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ところで、私はバイトをするという目的で、をどろし荘へとやってきた。
ここは叔父さんがオーナーをしているアパート、というのは確かなのだけど。
実は同時に、『MDS』という会社の事務所でもあるのだ。
MDS――物の怪デリバリーサービス。
その名が示すとおり、物の怪を届けるサービスだ。
もちろん、お客さんは物の怪を買うというわけではない。
様々な依頼を募集し、解決できそうな物の怪をお客さんのもとへと派遣する。
それが物の怪デリバリーサービスの仕事となっている。
私にどんな役割が与えられるかは聞いていないけど、バイトだし資格などが必要という話でもなかったし、そう難しいことではないだろう。
「MDSは全国規模の会社になっているんだ。といっても、うちみたいな事務所の数はそれほど多くない。一般的に認知される仕事になってきてはいるけど、まだまだこれからって感じかな」
叔父さんは丁寧に教えてくれた。
「流れとしては、まず本社で依頼の電話、もしくはメールを受け取る。本社のサーバー上にアップされる依頼内容を吟味して、場所がなるべく近くて、解決できそうな物の怪の所属している事務所が名乗りを上げる。複数の事務所が名乗りを上げた場合は、本社側の判断に委ねられることになる」
「ふむふむ」
「そういった事務所側の名乗り上げは、僕自身が担当するから気にしなくていいけどね」
「なるほど……。それじゃあ、私ってなにをすればいいんですか?」
「カモメちゃんには、記録係をやってもらおうと思ってる」
「記録係?」
会議に出て議事録でも取るのだろうか?
という私の考えは完全に間違っていた。
「依頼を遂行する物の怪と一緒についていって、ビデオカメラで様々な状況を撮影する仕事だよ」
「撮影、ですか」
「うん。依頼の料金は、基本となる出張費と成功報酬になるんだけどね。成功報酬は、内容によってまちまちなんだ。そのあたりの金額は、担当となった物の怪本人では判断できない場合が多い。個人的な感覚によっても変わってしまうからね」
「はぁ……」
「だから撮影した映像をもとに、僕が判断することにしているんだよ。これまで、記録係は一番古株である雫さんにお願いしていたんだけど、雫さん自身が依頼を担当する場合もあるし、同時に二ヶ所以上の依頼に対応したい場合もある。それで人を増やしたいと思っていたんだ」
「そうなんですか」
でも、そうすると……。
「べつに私じゃなくても、誰でもよかったんですね」
バイトだし当たり前のこととはいえ、ちょっと悲しくなってくる。
そんな私の様子を見て気を遣っただけかもしれないけど、叔父さんはそれを否定してくれた。
「そういうわけでもないよ。なにせカモメちゃんは、昔からこのアパートに出入りしていて、物の怪の存在にも慣れているからね。普通にバイトを募集して来てくれた人でも、務まらないわけではないと思うけど……。僕自身も、物の怪たちにとっても、信用できる人であるのが絶対条件になると思ったんだ」
「……わかりました。私、頑張りますね!」
たとえ気を遣っているだけだとしても、私をバイトとして雇うことを決めてくれたのは事実なのだ。
だったら叔父さんの期待に応えられるよう、一生懸命バイトに勤しめばいい。
私は決意を込めて、両手のこぶしを力強く握りしめてみせた。
「うんうん、その意気だよ」
叔父さんはそう言って、私の頭を撫でてくれた。
子供扱いされているのは少々不満だけど。
なんだか気持ちいいかも。
えへへへと、私は反射的に子供染みた笑顔をこぼしていた。
「ビデオカメラは、これを使ってね」
雫さんから手渡されたのは、ハンディータイプの小型ビデオカメラだった。
いつの間にかいなくなっていたと思ったら、ビデオカメラを取りに行っていたのか。
「内蔵メモリだけでも結構な容量があるから、長時間モードなら二十四時間録画しっぱなしでも大丈夫なくらいなの」
よもや和服の似合う美人から、最新式と思われるハンディービデオカメラの説明を受けることになろうとは。
「雫さんでも使えるくらいだから、今どきの女子高生のカモメちゃんなら、お茶の子さいさいだよね?」
「ええ、まぁ、大丈夫だと思いますけど……」
お父さんがビデオカメラで私をよく撮影していたこともあって、私自身も様々なものを撮影した経験があった。
二十四時間録画可能なほど最新式のビデオカメラではなかったし、メーカーも違ってはいたけど、基本的な操作法にさほど大きな差なんてないだろう。
「ワタクシでも使えるって……少々失礼なんじゃないかしら?」
「あ……いや、その、悪気はなかったんです。すみません、雫さん、許してください」
形のいい細めの眉をつり上げて不満顔の雫さんに、叔父さんは慌てふためき平謝り状態。
私は思わず苦笑いを浮かべる。
「それじゃあ、早速、今回の仕事に行ってもらうよ」
「はい!」
……って、あれ? 私ひとりで……?
