カジノは楽し 2
「それで一体、どういった依頼なんだ」
ジミーがおもむろに懐から葉巻を取り出すと、口に銜えて尋ねた。
「それが旦那、どうにもこれがまぁ……ほらっ、ギースさんも、最初から旦那に話してくれよ」
バットが渋い顔をして促すと、ギースがキョロキョロと辺りを伺い落ち着き無く話し出す。
「あっ、はい。それがそのう……うちの店に、かれこれ10日ばかり毎日通ってくる客がいるのですが、それで、その客を……まぁ、何というか……どうにかしてもらえないかと……」
ジミーが眉を寄せじろりと睨むと、ギースはたちまち額に玉のような汗が吹き出す。それを、慌てたようにハンカチで拭き取っていた。
「なんだ、質の悪い客でも居着いちまったか。しかし、それならお前のところにも、用心棒ぐらいいるだろう」
「それが……その客は暴れるわけでもなく、店に難癖を付けるでもないのですよ。ただ……ひたすら勝ち続けてるだけなのです」
ギースが、言いにくそうに目を伏せ答えた。
「あぁん、何だ! お前の店では勝つ客は認めてねえのか」
「いえ、そんな事は……ただ、明らかにおかしい。なんらかのイカサマを使ってると思うのですが……それが分からない。日に日に掛ける額が跳ね上がって、このままでは店が潰れてしまいます。だから、そのイカサマを調べてもらい出来れば……」
「店に来ないようにしてもらいたいってとこか」
ジミーが、言いにくそうにしているギースの言葉に続けて答えると、胡散臭そうな視線を向ける。
「イカサマねぇ……俺はお前の店で勝ったことがねえが、お前の店の方がイカサマとか使ってんじゃないのか」
「なっ、そんな事はありません。私共の店は品行方正を絵に描いたような高級カジノ店です」
ギースが憤然と顔を上げて言い切る。
「ふんっ、カジノに品行方正もないだろ……しかし、どうしたものかな」
ジミーは葉巻に火を付け煙りを燻らせると、首を傾げて迷う素振りを見せる。ジミーにとってカジノなどは、元々が非合法に近いものであり、胴元である店側が最初から有利に作られているイカサマのようなものだと考えていた。だから、客がイカサマを使うのも、あまり感心は出来ないが、それほど悪いとは思っていなかった。
それに何よりも、負けの込んでるジミーには、その客に拍手喝采を送りたいぐらいであった。
そんなジミーに、バットが声を掛ける。
「旦那ー! 借金があるのに迷う立場じゃないでしょう」
「ふんっ、えらく熱心だな。どういった風向きだ」
ジミーがジロリと睨むと、バットがにこやかに笑う。
「へへっ、グラントさんに言われてるんですよ。旦那の借金を返すのに協力したら、面倒をみてやろうってね」
「ちっ、あの野郎……余計な事を」
ジミーが嫌そうに露骨に顔をしかめる。
「まあ、元々そういう話だったので。旦那の所に俺が借金取りに行ったのが始まりですからね」
「そういや、そうだったな」
「だから、旦那には頑張ってもらって借金を全額返してもらわないとね」
更に嫌そうに顔をしかめたジミーが、今度はギースに鋭い視線を送り顔を向ける。
「まあ、良いだろう。だが、借金がちゃらになるのは当然として、必要経費以外に成功報酬に金貨一枚だ。それが嫌なら他をあたるんだな」
「だ、旦那ー! そいつは無茶だ。いくら何でもボリ過ぎだぜ。借金がちゃらになるだけでも御の字だってえのに」
バットがジミーの条件に驚きの声を上げた。
だが、ギースは「ふっ」と微笑を浮かべる。
「良いでしょう。それでお願いします」
ギースはそう言って頭を下げると、チラリと一瞬ジミーに視線を向ける。その時の瞳には、僅だが、怜悧な光が宿ったのをジミーは見逃さなかった。
「それでは、今晩にでもお越し下さい。お願いしますよ」
ギースはそれだけ言うと、ジミーの気が変わって断られるのを恐れてか、そそくさと逃げるように帰って行く。
それを、ジミーは目を細めて眺めていた。
「どうにも、気に食わない話だな」
「旦那?」
ぼそりと呟いたジミーの言葉に、バットが不思議そうな表情を浮かべた。
「あいつの店にも、荒事をこなす連中がいるだろ。何故、俺の所に話を持ってきた。仮に事情があって他所に頼むにしても、まずはドーソンの所かグラントの所にだろ。この街、とりわけ“ヘブン”でカジノを開いているなら尚更な。どうにも胡散臭い話だぜ」
「旦那はこの話に裏があると……」
「まぁな、しかし受けちまったのは仕方ない。やるだけの事はやるさ」
大きく葉巻の煙りを吐き出すと、ジミーはギースの出て行ったドアに鋭い視線を送っていた。
「旦那……変な話を」
