第94話『生徒会長、八尾麻里の陰謀(後編)』
麻里さんが出てくるのと同時に大勢の生徒がいる体育館に電波なソングが流れ始めた。何だ……この思わず頭が痛くなるようなメルへンな歌は……そして会長のコスプレ姿も電波だった。ハートマークの入った幼稚園児の服装に背中から作りもんの白い羽が見える。オプションに頭には天使のワッカが乗っかっていた……しばらくその痛い会長のコスプレ姿を眺めていると電波ソングに混じって『毎日元気にぷ●んて●んしてますかー!?』とか色々仰るオバサンの地声も同時に流れ始めた………会場の生徒達は突然の電波ソング&おばさんの地声に驚くどころか、静まりかえり会場には異様な空気が漂っていた。うん、率直に言おう。そろそろ帰っていいかな?
「やぁやぁーみんなぁー!元気カナー?ぷりんぷりん♪」
会長はそんな明らかにドン引きの会場の空気を気にもせず、一人で笑顔で喋っていた。
「ぬぅ、まさか……愛の妖精ぷ●んて●んのコスプレで登場するとは………ま、負けた」
いつの間にか俺の隣にいたヒデェモンは会長のコスプレを見て、頭を抱えその場でうずくまっていた。あん?負けた?何?負けたって?痛さでか?それなら君も似たようなもんだよ英男君。
「さてっ、さっそくあちしは脳内がコスプレイ色に染まった君たちに言いたい事があるのだよ、うん」
脳内まで侵されたつもりはありませんが。
「見かけだけのコスプレイはコスプレイじゃないっ、ただの変質者だっ!そして皆っ!身も心もコスプレイ色に染まるのだーーーーー!だっーーーーー!」
会長は右手に持っていたマイクを天に掲げ、何か宣言していた。うん、早く誰かあの娘止めてやって。
「とゆーわけでぇ♪一週間後のコスプレイ大会はみんなの団結力で盛り上げようぜっ♪今風に言うとみんなでやろうぜー!にゃははは♪」
この空気でよくその台詞が言えるな。あとコスプレイ大会じゃなくてコスプレ喫茶な。
「ちょっと待ちたまへ!!!」
会長が引き続きほとんどの方々に伝わりそうも無い力説を語り始めようとした時、舞台のサイドから男の大きな声が聞こえてきた。声のする方向を見るとメガネの美少年が立っていた……えーっと、確かあれは……
「あれー?こんなところまで来てどうしたのまごうことなきつるっパゲ?」
「つるっパゲじゃないっ、ふっさふさのもっさもさだっ!違うっ!そんなデリケートな部分の話はどうでもいいっ、会長!今日こそ貴様の悪事は副会長のこの僕っ!新城流留が止めてやるぞっ!フハハハハハァーーーーー!」
あぁ、アバ茶の人か。どうでもいいけど出だしからテンションたけぇなぁ………
「むぅ!?あちしの野望を邪魔する気か!?円形脱毛マン!」
「誰が円形脱毛だっ、いい加減髪の話から離れたまへ!ふんっ、そんな舐めた態度を取れるのも今の内だっ!よし、君達カマン!」パチン
アバ茶が指を鳴らすと、舞台の黒幕の右側からとスパッツ軍団、左側からブリーフ軍団が現れた。両軍の野郎共は上半身は裸でニップレスを装着していた。え?何このカオスな展開?また変なのゾクゾクと現れたぞ。
「にゃっ、にゃう!?な、何だこのイカレポンチな連中は!?」
麻里さんは突然の変質者集団の来訪に驚きの表情を隠せなかった。
「会長!電波な格好をしている貴方にだけは言われたくないですね!我々はブリーフ!誇り高き気高きブリーフ!股間を包んでくれる優しくてほんのり暖かいおばあちゃんのブリーフ!いつでも心にブリーフを抱きながら我々は活動しているのですっ!」
前髪が七三分けのインテリ風の白のブリーフ一丁の男が麻里さんに指を指し叫ぶ。真面目な顔して何を言っているんだ七三ブリーフ。
「同じく我はスパッツ!誇り高きスパッツの戦士だっ!会長!今日こそ貴方の野望を潰してブリーフとスパッツ……セットで穿かせて動画で撮ってニ●ニ●にうpしてやるぞっ!ふはははははーーーーー!」
ただの性質の悪いセクハラじゃねぇか。
「にゃ、にゃにぃ!?そ、そんな……ブリーフとスパッツだなんて……と、取り合わせが悪すぎるっ!せ、せめて、ボクサーパンツとスパッツにしてほしいにゃぁ……」
麻里さんはそう言うと、床に伏せた。麻里さん、そのリアクションは色々とおかしいぞ。
