俺が噂のジミー・ブラウン 2
「ジミーの旦那、何かあてはあるのかよ」
ジミーの後をついて歩くバットが、ジミーに話しかけた。無視するように黙って歩いていたジミーが、ふと立ち止まる。
「お前、金は持ってるか」
ジミーがにやにやとした笑いを、バットに向ける。
「少しぐらいならって……そ、それはどういう事だよ」
「なら大丈夫だろ。手っ取り早くさっさと見つけるか」
「えっ、それはまさか……」
困惑した顔を見せるバットを無視して、ジミーがにやにや笑いを張り付かせたまま、また歩き始める。
「おっ、ここだここだ」
ジミーがバットの言葉を無視してまま、古ぼけた建物の横にある、地下へ降りていく階段を降りはじめた。そして、階段の下にある扉をノックもせず無造作に開ける。
「婆さん、いるのか!」
扉の中の暗闇に向かって怒鳴った。
「旦那、ここは一体……」
バットが物問い気な視線でジミーを見詰める。
「ここか、夜に裏通りで辻占いをしてる婆さんが、昼間はここにいるはずなんだが……」
「占いって、まさか占いで探してもらうつもりなのか……大丈夫かよ」
バットが呆れて肩を竦める。
「ここの婆さんは占い自体はあてにならんが、探し物だけはこの街一番だからな。おーい婆さん、いないのか!」
バットが疑わしそうに中の暗闇を見詰めていると、嗄れた声が響いてくる。
「誰だい、こんな時間に。悪口を言うなら本人のいない所でやっとくれ」
「こんな時間も何も、まだ昼間だぞ婆さん」
ジミーが文句を言っていると、どういう仕掛けなのか壁際に配されたローソクが、順番に炎を灯していく。
すると、揺らめく炎に照らし出されて、そこが小さな部屋だというのがわかった。部屋の中では、棚や机の上に何に使うのかわからない道具などが、雑然と並べられている。
そして、部屋の中央では、目がもう見えなくなっているのか、白く濁った瞳の年老いた女性がいた。その老婆はロッキングチェアに座り、椅子を前後に揺らしている。
ジミーが年老いた女性に近付くと声をかける。
「婆さん、俺だ。ジミーだ」
「おやおや、誰かと思えばジミーかい。金を返しに来てくれたのかね」
年老いた女性は、やはり目が見えないのか、顔を明後日の方に向けて答えた。
「ふん、婆さんには階段を降りる前から俺だとわかってただろ。それと金を借りた覚えはないぞ」
「おやおや、前回と前々回の料金をまだもらってないよ」
「ちっ、覚えてやがったか」
ジミーが舌打ちして顔をしかめて答える。
「まだ、そこまで耄碌しちゃいないよ。前の料金を払うまで次はないからね」
「……バット」
ジミーが振り返ってニヤリと笑うと、バットを見詰めた。
「おっ、俺かよ……はぁ、まじかよ……婆さんいくらだ」
バットがため息と共に問い掛ける。
「おや、払ってくれるのかい。そうだねぇ……全部で5千タラン貰おうかねぇ」
「た、たけぇー! 高すぎるだろ。いくらなんでもボリすぎだろ」
バットが懐から財布を出そうとしたまま固まり、驚きの声をあげた。
「めしいだ婆への功徳と思えば、5千タランは高くはないじゃろうて」
弱々しく、すがるような表情を顔に浮かべた年老いた女性が、白く濁った瞳をバットに向けて答える。
「うっ、それは……」
バットが困惑して顔を歪めて口ごもる。
「婆さん、こいつは派手な身なりをしてるが、まだグラントの所の見習いだから金は持ってねえぞ。相場は3百がいいところだろ、前のと今回と合わせて9百もあればいいのじゃないか。バット、お前も以外と正直者だな、そんなに他人をすぐ信用してるようじゃ、この街で暮らしていけないぜ」
ジミーが年老いた女性とバットに、交互ににやついた顔を向ける。
「派手な身なりって見えてるのか」
バットが驚いて老婆の瞳を見詰める。
「いや、目が見えないのは事実だが、この婆さんのギフトは千里眼、目の見えてるお前より周りはよく見えてるはずだぜ」