なんてことはないよね。とすると……。
「雫さんと一緒に行く、ということですか?」
「えっ? ……ああ、え~っと、雫さんではなくて、狐子さんと一緒に行ってもらうことになるね」
「はぁ、そうですか」
初対面の人……というか物の怪だけど、まだ面識のない方と一緒に行動するなんて、人見知りな私に務まるだろうか。
それなら雫さんのほうがよかったかも……。
だけど、依頼内容に合わせて解決できそうな物の怪を選んで派遣するって話だったし、仕方がないのかな。
などと考えていたら、
「それでは、行きましょうか」
すぐ横に立っていた雫さんが、私の袖を引っ張った。
「え? え? え?」
わけがわからず、混乱してしまう。
雫さんと一緒に行くわけじゃないはずなのに、雫さんが一緒に行こうと袖を引っ張っていて……。
「ふふっ、そろそろネタをバラしましょうか」
イタズラっぽい笑みを浮かべたかと思うと、突然雫さんの姿が煙に包まれた。
そして煙が消えると、そこに立っていたのは、およそ雫さんとは似ても似つかない、お子様風味の女の子だった。
「ボクが今回の依頼担当になった、葉隠狐子だよ! よろしくね、お姉ちゃん!」
綺麗で優雅な和服美人の雫さんの姿から、一瞬にして背の高さも半分くらいの女の子になるなんて。
着ている服は和服のままではあったものの、それも黄色で可愛らしい動物系の柄ものに変わっていた。
驚きを隠せない私だったけど……これはこれで可愛いくていい!
しかも、お姉ちゃんだって!
ひとりっ子の私には、なんとも甘美な響きに思えてならなかった。
「狐子さんは、花水木の間に住んでる物の怪で、変身することができるんだ。短時間しか続かないのが、玉にキズだけどね」
「ひどいなぁ、凪刀さん。ボクのことをそんな役立たずみたいに!」
「いやいや、そういう意味じゃないよ。期待してるからね」
「うん、任せといて!」
狐子さん……というか、狐子ちゃんと呼ぶべきかな? 彼女はえっへんと自信満々に平らな胸を叩く。
きゃうん! かわゆい!
私って、小さな女の子が好きだったんだ!
そんな趣味があったことに、自分自身でも初めて気づいた。
それにしても、叔父さんはさっきの雫さんが、実は狐子ちゃんだと知っていたみたいだけど。
だとしたら、あれだけ平謝りしていたのは、いったいどういうこと?
狐子ちゃんが私を騙しているとわかって話に乗っかっただけなのか、それとも本当に狐子ちゃんに頭が上がらないのか……。
叔父さんに懐疑的な視線を向けていると、その叔父さんが話しかけてきた。
「あっ、カモメちゃん。これから依頼人の家まで行ってもらうけど、電車で数駅行った先になるから、向かうあいだに狐子さんから依頼内容を聞いておいてね」
「えっ? 私って単なる記録係ですよね?」
こんな小さな子なのに、叔父さんは狐子ちゃんを、さんづけで呼んでるんだな~、と考えながらも、私は素朴な疑問を返す。
「まぁ、そうなんだけどね。でも知っておいたほうが、なにかと対処もしやすいでしょ?」
「私もなにかしないとダメな事態が起こりえるってことですか?」
「ん~、そういうことは少ないと思うけど、心構えなんかも大切だから。バイトだからって気を抜かないで、心して臨んでもらいたいんだよ」
「なるほど……そうですね、わかりました! それじゃあ、行ってきます!」
「うん、行ってらっしゃい」
にこっと優しい笑顔で送り出してもらえることに、ふにゃ~っと頬を緩める私。
すぐさま、
「お姉ちゃん、気を抜かないでって言われたばかりでしょ~?」
外見の子供っぽさとは裏腹に、意外にもしっかりとした口調の狐子ちゃんから、そんな苦言をもらってしまうのだった。