番外編その29『私の居場所』
高宮学園生徒会会計、渡辺美亜の視点です。
『生徒会』ーーー私にとって無縁のものだと、あの頃はそう思っていた。
半年前の昼休み、私はいつものようにある場所に向かっていました。
第二図書室、そこは多数の学園の生徒が頻繁に用いる第一図書室の隣に位置し、普段はほとんど古書の物置場所となっていて、ひっそりとした狭い部屋です。でも私はそんなちょっとした静かで、こじんまりとしたその空間が大好きでした。他人の目から離れ、一人で落ち着いて読書できるその部屋はまるで自分の部屋のようでした。いつものように私は職員室から第二図書室の鍵を借りてその部屋に向かいました。その部屋の前まで行き、ドアに手を掛けると………
「……あれ?ドア……開いてます……おかしいですね」
誰かが鍵を掛け忘れたのでしょうか?そんな事を思いながら私は再びドアに手をやり、部屋の中に入りました………最初に私の視界に飛び込んできたものは。
「むしゃもしゃむしゃもしゃ………にゃにゃ?お客しゃん?ポリポリ………」
私がいつも座って本を読んでいる場所、そこに小学生みたいな容姿の女子がポテチやらポッ○ーやらう○い棒等といったジャンクフードを頬張りながら、だるそうな表情で寝そべっていました。制服を着ているのでこの学園の生徒であるということは一発で分かりましたが………
「会長っ!そんなところで寝そべってないでこっちの書類整理の仕事を手伝って下さいよ………全く、何でこんな人が生徒会長に選ばれたのか未だに理解できんっ………クソッ!ブツブツ」
どうやらそこで寝そべっている幼女は新しい生徒会長らしい。部屋の奥、1台のデスクトップのパソコンが設置されていました。そのパソコンのディスプレイの前でメガネをかけたちょっとBL系の同人誌に出演してそうな美少年がしかめっ面でブツブツ文句を言いながらひたすらキーボードで打ち込んでいました。ふと、私は古書が収められている部屋の右側の棚に目をやりましたが……
「………無い、私の、テリトリーが、無い………」
な、何で……昨日までは確かにあったのに。残骸らしきもの………古書が収められていた棚は無常にもすっからかんになっていました………
「ありり?にゃにこの子、そんなとこで突っ立ってないでこっちでオネエサンといっしょにお茶しようよ〜〜〜にゃはははは」
目の前の幼女は間延びした声で私に声を掛ける………私はそんな会長を無視し、部屋の奥にいるメガネ美男子に向けて言いました………
「………貴方がたはここで何をしているんですか」
「……ん?なんだね、君は………あぁ、一般の生徒はここ立ち入り禁止だから帰った帰った」
手をかざしてあっちにいけの素振りを見せ、またパソコンのディスプレイに目を向け、また作業に戻るメガネ美男子………なっ、何なんですかこの人………何だかイラッとくる態度をとる人ですね………
「またまたもぉ〜〜流留ちゃんったらぁ!そんな素直じゃない態度とってぇ♪ツンデレさんだにゃ〜〜〜♪」
「だ、誰がツンデレだぁーーーーー!!!!!!貴様ぁ、会長だからって舐めた態度をとるなよっ!?今日という今日は………」
「にゃ〜〜〜で、その後に……『もっ、もぉ!きょ、今日はこれくらいにしておいてあげるんだからねっ!ふ、ふんっ』とかエロゲーのツンデレっ娘みたいなかぁいい態度とるんでしょ!?流留ちゃんギガ萌え〜〜〜♪」
「と、とるかぁーーーーー!!!気色悪いっ!!!」
私の目の前で口論し始める会長と美男子メガネ………
「だいたいですね会長っ!この新生徒会は何故、生徒会長、副会長の二人しかいないんですかっ!?雑務が多すぎてこれではとても他の事に手が回りませんよっ!?」
さらに続け様に美男子メガネは顔をタコのように真っ赤にし、幼女に罵声を浴びせました。どうやらこの人は副会長らしいですね。私にとってはどうでもいいことですが。
「にゃう~……あー、じゃ○りこ切れた。流留ちゃん買ってきてー、サラダ味ねー……むしゃむしゃ」
しかし、当の会長は中身が無くなったじゃが○こを確認した後、また他の菓子に手を付け始めました。つまりは全然聞いていなかったということです。
「き、貴様ぁああああ…………」
案の定、まるっきりスルーされた副会長は椅子から立ち上がり、拳をプルプルさせ、今にも目の前の会長を殴りかかろうとした様子。……でも、そんなことより私は彼に聞きたい事があります。
「あの、憤慨しているところ申し訳ないのですが」
