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俺が噂のジミー・ブラウン


 街中にあるその建物は、石造りの無骨な建物ながら表面を覆う石灰岩が、陽光を浴びて白く輝いていた。そして、あちらこちらにさりげなく置かれた神像が相俟あいまって、辺りに厳かな雰囲気を醸し出している。それが、その建物は神聖な建物だと示していた。


 そして、神職に就いているのか、神官らしき服を着た初老の男が幼い子供達を引率して、その建物の前にやって来ていた。


「それでは皆さん、今から神殿の中に入りますよ。ほらそこ、騒がないように。中では騒がず、静かに規律正しく行動するように」


 初老の男が子供達に神殿内での注意事項を教えていると、ちょうど神殿から神官が表に出てきた。


「ほぅ、これはもしかして、ギフトの儀式ですか」


 神殿から出てきた神官が、子供達を眺めて微笑みを浮かべると、初老の男に話しかけた。


「そうです。私の赴任している教会があるアルト村では、今年10歳になる子供が8人もいますから少し大変でした」


 初老の男も、微笑みを浮かべて神官に答える。


「それは御苦労様です。こちらにも連絡は届いていますよ。神官長がお待ちです。さぁ、どうぞ中へ」


 神官が神殿の扉を開けると、皆を神殿内へと招き入れた。

 促されるまま初老の男や子供達が、荘厳な雰囲気の漂う建物内へと進むと、そこは見上げるほど天井が高く、広々とした礼拝堂になっていた。正面には、その高い天井に届くかという大きな神像が鎮座している。それは、神殿が奉じる創造神テセウスを象った神像であった。そして、その神像まではひとりの老人が祈りを捧げていた。

 子供達は周りをキョロキョロと見渡し、その厳かな雰囲気に緊張したのか、ゴクリと喉を鳴らして初老の男の後ろに固まっている。神像前にいた老人が、そんな子供達の気配に気付き振り返ると、表情を緩めた。


「ギフトの儀式を受ける方々ですね。私はこのテセウス神殿の神官長を務めるアランと申します。どうぞ宜しくお願いします」


「あっ、これはどうも、私はアルト村の教会で司祭を務めるブラウンといいます」


 神像前にいた老人がアランと名乗り、子供達を引率していた初老の男もブラウンと名乗ると、後ろにいた子供達を前へと押し出す。


「ほらっ、ちゃんと挨拶しなさい」


 ブラウン司祭が神官長への挨拶を促すと、子供達はおずおずと前に出て、予め教えられていたのか、声を揃えて挨拶をする。


「はじめまして、今日は宜しくお願いします」


「おぉ、これはこれは、こちらこそはじめまして」


 神官長のアランが、目を細めて笑って答えた。


 そして、子供達がひとりひとり神官長の前に進みでると、自己紹介をはじめる。


「僕はアルト村の大工ガストの息子ガントです」


「私はアルト村の農夫ヤサクの娘サリーです」



 子供達が順番に名前を告げて、最後の子供がおずおずと進みでる。


「ぼ、僕は……教会の養い子のジミー……ジミー・ブラウンです……」


 子供達の自己紹介をなごやかに眺めていた神官長アランが、最後に進み出た子供の言葉を聞くと、おやっと片眉を上げる。そして、もの問い気な視線をブラウン司祭に投げ掛けた。

 その視線に気付いたブラウン司祭が、表情をひきつらせて言いにくそうに答える。


「……この子供は少し特別でして、10年前に、まだ赤子だったこの子が教会の前に……それ以来教会の養い子として育てているのですよ……実際の所、今年で本当に10歳になるかどうかはわかりませんが……」


