2話 「出会い」 後編
戦闘シーンだけです。
レイヴンはグレンが走り出したのを見て、すぐに肩に担いであるハルバートを正面に思いっきり振り下げた。普通なら数秒待たなければ空振るが、グレンは距離をあっという間に詰めてくる。右腰の刀を左手で抜いて、下からハルバートと交差する。だがグレンは始めから受け流すつもりだったのか受け止めた刀でハルバートを押し出すように右にずらし、その反動で身体を左肩を前にして斜め前に押し出し、レイヴンから見て右側に移動した。レイヴンのハルバートは目標を逸らされ、盛大な音を立てて地面に食い込んだ。
「(正面から受け止めて折れぬとは、かなりの業物と見受ける!)」
レイヴンはグレンの刀の性能に驚いた。なにしろハルバートを正面から受け止められる強度を誇っているのだ。つまり、刀でありながら剣の役割を果たせる万能な必殺を持っていることに他ならない。
グレンは交差した刀を返す形でレイヴンの左胴を狙う。いくら鉄で守られていようと、直線になぞられた太刀筋は鉄をも両断する。だからレイヴンはグレンから目を逸らさずハルバートから左手を離し、左手を左側の地面に向けると魔力を放出できるアイアングローブを通して魔法を発動する。
「アースブレイクッ!」
するとレイヴンの左側に茶色の魔法陣が現れ、そこから間をおかず岩の塊が出てくる。
岩の塊が出てきたところはグレンの手前。しかし、グレンに当たる場所。刀をまだ振り下ろしていなかったグレンは軸足として踏ん張っていた左足の力を足の裏で巧みに重心を変えて左上に向けた。そうしてグレンはレイヴンの右斜め後ろ、グレンから見て左に飛んだ。それと前後して現れた岩の塊を横目にすれすれで躱すと空中で一回転してからレイヴンの方を向いて着地した。それと同時にレイヴンはハルバートを地面から抜いて構えながらこちらに振り向いた。
今度はレイヴンの方から仕掛けた。レイヴンは左手のグローブを通して地面に魔法陣を生成し、そこからレイヴンが乗れるおおきさの岩が上空に向かって打ち出される。それに乗り、レイヴンは宙高く舞い上がった。
「いくぞぉぉぉ!!!」
そして重量を活かした振り下ろしをグレンにお見舞いする。さすがに受けきれないと判断したのかグレンはハルバートが振り落とされる瞬間を見計らって右側に飛んで避ける。そうすることで左手で刀を思いっきり振れるから。
ハルバートが砕いた石床の破片が吹き飛ぶなか、突然水平に金属が空気を裂きながらグレンを襲う。それをグレンは咄嗟に抜き放った左手の刀で交差させる。拮抗した力はお互いを跳ね上げ、グレンは跳ね上がった刀を身体を回転させて横薙ぎの力に変えてまだみえぬ敵へと斬りつける。しかし切り裂いたのは、岩のかたまりだった。
「(囮かっ!?)」
「ふんっ!!」
グレンが思ったのも束の間再び空気を裂く音が聞こえた。グレンの振った刀は今右側にある。しかし、空気を裂いて襲ってきたハルバートは左前上方からだった。
それをグレンは右手で左腰にある刀を逆手に抜くことで対応した。
振り下ろされるハルバートを逆手の刀で応じれば自ずとグレンは負ける。だからグレンは力を込めて強引にハルバートを左に逸らす。そしてグレン自身は左手で振った刀の残った勢いで逸らしたハルバートを後ろに置き去りにして不作法な飛び込み前転をして距離を取った。
前転の終わりで足を回し、ハルバートを構えなおしたレイヴンと向き合ったグレンは刀を再び納め、抜刀の姿勢に入ろうとしたとき、レイヴンが声を掛ける。
「今までの数合でだいたいお前がどれくらいなのかは分かった。…ずいぶんとやるじゃねえか。この俺に初手から魔法を使わせるとは。」
レイヴンは目の前にいる少年が強いことを確信していた。なにしろ熟練者同士の攻防をまだ14,5の子供がやっているのだから。
「実力者に認めてもらえるのならありがたいが、試験は合格なのか?」
「いや、最後までやりあってから決める。観衆もいることだしな!」
「うっ、しかたない…本気をだすかな。」
「ほう、やはりあの程度は準備運動か。まだまだ力を隠しているのだろう?」
「そういう爺さんこそ、あれが本気じゃあないだろ。」
「分かっておるなら無用じゃ。どれ、お前の力、見せてみぃ!」
レイヴンはそう言うや魔力を武器に注ぎこみ、ハルバートから茶色いオーラが発生した。レイヴンが行ったのは、魔力付与。自身の魔力を武器に注ぎ、武器の形こそ変わらないが、武器から魔法を打ち出すことが出来るようになる魔法だ。これは魔法と戦士を両立させている者ならばできなければならない初歩の初歩の魔法。これがどれだけ上手にできるかで魔法戦士の格が決まると言って良い。