「なっ、千里眼……」
「ジミーあんた、なにあたしのギフトを他人に教えてんだい」
バットが驚き、老婆が目を剥いて怒り出した。
「なんだ、秘密だったのか」
「あたりまえじゃろ。ギフトは他人にめったやたらと教えるもんじゃない」
「こいつなら大丈夫だよ。見た目と違って意外とまともそうだからな」
ジミーが顎先でバットを示して言うと、老婆は濁った瞳で見定めるようにバットを眺めた。
「……まぁ、いいじゃろ。しかし、今回の分も含めて1千タランは払ってもらおうかね」
「仕方ねえな。バット、払ってやれ」
「旦那、払ってやれって簡単にいうけど、1千タランといったら銀貨1枚だぜ。おいそれとは……」
バットが泣きそうな顔で訴える。
「仕方ねえだろ。もとはといえば、お前が子供の前でかっこつけるからだろ。それに、グラントへ、お前を売り込んでおいてやるよ」
「ぐっ……わかったよ、払えばいいんだろ」
バットは名残惜しそうに、財布から銀貨を取り出し老婆に渡す。
「ウヒャヒャヒャ、銀貨なんて久しぶりに見たね」
老婆が大喜びして、ジミーもにやついている。
「なぁ旦那、まさかその婆さんとグルになって、俺からまきあげてないよな」
「そんな事ねえよ。婆さん、さっそく探してもらおうか」
ジミーがにやついてバットに答え、老婆に向き直ると顔を引き締める。
「それで何を探すんじゃ」
「ガキをひとり探して欲しい」
老婆の問い掛けにジミーが、真面目な顔で答える。
「ほぅ、人探しかい。その子供の名前は?」
「……バット、ガキの名前はなんだ」
ジミーが振り返ってバットに訊ねる。
「えっ、旦那が知ってるのじゃ…………」
バットも困惑して声で答えた。
「なんだいあんた達は、探す相手の名前も知らないのかい、呆れた男達だねえ」
「“酔いどれ亭”のガキなんだが、名前を聞くのを忘れたな」
「あぁ、酒場の子供なのかい、よく知ってるよ。兄妹のどっちだい」
老婆がちょっと驚いた顔をする。
「兄のほうだが」
「それなら、今年で10歳になるマークだね」
「婆さん、よく知ってるな」
「ふん、裏通りの事なら私の知らない事はないよ」
「婆さん、覗きが趣味か。まさか、俺の所も覗いてるのじゃないだろうな」
自慢気に言う老婆に、ジミーが疑いの眼差しを向ける。
「馬鹿をおいいでないよ。あの兄妹は柄の悪い男が集まる酒場の子供にしては、よくできた子供達でねえ。年寄りの私をよく労ってくれるのさ。しかしあの子がねえ、まさか誘拐されたのじゃないだろうね」
「どうせ、家出でもしたんだろ。それより婆さん、早く探してくれよ。陽がくれちまうぜ」
老婆は頷くと、棚から水晶を取り出し机の上に置き、手のひらをかざして何やら口の中でゴニョゴニョ言い出した。
「おい婆さん、ギフトを使うだけだろ。その水晶や怪しげな呪文はいらねえだろ。俺達にそんな虚仮威しはいらねえぞ」
「うるさい男だねえ。この方が雰囲気が出て集中しやすいのさ。それに、水晶は触媒になって力を増幅してくれるからね。それと、私のギフトはそんなに強い力じゃないから裏通り界隈ならよく見えるけど、少し離れると断片的にしかわからないからね」
老婆はジミーの野次にぶつぶつ文句を言いながらも、精神を集中させていく。しばらくすると、その見えぬ瞳に何かが映るのか語りだした。
「これは、商業ギルドが見えるね。おやこいつは……ドーソンじゃないかい。それに……あっ、気付かれた……うわっ」
老婆が慌てて机の上にあった水晶を、床に叩きつけて粉々に破壊した。
「おい婆さん、どうした! 何が見えた!」
老婆は力なくロッキングチェアに腰をおろすと、大きく息を吐きだし、話し出した。