「ほう、それはそれは……うむ、まぁいいでしょう」


 アラン神官長が、ブラウン司祭と子供を交互に眺めてニコリと笑うと、今度は子供達全員を見詰めて笑いかけた。


「それでは、ブラウン司祭からも話を聞いていると思いますが、今一度私からもギフトについて説明いたしましょう」


 そこで言葉を一旦止めると、アラン神官長は子供達をぐるりと見渡す。子供達がおとなしく神官長を見詰めるのに満足したのか、ひとつ頷くと続きを話し出した。


「皆さんのご存知の通りこの世界は、テセウス神様が創造されました。最初は天地を創造され、そして様々な生き物を産み出されたのです。そして、最後に我々人間を産み出されました。しかし、我々人間は他の生き物に比べてどういうわけか体の頑健さに劣り、魔法力でも劣る不完全な生き物として産み出されたのです。テセウス神様は我々人間を眺めて嘆かれ哀れみました。そこで、私達にギフトなるものを贈られることにされたのです」


 そこまで言うと、今一度子供達を見渡し、興味深そうな子供達にまた満足して続きを話し出す。


「そのギフトとは、人が10歳になるとテセウス神様から贈られる、人がひとつだけ持つことが許された能力のことです。それは、指先に小さな炎を灯したり、周囲に小さな旋風を起こしたり、些細な能力から歴史に残るような大きな能力まで、様々な能力を授かります。その能力ちからは、貴方達がこれから生きていく上で、大いなる助けとなることでしょう。今から行う儀式は、そのギフトを授かる儀式です。今日のこの日を忘れず、どの様な能力ちからを授けらたとしても、おごらず妬まず、常に、テセウス神様に感謝の気持ちを忘れずに生きていきましょう」


 アラン神官長はにこやかにそう言って締め括ると、周りにいた若い神官達に合図を送った。

 すると、若い神官達が子供達の前にきて、手慣れた仕草で儀式についての説明をはじめた。


「えーと、それでは今から儀式の間に案内をいたします。儀式の間には一人ずつ入ってもらいますが、危ないことや怖い思いをすることもありません。中に入ってしばらくすると、部屋の中が光輝きテセウス神様がご降臨なされます。そして有り難い御言葉を賜り、ギフトを授けられるでしょう。何も危険はありませんから、私達の指示に従って儀式の間に一人ずつ入ってください」


 何度も同じ説明をしているのだろう若い神官が、流れるように説明をして子供達を奥にある儀式の間に案内していく。


 その様子を眺めながらアラン神官長がブラウン司祭に近付き、笑って話しかける。


「はてさて、今回はどの様なギフトが授かりますかな」


「あまり派手でもなく大きな力でもなく、さりとて小さすぎる力でもなく、一般的な力を授かると良いのですが、それが一番の幸せだと私は思っています」

 ブラウン司祭は心配そうに、子供達の列の最後尾にいたジミーを眺めて答えた。



 子供達は神殿の奥にある儀式の間の前に連れて来られた。そこはちょっとした広場のようになっている。

 周りには装飾の類いが一切ない、剥き出しの石壁に囲まれた殺風景な広場であった。が、目の前にあるテセウス神の描かれた扉の向こうからは、荘厳な気配が溢れだし、子供達は緊張した面持ちで順番を待っていた。


 最初に呼ばれたガントが得意気な顔で出てくると、子供達に笑顔で自慢している。

 そして、次々と呼ばれる子供達が帰ってくると、緊張は次第に解け歓声を上げて楽しそうにしている。


 そんな楽しげな子供達の輪からひとり外れて、ジミーは寂しそうに子供達を眺めていた。


 その時、ジミーの頭の上に優しげに大きな手が置かれる。

 ジミーがその手の持ち主を見上げる。


「もうそろそろだな」


 ブラウン司祭が、微笑みを浮かべて話しかけてきた。ジミーが少し笑い黙って頷くと、ちょうどジミーの名前を呼ばれるところだった。


「ジミー・ブラウン、中へ」


 若い神官が扉を開けると、ジミーを儀式の間へと促した。

 ジミーが不安そうに、もう一度ブラウン司祭を見上げると、ブラウン司祭が笑って頷いた。


 ジミーが若い神官に促されるまま儀式の間に入ると、背後で“バタン”と扉の閉まる音が響く。その音にビクッと肩を震わせ、ジミーは恐々と周りを眺めまわす。

 部屋の中は、剥き出しの石壁に囲まれた、何の変哲もない小さな部屋だった。

 しばらく静かに待っていたが、何も変化も起きない。しかし、何かの手違いかと思って扉に向かおうとした時に、それは起こった。


 只、石を積み上げただけの石壁。その石と石の隙間から、墨を垂らしたような漆黒の闇が這い出してくる。いや、壁だけでなく、石を敷き詰めた床の隙間からも、天井の隙間からも闇が這い出してくる。