「ふんっ、会長!貴方にその権利は無いっ!今すぐこのようなふざけた集会はお開きにして、この体育館は我々『スパッツ愛の会』のさらなる有志を募る場として学園祭丸二日は乗っ取ることを今ここで宣誓するっ!」
「「「「「スパッツバンザーイ!バンザーイ!」」」」」(スパッツ軍団)
スパッツ軍団とそれを取り仕切る前髪カールは高らかにそう宣言する。
「ふ、ふざけるなっーーーーー!スパッツゥ!誰がそんな宣言を受け入れるのかっ!?この体育館は我々、『ブリーフ愛の巣』が乗っ取る場所だ!下着モドキは帰ってクソして寝なさいキェエエエエエエエエエーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」
ふざけるな、はお前らだと言いたい。
「えっ、ちょっ、まっ、き、君達!?な、何を言ってるんだね!?そんな話、生徒会が許すとでも……!」
「「「「「キィイイイイイイイイイーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」」」」」(スパッツ軍団)
「「「「「フォオオオオオオオオオーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」」」」」(ブリーフ軍団)
アバ茶の人も予想できなかった展開なのかスパッツ軍団とブリーフ軍団の間に入って止めようとするが、時既に遅し。スパッツ軍団とブリーフ軍団は舞台の上でストリップショーもとい喧嘩をおっぱじめる。あぁ……まさにこういうのが混沌っていうんだろうな。もみ合っているせいか周囲にスパッツやらブリーフやらが飛び交い散乱し、時が経つにつれマジキチ男共の汗にまみれた裸体が次々と晒されていく……じ、地獄絵図だ……
「にゃっ!?にゃうあぁーーーーー!!!!!や、やめろぉーーーー!!!!!あちしはまだ処女なんだぞぉ!にゃう!やっ!そんなっ!あっ……ほんとにやめっ、あっ、にゃぁあああああああああーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」
「ぐぉおおおおーーーーー!!!!!や、止めるんだ君た…フォオオオオーーーーー!!!!!!ま、まてっ!ど、どこに手を……!あふぅ!ひぃいい!男の手で感じてしまったぁ!まだ僕は童貞なのに!ひぃいい!ニャメローン!シニタクナーーーーーイ!!!!!」
舞台にいた麻里さんとアバ茶の人はスパッツ軍団とブリーフ軍団のもみ合いに巻き込まれていた。そして、体育館にいるコスプレ姿の生徒達は呆れたのかゾクゾク体育館から退出していく……さて、俺もそろそろ帰るかな。
翌日の放課後。
もう何度目か分からぬ学園祭クラス実行委員会が始まった。今日は夏美、百合ちゃん、アリスの3人娘も参加していた。オプションとしてサルとメガネもいた。
「にゃうぅ……昨日は見事に失敗してしまった」
麻里さんはというと我がクラスの教卓で伏せ、意気消沈していた。昨日、散々酷い目に会ったっぽいからな。
「会長っ、大丈夫っすよ!元気を出してくださいっ!さぁ、歌いましょうっ!あし~たがある明日がある♪」
サルは会長の頭を撫で撫でし、励ましていた。このエテ公はもしかするともしかしなくてもロリコンなのか?
「明日もクソもねぇよ、学園祭までもう一週間切ったぞ。どうすんだ」
「耕司ぃ!そこは空気を読めよっ!」
サルが俺の胸倉を掴んでくる。
「そうだよお兄ちゃん!まだ時間はあるんだから今からでも考えて……」
サルが俺にそう言うと夏美まで俺に抗議してくる。むぅ、確かに今のは空気読んで無かったか……
「ちょっと励ましたらおっぱいくらい揉ませてくれるかもしんないだろぉ!ハァハァ!ウェヘヘ!」
「え………」
「空気を読めって、そういう意味でか。とことん最低だなお前」
「そこのサカッているサルは放っておいて本当にクラスの出し物どうするのよ耕司」
アリスが俺に問う。
「それは俺が聞きたいんだが」
「ほんっと情けない男ね、一遍、死になさいよヘタレ」
「………」
アリスさんは俺を少し睨みそう言う。……あるぇー?何で俺こんな責められてるの?
