3話 「浅い深海」 中編
少し長くて、会話が中心です。
二人を英雄と呼んだ女性は、濃緑のローブを纏っていて、傍らには杖が置いてある。その杖からはいかにも魔力があることを示すように宝石や装飾などを使った豪華な飾り付けだった。女性は長い髪を束ねて櫛で止めている。戦場において長すぎる髪は邪魔なのだから当たり前なのだが、彼女は様になっていた。顔立ちにはまだ幼さが残るがこの砦のような最前線に居を構えて毅然としていられるだけの器を持ってもいる。
ランスロットはそんな目の前の女性を知っている。彼女はアクリア・アンデス。マギウス八柱が一人であるオヴザード・アンデスの一人娘であり、次期マギウス候補でもある優秀な魔法使いでもあった。
このアイリ・スタにおいて魔法使いは絶対である。そのため優秀な魔法使いであればあるほど地位も上がっていく。その中でもマギウス八柱は国王という絶対的権力者に次いで偉いのである。この国にも貴族はいる。そして貴族たちは代々優秀な魔法使いを輩出し、名家として権力を持っている。しかし貴族達だけから優秀な魔法使いが生まれてくるわけではない。農民の中から神童と呼ばれる子供が出てくることも珍しくはない。しかし貴族のような固定概念によってその才能を潰されるの惜しいということで、その昔、貴族でも平民でもなれて、なおかつどちらかのパワーバランスが崩れないような仕組みを作った。
それがマギウス八柱である。彼らがいることで、貴族は権力を使って好き勝手に振舞うことができなくなり、平民たちは庇護を受けて生活が守られるようになった。また、どちらもその地位を目指し、名誉を得ようと怠ることなく修練に明け暮れるようにもなった。そしてマギウス同士でもお互いがお互いを監視することで反乱が起きても対処できるぐらいにバランスを保ってきたのだ。
そんなマギウス八柱は火、水、地、雷、氷、風、光、闇、それぞれの属性を一番上手く扱える人間が八人いることから名づけられた。しかし、彼らが選ばれるのはそれだけでなく魔法の研究や開発などで国に多大な貢献をしてこなければその地位に就くことは出来ない。だから彼らはその地位に見合うだけの力と知識を持ち備えている。今回の戦争においても負け戦こそ多いが、彼らは前線に赴きCTRを既に何十と堕としてきている。おそらくそれが、魔法派にとっても最後の希望ともいうべきなのだろう。
ランスロットは既に彼女のことは聞いていたので出来るだけ礼儀正しく話す。
「英雄とは恐れ多いでしょう、アクリア様。それをいうならあなた様の御父上を含めたマギウスの方々を言うのでは。」
ランスロットは騎士のなかでも珍しく自身を過小評価でき、それでいて騎士の役割をしっかり果たせる男なのである。今回の相手はただの小娘ではない。マギウスという高みにいる人間の娘だ。大貴族と同等の扱いにしなければならない。
「いえ、謙遜なさらずに。貴方たちはお父様達よりも、最前線でずっと戦い続けてきたのではありませんか。それは賞賛に値します。」
それに対してアクリアもマギウスの娘という地位に甘んずることなく、他者を思うことができるほど優しかった。
「ありがたきお言葉。しかし、自分達は自分達に出来る範囲のことしかしていません。それに…いろいろと迷惑をかけてもいます。」
グレンはなにも言わない。言えない。この場においては政治を知っているランスロットに任せるほかないのだから。もし、自分の発言で失言があったのならば目をつけられることぐらいはグレンでもわかっていた。自分のことをあげられるのは不愉快だけどな。
「…そうですね。そのことで今日はあなたたちを呼んだのですよ。ランスロット様。グレンさん。」
二人は咄嗟に顔を見合わせて、お互い同時に覚悟を決めた。
「(まさか、本当にこの世からおさらばになるとは。)」
「(とりあえず、逃げる準備はしとくかな。)」
そんな二人の覚悟した顔を見て、アクリアは吹き出すのを堪えて内心笑っていた。
「(ふふっ、二人とも仲のよろしいことですね。しかし、いくつか勘違いは訂正しておかなければなりませんわ。)」
二人がこちらに振り向いたので話を続ける。
「今日お呼びしたのはあなたたちの力がなんなのか、を知るためです。」
二人は一瞬間を置いて、間が抜けたように驚いた。そして安堵したのも束の間、ランスロットは騎士であることをみせつけるように毅然と。グレンは先ほどまでの覚悟した顔とは違う真面目になった。
それは、二人が自身の力をあまり教えたくないからだ。なにしろ力とは二人に限らず人間の根幹となっているのだから。
「私も自分の力を他人に易々と教えたくありません。戦士にとって自分の技は自分自身とも聞いています。それを教えるのは自分の命を与えるのと同じなのしょう。魔法使いにとっても、自分の魔法を他人に教えることは自分のアイデンティティを無くしてしまうことなのです。」