「ふっーはぁーふぅううう………ん?何だね?ラブレターかね?それなら、僕の下駄箱に入れておいてくれたまへ。それがラブコメの王道ってやつだろう?」
「貴方は何をワケの分からない事を言ってるんですか。私が聞きたいことはここ……この部屋のそこの棚にあった古書はどこに行ったのか、ということです」
私のお気に入りのこの部屋をワケのわからない生徒会に占拠されているということだけでも正直むかっ腹が立つのですが、ここは冷静に、穏便に、この人達にはこの部屋から退場して頂きましょう。とりあえず、消えた古書がどこに行ったのか?あの古書も私が何遍もここで読み漁った古書ですから……妙な愛着があります。わが子とでも言っていいでしょうか……私が唯一、拠り所にしていた場所の一部なのですから。
「……古書?会長、この場所に古書などありましたか?」
「えー?ナニナニ?コショウ?チャーハンにかけるとおいしいよねアレー………あっ、何だかあちしお腹すいてきたよ」
「貴方には聞いていません、少し黙っていてください」
私はこの独特の軽い空気にイライラして、目の前の幼女をキッと睨みました。真剣な話をしているのに、どうでもいい話で水を差されると気分が悪いです。
「ひっ、クーデレちゃんに睨まれちゃったよぉ~~~助けてぇロリコン~~~(泣)」
幼女は泣きながら美男子メガネの傍へ駆け寄っていく……お生憎様、私はクールがあってもデレはありませんと心の中で呟いておく。
「誰がロリコンだっ!!!まぁ、100%は否めないがね」
そこは否めよと思いましたが、そんな事より……今は彼から古書の在り処を聞くことが先決です。
「……本当に知りませんか?その棚にあった古い本です?」
「古い本……あぁ、あの古臭い錆びた本の事かね?パラパラと捲ったが、あんな物誰も読まないと思って、全部ゴミに出したよ、ふむそのお陰でこんな広い空間ばべぶっ!?」
「……っ」
パリーン!
私はすぐさま、美男子メガネの顔面にストレートを決めました。
「わわっ、流留ちゃんのメガネが粉々にっ!?あぁーーー!?メガネがなくなったらただの胡散臭い小姑になっちゃうよっ!?」
慌てた様子の幼女を尻目に私はそのまま、第二図書室から出て行きました……
もう、私には居場所が無い。
古書をゴミ扱いされ、あの男に捨てられた事は腸が煮えくり返る気持ちでした。あの男に面向かって会ったらまた手が出そうなくらい。でも、本当は古書自体が問題ではないのです。『居場所』、私が求めていたものがまた失った事、それが辛かったのです。
「……はぁ、次はどこへ行きましょうか」
今私は窓際で雲ひとつ無い空を眺めながら一人で今後の活動について考えています。否、活動とは大それたものです。趣味……何か自分が興味を持てる事について考えます。何があるでしょう、さっきまでは古書を読み漁っていました。さて、今度は趣向を変えて牛乳瓶のキャップ集めをやってみましょうか……否、否、特殊過ぎますね。一ヶ月毎に爪の長さを測ってみる、ザ☆爪コレクション。……キモイですね、やめましょう……さて、なら……そんなくだらない事を考えていると廊下の向こうから男子の声が聞こえてきました。
「耕司キュン、これならどうだ?『おっぱい大作戦☆』……これは僕のお勧めだよ」
「何を作戦するんだよ、いらねぇっての、いや欲しいけど。だからって学校でんなもん出してんじぇねぇ、ハゲ男」
アホ毛の金髪メガネの男子が新緑のストレートの男子……世はあれをイケメンというのでしょうか、とにかくそのイケメンにDVDを渡していましたが、イケメンは微妙にそれを拒んでいました。『おっばい大作戦☆』……何を作戦するのでしょうか。
「何を恥ずかしがっているんだい、チェリーボーイ。堂々としたまへ、そして堂々とコレを受け取るんだ、勇者よ……」
そして、アホ毛の金髪メガネの男子はDVDをイケメン男子の頬にグイグイ押し付けました……
「うおっ、やめろてめぇコラッ!?てか、臭っ!イカ臭っ!?何だこのDVD!?何か変なスメルするんだけどっ!?」
「……あぁ、実はね。それ神レベルの作品でね、僕何回もエレクトボンバーしちゃったんだ。だから終わった後も興奮が冷めなくてね……それでそのDVDにもエレクトボンバーぁあああああああああーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!……しちゃったんです、ごめんなさい」
「そぉいっ!!!」
ヴァキッ!!!
