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俺が噂のジミー・ブラウン 4


 大陸中にその名を知られる商業都市ザッカラには、東西南北に大きなメインとなる通りがある。そしてらきっちりとわかれているわけではないが、大まかには五つのブロックにわかれていた。

 中心部にギルド本部や商会と商業施設が建ち並ぶ行政区。都市に出入りする正門があり宿泊施設が多数ある東ブロック。それなりの地位や所得を有する者が住み暮らす比較的安全な北ブロック。“ヘブン”と称する歓楽街を有する南ブロック。そして低所得者達が住み暮らす“スラム”と、ザッカラの住人から蔑まれる西ブロックがある。

 その“スラム”の表通りともいえる西の大通りから南に少し外れた所に、ジミーの万屋のある裏通りがあった。


 その裏通りから西の表通りに飛び出したバットが、そのまま大通りをまたいで北に向かって全力で走っていた。そして大通りをつっきると、北に一本ずれた通りの住宅密集地の中にある、二階建て家屋に駆け込んだ。


「ふう、足の速い野郎だな」


 追いかけてきていたジミーが、その家屋の前にくると短く息をはきだした。


「ちょいと、おろしておくれよ」


 小脇に荷物のように抱えられていたマルグ婆さんがジタバタと暴れる。ジミーが無造作に手を離すと、マルグ婆さんは転がるように地におり立った。


「本当に乱暴な男だね。まったく、お姫さまだっこまでとはいわないけれど、年寄りはもう少し丁寧に扱うものだよ。おや、あの男の家にしては、洒落た家に住んでいるね」


 ぶつぶつ文句を言いながら立ち上がったマルグ婆さんが、その白く濁った瞳で周りや目の前の家を眺める。


 目の前にある家屋は以前になにかの店をしていたのか、周りに綺麗な装飾がされている瀟洒な佇まいをみせていた。


「けっ、生意気な野郎だ。まだ半人前のくせに」


 ジミーが苦虫を噛み潰したような顔をして中に入り、マルグ婆さんが「ほぉ」と感心した声をあげ後に続く。


 家の中には、まだ以前の店の名残なのか正面には大きなカウンターがあり、その前でバットが幼い女の子を抱きしめていた。


「ミリー、無事だったか。兄ちゃんは心配したぞ」


「兄さん、またそんな派手な服を着て……恥ずかしくて表を歩けないわ。それに、そんなに服を破ってまた喧嘩でもしたのでしょう」


 バットが幼い女の子に嬉しそうに抱きつき、ミリーと呼ばれた女の子は鬱陶しいそうに、眉をよせ文句を言っていた。


 どこか大人びた口をきくミリーと呼ばれた女の子は、背の高さがバットの腰の高さにも届かない、とても10歳には見えない小さな女の子だった。長い黒髪を後ろで束ねて、目は大きく逆に鼻と口は小さな可愛らしい顔立ちをしている。だが、鼻の上に針金細工の黒いフレームの丸いメガネが乗っかり、革紐で耳に結んでいる。


「兄さん、ところでこの方達はどなたですか」


「旦那! それに婆さんも、俺の後を追いかけてきたのか」


 バットは振り向き照れたように頭をかくと、ミリーは首を傾げて不審な様子をみせる。


「あんたの妹にしては可愛らしい子だね。あたしゃ南の裏通りで辻占いをしているマルグというただの婆さんさ、こっちの男は万屋を営むジミーという、ロクデナシだから気をつけるんだよ」