アクリアは二人に対して、慈しむように語りかけた。今回はこちらがお願いする側にも関わらず。そしてその慈悲は一転して次の言葉は悲壮な声で告げられた。
「しかし、あなたたち二人はすでに監査対象となっているのです。」
「監査、ですか…」
「・・・?。ランスロット、知っているのか?」
グレンはまったく知らない言葉に対して、ランスロットに聞いてみた。
「監査対象になるってことは、俺たちが国から危険人物として扱われるということだ。」
「そうです。」
「なん…だと…。」
グレンは驚きを隠しえない。しかし、なぜそうなったかをランスロットが言うのを待つ。ランスロットも聞きたかったのか二人は先程話していた時よりも緊張した面持ちで目の前の女性に向かい合った。
「それでは、一体何故私たちが監査対象になってしまったのですか。」
「それは…、あなたたち自身が一番理解していると思っていたのですが。まあ、知らぬは本人ばかりとも言いますね。お教えしましょう。」
二人はアクリアの言葉に疑問を感じながらも次の言葉を待った。
「まず、ランスロット様。あなたは開戦当初から参加していますね。そしてその技量も耳にしていました。しかし、それだけでは監査対象には程遠い。何しろ人の範囲で戦っているのですから。」
ランスロットは緊張した雰囲気の中僅かばかり安堵した。それに気付いたかは分からないがアクリアは次の言葉を強めて発する。
「騎士であり、貴族でもあるあなたがなぜ、そこまで前線にいようとするのか。それが上層部の方たちにとって疑念となっているのでしょう。」
「それは・・・」
「言葉にしなくても良いです。開戦当初の事情も聴いていますから。ただ、問題はそこではないです。」
ランスロットに向けていた視線は隣のグレンへと向けられる。
「グレンさん、あなたです。あなたがランスロットと組み始めたことをきっかけに化け物といっても差支えがないほどの戦果を挙げていっています。あなたたちがここ二、三ヶ月で挙げた戦果は歩兵一個師団相当、戦車三個中隊相当、航空一個中隊相当。CTRに至っては百を超える数を撃破しています。果ては船舶四隻撃沈。これを化け物以外になんといえばいいのでしょうか。」
アクリアは今一度言った内容をまだ信じられなかった。なにしろこれだけの戦果を挙げるのなら魔導三個師団あっても足りるかどうかなのだ。なにより一般兵士50人で1機を倒せるかどうかのCTRを二人で100機以上も撃破しているのだ。最初にこのことを知らされたときは、「嘘でしょ!」と思わず言ってしまったが、上層部の人達は皆「残念だが事実だ。」としか言わなかったのだ。だからこうして最前線まで会って確かめにきたのだ。
アクリアはランスロットが動揺しているのか震えているのが目に見えて分かった。それに対してグレンは、気まずそうにしている。
「なあ、グレン…。お前、なにをした…?」
「えっ、えっと、魔法をぶっ放したら壊しちゃったのかもな。はははっ・・・」
「それだけじゃないだろう。お前はいつも殿を勤めて、敵を斬っていたな。」
「あー、そんなこともあったね・・・」
実のところ、ランスロットは今聞いた戦果の半分は知らない。なにしろ自分は見ていないのだから。ランスロットは生死をともにしてきた相棒のせいでこんなことになってしまったのだと心の中で後悔した。
それを知ってか知らないかグレンはランスロットの言いたいことを代わりに言った。
「つまり、今日呼ばれたのは、暴れすぎて目をつけられたからってことか。」
「そういうことだろうな。」
なかば諦めかけている二人に、言い過ぎたと思って動揺したアクリアは助け舟をだす。
「あっ、と言っても排除対象ではなくまだ監査対象ですけど…」
「いや、それでも、ですよ…」
助け舟を出したはずが三人の間になんともいえない空気が流れる。
「えっと、ならどうして、アクリアはわざわざここまで来て俺たちと話をするんだ?聞くだけなら調査員を集めた場所に呼べばいいのに。」
グレンは遠慮もせずにマギウスの愛娘に敬称もつけずに聞いてしまった。
「おい、グレン!俺はともかく相手は恐れ多くも貴族だぞ。いま俺たちの生死を握っているのはアクリア様だ。・・・申し訳ありません、アクリア様。」
そう、マギウス達はその地位から貴族と同等の扱いを受けているのだ。だからランスロットは騎士として受け答えをしていたのだ。一応騎士も貴族階級ではあるがランスロットは戦士。それに対してアクリアは魔法使い。魔法使いが上のこの世界では自身が下でなければならない。しかしアクリアは違っていた。
「ふふふっ。やはり面白いですね、貴方たちは。…ランスロット様。これから私と話すときは友人と接する気持ちで構いませんよ。私は身分よりも実力で評価しますから。」
突然の申し出にランスロットはたじろかずにはいられなかった。
「いえ、こちらが構います!あなたはマギウスの娘で、あなた自身も私より優秀な魔法使いなのですから!」