「……?今、何か違和感があったような……」
「そうですね……何か耕司さんとアリスさんの雰囲気がいつもと違う感じがします……」
俺とアリスのやりとりを見ていた夏美と百合ちゃんは俺とアリスを交互に見ながらそう口を漏らした。
「な、なによ……」
アリスは夏美と百合ちゃんにジッと見られてたじたじだった。何か俺とアリスさんの会話でおかしな所あったか?うーむ、分からん。
「あ……分かった。違和感の原因!アリスちゃん、今お兄ちゃんのこと名前で呼んだでしょ!?」
「あっ、そ、そうですっ!なっちゃん!確かにアリスさんは耕司さんのこと『耕司』って言いましたっ!」
「……あっ、なっ(///)」
アリスは夏美と百合ちゃんにそう指摘されみるみる内に顔が真っ赤になった。……呼び捨てでそんなに反応するところか?確かにあの件の前はアリスさんに名前で呼ばれた記憶は無いが。
「ふむ、それはつまりずっこんばっこぶぅん!」ポキッ、バビューン
メガネの鼻にアリスの拳が的確に命中し、メガネは漫画の如く回転しながら教室の窓ガラスに頭から突っ込みそのまま外に投げ出されていった……おぃおぃ、激しいな。
「なっ、名前でなんか呼んでないわよ!だ、誰がこんなヘタレ蛆虫野郎の名前なんか……!」
「にゃふふ、まぁそれだけアリスちゃんと耕司君の距離が縮まったというわけにゃのだよ」
アリスさんが必死に言い訳をしていると教卓から頭を上げ怪しい眼光を放つ麻里さんがいた。あの顔はまたなーんかイタズラを企んでいるな。
「………」
アリスは邪鬼のような顔で麻里さんを睨みつけていた。
「ひっ、にゃうー!そ、そんなっ、脅しには屈しないもんねー、バーカ!バーカ!べーだ!ペチャパイ!ひんぬー!まな板娘ー!」
麻里さんは教卓の裏に隠れてアリスさんに向けて悪口を吐いたりあっかんべーしたりしていた。ガキだあの人。
「………」
アリスさんは無言で教卓に近づいていく………あのオーラは鬼気迫るものがあるな。
「ひっ、に、逃げっ……」ガシッ
麻里さんは逃げようと教卓から出たが時既に遅し。制服の襟を掴まれ、そのまま引きずられていく……
「にゃ、にゃう~~~!だ、誰かっ、助けっ……!」ズルズル……
アリスさんは無言で教室の扉方向に麻里さんを引きずっていく……
「にゃああああああああああーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」バタン……
そしてそのまま廊下へ出て行った……
「それでお兄ちゃん!どうやってアリスちゃんを手篭めにしたの!?」
アリスと麻里さんが出て行った夏美が俺にそう声を荒げる。
「手篭めとか人聞きの悪い事言うな。何もしてねぇよ……何も、な」
そうだ、俺は結局のところ何もしていない。あの頃から俺は何も変わってない……変わったのは世界だけ。
俺は与えられるものを享受しているに過ぎないのだ。アリスさんが自殺を思い留まったのも、結局のところアリスさん自身の力だ。俺は……何も、できない。きっと俺は自分の運命に抗えぬままこれから生きていくのだろう……あの頃からずっと、ずっと……
「……耕司、さん?」
百合ちゃんは俺の顔を不安そうな表情で見つめていた。俺……変な顔していただろうか。百合ちゃんの瞳はみずみずしく輝いており、今にもその中の液が零れそうになっていた。
「お兄ちゃんごめんなさい……」
空気を察したのか夏美はしおらしく俺に謝った。まいったな……ん?そう言えばあのサルが見当たらないな。逃げやがったなあのエテ公……
「……気にするな」ポンポン
俺は夏美の頭を軽く撫で、そう言った。
「……うん」
夏美は上目使いで俺の様子を覗っている。……お前は気を使いすぎなんだよ、その内壊れるぞ。俺は感謝の意を込めてさっきより強めに夏美の頭を撫でた。
「いっ、痛いよお兄ちゃん……」グリグリ
「ははっ……」
夏美から笑みが零れる、やっぱりコイツは笑っている時の方がいいよな。
「……あ、あのっ、耕司さんっ」
夏美を撫でていると百合ちゃんが少し大きめの声で俺を呼んだので振り向くと、少し俯き加減の百合ちゃんがいた。顔の表情はよく覗えないが、沈んでいるように見える。
「……どうしたの?」
「………何でもないです」
「……そう、じゃあ今日は3人で帰るか」
「うん」
「……はい」
百合ちゃんの様子が気になったが、何故か気落ちした面持ちの俺にはそれを考える余裕は無かった。今日を入れて学園祭まであと六日。俺はこのときまだ気付かなかった。この学園祭がある転機になるとも知らずに……