「商業ギルドの建物の一室で、ドーソンとあと二人の男が子供達について話してるようだった。私がもっとよく見ようと、集中するとひとりはギルドの偉い人のようだったけど、もうひとりは……強力なギフト使いだった。覗いてる私に気付いて逆に辿ってこようとしたんだよ。あんなに力の強いギフト使いは初めてだよ、今思い出しても寒気がするよ。振り切ったと思うけど……」
「旦那、ドーソンといやあ、うちのボス、グラントさんとザッカラで勢力を二分するドーソンファミリーのボスですぜ」
バットが驚いてジミーに声をかける。
「ドーソンの所にそんなに強力なギフト使いがいるとは聞いていなかったが、婆さん、そのギフト使いはどんな野郎だった」
ジミーが老婆に厳しい視線を向ける。
「よくは見えなかったけど、そこらのゴロツキのような感じじゃなく、訓練された兵隊さんのような感じだったね。それよりあんた達、とんでもない話を持ち込んでくれたもんだよ。あたしゃこれ以上関わりたくないからね。もう帰っとくれ」
老婆がまぶたを閉じると、もう一切関わらないとばかりに口もへの字に閉じた。
「婆さん、そう言うなよ。さっき子供達と言ったが、酒場のガキ以外にもまだいるのか」
ジミーが問い掛けるが、老婆は答えようとしない。そのあと、ジミーとバットがいくら問い掛けても、老婆は一切反応せず無言のままだった。
「仕方ないな。取り敢えず、他をあたるとするか」
ジミーがそう言ってバットが頷き、二人が部屋をあとにして階段を上っていると、背後から声がかかる。
「後で何かあった時は責任を取ってもらうからね」
ジミー達が苦笑して階段を上がると、すっかりと陽が傾きかけていた。
「旦那、これからどうします」
「そうだな……しかし、ギルドにドーソン、それと兵隊か……探知装置で婆さんの千里眼に気付いたようだが、なんとも妙な、きな臭い話になってきたな」
ジミーが顎に手をあて、思案気な顔で考え込む。
「旦那、俺はそこらで聞き込みでもしてこようか」
「そうだな、それなら警衛隊の詰所も少し覗いてきてくれ。他にも子供がいなくなっているなら騒ぎになっているかも知れないからな。俺はグラントの所に顔をだす……後で、夜にでも俺の事務所に顔を出してくれ」
ジミーがそう言うと、バットは何か期待するようにジミーを見詰めた。
「なんだ、どうした」
ジミーが眉を寄せ不審気に顔を向ける。
「旦那、さっき婆さんの所で言ったこと……」
バットが言いにくそうに言う。
「……あー、グラントに売り込むてやつか、わかったわかった、ちゃんと話しといてやるよ」
ジミーが笑って答えた。
「ありがてえー、旦那、事務所ってあのゴミ小屋のことだよな。ちゃんと掃除した方がいいぜ」
「うるせえ、早く行きやがれ!」
バットが走り出し、その後ろ姿が見えなくなると、ジミーは裏通りから外れ、街の中心部に向かって歩きはじめた。
◆
商業都市ザッカラには、その中心部に大陸中に交易路を広げる商業ギルドの本部があり、名のある商会の本店や商業施設が建ち並ぶ。かけだしの商人などにとっては、中心部は聖地ともいえる憧れの場所でもあった。
その中心部から少し南にはずれた大きな通りは、ザッカラをもうひとつの意味で有名にしている、通称“ヘブン”と呼ばれる大歓楽街があった。
“ヘブン”の中央付近は高級娼館や高級カジノが建ち並び、毒々しいまでの色鮮やかな看板や建物が、幻想的な淫靡な雰囲気を漂わせている。
陽が落ちかけ、通りのあちらこちらで明かりが灯りはじめ、“ヘブン”にとっては今からが1日の始まり、そんな時刻にジミーは中央付近の通りを歩いていた。
そんな“ヘブン”にとってはまだ早い時間だが、気の早い街娼や客引きなどが、通りにちらほら姿を見せていた。
「ちょいと、そこのカッコいいお兄さん、この花を買ってくれない。買ってくれたらそこの路地でいいこと、シ・テ・ア・ゲ・ル」
まだ、あどけない幼さの残る顔をした少女ともいえる女が、カゴに一杯の花を抱えてジミーに声をかけた。
