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第89話『貴方が好きだった』

空に浮かぶ黒い雲、それはこの後の天候が芳しくないことを意味していた。

そして俺とアリスはそんな空の下、とある霊園の墓の前にいた。

「あの子は、ここに……眠っているの」

アリスは重くたどたどしい口調で俺に語りかける。

「………………」

そして、その墓の前には一輪の花が供えられていた。

その花は既に力なく折れ、地面に花びらが落ちていた。

黄色に褐色の油点が特徴の花だ。俺にはその花が今のアリスそのものに見えて………何故か儚く感じた。

「………この墓に眠っている子がアリスの妹か」

「そうよ、私の……私の世界で一番の宝物、エリス………」

そして、アリスは何かから守るような格好で墓を抱きしめた。

エリス……アリスが守りたかった家族、己の半身。けれども、ある不純物によってそれが汚されてしまった。男、アリスの男嫌いはそこから始まった。そして、俺は初めてアリスに出会った頃のことを思い出した。






『アリス・ブランドー』

ぶっきらぼうな、面倒臭そうな声でアリスは俺に第一声を放った。それはまるで男というより『世界』を拒んでいるように俺は見えた。

『あんたのその汚らしいツラ見てたら考えていることなんてすぐ分かるわよ!!』

アリスには見える全てが敵に見えたのだろうか、俺には想像できない世界だ。拒絶、拒絶、拒絶、妹を失ったアリスの気持ちは負の感情で日々満たされていたに違いない。自分を考える余裕さえない、常に死んだ妹の事を考える日々、後悔、無念、挫折、憎悪、そんな感情がごちゃ混ぜに………信じられない、俺は、そんなアリスの壮絶な過去を知ってしまった。俺はそんなアリスの『部屋』に土足で踏み込んだ。知ってしまったからには背負わなければならない、当然だ。俺に……何ができるだろうか。少なくとも、安易な言葉で励ます事などあってはならない。………くそっ!くそっ!くそっ!俺に何ができる……!?アリスは………アリスは!!!自分自身で自分の過去に決着ケリをつけようとしているっ!!!だからっ!あの時!アリスは!!!

『もう、私は私でいられなくなるから』

アリスは………自らの死で決着を着けようとしている。過去に残してきた妹の無念を取り去るために………それが絶対間違っていることは言うまでも無い。きっと、アリスは囚われているんだ………過去の産物に。だから………本当の視界が見えないんだ。もう、目先に見えるのは闇、闇、闇、真っ暗な暗闇。もう、周りが見えない、自分がいる世界は………もう、自分と妹でしかない。きっと、今のアリスには俺が見えていない。






「アリスっ……!!!」

俺は溜まらず声を荒げた。

「ここには、あの子が眠っているの。ぐっすり眠っているの。だから………私も」

それでも、アリスは俺の声に反応せず、墓をギュッと抱きしめていた。無理だ……俺には感情でアリスに訴えるしか方法は無い。それしか……無いんだ。

「アリスっ!やめろ!アリスっ!やめるんだ!!!もう……もう、その子はこの世にいないっ……!お前が眠っても……その子はここには居ないんだっ………!」

俺はアリスの身体を抱きしめて、墓から離れさせようとしたが………

「嘘っ!嘘よっ!ここにはあの子が居るっ!絶対居るのっ!あんたに、あんたに何が分かるっ?!妹を失った私の気持ち……あんたに分かるの?!分かるわけないっ!!!絶対分からないっ!!!うあぁああああぁああぁああああああああああーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」

ヒステリックな声で暴れるアリス………くそっ、俺は……俺は本当に無力だ。こうやって、感情的になってアリスを止める事しかできない………何て、何て無力な人間なんだ………

「…ぐっ、アリス、俺はお前の気持ちは分からない、それは俺がお前じゃないからだっ……!だけど、今、こうやってお前の過去を俺は知ったっ………!それは紛れも無い事実だっ!……俺はお前じゃないけれど………お前の過去はもうお前だけのものじゃないっ!俺の……俺のものでもあるんだっ……!もう、俺は無関係じゃないっ!!!無関係じゃないんだっ!!!」

俺は何を言っているんだ………まるで支離滅裂じゃないか………

「何を訳のわからないことをっ……!私の過去はあんたのもの………?はんっ!笑わせないでよっ!!!ちょっと聞いたからって………関係者気取り?あんたが私達に何をしたって言うのよっ!!!私に!エリスに!あんたが何をしたって言うのよっ!!!それにあんたが何を考えているのか知らないけれど最初からあんたみたいな汚い男に何にも期待なんかしてないわよっ!!!もう、離しなさいよっ!!!」