 ジミーは背筋を這い登る恐怖と共に、悲鳴を上げようと口を開けるが、声にならない叫びが漏れるだけだった。



 たちまち儀式の間は闇に覆われ、ジミーは足元から闇の中にズブズブと沈み込んでいく。

 そして、闇の中へ完全に沈み込むと、今度は闇の中で落下していった。

 闇の中で落ち続けるジミーに、どこからか声が聞こえてくる。


《我の名は……汝の名は……故にいにしえの盟約により……契約を結ぶとする》


 知らない言葉が頭の中に響くが、その意味が何故か理解できることに恐怖を覚えて、ジミーは声にならない叫びを上げ続ける。そして、どこまでも、闇の中を落下し続けた。


     ◆


 “ガシャーン”派手な音をたて、椅子で居眠りしていた男が、椅子と共に引っくり返る。


「いててて、ちっ、久しぶりに嫌な夢を見ちまったな。ガキの頃の夢なんぞ、最近は見てなかったのにな」


 後頭部でもぶつけたのか、頻りに手でさすりながら男が立ち上がった。


 20代後半、まだ30には届かないだろう男は、黒髪に端正な甘い顔をしている。だが、右目の下にある小さな傷のような黒い痣が、台無しにしていた。

 酒でも飲んでいたのか、赤ら顔に少しふらついていたが、時々、鋭い身のこなしをみせる。それが、革製の服に身を包んだ痩せた体形を、引き締まった身体だと想像させた。


 男が部屋の中を眺め回すと、飲みかけの酒ビンや食いかけの食べ物など、様々な物が乱雑に散らかっている。それは足の踏み場もない、他人が見れば目を背ける散らかりようだった。


 男は倒れた椅子を起こして座り直すと、目の前にある机の引き出しから、酒の入ったビンを取り出した。そして、乱雑に机の上に置かれた物を床に落ちるのも構わず、無造作に腕で払いのける。そして、そのまま酒ビンを机の上に置くと、また飲みはじめた。


    ◆


 その都市は広大な荒れ地の中にあった。

 初めて訪れる人達は、荒れ地の中に突然現れる煌びやかな都市に驚き、呆然とするといわれる。

 その為なのか、古代語で驚く意味合いの言葉、ザッカラの名を冠する商業都市ザッカラは、大陸でも有名な都市だった。

 最初は荒れ地にあるオアシスで、様々な国の商隊が交易を始めたのがはじまりだった。が、いつしかそれが商業都市へと発展をしていったため、今でもザッカラはどこの国にも属さず、商業ギルドが都市を運営する、自由を謳歌する独立都市として存在していた。しかしその反面、裏の世界のアウトロー達も流入してくると、娼館やカジノなど、歓楽街で有名な都市へとも変貌していた。


 そんなザッカラの裏通りを、二十に満たない若い男が、肩で風をきるように横柄に歩いている。その男の髪は赤く染め上げられ、真っ赤な派手な服を身に纏い、見るからに柄が悪そうであった。


 裏通りは夜は賑やかになるが、まだ陽の高い昼間のこの時間は閑散としている。時たま通りかかる人達もその男を見ると、ぎょっとしたように目を背けて、そそくさと通り過ぎていった。


