おしまい冒険者、南へ向かう
こちら「おしまい冒険者」の続きとなります。
「サザンレイクまで運搬の指名依頼、ですか?組合長」
ファーノース辺境領冒険者組合の組合長室で尋ねたのはシャット。
同組合所属の、短く刈り揃えた白髪交じりの冒険者、職種は運搬人である。
通常、指名依頼は戦闘面で優秀な、階級も高い冒険者に来ることが多い。
彼は四十過ぎの下級冒険者、かつ戦闘職ではないが、指名はしばしばある。
それは一部の者だけが知っている彼の持つ特殊な才能によるものである。
その才能とは「しまおうと思ったものを、大概しまえる」。
物品に限らず、例えば負った傷を「しまう」ことで、その傷は塞がる。
距離を「しまう」と、視界の届く範囲や訪れた事のある場所であれば、
そこに瞬間移動ができる、という常識を無意味にする才能であった。
当人は、
「オレが生きている間だけのちょっと便利な恩恵なので、
そこにあまり期待されても困る。継承出来るものでもないし」
と言って、これまでにあった中級や上級冒険者への特別推薦を頑なに断り、
未だ下級冒険者のままで黙々と依頼をこなしている。
さて今回は、この国の南端、サザンレイクへあるものの運搬依頼である。
この世界、荷物の運搬方法は、時と場合により使い分けられる。
小容量で近距離、急がないのであれば、シャットのように徒歩で。
大容量ならば荷馬車を。さらに大量で河川が使える場合は船。
急を要する場合は、ワイバーンのような飛行生物を用いた空輸もある。
ただしかなり高額になり、最大でも小さい荷馬車程度しか運べない。
飛行生物の管理にもいろいろ配慮が必要なため、運用は限られている。
ごく少数ながら飛行魔術を使用できる魔術師もいるが、所詮人の力、
飛行生物の移動速度にはかなわないため、荷物運搬はされていない。
最後に物質転送陣を用いた転送便である。
送信陣と受信陣が必要になるが、距離を問わずほぼ一瞬で荷物が運べる。
もっとも、容量は人力とほぼ変わりなく、価格は空輸以上である。
利用にはどうしても膨大な魔力が必要となるため、
物質転送陣の設置は主要都市や軍事拠点に限られていた。
今回シャットに依頼されたのも、中央にて送信陣と受信陣を受け取り、
サザンレイクと中継都市にそれぞれ届けて欲しい、というものである。
元々サザンレイクは気候が良くのどかな田舎、といった町だったが、
近年隣接する湖を利用した隣国との水運が盛んになってきたため、
国から物質転送陣の設置が必要と判断されたのである。
サザンレイクはまだ、シャットも訪れたことはない。
だが中央と中継都市のクレイムーアには過去に運搬の経験があった。
他の人物が馬車などを使い、届けるよりも迅速で確実だろう。
細かい契約内容を確認し、シャットはこの依頼を引き受けた。
まずは中央に瞬間移動し、二組の送信陣と受信陣の石板を受け取る。
次にクレイムーアに石板の一組を届けた後、シャットは最終目的地、
サザンレイクへと向かっていた。徒歩であれば三日ほどで到着できる。
草原地帯を通っていると、道の脇に身なりの整った男が倒れていた。
怪我をしているようには見えないが顔色は悪く、呼吸も弱かった。
「もし、大丈夫かね」
シャットは声をかけてみたが、男からは返事がない。
見捨てる訳にもいくまいと、背負子に男を乗せて固定し、周囲を見回す。
かなり離れたところに民家があったので、そこまでの距離を「しまい」、
民家の扉を叩いた。
◆
残念ながらそこは空き家で、扉を開けて中を見ても、人の気配はない。
とりあえず男を古びた机に寝かせ、男の不調を「しまって」みた。
待つことしばし。血色の戻った男は目を開ける。
「ああ、目が覚めたかね。あんたこの近くの道で倒れていたんだ。
調子がひどく悪そうだったからここに寝かせたんだが、どうしたんだ?」
シャットが声をかけると、男は問いに答えずに、
「…あ、あんた体は大丈夫なのか?どこもおかしくないのか?」
と逆に心配をしてきた。どうにも話が見えてこない。
「オレは別に何ともないぞ。何があったか順を追って話してくれ」
この男、名前をガーマンと言い、この近くにある村の顔役の一人らしい。
数日前から村で謎の病が流行り出し、罹った者は立っているのもつらい、
熱もせきもないが眩暈が続き、息苦しい症状が続いている。
死者こそまだいないが、今では村人の大半が外にも出られない状態だとか。
比較的症状の軽かった彼は、別の村に助けを求めに行こうとして、
道端で力尽きていたようだ。
シャットは腕組みして考える。
村を訪れて、全員の不調を「しまう」事は出来るだろう。
しかし病の原因が分からなければ、ただ「しまって」も再発しかねない。
ガーマンにオレはさっき長く触れていたが、特に体調は悪くない。
つまり質の悪い伝染病という訳でもなさそうだ。
ガーマンの村自体に何か起こっているのではないか…?