肩を落としたバットが神妙な顔をする。
「気にするな。ちょっと面白くなりそうだからな。そうと決まれば……」
ジミーがカウンターの椅子から立ち上がると、バットが慌てたように声を掛ける。
「旦那、どこに?」
「アンナに頼まれてた件もあるからな、少し顔を出してくる。その後に“ダイス”に顔を出すかな」
「それなら、俺も後でダイスに顔を出しますよ」
「うん?」
「変な話を旦那に繋いだみたいなんでね。それに……」
申し訳なさそうな顔をしていたバットが、そこで顔を輝かせて笑いを浮かべて言葉を続ける。
「イカサマを暴く、とっておきを連れて行きますよ」
「……」
何か言いかけ、口を開けたジミーは結局何も言わず、手を上げると葉巻の香りを残し表へと出て行った。
◆
まだ陽が落ちるには早い夕刻。“ヘブン”の大通を、ジミーがのんびりと歩を進めていた。
夜の商売の女性達が店への出勤のためか、急ぎ足で歩くのを冷やかしていると、前方に黒山の人だかりができ、騒ぎになってるのが見えてくる。
ジミーはその人だかりの中に、今から会いに行こうとしていたアンナを見つけた。
「よお、アンナ。ちょうど良かった」
「あらっ、ジミー。珍しいわね。こんな早い時間に」
アンナが振り返って、驚いた表情を浮かべる。
「それにしても、何の騒ぎだ」
「それが、グラントさんの若い衆とドーソンの連中が鉢合わせして、ちょっと揉めてるみたいなのよ」
どうやらドーソンファミリーとグラントファミリーの男達が争うのを、遠巻きに見物客が集まっているようであった。
「ほぅ、面白そうだな」
そう言うと、ジミーは犇めく人ごみの中に、スルリと体を滑り込ませ前へと向かって行く。
「ちょっとジミー、危ないわよ」
アンナの心配そうな声に、ジミーは笑い顔を見せ片手を上げると、たちまち人ごみの中へ見えなくなった。
「アントンのアニキを殺らしたのは、お前らだろ!」
「けっ、妙な言い掛かりをつけるんじゃねえや! あんなへなちょこ野郎を殺った所で、俺達に何の得があるんだ!」
「な、なんだと!」
ジミーが人ごみをすり抜け前に出ると、大勢の柄の悪そうな男達が二手に別れ、今にも掴み合いを始めそうな勢いで言い争っていた。
「なんだ、まだ始まってないのか。さっさと始めろよ。それとも、お前らは口だけなのか」
にやにや笑いを張り付かせたジミーが、どこか小馬鹿にした口調で、男達を煽る言葉を口にする。
「誰だてめえ!」
「横から口を挟むんじゃねえ!」
たちまち双方が、殺気立ちジミーに詰め寄ろうとする。
「おいおい、相手が違うだろ」
ジミーが大袈裟に両手を広げ、ヘラヘラと笑い続ける。そして、懐から葉巻を取り出し口に銜える。
その余裕ぶった態度に、男達は怒りを更に掻き立て激昂しだす。
「てめえ、ふざけやがって!」
だが、片方の集団の中からひとりの男が前に出る。
「またジミー、お前か」
その男はジミーの見知った顔、グラントファミリーのマイクだった。
マイクはその右頬に残る傷痕を引き攣らせて、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「よぉ、マイクいたのか。しかしあれだな。お前が居るのにまだ明るい内からこの騒ぎ、グラントファミリーも少し箍が緩んでるのじゃねえか」
その言葉にマイクが更に顔を歪めると、舌打ちと共に口を開く。
「ちっ、いつかお前は後ろから刺されて、冷たくなる事になるぞ」
「ふんっ、俺を……殺る事が出来る野郎がいるなら出会いたいものだな」
ジミーの顔に、一瞬だけ哀しみのような表情が過る。
「お前がジミーか。たまに名前だけは聞くが……」
今度はドーソンファミリーの方から、男がひとり進み出る。
その男はスキンヘッドに髪を剃り上げ、ひょろりと背が高く、痩身のその体に氷のような冷たい雰囲気を纏っていた。
「なんだモヤシハゲ、お前は自分の事が格好良いとか思ってんじゃねえのか。自分が思うほど他人はそう思っちゃいねえぞ」
その男は、ジミーの悪態にも顔色を変えず、少し目を細めただけだった。
「ジミー気を付けろ。そいつは“斬脚”のディックといって……」
マイクが注意を促そうとする言葉の途中で、ディックの口から「シッ」と呼気が漏れる。それと同時に、“ヒュン”と風斬り音が辺りに響く。
ディックの右脚での蹴りが、ジミーに襲い掛かっていたのだ。
それは目にも止まらぬ早さの前蹴りだったが、ジミーはあっさりと横に体を開いて躱す。だが、天高く蹴り上げたその右脚が、半身になったジミーの頭上から、今度は倍する速さで襲い掛かる。