「おっ、ここだな」


 若いチンピラのような赤い髪の男が、裏通りの端にある今にも朽ち果てそうな、掘っ立て小屋の前で立ち止まった。

 赤い髪の男が周りを眺めて、また掘っ立て小屋を見詰めると、鼻をひくつかせて顔をしかめた。


 小屋の扉には手製の看板がぶら下がり、こう書かれていた。


『よろず相談、人探しから喧嘩の仲裁まで何でも引き受けます。 万屋ジミー』


 無造作に扉にぶら下げた傾いだ看板を睨み、赤い髪の男がまた顔をしかめる。


 ちょっと間、逡巡した男が勢いよく扉を開けようとしたが、立て付けの悪い扉はギシギシと音をたてると、ゆっくりとしか開かなかった。


「ちっ、何だよ、この家は」


 悪態をつきながら男が小屋の中に入る。


「ぐっ、何だこの匂いは……げっ、何だよこいつは」


 小屋の中に入ると、足の踏み場もないほどの乱雑な散らかりように、赤髪の男は顔を背けた。


 そして、ハエのたかる食いかけの肉の乗った皿を見つける。


「匂いのもとはこいつだな……腐ってやがる」


 赤髪の男は、思わず皿ごと小屋の外に放り投げた。


「おいおい、なに人の物を勝手に外に放り出してんだ」


 小屋の奥で、酒ビンの転がった机の上に両足を乗せて、椅子で居眠りしていた男がムクリと起き上がると、気だるげに赤い髪の男に声をかけた。


「おい、おっさん。お前がジミーか」


 赤髪の男が横柄に話しかけて、椅子に座る男を睨みつける。


「おいおい、人にものをたずねるときは、まずは自分が何者か名乗るのが先だろ。親に教えてもらわなかったのか? それと、俺はおっさんじゃない。まだ若いからな」


 まだ酔っているのか赤みがさす顔で、椅子に座る男がヘラヘラと笑って答えた。


 赤い髪の男が床に乱雑に散らばる物を蹴散らし、机の前に歩み寄ると怒鳴り付ける。


「おっさん! お前がジミーだろ! ダウニー商会で借り入れた10万ゼニー! それと、あちこちの酒場で飲み食いしたツケ。娼館やカジノで遊んだツケも、しめて20万ゼニーと5千タラン。きっちり耳揃えて返しやがれ! 全くとんでもねえおっさんだぜ、金も持たずに遊びたおすとは」


「何だ、お前は久しぶりの客かと思ったらただの借金取りかよ……ジミーとかいう男はここにいないぞ」


 そう言うと、椅子の男はポケットから葉巻を取り出し火を点ける。そして、赤い髪の男に向かって煙りを吹きかけた。


「ふざけんな! 偉そうにふんぞり返りやがって。お前がジミーだろうが!」


「俺か、うーん、俺は誰だろう……まぁ、ジミーという男が帰ってきたら伝えといてやろう。さぁ、帰った帰った」


 椅子の男はまるでハエでも追い払うかのように、手の平をヒラヒラと振った。


「なめてんのかテメェ! 俺はグラントファミリーの身内だぞ! ただですむと思ってるのか!」


「ほう、お前がグラントファミリーの一員ねえ……お前はまだ、正式にファミリーの一員になっていないだろ。それに最近ザッカラに流れてきたのじゃないか」


 赤い髪の男が、今にも掴み掛からんばかりに顔を真っ赤に激昂するが、椅子の男はどこ吹く風とばかりに受け流す。


「なっ何! 何故そんな事を……」


「俺の事を知らないからな。大方、借金を回収してきたら正式にファミリーに迎えるとかいわれたのだろ」


「うっ、どうして……」


「お前で3人目だからな。まったく、グラントの野郎……ファミリーの採用試験に利用しやがって」


「お前、いやあんた、ボスの事を知っているのか」


 赤髪の男はさっきまでの勢いも陰をひそめ、しどろもどろになりつつ問い掛ける。


「あー昔、同じ部隊にいたからな……さてと、知っているか? ひとり目とふたり目がどうなったのか? ひとり目はいきなり襲い掛かってきたのでな……全身複雑骨折で今もウンウン唸ってるぞ。ふたり目は生意気な奴だったが、どうしたのか堅気になるとか言って、他所の街でまっとうに働いてるらしいぞ……お前はどうなるものやら」