魔法付与には3つの段階がある。一つ目は魔力を注いで、武器に魔力を帯びさせること。これはただ魔力を載せるだけなので、全ての魔法戦士は出来る。が、魔法を放ったり、自身の属性の武器に出来ない。
これが発展して二つ目が武器の属性を変化させること。これは武器の周りに色のついたオーラが纏わるので分かりやすい。そして属性を持っているので火属性を付与したら相手にやけどを負わせたり雷属性を付与させたら相手をしびれさせることもできる。この段階までいける魔法戦士は全体の中で一気に半分になる。
最後にレイヴンのように魔法を打ち出すことができるようになることだ。これは武器を媒介にして魔法を発動させているといってもよい。
しかしそれは難しい部類にはいる。なにしろ武器に魔力があるにしろないにしろ、自身の魔力を武器を通して放出しているのだから。武器という不純物を通すことで失敗したり、本来の威力を発揮しないことは多々ある。さらに常に魔力を武器に付与し続けなければならないため消耗が激しくレイヴンでも普通なら3時間は余裕で戦えるが魔力付与をした状態では一回の戦闘で1時間が限界である。魔力を持った杖も同様だ。
だからこの世界では自身の体から魔力を放出、つまり魔法を発動させた方が扱いやすく、さらに継戦能力も長く、安定しているのだ。
しかし魔力付与を極めることで、CTRと互角に戦えるようになるのも事実。しかしここまで極められるのはほんの一握り。そのため魔法戦士達は日々魔力付与の修練を欠かしてはいない。
レイヴンは自身のハルバートに魔力を付与し終えると、神経を研ぎ澄ました。しかし、いまだにグレンは魔力付与をすらおこなってはいない。かといって知らないというわけではない。なにしろレイヴンの変化に驚きもしていないのだから。
「どうしたか。いまさら怖気づいたのかのお。」
グレンは少し間をおいて
「いや…、やっぱり、本気をださないと駄目だね。」
その言葉を言い終えるとグレンは先ほどしていた片手の抜刀姿勢から刀を二つとも抜き二刀流の構えをした。しかし、それは構えですらなかった。グレンは手の内側をこちらに向け、刀を斜め下に降ろしていたのだった。しかしそんな一見油断しているような構えが一瞬にして変わった。そのきっかけは、
「覚醒、「幻想の零」。」
言葉を合図にグレンの握っている二刀から炎が燃え上がった。それはすぐに収まり、収まった時には刀自身が炎となっていたのだった。
しかし、周囲の変化はそれだけでは収まらなかった。グレンの周囲も明らかに変わっていた。グレンの周りを魔法陣も無しに炎の渦が巻き起こり、波を起こしていた。そして場が灼熱地獄になった。
「では、行こうか。」
そんな地獄のなか涼しげな声で言うとグレンはレイヴン目がけて駆けた。
「くっ!!」
レイヴンはグレンを捉えられなかった。周囲が劇的に変わったことに気を取られていたこともあるがそれでもグレンが先ほどよりも速くなっていたのだ。反応が一瞬遅れた。その一瞬は戦場において命取りな遅さだった。けれども、本能は反応するよりも早く行動し、ハルバートを振るう。
運よくそこにグレンはいた。そして、この状況は先ほどの攻防と同じようなやり方だ。グレンは自らに当たるハルバートを逸らそうとするだろう。その時に刀をハルバートに当てなければならない。だからレイヴンは、刀がハルバートと触れた瞬間、上級魔法「グランドインパクト」を発動しようと考えていた。それはハルバートに触れたところを起点として周囲に岩石を突き出させる魔法。発動すれば、たとえグレンがハルバートを逸らせても魔法に当たらざるを得ない。
しかし、その目論見は圧倒的質量の前に崩れ去った。
グレンは左手の刀を右斜め上から振った。それはレイヴンの右手のハルバートの振り下ろしと交差した。しかし、それは先ほどと違って愚策だ。なにしろ体格差のせいでこちらが上から振り下ろしているのだ。自然とグレンは上から振り下ろした刀でも下側になり、横に逸らそうとしても下から上へと力を加えなければならない。その時に力を入れなければただ切られるだけなのだから。純枠に力押しならこちらに分がある。交差したその瞬間、レイヴンは駄目押しとばかり「グランドインパクト」を発動した。岩石は確かに現れた。それは正面のグレンを串刺しにできる近い距離で発動した。
しかし、グレンの振るった炎となった刀から出た巨大な炎の斬撃に相殺され、その衝撃で両者が吹き飛ばされる。
あろうことか圧倒的に力で勝っていたレイヴンのハルバートを力で吹き飛ばしたのだ。