「ほぅ、花の辻売りか。いいことって何をしてくれるのかな」
ジミーがニヤついた顔で答えていると。
「マリー、その男は駄目だよ。そいつはジミーといって、この辺りでは一番の最低野郎だからね。いつもスカンピンで銅貨1枚にもならないよ」
マリーと呼ばれた花売りの少女の背後から、綺麗だがケバい化粧に派手なガウンを身に着けた、街娼らしき女が近付いてきていた。
「アンナねえさん……」
花売りの女が驚いて振り向く。
「なんだアンナ、お前の妹分か……ぼったくりの花売りもいいが、まずは先に相手を見分けるすべを教えるんだな。その内、変な野郎に引っかかるぜ」
ジミーがニヤついたまま、アンナと呼ばれた女に声をかけた。
「ふん、大きなお世話だよ。それよりジミー、あんたよくもこの辺りをのうのうと歩けるわね。この界隈では、あんたに借金を踏み倒された連中がわんさかいるというのに……アタシもその中のひとりだからね」
アンナが豊かな胸を前に押し出すように体を反らすと、ジミーを睨みつけた。
「借金を踏み倒した覚えはないぞ。ちゃんと返す気はあるからな。まぁ、いつになるか分からんが」
そう言って、ジミーがにやにやしてアンナに手を伸ばそうとする。
「商売物に気安くさわらないでよね!」
アンナがピシャリとその手を払った。
「それでジミー、あんたはふらふらと歩いて、どこに行くつもりなのさ」
「あーちょいと、グラントの所に顔を出そうと思ってな」
するとそれを聞いたアンナが、途端に眉を寄せて顔をしかめた。
「うんっ、どうした」
「……グラントさんの所は今……ドーソンファミリーとちょっとね」
「ほぅ、なんだ揉め事か」
ジミーがちょっと驚いてアンナを眺める。
「あたしはよくは知らないけれど、グラントさんの所の若い衆はかなり殺気だってるようだよ。ジミーあんたも気を付けな」
「ふっ、俺の心配をしてくれるのか」
ジミーがにこやかに笑顔を向ける。
「馬鹿! そんなのじゃないよ。あたしは返してもらわなきゃいけないお金の心配をしてるだけだよ」
少し照れたのか、アンナが早口で捲し立てる。
「ははは、ありがとな。金ができたら真っ先にアンナの所に行くぜ」
ジミーが笑って手を上げると、背を向け歩き出す。
「本当のことだからね、あんたの心配じゃなく、金の心配をしてるだけだからね」
歩み去るジミーの背中にアンナが声をかけた。
しばらく歩いていたジミーは、娼館とカジノが軒を連ねる間にある、狭い路地へと歩を進めた。
そのまま歩いていると、横の物陰から二人の男が出てきた。
「¥$%&#+」
「アナタダレ、コノサキ二ナンノヨウガアル」
道を塞ぐように出て来た男達は、ジミーより頭二つ分は高い、がっしりした体格の巨漢の男達だった。小馬鹿にした顔をすると、見くだしたような目でジミーを見詰める。片方はよくわからない言葉で喋り、もうひとりは片言の言葉で話しかけてきた。
「なんだお前らは、どこの田舎者かしらんが、ちゃんと大陸共通語で喋りやがれ! このうすら馬鹿!」
「アンタオレタチバカニスルカ」
片方の大男がいきなり殴りつけたが、ジミーが手のひらで受け止めると微動だにさせない。
「なんだこのぬるいパンチは、俺をなめてんのか本気でこいよ」
ジミーにあおられた大男は、もう片方の拳で殴ろうとしたが、その前にジミーが受け止めた手のひらを、その大きな拳ごと握りしめる。
すると、“バギャボギャ”いやな音をたてて拳が砕けた。
「うぎぃぃぃ!」
大男が切り裂くような悲鳴をあげ、砕けた拳を抱えてうずくまる。
「やわい拳だな、カルシウム不足じゃないのか。毎日、牛乳でも飲むんだな」
ジミーが軽口をたたきながら右足を振り上げ、うずくまる大男の後頭部目掛けて踵を叩き込むと、大男はピクリとも動かなくなった。
「$%&#*¥!!」
残ったもうひとりの男がわからない言葉を大声で叫ぶと、今度は路地の横にある扉からぞろぞろと、物騒な連中が飛び出してきた。