「ぐぁ……!!!」

アリスに突き飛ばされた俺は地面に尻餅をついた。くそ……何も、何も言い返せない。正論だから、分かっていた……俺が無力な事、そんな事は始めから分かっていた。……くそっ!くそっ!くそぉ………

「ぐぅ……じゃあ、じゃあ何で?!何で俺に聞かせてくれたんだ?!お前の過去っ?!何で?!何で……」

ほんの僅かな抵抗………それはできれば口にしたくなかった。分かっている!それが、どれだけ卑屈な抵抗であるか!!!だけど……もう、俺に手段は無いっ!感情的になるしか………それしか、もう無いっ!

「……はっ、どれだけ自信過剰なのあんた………私があんたに頼っているとでも思った?あははは!!!馬っ鹿ねっ!!!頼るわけ無いじゃない!!!大っ嫌いな男のあんたに!!!何であんたに話したと思う?!それはね!あんたが、あいつ!小田原に見えたのよっ!!!これは復讐よっ!復讐っ!ささやかな復讐っ!あの男はもうこの世にいないけど、あの男をあんたに見立てて!何もできないあんたは私がこの世から消えていく様をそこで眺めているといいわっ!!!あははっ!!!あんたはこの先一生、永遠に後悔を背負って生きていくのっ!!!あはははははっ!!!!!」

アリスは狂ったような声で俺に罵声を浴びせる。俺は、俺は……やっぱり、何も、何も、何もできないのか………?無力な、無力な、無力な人間………最低だ、俺は。何も、やっぱり何もできないじゃないか………目に熱を感じる、そして、いつの間にか目から自然と涙が流れた。

「うぁああああああ…………」

静かに、静かに地面に伏せながら俺は泣いた。そして、いつの間にか空から水が降り注ぐ。雨だ、その雨に打たれて俺は泣いていた。体中に寒気を感じながら、そして自分の不甲斐無さを感じながら、そして俺は………結局何もできない、救えない、誰も、誰も、誰も………






「………ねぇ、村上」






………アリスの声が聞こえた。

「………………」

俺は、顔を上げアリスを見た。アリスはびしょ濡れで墓の前にじっと立ち尽くしていた。

「私……もう、限界みたい………」

アリスの瞳はすでに輝きを失っており、意気消沈した姿がそこにあった。けれども、彼女はすでに覚悟を決めた……そんな気配が俺には感じた。

「………アリス」

俺は、もうアリスを説得する気力は無い………そんな自分が情けなくて情けなくて………このまま死んでしまいたいくらい情けなくて………また、自然と涙が零れた。

「ははっ、涙って枯れないもんなんだよな………」

俺はアリスに向けて無意味な言葉を漏らした。

「………ごめんね」

………

「……何で、何で謝るんだアリス」

「………私、結構、あんたの事好きだったみたい………あはは、こんな事を今更言っても仕方がないのにね」

アリスはゆっくり俺の元に歩みより、俺と背中を合わせてその場で座った。

「………俺は人に好かれる人間じゃない」

「………何で、そう思うのかしら?」

「………俺は過去に大切な人を失った。それも俺のせいで。全部、俺のせいで………」

また、涙が零れた。あの頃の自分の不甲斐無さに………結局、あの時も俺は雪美の事も、鈴奈の事も、何一つ分かってやれなかったんだよな………

「………似ているのかもね、私達」

………

「……違う、お前と俺は全然違う。俺の過去は………俺自身が引き起こした過去だ。お前の過去はお前が悪いんじゃない………」

もう、こんな台詞で説得してもアリスには届かないのは分かっている。でも……何で、何でアリス、お前は。

「………フフ、結局あんたは何も分かってないじゃない」

そう言うとアリスは立ち上がり、雨降る空を見上げた。

「………止まない、わね」

「………あぁ」

二人で空を見上げた、雨降る空、最後の空………アリスの瞳にはそんな空が映っているのか。

「………耕司、最後に1つだけお願いがあるの」

「………なに?」

アリスは名前で俺を呼んでくれた。でも、俺にはそれに対して嬉しさのカケラも無かった。あるのは、後悔、ただ、それだけだった。






「………私を、殺してくれる?」






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