「ガーマン、あんたの村に案内してくれ。力になれるかもしれない」
乗りかかった船である。シャットはこの件に付き合う覚悟を決めた。
◆
村に着いた時には、日も落ちかけていた。
なるほど、村の中では誰一人外に出ている者がいない。
シャットは片っ端から村にある家を訪ね、不調を「しまって」いく。
「しまい」終わった時には既に夜で、ガーマンの家に泊まる事になった。
一夜が明け、今のところは誰も再発してはいなかった。
シャットとガーマンは、体調が戻った住人達に話を聞いて回る。
しかし、話を聞いた誰も思い当たるような事はなかった。
ふと、視線を感じシャットが振り返ると、やや離れた場所に若者が一人。
どうにも顔色が悪い。昨晩不調を「しまった」中にはいなかった顔だ。
シャットと視線が合うと、若者はびくりとして、やや早足で去っていく。
何か知っているようだ。
距離を「しまい」、シャットは逃げようとする若者の前に現れる。
「何か言いたげだが、知っている事があるのなら教えてくれ」
いきなり瞬間移動したシャットを慌てて追いかけてきたガーマンは、
「おい、ラッシュ。何か思い当たる事でもあるのか?」
と若者ーラッシュというらしいーに詰め寄る。
ラッシュはうつむき、目を泳がせ、ごにょごにょとつぶやいていたが、
黙っていても無駄と思ったのか、それでも目をそらしながら答える。
「あー、あのな…塚を…壊した。いや、ほんのちょっとだけ…」
◆
聞けばくだらない話である。いや、ラッシュは真剣だったのだろうが。
この村にはいにしえの土着神を祀った小さな塚がある。
伝承は途切れ、村の者達は村長すらはっきりと分かっていないのだが、
塚への無礼はならぬ、とだけは今でもかろうじて伝わっていた。
ラッシュには惚れている娘がいた。
その娘を塚の前に呼び出し、必死の思いで一世一代の告白をしたのだが、
別の相手と付き合っているし、ラッシュは全く好みじゃないと振られた。
去る娘を呆然と見送ったラッシュは、腹を立てて塚を蹴り飛ばしたが、
その際に塚の石が横真っ二つに折れてしまった。
塚への無礼はならぬ、との言い伝えはラッシュも知っていたので、
慌てたラッシュは折れた塚をくっつけようと試行錯誤したのだが、
石工でもなんでもない彼に何かできるはずもなく、結局放置。
その晩あたりから、謎の病が流行り出したらしい。
◆
シャットはガーマンと塚がある場所へ向かった。
ガーマンに頭を小突かれつつ、ラッシュも連れてこられている。
塚が見えてくると、その異様さが感じられた。
見た目はただの、真っ二つに折れた大人の腰ぐらいまである岩である。
表面には何か文字が彫ってあったようだが、風化して分からない。
しかし、周りには明らかに異変が起きていた。生物の気配がない。
この一帯、鳥や鼠はおろか、虫の一匹すらいないのである。
シャットには「それ」が見えていた。これなら「しまえる」。
塚の下から、濃密な呪詛のようなものが湧き出し、周辺に漂っている。
この塚は本来、埋まっている危険なものを抑え込む効果があったのだろう。
ラッシュが蹴り飛ばして抑え込みが解け、溜まった呪詛が溢れたのだ。
あたりを付け、シャットは迷わず「それ」を「しまった」。
周囲に漂った呪詛も残らず。
「多分これが原因なんだろう。新しく塚を作るんだな」
「しまった」ものについては触れず、シャットはガーマンに告げた。
同等の新しい塚を作り敬意をもって祀る事で、今回の件は収まるだろうと。
シャットが何か不思議な能力を使うところを見ていたガーマンも、
あんたが言うなら間違いないんだろう、と頷きを返した。
まあ、作り直さずとももう起こらないのだが。
◆
思わぬ寄り道をしたが、そろそろサザンレイクへ向かわなければならない。
お礼を、宴を、と引き止めるガーマンを断り、別れを告げて出発する。
サザンレイクへの道はガーマンに確認した。南東の道を進めばよいらしい。
遅れを取り戻すため、シャットは南東の道筋を次々「しまって」旅を急ぐ。
シャットの中ではこれは「依頼」ではなく「お節介」なので報酬は受け取らない、らしい。
ラッシュが呪われていなかったのは、村はずれに住んでいたため(もう少しで呪われていた)。