「口の減らない婆さんだ。それで、その子がお前の妹なのか」


 ジミーが睨むとマルグ婆さんはあらぬ方に顔を向け、よたよたと歩く。


「お婆さん、大丈夫ですか」


 目に気付いたミリーが慌てて駆け寄り支えた。


「おぉ、盲だ婆を助けてくれるのかい。ミリーというのだね。男共と違って優しい子だよ、この子は」

 マルグ婆さんが微笑みを浮かべる。


「騙されんなミリー、その婆さんは家の中どころか、外まで見えてるからな」


 バットがミリーとマルグ婆さんの間に入ろうとする。


「なにを言ってるの兄さん、目の不自由なお婆さんに向かって」


 ミリーが本気で怒り出した。


「いや、違うって、その婆さんは千里眼のギフト持ちだから」


「……たとえそうであっても、お年寄りは敬い優しく接するものです。それを兄さんは……」


 言い訳するように言うバットを、ミリーが小さな手でポカポカ叩き出した。


「ウヒャヒャヒャ、あんたには勿体ない妹だね。それにしても、よく出来た子だよ」

 マルグ婆さんはそんな二人を見て笑っている。


「もうそれぐらいにしてやれ。バットはその婆さんに、詐欺まがいの手で騙されかけたからな」


 ジミーがミリーの小さな手を掴み話しかけると、レンズの奥にある大きな瞳で睨んだ。


「あなたは兄さんの悪い仲間ですね。何をしにきたのですか」


「おいおい、俺は万屋のジミー。お前の兄ちゃんとはまだ会ったばかりだぜ。今日はそうだな……兄ちゃんに招待されて、食事をご馳走になりにきたってところかな」


 肩をすくめてジミーが大仰に両手をひろげる。


「旦那、まだ俺にたかろうってか勘弁してくれよ」


「ウヒャヒャヒャ、それならあたしもご馳走になろうかね」


 バットが嫌そうに顔を曇らせ、マルグ婆さんが手を叩いて大喜びしていた。


「ふぅ、わかりました。私はミリー・ホー。兄さんが誰かを連れてくるのは初めてですね。今日は特別です。兄さん、そのテーブルを動かしてください」


 ミリーがため息をついて、壁際に立て掛けている大きな丸いテーブルを指差した。



 中央に丸テーブルを据えて皆が席につき、料理が並べられると、ミリーが恥ずかしそうに言い出す。


「あまり、たいした物はありませんが」


「なんだ肉はないのか。もう少しましなのはなかったのかよ」


 テーブルに並んだパンや野菜、野菜を煮込んだシチューを眺めて、ミリーの言葉にかぶせるようにジミーが悪態をつく。


「旦那、ひとの家でゴチになってそれはねえだろ」


「その男のことはほっときな。ジミーの悪態はいつものことだからね」


 ミリーがムッとしてバットが文句を言うと、マルグ婆さんがケタケタ笑って言った。


 気をとり直したミリーが、

「それでは皆さん、食事の前に創造神テセウス様に感謝の祈りを……なっ」

 両手を前で組み祈りを捧げようとしていたが、その前でジミーがすでに食べはじめていた。


「なんてマナーの悪い人なのでしょうか。食事の前にテセウス様に祈りを捧げるのは、当たり前のことですよ」

 ミリーがその可愛らしい顔の眉間に皺を寄せ、眉をひそめる。


「小生意気な、うるせいガキだな。この界隈じゃ祈るやつなんていねえよ。だいたいテセウスなんて神様は本当にいるのかよ」


 ジミーが顔をしかめて答える。


「なっ、なんと罰当たりなことを、あなたもギフトの儀式を受けたのなら感じたはずです」


 ミリーが驚いた拍子にずれた眼鏡を直しつつ言う。


「あいにく俺は、儀式の時にギフトをもらってねえからな」


「えっ、そんなはずねえだろ。儀式を受けたなら皆、もらえるはずだぜ」


 肩をすくめるジミーに、バットが吃驚して顔をむける。


「仕方ねえだろ。本当のことなんだからよ。それに、お前らテセウスとかいう神様を見たのかよ。俺の聞いた話じゃ、部屋に光球が舞い降りるだけって聞いたぜ。それと、ありがたいお言葉てのも、なにやら訳のわからん神代文字とかいうものが頭の中に刻まれるだけと聞いたぞ。テセウス神やありがたいお言葉ってのも、神殿の連中が勝手に言ってるだけじゃねえのか」