「なんだおっさん!」
「俺達の仲間に何をした!」
「馬鹿じゃねえのか、俺達の仲間に手を出して」
口々に脅しとも悪態とも言えぬ言葉を吐き出して、ジミーを囲むように出てくる。
そして最後に痩身の目に険があり、右目の横から顎にかけてひきつれた傷がある男が出てくる。
「あー、その男はいい。通してやれ」
その傷の男がジミーを見ると、顔をしかめて周りの男達に声をかけた。
「よお、マイク。この連中は見ない顔だが、グラントが新しく雇ったのか」
「まぁ、そんなところだ」
ジミーが路地で転がる大男や周りの男達を見渡し、ニヤリと笑う。
「しかし、使えない連中だな。グラントファミリーは大丈夫なのか」
「なに! なんだと!」
周りの男達が目をぎらつかせて、ジミーに迫ろうとする。
「ちっ、その転がってる男も大力のギフト持ちだったのだがな、おい、お前らその男には手を出すな。ボスなら奥の事務所にいるぜ。とっとと行ってくれ」
マイクと呼ばれた男が、舌打ちして路地に転がる大男をちらりと見ると、顔をしかめてジミーや周りの男達に言った。
「お前ら、もうちっと体を鍛えろや。なんなら俺が鍛えてやろうか」
ジミーが歯ぎしりする男達を押しのけ、へらへらと笑って軽口をたたくと、路地の奥に向かって歩き出す。
路地の奥の突き当たりには小さな扉が1枚あるだけだったが、その前にも二人の男が立っていた。
だが先ほどの連中とは明らかに違って、凍りつくような雰囲気を周りに漂わせ、さすような視線をジミーにおくった。
しかし、さすがにジミーのことを見知っていたのか、二人とも頭をさげた。
「よお、グラントはいるのか」
ジミーがまたへらへら笑って訊ねる。
「ちょっと待っていてくれ。ボスに聞いてくる」
片方の男がそう言うと中に入っていく。
「しかし、えらく物々しいじゃないか。何かあったのか」
ジミーが残っていた男に訊ねるが、男は無言で前を向いたままだった。
「けっ、無愛想な野郎だぜ」
ジミーが悪態をつき、 周りを眺めてしばらく待っていると、先ほどの男が戻ってきた。
「ボスがお会いするそうだ。中に入ってくれ、ボスは突き当たりの部屋にいなさる」
促されるままジミーが中に入ると、細長い通路が奥に続いていた。
通路の両側にはいくつも扉が並び、中からジミーをうかがう気配がする。だが、ジミーは気にせず、鼻唄まじりに奥に進んでいく。
そして、突き当たりの扉を無造作に開ける。
「よお、グラント。調子はどうだ」
部屋の中に向かって、軽い口調で話しかけた。
扉を開けると中は豪勢な調度品に囲まれた部屋になっており、正面には磨き抜かれて鈍く光を放つ黒い渋めの机がある。その向こうには、壮年の物静かな男が座っていた。
男は黒い髪をオールバックにして、装飾もない地味な黒い服をきていたが、引き締まった体によく似合っていた。
男が目配せすると、机の前にあるソファーに座っていた四人の男達が、部屋の外に出ていった。
「グラント、えらく物々しいが何かあったのか」
ジミーがさっきまで男達が座っていたソファーにどっかりと座ると、目の前の男に問いかけた。
「……ちょっとな……」
「さっき街で聞いたが、ドーソンのところと戦争でもおっぱじめるつもりか」
「……俺の方にその気がなくとも向こうがな……そうか、もう街でも噂になっているのか……」
グラントと呼ばれた男が、物憂げな顔を見せる。
「お前も大変だな。そういえば、俺のところに妙な野郎をよこしたな」
「バットのことか、どうだ今度の男は使えそうだろ。お前が認めるような男なら、ゆくゆくは幹部にしてやろうと思っているのだが」
グラントが探るような視線をジミーに向けた。
