず、灯りもない道を天候問わず通うのは大変だっただろう」
「うわぁ・・・」
「少将は毎夜せっせと小町の家に通った」
「がんばれ、深草君!!で、通いきったの!?」
「九十九日までは、な」
「・・・ぅっ、嫌な予感」
「百日目、その日は大雨が降っていたが、少将は無理して小町の家へ向かう」
「ドキドキ」
「しかし、途中の川が増水していて、少将は渡っていた橋ごと流されて死んでしまった」
「がーん!ひ、酷い・・・」
「その後、小町は夜毎に夢枕に立つ少将の怨霊に悩まされた。少将に取り憑かれた小町は落ちぶれ、悲惨な老後を送ったという」
「・・・浮かばれない話ね」
「ま、この『深草少将の百夜通い』は、室町時代に能の作者が創った話だけどな」
「へ?フィクションなの?」
「そう、深草少将は架空の人物だ。少将が雪に埋もれて凍死するバージョンもあるぞ」
「そうなの!?良かった~」
「何が良かったんだ?」
「恋が叶わないまま亡くなった人が本当にいなくて」
「・・・」
「あ、バイトの時間だ!またね!」
「ああ」
「・・・っと、そだ、メガネ君!」
「何だ?」
「私は叶わなくても、怨霊にはならないよ」
「は?」
「メガネ君を好きになれて幸せだから、振られても恨んだりしないよ」
「・・・」
「それに、メガネ君に想いが届くまで、百日でも千日でも通うのは苦じゃないよ!」
「・・・バイト遅れるぞ?」
「あ、やばっ!バイバーイ!」
「・・・ふう、やっと行ったか」
・・・・・・
(小町は日に日に少将が来るのを待ちわびる様になり、彼の訃報に泣き崩れたって話は・・・教えない方がいいな)