第66話『オトギリソウ』
アリス視点です。時間軸は64話の後のお話です。
私は今日再び墓前に立つ。
そして近くの蛇口で樽に水を汲み、その墓に静かに上から水を流す。
さらに綺麗な雑巾で水をふき取り墓を綺麗にしていく。
今は夏真っ盛りなので昼間は太陽がかんかんでり。そのせいで私の体の水分を見境なく奪って汗となって出ていく。暑い、けど私にはそれが苦痛には感じない。『この子』の事を考えれば………
『何もしない』方がよっぽど苦痛なのだから。
「ふぅ……」
ようやく、墓を綺麗にし一息つく。そして、ふと目の前の墓を見つめる。
「……もう今年で何年目かしらね……」
誰に聞くわけでもなく自問自答する私。…もう今となってはそんなことどうだっていいのに。
「………」
さて、一息ついたし最後の仕上げといきますか。
霊園に行く前にあらかじめ用意した『オトギリソウ』を枯れた花と交換する。
太陽に照らされるオトギリソウの綺麗な黄色とそれと対照的な不気味な褐色の油点が私の中の黒い、どす黒い『感情』に火をつける。
「………」
じっと……じっと墓を見つめる。その映像が記憶に留まるように、じっと。もう二度と忘れぬように、忘れないように。私の脳に上書きされてゆく。
「………っ」
ふと指で自分の唇を触って見てみると血が指についていた。どうやら知らぬ間に私は自分の下唇を歯で噛んでいたようだ。
「……あは…はは……」
私は静かに笑った。だって、私の血は黒かったのよ?…フフ…フフフ……アハハ……
「あは……はは………」
気付けば私は泣いていた。自分でもどうして泣いているのか分からなかった、笑いたいのに。
「あはは………で、でもだ、大丈夫……も、もう大丈夫なんだから………」
そう、もう『大丈夫』。いや正確にはもうすぐ『大丈夫』になる。
あの男をーーーあの男に『復讐』という名の鉄槌を叩き落す。
その日まで……もうすぐ……そうもうすぐそこ……そこまで来ているんだから……
……だから、安心して良いんだよ?
ーーー夢の中でーーー
………
……
…
「………ん」
私が目を覚ますと辺りは既に日が落ち、薄暗くなりかけていた。
霊園で眠るなんて……ちょっとしたホラーだ。
「………」
そして私は寄りかかっていた墓を再び見つめる……
「?!」
……なんで、なんで私の……私のオトギリソウが……昼間、供えたはずの………
「どこ……?どこなの…どこなの!?」
あれは……唯一私がこの心の内にある『感情』を呼び起こせる……大切な花なのに……あ、あぁ………
「どこ……どこ……どこ………どこ……どこ……どこ……どこ……どこ……どこ……どこ……どこ……」
フラフラと探しはじめる。足元には……無い。じゃあ……どこ……?
そして、意気消沈した私はふと背後に気配が感じられたので後ろを振り向くとそこにいたのは………
「………先輩」
そこに居たのは………麻里先輩だった。
「………」
無言で……私の顔を見つめていた。いや、正確には見つめているようだった。暗がりで表情はよく覗えない。
「………何で……ここにいるんです?」
私は恐る恐る先輩に近づく。そして視界に飛び込んできたのは………
「…何で……貴方がその……そのオトギリソウを……その花……私の花を持っているんです?」
「………」
私はこの人の性格はよく知っている。この人は昔からおっせかいな人。普段はふざけた言動や行動をしているが、それ以上にこの人はおっせかいなのだ。その姉も然り。姉妹共々おっせかい。それが逆に私を逆撫でしている。……イライラする。なんでこのタイミングで……この人が!?
「……何とか言ったらどうなんです?先輩?」
私はどす黒い『殺意』を抑えてできるだけ平常を装った。
「………フッ」
そして、鼻で笑った。……それだけで私の感情は収まらなくなった。…なんだその笑みは!?なんだその顔は!?何がおかしい!?何がおかしい!?何がおかしい!?何がおかしい!?
ガッ
「何が……おかしいっ!?」
私は先輩の胸倉を掴み大声を上げた。そして、先輩をじっと睨みつける。射抜くように、じっと。
「………これは」
ようやく口を開くとあろう事か先輩は笑いながら………
「これは、罰ゲームなんだよアリスちゃん、にゃはは♪」
「………はぁ?」
何を言ってるんだ?この人は?逆に笑いたくなってくる。
「ぷっ……ははははは!!!!!」
盛大に笑ってやった。どうだ?さっきの仕返しだ。さぁ、怒れ。怒りなさいよ!!!あぁ!?
「………」
しかし、私の期待を裏切り先輩は真面目な顔となりそして……
「……アリスちゃん、実行委員会サボったね?」
「………はぁ?」
なんだこの人は。私を笑い殺したいのか?
「なんでサボったの?耕司君心配してたよ?」
「………はぁ?何言ってんの?あんたが無理矢理私を実行委員に入れたんでしょ?ハナからやる気のなかった私を無理矢理。はい、これでこの話はおしまいおしまい。じゃあ、その花を返しなさ……」
「あちしも心配したんだよ?」
「うるさいっ!!!」
パチーーーーーン!!!!!
乾いた音が響き渡る。私は左手で会長の右の頬を思いっきりぶった。
「………」
先輩の右の頬は赤くなっていた。少し涙目になる先輩、でも私は罪悪感などなかった。むしろ気分が高揚した。その少し怯えた顔に興奮した。あの男を重ねているようで。そして先輩は弱々しい声で言った。
「………復讐はよくないよ。そんなの……そんなのあの子が………喜ばない」
パチーーーーーン!!!!!
「あぅ!!!」
さらに先輩の右の頬を力いっぱいぶった。
「フフ……あの子は喜ぶわよ。喜ぶに決まっているじゃない。あんたに何が分かるっていうの?あぁ!?あの時、何もしようとしなかったあんたらに何が分かるって言うの!?あぁ!?言ってみなさいよ!?」
パチーーーーーン!!!!!
「あぐっ!!!!!」
「ほら言ってみなさいよ!?ほら!!!ほら!!!ほら!!!ほら!!!」
私は力任せに何度も先輩をぶった。何度も。何度も。何度も。何度も。
「う、うぅ…あぁぁ……ぁ、あ」
そして地面に先輩を投げ落とした。ついには泣き出したか。
「言えないなら……私のやる事にいちいち口を出すんじゃないわよ」
倒れている先輩から私の花……オトギリソウをとる。
「だ、ダメぇ……あ、アリスちゃ………」
先輩の弱々しい声を無視して私は再び歩き出した。
「ふふふ……もうすぐ……もうすぐだからね」
ーーーーーオトギリソウの花言葉は『恨み』ーーーーー