「へぁっ!!!」
目にも見えぬ手刀、それがイケメンの手によってアホ毛の金髪メガネの脳天に直撃、そのまま床に倒れました。……くだらない、何てくだらない。けれど、そのくだらなさが今の私にとっては羨ましかった。今の私はそれを感じることもできない。だって、『居場所』が無いから。私も、あの会話の中に入りたかった。自分が居場所と思える場所に……それがどこか分からないけれど。
「……あっ(汗)」
私がじっと二人を眺めていることに気付いたイケメンの方はどこか気まずそうに私の顔を見ながらその場を去っていった。……そんなに気にする事ないでしょうに。女の子だってそういうのに多少は興味あると思いますよ。私は特に興味ありませんが。
「……ふぅ」
どうやらここは私の『居場所』じゃないようです。
心地よい風が吹いてくる、そんな場所に私はいました。
屋上、ここはいいです。頭を冷やしてくれる。何も考えずにいられる場所、『居場所』には最適です。
ここからなら綺麗な町並みも眺める事ができますし、何より静かです。混沌とは無縁の純粋な感じ。
「………」
でも、逆に言えばそれだけ。それ以上でもそれ以下でもない。ただ、それだけ。私の心は満たしてくれない。爽快過ぎるからでしょうか………逆のベクトルに私に孤独感を与えます。ここは世界の果て、私だけの。でも、そんな場所には私しかいない、一人、一人だけ………この世界の住民は私一人。外部からの干渉も内部からの誕生も何も無い。あるのは私だけ、私という一個の固体だけ。
「それは呼吸をしているだけで生きていないのと同じなのでしょうか……」
違う、私が求めていたものはこれではない。孤独は嫌です、『居場所』が欲しいです。でも、答えが見つからない、見つけられない……どうすればいいのでしょうか……
「……はぁ」
私は他人には到底理解しがたいであろう悩みを自分の心の中で唱えながら、また一歩、一歩ずつ進み、別の場所へ行こうとしました………が。
ギィイイ……
「はっふぅー、あ~……かったるい……」
突然、屋上の鉄の扉が開きました。青のロングヘアーの大人の女性がタバコを口にくわえながらその扉から屋上へ入ってきました。私は突然の事で少々驚きましたが、平然を保ち、黙ってその女性を見ていました。
「………げっ(汗)」
私の姿を認識した女性はあからさまに嫌そうな顔をして私を見ました。……むっ、人の顔を見ていきなり嫌そうな顔をするなんて……失礼な人ですね。ですが、それも当然。私はこの人を知っている、英語の教師……確か、八尾麻美先生だったと思います。担任ではないのによく覚えているな、ですか?違います、正確には覚えられているのです。何故か分かりませんが、何故かよく私に絡んできます。不思議です。
「………美亜っち!ごめんっ!校長には黙っててくれないっ!?一生のお願いっ!!!」
八尾先生は私の肩を掴み、必死な形相で私に許し請いました……いきなりの第一声がそれですか先生。
「それはいいですが……ダメですよ、先生。タバコのやりすぎは肺を痛めます」
タバコは依存性もあり、一度やり始めると止まりが効かないとはよく言います。まさにその通りで、私のお父さんも酒、タバコに溺れていました……何でもやり過ぎはいけないということですね。
「ラッキー♪美亜ちゃん愛してるぅ♪」
先生は子供ような笑顔を私に向けてきました。ですが、そうは問屋が卸しません。ペナルティを執行します。
「ですが、これはとりあえず没収です」
私は先生のタバコを取り上げ、何故か偶々持っていた携帯灰皿にそのタバコを処分しました。
「あ、あぁああああああああーーーーー!!!!!な、何てことすんのよぅ!?返しなさいよぅ!(泣)」
「ペナルティです。私が先生の今の行為を許したらまた味を締めて繰り返すでしょう?」
「うっ、うぅううぅううぅうう………美亜っちの英語の成績、1にしてやるからっ!!!ふんっ!」
「子供ですか貴方は。私情で生徒の成績を上げ下げするとか教師としてどうなんですか」
「うっ、うぅぅぅ~~~………」
先生は涙目で私を睨んできました。そんな事をしても無駄ですよ先生。何も出ませんから。
「……先生、先生にとってタバコは『居場所』ですか?」
私と先生は屋上の鉄柵に背をもたれながらのほほんとしていましたが、ふと私はそんな事を先生に聞きました。
