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MDS ~物の怪デリバリーサービス~  作者: 沙φ亜竜
第3章 痛いの痛いの飛んでいけ~……って、治療じゃないよね!?
23/30

-6-

「なにをしてるんですか~!?」


 絹綿さんにしては珍しいほど、大きな声で怒鳴りつけられる。

 老夫婦も駆けつけてきているようだ。


「だって、この部屋に幸くんを移せば、治るんじゃないかと思って……!」


 私の叫び声に、絹綿さんは簡潔な答えを返す。


「それで治るなら、アタシがやってます~!」

「うっ……」


 確かに。

 素人の私が思い至ったのだから、絹綿さんだって最初に考えたついただろう。


 もしかしたら、このお屋敷に住む銀治さんや多恵さんだって、一度はそう考えたかもしれない。

 ご夫婦ふたりは、開けてはならぬという言い伝えを忠実に守っていたのだから、たとえ考えついたとしても、その方法を取れなかった可能性は高いけど。


 少なくとも絹綿さんは、それではダメだとわかっていた。

 だからこそ、実行しなかった。

 余計に悪い結果を招く。そのリスクがある、もしくは確実にそうなるという結論を導き出していたのだ。


 私は幸くんに視線を向けてみた。

 目は血走り、獣のような咆哮を口から吐き出しながら、両手をぶんぶんと振り回している。

 そこに自らの意思はない。


 部屋の中に渦巻く禍々しい気にあてられ、狂気に囚われている。

 そんな痛々しい様子ではあった。


「でも、これだけ激しく動けるようになったんだから、力は戻ってるってことじゃないの?」


 私の浅はかな考えは、絹綿さんによって一閃のもとに切って捨てられる。


「弱った体で無理矢理パワーをまき散らしているだけです~! このままじゃ、すぐに消えてしまいます~!」


 消えて……しまう……?

 幸くんが……?

 顔から血の気が引いていくのが、自分でもよくわかった。


 絹綿さんは必死に両手を前方に掲げ、幸くんの気を落ち着かせるように念じている。

 近づくだけでも危険。そう判断しているのだろう。

 もっとも、絹綿さんはあくまでも物の怪のお医者さんでしかない。

 みさかいなく暴れまくる患者を力技で押さえつけるすべなんて、持ち合わせてはいないのだ。


「私のせいで、幸くんが、消えちゃうなんて……!」

「まだ……大丈夫です~! だから、気にしてはダメですよ~!」


 絹綿さんの声は聞こえていた。

 それでも後悔の念が風船のように膨れ上がり、今にも張り裂けそうなほど、私の小さな胸を内側から圧迫する。


 苦しくてつらくて。

 涙が浮かんでくる。

 私自身が招いた結果だというのに。

 私自身が悪かったというのに。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」


 堪えきれなくなった私は、謝罪の言葉をひたすら吐き出す。

 謝ってどうなるものでもない。

 謝って許される問題でもない。

 だからといって、他にできることもない。


 私は涙を止め処なく畳に染み込ませながら、何度も何度もごめんなさいと謝った。

 それも悪かった。

 マイナスの感情が、マイナスの空気を引き寄せる。


 これまで無闇やたらに腕を振り回し、空気を相手に暴れるだけだった幸くんが、明らかにある一点を睨みつけ、ターゲットにし始めたのだ!


 そのターゲットは、他でもないこの私。

 泣きわめいているだけの役立たず。

 それどころか絹綿さんの邪魔をする、マイナスの効果しか生み出していない存在。

 そういった自虐的な考えも、状況を悪化させる結果につながっていく。


「ちっ……」


 絹綿さんが、ほんわかした雰囲気には似つかわしくない舌打ちの音を響かせる。

 余裕がないのは、一目瞭然だった。


 私は一直線に飛びかかってくる幸くんを、すんでのところで避ける。

 倒れていた状態から強引に飛び退いたせいで、思いっきり腰をひねって痛めてしまったけど……。


 ふと目を向けると、多恵さんと銀治さんが、ふすまの向こう側の廊下で立ち尽くしているのが見えた。

 ふたりに対しても、申し訳ない気持ちが湧き上がってくる。


「ダメです~! 気を強く持ってください~! カモメちゃんは悪くありません~!」


 私は悪くない。

 そう言われても、私が悪かったのは明白すぎる。

 絹綿さんは事態を収拾するためだけに、嘘をついているだけだ。

 情けなさが胸いっぱいに広がる。


 そんな私に、幸くんは再び飛びかかってくる。

 今度は避けられなかった。

 幸くんが私に覆いかぶさり、馬乗り状態になる。


 目は赤く血走り、口からはヨダレをまき散らしている。

 私のせいで、幸くんをこんなふうにしてしまった。

 それは私の罪。

 罪は償わなくてはいけない。


 諦めかける私。

 絹綿さんは絹綿さんで、おろおろと慌てふためいている。


「アタシじゃあ、戦うのなんて無理ですし~。をどろし荘に電話をして来てもらうにしても、時間的余裕はなさそうですし~」


 いいよ、絹綿さん。私が犠牲になれば、それで済むことだから。

 と考えて、はたと気づく。


 もし私が幸くんに殺されたとして、それで収まるの……?

 答えは否。

 おそらく次のターゲットとなるのは、絹綿さんだ。

 非戦闘員の彼女は、あっさりと消し去られてしまうだろう。


 もちろんそこで止まるはずがない。

 残るターゲットは、多恵さんと銀治さん。

 このお屋敷の主であり、幸くんのことをずっと可愛がってきた老夫婦も、その幸くん自らの手で――。


 そ……そんなのダメ!


 私はどうにか身をよじり、逃れようとする。

 だけど、体は動かない。

 小さくて弱々しい幸くんではあっても、その力は私なんかよりずっと強大で、そして強暴だった。


 幸くんは異常なほど長く鋭く伸びた爪で、私を何度も突き刺そうとする。

 私をじらして楽しんでいるのか、深く肉にまで食い込んでくる様子はない。


 お気に入りのどどめ色の服が、徐々に引き裂かれていく。

 諦めの気持ちは薄れ、なんとかもがいて抜け出そうと必死になってはいるものの、まったく押しのけることができない。

 このままでは切り刻まれて肉片と化してしまうのも時間の問題だ。


 次第に意識がもうろうとしてくる。

 そうか、痛みをあまり感じていないのは、私が死にかけているからか……。

 死。

 それを意識したとき、私の中でなにかが弾けた。


 いや! 死にたくない!

 叔父さん、助けて!

 私がとっさに思い描いたのは、憧れの叔父さんの姿だった。


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