「う〜む、確かにそうじゃの。昔からそう言われておるうえに、あたしらも生まれた時からそう教えられておったから……そんなものだと思っておったが」


 ジミーの言葉に、マルグ婆さんが考え込んでいた。


「お、お婆さんまで、そんな……あなたは周りに悪い影響を与える人のようですね」


 ミリーがジミーを睨み付けた。


「それで旦那は、儀式の時に何も起こらなかったのかよ」


 バットが不思議そうに言うと、ジミーは「ふんっ」と鼻を鳴らして後は問い掛けに答えず、黙々と料理を食べ始めた。


 気まずい雰囲気の中、皆は食事を始めたが、しばらくしてマルグ婆さんがミリーに顔を向ける。


「ところで、バットよ。ミリーを何故、治療師のところに連れていかぬ。ギフト持ちの治療師なら視力の矯正など簡単じゃろ」


「あー、抑制レンズのことか、ミリーの場合は視力が悪いのじゃなく、その逆、見えすぎて……」


 ミリーのことを聞かれて嬉しいのか、にこにこしてバットが話していると、突然ミリーが鋭い声を発した。


「兄さん!」


「あっ、すまねえ。婆さん、これ以上は内緒だ」


 ばつが悪そうにバットがミリーに頭を下げ、これ以上聞くなとばかりに顔の前で手を振った。


「ほぅ、それはギフト関連ということだな。抑制レンズを使ってるならかなり強力なもの、婆さんと同じ千里眼か、それとも……どっちにしろ目に関するギフトだな」


 しかし、ジミーが興味深そうに兄妹に目を向けた。


「旦那、それ以上は……」


 バットがジミーとミリーを交互に見て、拝むように言う。


「ふんっ、まぁいいだろ。しかし、目に鼻か、お前ら面白れえ兄妹だな」


 ジミーがにやりと笑う。

 その後、バットのシスコンの話にジミーがつっこんだり、前にいた街の話などして楽しげに夕食を終えた。



 夕食の後片付けをしていると、ジミーがいつのまにか姿を消している。

 バットがジミーの姿を探して家の外に出ると、ジミーは葉巻を燻らせ、夜空に浮かぶ月を見上げていた。


「旦那、こんな所にいたのですかい。もう帰るつもり……いや違う。この匂いは……旦那、どこに行くつもりです」


 バットが探るように視線をジミーに向ける。


「嫌な野郎だな。犬みたいにクンクン嗅ぎ回りやがって……ふぅ、少しモーガン商会でも覗いてこようと思ってな」


 煙りを吐き出し、見上げていた視線をバットに向けた。


「旦那はやっぱり帝国が絡んでいると……なら明日、明るくなってからでも」


 バットが心配そうに不安な表情を浮かべる。


「いや、早い方がいいだろ。酒場のガキと約束したからな。行方不明になってから何日もたってる……早いにこしたことはない」


「旦那はやっぱり」


 バットがにやりと笑った。


「馬鹿、勘違いすんなよ。万屋ジミーは受けた仕事はきっちり終らせる。それだけのことだ」


 ジミーがもう一度月を見上げて、葉巻の煙りを燻らせる。


「それなら、俺も一緒に行くぜ!」


「いや、お前はここに残ってろ。またあの連中がここに押し掛けてくるとも限らないからな。なに、大丈夫だ。ちょっと覗いてくるだけだから」


 ジミーがちらりとバットを見て言っていると、背後に強烈な気配を感じた。二人がその気配に驚いて振り返る。


「こいつは……」


「ミリーお前……」


 そこには眼鏡をはずしたミリーが、大きな瞳を光輝かせて立っていた。

 そしてよく見ると、足元が地から離れ、拳ひとつ分宙に浮いている。


《闇に魅入られし者よ。我は……。時は満ちた。今こそ約定を果す時、我と共に》


 ミリーの声とは全く違う、透き通るような声が辺りに響く。だが、途中で力尽きたのか、ミリーは瞳を閉じ前のめりに倒れそうになる。

 慌てたバットが駆け寄り抱き止める。


「ミリー、大丈夫か。どうなってんだよ」


 バットが困惑してミリーを抱き締める。

 眉を寄せ顔を険しくしたジミーが、目を閉じ胸を大きく上下させているミリーを見詰める。


「……もしかしてやつらが探しているのは……バットお前は妹のお守りでもしてろ。俺はちょっと行ってくるぜ」


 そう言うと、月明かりの中、ザッカラの中央区に向かって歩き出した。


「旦那……」


 ミリーを抱き締めたままバットが、情けない声をだし見送る。


「うーん、兄さん。あれっ、私は何故ここに」


 目を覚ましたミリーがバットを見上げ、どこか疲れた声をだした。


「おぉ、ミリー! 目を覚ましたか……よかった」


 バットがほっとして笑うと、ミリーは周りをキョロキョロ見ていたが、先ほどまでバットが見ていた先に、歩き去るジミーの後ろ姿を見つける。


「あっ、あの人、本当にギフトを持っていないわ。でも、あれは……あの人の周りに闇がまとわりついているわ。兄さん、あの人は何者なの」


 その大きな瞳を驚いたように大きく見開き、遠ざかるジミーを見詰めていた。


「ミリーお前の解析のギフトでもわからないのか。俺の匂いのギフトでもよくわからない。今まで匂ったこともない危険な匂いなんだが……しかし、どこか懐かしいような人を魅了する匂いも……」


 二人はジミーが見えなくなるまで眺めていた。



次回

俺が噂のジミー・ブラウン最終話!


遂に行方不明事件に幕が……!


それでは、次回の講釈もお楽しみに



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