 そう言って、椅子に座っていた男がユラリと立ち上がると、その場の空気が一変した。

 それまでの弛緩した雰囲気が、殺意にも似た雰囲気へと変わり、凄まじい圧力となり赤い髪の男に襲い掛かる。


「おっ、おっ、待て! 待ってくれ! 俺には幼い妹が」


「あん、まさかふた親は早くに亡くして、病身の妹を抱えてうんぬんとか、言うのじゃないだろうな」


「そ、その通りだ。病気の妹を抱えて……どうしてもファミリーに入って稼がないと」


「かっ、使い古された事を……今度は泣き落としか、それが本当の事なら真っ当に働きやがれ!」


「流れ者の俺なんかにまともな仕事なんか」


 迫る男に、赤い髪の男が言い訳じみた事を言っていた時、入口に誰かの影がさした。


「今は取り込み中だ!」


 小屋にいた男が怒鳴る。だが、入口にいた影が叫び返す。


「お、お兄ちゃんを! こ、これで探してください!」


 小屋の中にいた二人の男が、どこか、まだ幼いそのもの言いに驚いて振り向く。

 そこには、まだ10歳にも満たない小さな女の子が、両手を前に伸ばして入口に立っていた。そして、前に伸ばした手の平の上には、小さな貯金箱らしき物が乗っかっていた。


「うーん、そいつは警衛隊にでも話を持ってく方が……」


 小屋にいた男が女の子と貯金箱を見比べて、顔をしかめて困ったように言うと、とたんに女の子は泣きそうな顔をした。


「あんた、人探しも仕事のうちだろ。話だけでも聞いてやれよ」


 赤い髪の男が女の子と男の間に入ると、女の子の前でしゃがんで視線を合わせる。

 そして優しく問い掛ける。

「どうしたのかな、お兄さんにもわかるように教えてくれるかな」


「お兄ちゃんが一昨日からいなくなったの、皆でかくれんぼうして遊んでいたら、お兄ちゃんだけいなくなったの」


 まだ幼い少女は、今にも泣きそうな顔をする。


「そうか、お父さんやお母さんはどう言ってるのかな、それに警衛隊にはもう届けたのかな」


「うん、警衛隊の人は忙しいって、それに家出でもしたのだろうって、でもお兄ちゃんは家出なんかしないもん。それで、お母さんは心配して寝込んだの、お父さんも仕事が手につかないって」


 女の子は、とうとう顔を歪めて泣き出した。

 赤い髪の男が、慌てて女の子の頭を撫でながらあやしだす。


「ほう、子供の扱いに馴れたものだな」


 小屋の男が感心したように、表情を緩めて顎を撫で擦る。


「だから、さっきも言っただろ。幼い妹がいるって、いつも妹の相手していたから馴れたものだよ」


「あれは本当の事だったのかよ。俺はてっきり……」


 小屋の男の言葉を遮るように、赤い髪の男が声

をかける。


「なぁ、あんたが万屋のジミーなんだろ。何とかこの子の願いを聞いてくれないか」


「馬鹿を言うな。金にもならん仕事を受けれるかよ。大方、警衛隊の連中が言うように家出でもしたんだろ。そんな話はここらには、いくらでも転がってるからな、いちいち関わってられるかよ。それに大体その子はどこの子だ」


