独占は出来ぬもの
「時計」というものがある。現在時刻を知ることが出来る道具だ。
古代文明ではかなり普及していたらしいが、現在は入手困難である。
ただしもの自体は、ある程度の規模の町であれば見ることは出来る。
領主の館や神殿の最上階に大きなものが取り付けられているからだ。
町の住民はその時計を確認し、また定時に鳴らされる鐘の音を聞き、
現在時刻を把握出来るのである。
言うまでもないが、暦や時刻は人々の生活に必要不可欠である。
暦であれば、種を蒔く時期、手入れをする時期、収穫する時期。
時刻であれば、日々の起床、仕事始め、仕事終わり、就寝。
分からなければ成り立たないものは星の数ほどあるのだ。
時刻を知らせる事は、領主や神殿の権威の象徴の一つでもあった。
失われた技術の、いわば独占。再現出来る者がいないのだから。
実は古代文明の遺跡から、小型の時計が大量出土した事もある。
稼働しているものを権力者や大富豪達が競って購入したのだが、
超高額だったそれは、長持ちしたものも数年で止まってしまった。
持ち主たちは怒り落胆したが、再起動させる手段が分からない。
ただの置物と化したそれらは彼らの倉庫で眠りについている。
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ところで自力で「時刻器」というものを作り出した者がいた。
当時とある村の孤児院にいた少年である。
彼は水が一定時間で滴るような木箱を組み合わせ、時刻を計った。
まずは木箱に水を満たし、栓を開くと底から水が落ちていく。
水に浮かべた板切れが、木箱の内側に刻んだ溝を指し示すことで、
水位の減少とともに経過した時刻が分かるというものである。
何故彼はそんなものを作ったのか。理由は農作業の為である。
孤児院の子供達の中で、誰々の農作業が長い短いと喧嘩になって、
だったら同じ分だけ時間を割り当てようよ、とこれを考えついた。
後に孤児院の院長が村長にも報告し、村長もこれは便利だと感心し、
少年を中心として、この村や周辺の村々へ作って売り込んだ。
別の村の人々も有用性を認め、時刻器はあっという間に広まった。
構造も簡単なので、現在でも短い時間を計るために使われている。
◆
そして現在。大型の時刻器が王国商工会より販売され始めている。
これは短い時間を計るものではなく、水利機構を利用するもので、
少し余裕のある家庭であれば買って備え付けられる代物だった。
水利機構が整備されていない場所でも、水瓶を併用することで、
数日分は水の補充なしに時刻を知ることが出来る仕組みだ。
かつての小型時刻器とは異なり、時刻報告の機能も付いている。
小さな鐘が付いており、事前に設定した時刻で時報が鳴るのだ。
かつての少年が、死蔵されていた古代の時計を知人から譲り受け、
大胆にも分解して構造を解明し、大型時刻器へ応用したのである。
既にいくつか成功していた少年の発案はすぐさま受け入れられて、
王国商工会に属する職人も商人もその売り上げに沸き返っていた。
◆
時刻器の普及を面白く思わなかったのが、王国神殿の上層部である。
いわく、この道具は王国神殿の権威を真正面から穢すものであると。
王国神殿が時を告げるからこそ人々は感謝して寄進を行うのだと。
時は神が与えたもうたもの、人が勝手に計るは許されぬ行為だと。
なのに王国商工会は今、時刻器で莫大な利益を上げているらしい。
近年、王国神殿の経済状態は安定を失いかけていた。
人々に対して治癒術を行い傷病者を癒すだけでは採算が取れない。
患者は多いものの、治癒術への対価は微々たるものなのだ。
教国中央大神殿の方針なので、その部分は変更出来ない。
王国神殿は寄進と騎士団への治癒術師派遣により支えられていたが、
神聖魔術でない、魔術による治癒術が開発されて派遣人数は減った。
かつては百人超の神官が騎士団へ詰めていたが、現在数人である。
この上、更に寄進を減らしかねないものが出回っては拙いのだ。
どうあっても王国神殿は崇め続けられなければならない。
つまりは利益目当てのいちゃもんだ。
面と向かって異を唱えれば、人々の反感を買うのは必至のため、
神殿上層部は王族貴族へ手を回して時刻器の排除を試みた。
貴方方王族貴族も、権威を脅かされるのは拙いでしょう、と。
だがこの試みは見事に失敗する。王族貴族も時刻器を使うからだ。
王国神殿のご機嫌などよりも時刻器使用の利点の方が遥かに多い。
貴族は現実主義である。自分達の微々たる権威の一つなどよりも、
領民に豊かな暮らしを与える事で領地が栄える方が重要なのだ。
王国神殿の働きかけはほとんど相手にもされなかった。
権威とやらは新しい道具ひとつで揺らぐほど脆弱なのですかな、と。
決定的だったのは教国中央大神殿からの連絡だった。
王国から大型の時刻器なるものを注文し、大神殿へ設置したと。
古代文明の遺産を一部再現したものが流用されていると情報を得て、
大神殿へ設置するにふさわしいとされたのだ。権威付けの為にも。
総本山より梯子を外された王国神殿は沈黙するしかなかった。
時は神の所有物ではない。全てのものが共有するものなのだ。
実際に作ると、水中の不純物とか温度とかで安定しないと思いますが。
ファンタジーという事で、厳密な科学的検証は目をつぶってください。
将来の為にも、神殿は経営問題を何とかすべき。俗と言われようと。
「旅する者の憩いの場」の様に運営改善出来た神殿はまだ少数です。




