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その後、私と狐子ちゃんは依頼人であるザマスおばさんの家に向かい、無事にフランソワちゃんを送り届けた。
今回の依頼内容は、迷子の飼い犬――フランソワちゃんを探すことだった。
最初から連れ去られたと言っていたし、考えてみたら迷子でもなく、依頼された内容とはちょっと違っていたと思うけど。
フランソワちゃんを見つけて送り届けたのだから、なんの問題もなく、仕事は成功したと言える。
依頼内容にあれば別だけど、そうでなければとくに詳細を説明する必要もない。
それなのに狐子ちゃんは、自ら進んでザマスおばさんに経緯を話し始めた。
……ただし、かなりの嘘をまじえた内容で。
「フランソワちゃんを連れ去ったのは人間の男の子で、親戚の家に遊びに来ていただけだったみたいです。もう帰ってしまいましたから、同じようなことが起こる心配もないでしょう。男の子についていたという尻尾は、普通にお店で売っているファーの尻尾でした。腰にオシャレとしてつけていたものを、本物の尻尾だと勘違いしてしまったのだと考えられます」
狐子ちゃんは、先ほども言っていたとおり、あの狸の子をそっとしておいてあげたいのだろう。
物の怪の存在は、一般の人にも知られてはいるものの、あまり快く思わない人が多いのもまた事実。
だから余計な波風を立てて狸の子の平穏な生活を脅かさないよう、物の怪の仕業ではなかったという結果にしておきたかったのだ。
相手が物の怪だと思ったからこそ、私たちMDSに依頼してきたはずなのに、そんな結果を伝えてしまうのもどうかとは思ったけど。
ザマスおばさんとしては、フランソワちゃんが無事に帰ってきたことだけが重要で、その経緯になんて興味はないらしい。
狐子ちゃんの嘘まじりの説明も、ほとんど聞いていないみたいだった。
とにもかくにも。
これにて、一件落着。私の初仕事は、こうして幕を閉じた。
をどろし荘に帰り着いた私を、叔父さんが出迎えてくれた。
「無事成功したというのは、依頼人から連絡があったよ。初めてのお仕事、お疲れ様」
そう言って、叔父さんはお茶を出してくれた。
ラウンジに雫さんの姿はない。
狐子ちゃんもすぐに、自分の部屋へと戻ってしまった。
「ありがとうございます」
お茶をすすりながら、私は心に降り積もっていた思いをぽつりぽつりと吐き出す。
「あんな感じで、本当によかったんですか?」
物の怪にしか解決できない依頼をこなす、それがMDSの仕事のはずなのに。
依頼人のおばさんは、わざわざ物の怪に頼まなくてもよかった、と思ってしまうのではないだろうか?
そんな私の気持ちを、叔父さんは屈託のない笑顔で温めてくれた。
「納得してくれたんだから、なにも問題はないよ。それにね、僕としては物の怪の気持ちを尊重したいんだ」
「物の怪の気持ちを尊重?」
「依頼内容を聞いて対処するのは、物の怪たちに任せているんだよ。ちょっとした指示や助言を与えたりすることはあるけどね。でも、自分で考えて自分で解決するっていうのが重要なんだ。それが物の怪としての存在意義にもなっていく」
「存在意義……ですか……」
「物の怪の存在は一般の人にも広く知られているけど、近年、その数は確実に減ってきているんだ。住む場所もどんどんと失われている。それは、人間側の問題もあるけど……同時に物の怪自身の問題でもある。自分は意味のない存在だと考えたが最後、物の怪は自らの身をこの世から消し去ってしまう。そうならないためには、存在意義が必要で、存在するための居場所が必要なんだよ」
存在するための、居場所……。
狐子ちゃんは言っていた。
狸のあの子にも、自分の居場所がある、と。
野良の物の怪だという話だけど、どこかにあるのだろう、あの子の居場所が。
あの子が居てもいいと思える場所が。
そして、狐子ちゃんや雫さんにとっては、をどろし荘こそがその居場所であり、MDSの仕事が存在意義となっている。
叔父さんは、そんな物の怪たちの居場所と存在意義を同時に与える、素晴らしい役割を担っているのだ。
そう考えると、この仕事がとても誇らしく思えてくる。
私は単なるバイトの身分でしかないけど、これからも物の怪のみんなと一緒に頑張っていこうと、固く心に誓うのだった。
「今日は、狐子さんと一緒で大変だったでしょ?」
不意に叔父さんが、普段どおりの笑みを伴って話しかけてきた。
「狐子さん、嘘つきだから」
嘘つきって……。
いや、確かに身をもって体験したわけだけど。いくらなんでも、正直に表現しすぎだ。
本人が聞いていたら、気を悪くするかもしれない。
きょろきょろと視線を巡らせ、狐子ちゃん本人も他の物の怪の姿もないことに安堵する。
「叔父さんはわかってるんですね、狐子ちゃんが嘘をつくの。そういうのって、ダメだって教えてあげたほうがいいんじゃないですか? それが大人としての役目なんじゃないですか?」
アパートのオーナーは親とは違うから、そこまでする義理はないのかもしれない。
それでも、今回たくさん嘘をつかれて翻弄されたこともあってか、叔父さんに対して怒りの念が浮かんできていたのだ。
逆恨みでしかないと、自分でもわかってはいたけど、口から飛び出していくのを止められなかった。
そんな私に、叔父さんは笑顔を崩すことなく、落ち着いた爽やかな声でこう語る。
「狐子さんは、心は大人だよ。それにね、そうやって嘘をついたりしてからかって人間が驚いたり怒ったりするのも、狐子さんにとっては存在意義になるんだよ」
「え……?」
「物の怪っていうのは、人間がいてこそ生きられる。そういう存在なんだ。だから嘘くらい、つかせてあげてよ。あまりひどい嘘はつかないくらいの分別はあるはずだから」
「……はい」
素直に頷く。
ただ完全に納得することまではできず、私は頭を抱えていた。
いくら女の子同士とはいえ、胸を揉まれたり唇を奪われたりしたのは、ちょっと許容範囲を超えてるよ~!
だけどそんなこと、愛しの叔父さんに向かって言えるはずもなかった。