 小屋の男は顔をしかめて赤い髪の男に答えると、今度は女の子に向かってぶっきらぼうに問い掛ける。


「おいっ、お前の名前は、それにどこの子だ」


 途端に、女の子は「ヒッ」と、短い悲鳴を上げて赤い髪の男の背中に隠れた。


「あんた、そんな口のききかたしたら子供が怖がるだろ」


「ちっ、どう見てもお前の方がチンピラっぽいのに……」


 赤い髪の男が、背中に隠れた女の子をそっと抱き寄せ、優しく話し掛けた。


「お嬢ちゃんの名前は? それにお父さんは何をしてる人かな。お兄さんに教えてくれるかな」


「うん、私の名前はマリアンヌ、皆はアンて呼ぶわ。それとお父さんはすぐ近くで、大人の人にお酒を売ってるの」

「えっ、もしかしてアンちゃんはそこの“酔いどれ亭“のお嬢ちゃんなのかな」


「うん」


 マリアンヌの話を聞いた赤い髪の男が、ニヤリと笑い立ち上がった。

 その反対に小屋の男は顔をしかめて、ばつが悪そうにそっぽを向いた。


「なぁ、ジミーの旦那」


「ジミーって男の事は……」


「何を言ってんだか、あんたがジミーだって事はもうわかってるから」


 赤い髪の男は、そっぽを向く男の正面に回るとまた話しかける。


「ジミーの旦那、どういうわけか、俺の懐にはこういう物がある」


 そう言うと、懐から紙切れを取り出した。


「これが何かわかるか。旦那も、もう気付いていると思うが、何と、旦那が“酔いどれ亭”で飲み食いしたツケの証文だ。ちゃんと旦那のサインもあるぜ。どれどれ内容はと、えっ、あんたどんだけ飲み食いしてんだよ。1万ゼニーを越してるぜ、俺達兄妹の二ヶ月の食費分だぞ」


 その言葉にジミーと呼ばれた男が、またそっぽを向く。赤い髪の男が、また正面に回り込んで話しかける。


「なぁ、ジミーの旦那。あんた、もうこの界隈だとツケもできないぜ。ここらで少しでも借金を返さないと、今なら“酔いどれ亭”の坊主を探すということで、ツケをチャラにするように俺が口をきくぜ」


 ジミーがしばらく迷う様子を見せるが、最後は観念したように舌打ちと共に呟く。


「ちっ……仕方ない……それで手をうとう」


 そう呟くと、ジミーはサッと女の子の手に持つ貯金箱を掠め取った。


「これで契約成立だ。アンといったな、万屋ジミーが引き受けたからには、必ず兄ちゃんは探してきてやる。安心して酒場で待ってろ」


「あんた最低だな、幼い女の子の小銭まで掠めとるとは」


 赤い髪の男が呆れてジミーに言った。


「探すといってもそれなりに金が掛かるんだよ。必要経費だ! さてと、それでは早速探しにでもいくか」


 ジミーはサッサと、小屋の外に向かって歩き出す。


「あっ、ジミーの旦那、待ってくれ」


 赤い髪の男はマリアンヌの前にしゃがむと、また優しく話し掛ける。


「アンちゃん、絶対にお兄さん達が、兄ちゃんを探してきてやるからな」


 そう言うと、小指を差し出した。


「ほら、指切りだ」


 すると、マリアンヌもにっこり笑って小指を差し出し指切りをする。

 赤い髪の男は笑って頷くと、ジミーの後を追いかけ外に飛び出した。


「旦那ー! 待ってくれよ!」


 もう裏通りの少し離れた所まで歩いていたジミーを、赤い髪の男が追いかけ走り出す。

 ジミーは立ち止まり振り返ると、追い縋る男に言った。


「何だ、お前もくるのか」


「当たり前だろ。旦那をほっといたらアンちゃんの金で、またどっかで飲んだくれてるからな」


 赤い髪の男は、荒い息を吐き出しながら答えた。


「……ちっ、勝手にしろ」


 何か文句を言いかけたが、ジミーは舌打ちしてまた歩きだす。が、ふと立ち止まるとまた振り返って男にたずねた。


「そういえば、お前の名前を聞いていなかったな」


「俺か、俺の名前はバット、何でも古代の言葉で聖なるって意味らしいぜ。何をとち狂ったのか、俺が生まれた時に親父が啓示を受けたとかいってつけたらしい。嘘か本当か、その親父も死んじまってわからないけどな」



「ふんっ!」


 黙って鼻を鳴らすだけで、ジミーが歩き始めるがまた立ち止まる。


「しかし、見た目と違って……どうにも妙な野郎だなお前は」


 それだけ言うと、後は黙って歩きはじめた。

 その後を、横柄な歩き方でバットが、ニヤニヤしながらついていく。




少年を探すことになったなんとも珍妙な二人のコンビであったが、それは商業都市ザッカラを震撼させる大事件の始まりでもあったのだった。

果たして事件の行方は


それでは次回の講釈もお楽しみに



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