そこでアクリアが少し驚く。そしてすぐに笑いを堪えようと口元に手を当てる。執事がどこからかハンカチを取り出してアクリアに渡す。ランスロットはどう対応すればいいのか困った。不興を買ったわけではない。しかし特に面白いわけではなかった。一応グレンの方をみてみると、グレンは小さく笑っていた。グレンはどうやら分かっているようだった。それが少しむかついたが、今はとやかく言える雰囲気ではない。少しして、アクリアが立ち直り涙を拭くと、
「・・・、本当にごめんなさい。でも可笑しかったから、つい。私は少し沸点が低いのよね。困ってるの。」
ランスロットもグレンも目の前の子供のようなしぐさをする女性がだれなのか分からなくなってきた。
「えっと…とりあえず答えるけどね。私がここに来たのはあなたたちに興味があったから。そして会って分かったわ。あなた達は私よりも強いわ。そして、グレン。あなたはマギウスに匹敵する。もしかしたらそれよりも上かもね。そう言っても良いわよ。」
ランスロットは少し黙った。グレンの強さを目の前で見てきたのだからそれぐらいは感じていた。しかし実際に言われると、俺とグレンの間に壁のようなものを見てしまう。それもどうしようもないくらい隔絶とした。
ランスロットが少し顔を下げたのを気配りの出来るアクリアは見逃さなかった。黙った理由が理解できたアクリアはランスロットにも自分の評価を伝えた。
「あなたもよ、ランスロット。あなたは剣技だけで、CTRと渡り合っているそうじゃない。」
「いえ、俺はそれだけです。」
「またまた謙遜をしなくていいわ。そもそも自身の技だけでCTRと渡り合えるのは私たちの国には数百人もいないわ。それに、あなたは指揮官として最後まで最前線にいてくれるおかげでほとんどの撤退戦を少ない犠牲で済んでいるのよ。それは誇っていいわ。ありがとう。」
「はい・・・。」
アクリアの励ましも無駄に終わり、ランスロットは今度こそ黙り込んでしまった。
ランスロットの様子を見かねたグレンは本題の方をどうにかしようとして話し方は変えずにアクリアに聞いた。
「あー、アクリア。俺たちが力を持っているのは分かったから、本題の、力を教えるか教えないかに移っても良いか。」
アクリアもさすがに気まずくなったのかグレンに乗った。
「えっと、そうね。じゃあ、まずグレンさんからいきましょう。あなたは教えてくれるのかな?もし教えてくれないのなら一生陽の目をみないかもね。」
「うわっ、おっかない。でも教えたら教えたでそれはだめなんだよな。」
アクリアの軽い脅しにグレンは拒否を示した。
「あら、どうして?それ程までもったいぶるなんて、あなたは禁忌にでも手を出しちゃったのかな?」
それをアクリアは警戒の色を示して聞く。今のは軽い挨拶みたいなものだったがそれを拒否することは何かを隠していることになる。しかし、正直に話すことは自分で理解しているということにもなるので、彼への態度は変えない。
「はははっ。禁忌というのなら、そうかもしれないな。」
「えっ!!!。・・・冗談のつもりだったんだけど。」
アクリアは一瞬にして最大限警戒をした。禁忌に手を出すような人間は人の範疇に入れないほうがいい。そういうものだ。アクリアの中にあった先程までの評価は一瞬にして崩れ去った。
「まあ、隠してても、言っても、どちらにしろ俺のやるべきことは変わらないか。」
「一体…、どんな禁忌に手をだしたの?」
アクリアは息を呑む。
「俺の体に流れてる血なんだけと、人間と竜の混血だ。そして、俺の右手は邪神の呪いに冒されてる。」
グレンはあっさりと言い切った。その意味を理解してながらも。
「「「えっ…」」」
それを聞いたアクリアも黙っていたランスロットも控えるだけの執事も固まっていた。
「やっぱり、言わなかったほうが良かったかな、はははっ。・・・ん、どうしたんだ、みんな?」
アクリアや執事は臨戦態勢を取っていた。隣のランスロットも剣の柄に手を掛けている。グレンはさすがに意見だと判断して弁解する。
「あー、やっぱり、危険だよね。・・・でも、大丈夫だ。どちらとも後天的なものだし、呪いに至っては、なんとか制御できるようになったから、日常生活しているだけなら問題ない。」
グレンは咄嗟に考え付いたわけでもなく確信を持って弁解の後半部分を答える。今度は三人とも先程とは違った感じで驚いていた。
「えっ、みんなそんなに驚かれることかな。」
「(だれのせいだ!(ですか!)(でございますか。))」
三人の心の叫びが部屋には響き渡らず、しかしそれぞれの心の中に衝撃を与えた。
アクリアさんはヒロインではありませんが、後々関わってきます。
あと、今回は長くなりすぎた。反省はしているが、これからもっと長くなるかもしれない。よろしければ次もお付き合いください。
次も会話が中心です。
ここまで読んでいただきありがとうございました。