「……ん?タバコが居場所とな?妙な事を聞くねぇ、美亜ちん」
先生は新しいタバコを吹かしながらそんな事を言いました。……もう、言うだけ無駄です。私はタバコの事にはつっこまないことにしました。
「あの、その美亜ちんというのはやめて欲しいのですが……」
「そうなの?じゃあ……『美亜ちん●』はどう?」
「殺しますよ」
「んじゃあ、『美亜はおちん●んが欲しいのですぅ』はどう?」
「殺しますよ」
「同じリアクションしか取れない美亜ちんはノリが悪いのぅ……」
先生はショボーンとした様子で落ち込む。今、本気でこの人に殺意が沸きました。
「それより、どうなんです?先生」
「……んー、タバコが居場所とな……美亜ちゃんらしい考えだねぇ。どう意味か分からないけど、でもタバコを居場所と考えた事はないよ」
「……そうですか」
タバコ=居場所かタバコ≠居場所か。
不思議に思われるのも無理ないだろう。でも私は先生に聞いていた。答えが知りたかったわけではない、居場所が欲しかった……何でも良かった。
「……まぁ、せいぜい一種のストレスの解消ってとこかな。美亜ちゃんは分からないだろうけど、教師っていう職業もストレスの毎日なんだよね」
「……それは仕事の疲れや親御さんの対応ですか」
「ふぅー……まっ、そういうのもあるけどねぇ。そう単純なもんでもないのよ、これが。あぁー……ムカつくっ!あのハゲッ!ハゲハゲハゲハゲハゲハゲハゲハゲハゲハゲ!!!!!まごうことなきハゲッ!!!!!」
すごい単純じゃないですか、ストレスの原因は大部分は校長です、先生。
「……で?何で美亜ちゃんはそんな事を私に聞いてきたの?」
タバコをさらに吹かしながら不思議そうに先生は私に聞いてきました。
「……居場所が無いんです、私には」
「………もしかして、虐められてんの?」
先生は『おいおい、マジで勘弁してくれよ……(汗)』みたいな顔して私に聞いてきました。それが、教師のとる態度ですか。
「違います、別に虐められているわけではありません」
「なーんだっ、ツマンネ」
先生は地面にタバコを捨て、足でグリグリ火を消しました。少しイラッときましたがここは我慢です。でないと話が進みません。
「………」
でも、私は言えなかった……他人に『アレ』を知られるのが怖かった……
「………何だか余程の事情があるみたいだから無理に聞かないけどね。……私ができる事は、そうね。ちょっち待ってな」
先生は1枚のメモ用紙にペンで何やら筆記し始め……そして、先生は私にそのメモ用紙を渡しました。
「……『第二図書室』」
「そっ、そこ行ってみな」
そう言うと先生は私に背を向け、そのまま屋上から姿を消した。
「………どうすればいいんでしょう」
私はどうしていいか分からずそのまま呆然と十数分その場で。気付いた時には空は夕刻を示す茜色に変わっていた……
ーーー数日後。
私はまたあの忌々しい記憶の残る第二図書室の前まで来ていた。本当は来たくも無かったけれど……何故か私の足は自然とその場所に赴いていた。
「………無理です、帰りましょう……」
やっぱり……無理です。あの人達とは根本的に私とは何かが違います。特にあのメガネの人はウザイです。古書を捨てた張本人ですから。相容れない存在です。そして私は第二図書室から離れようと歩き出しましたが……
クイッ、クイ……
私の制服の裾を引っ張る感覚。振り向くとそこにいたのは……
「………」
私を上目使いで見つめる子供……もとい生徒会長がいた。うっ……不覚にも少し可愛いと思ってしまいました。何だか負けた気分だ。相容れない存在のはずなのに……あぁ、萌えてしまった。
「………生徒会、入る?」
でも、そのロリっ子会長は私にいきなりそんな事を聞いてきた……あまりの脈絡の無さに私は呆然としてしまいました……
「………」
「ワーイ!生徒会に仲っ間入り~~~♪」
私の沈黙を肯定と取ったのか、会長は笑顔で私の手を引きました……呆然としていた私は為す術も無くそのまま第二図書室に連れ込まれました。
……今でも、私は『生徒会』は嫌いです。特に副会長がウザ過ぎます。
……けれど、それでもどこかあの会長の笑顔が今でも心に残っていて忘れられなくて。
……私は会長の傍で惰性でこの仕事を続けています。
渡辺美亜、十七歳ーーー今だ居場所見つけられず。