レイヴンは押し上げられた右手をみて、驚愕した。そしてすぐ、グレンを見た。グレンの身体も吹き飛ばされているが、空中で一回転したのち着地を後ずさりながらも綺麗に決めていた。
「なんという力。何という身のこなし。これが、子供が持つ力か・・・」
レイヴンはハルバートを構えなおす。グレンもすぐに立ち上がり刀を正対位置も構える。両者はすぐに動かない。観客も固唾をのむ中、先に動いたのはグレンだった。
右手に握っている刀をいつの間にか抜刀に近い形で水平に構えていた。抜刀術。レイヴンの間合いの少し外で一度止まり、そこから右足を踏み込んだ。
そして一閃。
それはみごとと言わざるを得なかった。ハルバートを盾に構え防御の姿勢をとったが、その一閃はハルバートの柄を両断しの鎧まで砕く。刀抜き放ったグレンはレイヴンの右を周りこむように器用にすり抜け素早くレイヴンの背後に移動していた。抜き放った刀は曲芸のように手で回転させ、逆手で納刀した。周囲の炎もグレンが刀を納めるあたりからいつのまにか収まっていた。
レイヴンはグレンが刀を納めるのを見届けると片膝を付き、しかし倒れはしない。
グレンは手ごたえがあったのに、倒れる音がしないことを不審に思い振り向いたとき、衝撃が来た。レイヴンが発動させた魔法が足元から直撃したのだ。
レイヴンは倒れなかっただけではない、足元に魔法陣を描き、魔法を使ったのだ。グレンは吹き飛ばされ壁に激突する。
闘技場は静寂に包まれていた。だれもが目の前で起こった出来事を信じられなかったのだ。最初の攻防ではあのレイヴンを相手に互角に見える戦いをしていた。が、しかし、その後レイヴンが本気をだしたにも関わらず少年はそれを上回る実力でレイヴンの膝をつかせたのだ。それでも、最後はレイヴンが勝った。
その出来事にあるものは恐怖を抱き、また、あるものはただ呆然としていた。そんな中、この試験(祭り)を引き起こした張本人であるランスロットもまた皆とは別の意味で困惑していた。
「(あ、あれは、覚醒…。まさか理に至っているというのか!あんな歳で!!)」
ランスロットはグレンが何をしたのか分かっていた。そしてそのすごさも恐ろしさも。グレンがやったことは人間が一生を懸けてようやくできることなのだったから。
一つの道を究めること。つまり理に至るということ。
その道の険しさをランスロットはその身をもって分かっていた。だからこそランスロットはグレンを知りたくなった。
「だがあの飛ばされようでは万が一のことがある、救護班、っ!?」
ランスロットが観客席に呼び掛けた時、グレンが吹き飛ばされた一角が吹き飛んだ。そこからボロボロになったグレンが歩き出てくる。明らかに危険な当たり方をしたのに、それをものともせず戦いを続行しようとしていた。
「(どうやって倒すべきか…)」
グレンは焦っていた。つい本気をだして、レイヴンを倒してしまったと思いきや不意を打たれた。このまま終わるわけにはいかない。しかし会場は静まっている。こんな状況でどうしろというのだ。
ガチャリという音がして、ふと、後ろを振り返ってみるとレイヴンが立ち上がっていた。そしてこちらを振り向き…
「いやっ、参った参った!まさかこのわしがああもあっさりと膝をつくとは。これも年かな、はっはっはっ!!」
豪快にわらっているレイヴンがいた。
「・・・えっと、大丈夫か?」
つい罪悪感から相手を心配してしまった。
「なに、気にすることはない。けしかけたのはわしなのだからな。」
「でも、俺はあんたを殺すつもりでやっていたんだけど。」
「そんなことよりもだ!貴様、怪我はないか?」
「いや、まあ頑丈だから問題ないけど。」
グレンの言葉は無視された。結構重要なことを言ったんだが。しかし、この爺さんはまずい。なにがというと余計なことを押し付けられそうなのだ。
「お前は合格だ。とりあえずランスロットと組んどけ。」
「えっ。」
「俺の意思は無視なのか。」
レイヴンの突然の提案にさすがにランスロットも現れた。
「少なくともこの少年と肩を並べられるのは貴様ぐらいしか思いつかんわ。」
「…分かった。連れてきたのは俺だしな。」
ランスロットはしぶしぶ納得した。そして
「ようこそ、クロスストリート基地へ。俺はランスロット・イルトリノだ。これからよろしく頼む。」
納得をしたのならいいや。グレンは諦めてランスロットに応える。
「ああ、俺は火ノ鳥グレンだ。よろしく頼むよ、ランスロット。」
それがグレンとランスロット、この戦争で最後まで関わり続ける二人の出会いだった。
たった数合でこれだけ文章を書くのは想定してなかった。