その降り下ろされる蹴りを、ジミーは体を捻り辛うじて躱す。しかし、銜えていた葉巻が刃物で斬られたかのように、すっぱりと半ばから切り落とされていた。
「ほう、今の蹴りを躱すとは……噂通り、いや、それ以上の男のようだな」
ディックが低く陰の籠った声で呟くが、ジミーはへらへら笑いを浮かべ話し掛ける。
「危ねえ野郎だぜ。だが、格好付けて無表情を装っているようだが、内心では相当腹を立ててるようだな。ははっ、なんとも肝の小さな野郎だ。お里がしれるぜ」
ジミーの言葉にディックが右のこめかみを、ヒクヒクと動かす。
「減らず口ばかり叩く男だな。それもこれで……」
ディックが腰を落として半身に構えると、左手を前にゆらゆらと動かす。
「ふんっ、どうやらそこらのゴロツキ共と違って、それなりに修練を積んでるようだな」
ジミーがディックの構えを見ると、嬉しそうに笑いを浮かべる。
そして、無造作に間合いを詰めようと動こうとした時に、「ピィィィィ」と尾を引くように笛の音が辺りに響き渡る。
その音と共に、周囲にいた見物人も蜘蛛の子を散らすように辺りに散っていく。
「何の騒ぎだ! 街中での騒ぎは捕縛の対象! 即刻、騒ぎを治めよ!」
大勢の警衛隊が大通りを駆け寄って来るのが見えた。
「ちっ、運の良い男だな。だが、今度会った時はただで済まさない」
ディックが構えを解くと、糸のように細めた目でジミーを睨み付けた。
「はぁん、お約束の台詞だな。知ってるか、そいつはやられ役の雑魚がよく口にする台詞だぜ」
ジミーが相変わらずの軽口を叩くと、「ちっ!」と、もう一度吐き捨てるように舌打ちして、周りの男達と共に去って行く。
ジミーが周りを見渡すと、いつの間にかマイクも、グラントファミリーの連中と共に姿を消していた。
「ジミー、相変わらず無茶ばかりするわね。ほら、行くわよ」
アンナがジミーに駆け寄り腕を組むと、警衛隊の目を気にしながらも、素知らぬ顔をして歩き出す。
「それで、私の頼み事は?」
「おぉ、そうだったな。その事なんだが、教会での評判は良さそうだ。しかし、どうにもその相手の男は厄介な男のようだな」
ジミーが眉を潜めて答える。
「それは裏表のある男ってこと。あの娘は騙されてるのかしら」
「いや、そうじゃなく。なんというか……そう、あれは復讐者の目といった所だな。今は、その怨み以外は考えられねえといった所じゃないかな」
「……そう」
アンナが顎に手をあて、考える素振りを見せる。
「一度、アンナの妹分のその幼馴染みに会わしてくれないか。後は、詳しく話を聞いてそれからだな」
「……そうね。分かったわ。それなら後で私の店にも顔を出して。その娘を連れてきておくわ」
アンナがにっこりと笑いジミーを見上げる。
「それで、こんな早い時間からふらふらとどこに行く積りだったのよ。私の所に来るにはまだ時間が早いわよ」
「いやいや、そんな事ねえだろ。まあ、夜にはちょっと用事があったからな。まだ早いかなと思ったが、アンナの店に顔を出すつもりだったのさ」
「夜に用事って、どこに行く積りだったのよ」
「……ちょっと、ダイスまでな」
アンナが突然立ち止まり、非難する視線をジミーに向ける。
「呆れたわね。これだけあちこちに借金を作ってるのに、まだギャンブルで遊ぶつもりなの」
「違う違う、仕事だ。ダイスの支配人に頼まれてな」
「ふーん、ほんとかしら」
アンナが疑り深そうにジミーを見詰めていたが、ふっと視線を外して、心配そうな表情を浮かべる。
「んっ?」
ジミーが物問い気な顔を向けると、アンナが不安を滲ませた声で答える。
「……私のギフトが早耳だってのは知ってるでしょ。ダイスについては、あまり良い噂を聞かないのよ。何でも、帝国南部にある組織の息がかかってるとかね。それに、裏ではドーソンの所と繋がってるとかね」
「ほぅ……いよいよきな臭い話になってきたな」
ジミーはその言葉とは裏腹に、にやりと嬉しそうに笑う。
「ジミーなら大丈夫だと思うけど……十分に気を付けるのよ」
それだけ言うと、アンナは心配そうな顔をしながらも、ジミーから離れる。
「それじゃ、あたしは店に帰るから後で寄ってよね」
「おぅ、心配すんな俺なら大丈夫だから」
ジミーは片手を上げ雑踏の中へと消えて行く。それを、心配そうな顔をしたアンナがいつまでも眺めていた。
第2話の登場人物も出揃い、いよいよ第2話も佳境へと突入する。
果たしてジミーが教会で出会った若者は?
そしてカジノダイスはどう係わるのか?
「俺を殺れると思うなら殺ってみればいいさ」
謎が謎を呼ぶ者達にジミーの鉄拳が唸る。
それではまた次回ね講釈をお楽しみに。