「ありゃ駄目だ。動きは悪くなく、それなりに鍛えてるようだが……性格がな。あのマルグ婆さんに銀貨1枚を払ってるようじゃな。裏稼業で生きていくには、優しすぎるし素直すぎるな。あれじゃあ、1年もたたぬうちに身ぐるみはがされ、そこらの路地裏に転がることになるだろうよ。目をかけてやるつもりなら、何か真っ当な仕事を世話してやるんだな」
ジミーが肩をすくめて答えた。
「……そうか……何かまともな仕事を与えてやるか……なかなかものになる男はいないものだな。で、今日はバットのことできたのか」
グラントが少し落胆した声で訊ねた。
「うーん、どうしたものか、まさかお前のところがドーソンと、かちあってるとは思ってなかったからな」
ジミーが歯切れ悪く、迷った素振りをみせる。
「なんだ、ドーソンと関係あることなのか。お前らしくもない、話してみろ」
グラントが物静かなる笑い声を響かせる。
「そうだな。今、追いかけてる事件が、いや、事件といっても酒場のガキを探してるだけなんだが、どうもドーソンが関わってるらしくてな。お前の方から何かわからないかと思ってのだが……」
「ふむ、妙な話だな。誘拐にしては相手は酒場のガキ。幾らにもならないだろう。本来ならドーソンが直接手を出すはずもないな……よし、わかった俺の方からも探ってみよう」
少し思案するように目を閉じ考えていたグラントが、最後は笑うように答えて言葉を続ける。
「それはそうと、最近親父の所に顔をだしてないだろう。心配していたぞ。たまには顔を出してやってくれ。すっかり体も弱ってしまってな、お前が顔を出すと喜ぶだろう」
「……そのうちにな。俺はもう行くわ。バットが待ってるだろうから」
ジミーが顔をしかめて答える。
「ふふ、相変わらずだな。親父の話になると逃げ出す」
「ブラウンの爺さんの説教は始まると長いからな。それじゃ、もう行くぞ」
ジミーは逃げるように部屋を後にした。
◆
すっかりと陽も落ち、辺りが月明かりに薄ぼんやりと照らされる中、赤い髪に真っ赤な派手な服を着こんだ男が、裏通りを急ぎ足で歩いていた。
「すっかりと遅くなっちまったな。ジミーの旦那はボスにうまいこと話をしてくれてるかな」
バットがぶつぶついいながら歩いていると、ジミーの小屋の前までやってきていた。
しかし、小屋の中は明かりもなく真っ暗で、人の気配はなかった。
「なんだ、旦那もまだ帰ってないのかよ。急いで帰って損したぜ」
バットが文句を言って、扉にぶら下がった万屋の看板を拳でコツンと叩いていると、ふと何かに気付いたように振り返る。
「お前ら誰だ! 俺に用か、それともジミーの旦那に用なのか!」
バットが通りを挟んだ建物の陰に向かって怒鳴った。
すると、建物の陰から十人ほどの頭まで黒い衣服をまとった、見るからに怪しげな者達が現れた。
「なんだお前ら、物取りのたぐいか。俺は、うわっ」
バットが話しかけてる最中に、先頭にいた者が無言のまま素早い動きで、バットに突っ込んだ。
怪しげな者達はいつのまにか、拳に先の尖った手鉤のような物を装着していて、その手鉤を前に突きだしてきた。が、バットは横に転がって辛うじてかわす。
手鉤の先が万屋の看板に突き刺さり、最初に突っ込んだ賊はその場で崩れ落ちた。
よく見ると、賊の首筋にはナイフが一本、突き立っている。
横に転がったバットが起き上がると、その握り締めた両拳の指の間からは3本ずつ、スローイングナイフの刃が飛び出していた。
「おいおい、いきなりかよ。俺はバット、人違いじゃないのか」
バットが怪しい集団に向かって叫ぶが、無言でじりじりと包囲を縮めてくる。
「どうやら俺と旦那が狙いのようだな。俺も前にいた街ではちょっとは知られた男。どっからでもかかってきやがれ」
バットが月明かりの下、怪しい集団を睨みつけていた。
謎の集団が二人に襲いかかる。
果たして二人は無事に少年を救い出せるのか
ドーソンファミリーの狙いはいったい
それではまた次回の講釈をお楽しみに!