第四十六話 最終話『概念の神と願望の器、選ばれなかった幸福の形』
「トール、一体どういうことだ...... わらわはこの世界に戻った。 これはお前の力か、だがそんな力あり得ない......」
ディルさまが困惑したのようにきいた。
「ええ、そうですね。 ディルさま、ぼくは前の世界での存在意義がないとおっしゃってましたよね?」
「......ふむ、そなたの役割がなかった。 だがまだ確定しない未来なのかもしれぬ」
「いえ、役割がないのです」
「どう言うことだ?」
「ぼくはあの世界で存在したものではないからです」
「あの世界の存在ではない...... 人間ではない」
ディルさまが目を見開き、こちらを見る。
「ええ、ぼくのことをコスモスアンノーンは魔力存在といっていました」
「わらわと同じ...... まさか」
「そう、ぼくは前からおかしいとは感じていた。 向こうの世界のことをほとんど覚えてないのです。 家族も友人もなにも...... 過去がない。 そう、ぼくはあなたの願った存在...... あなたの孤独がうんだ幻のようなもの」
「そなたがわらわの願望...... そんな」
「神でありながら、ディルさまは感情豊かで人間くささがある。 おそらく、力を失いながらぼくを望んだ」
そう言うとディルさまは気づいたようだ。
「......そうか、それでそなたには向こうの世界で存在意義がないのか...... わらわが生んだ願望だから......」
「ええ、それに気づいたとき、魔力をはっきりと感じ取れるようになった。
そしてこの修正者という力の本質も」
「神となったのか」
「神のようなものでしょうね。 能力はそもそも人間です。 あなたのような奇跡は使えない」
「......そうか。 あの...... いやいい」
ディルさまはなにか言おうとしたが唇をかみそのまま沈黙した。
空が割れるように黒い破片が落ちてくる。
「まずは帰りましょう。 もうすぐコスモスアンノーンの作ったこの秩序の世界は崩壊します」
その黒い世界は剥がれ落ちるように落ちていく。 そして最初からなにもなかったのような静寂が訪れた。
ぼくたちはもとの場所に戻っていた。
「......そう。 コスモスアンノーンは消えたのね」
「ああ」
カレンはなにかを察したのかそれ以外は聞かなかった。 ぼくたちはラルギスへと戻り、ギルフェドの最後を語った。
「ギルフェド...... 大罪をおかしたが、あやつにも何か大義があったのだろうな」
「迫害が関係ないといいながら、やはりその事が彼をそこまで追い込んだのでしような」
王とリヴァルドさんはそうあわれみを込めていった。
「この人の世界の不条理が皆を狂わせ、自分をも狂わせていく。 アンノーンたちも人々の幸福のためにいき、そして消えていった」
「かわいそうですの......」
「これも人の業...... わが身につまされる。 いずれその報いは自らで払うことになろう。 より良い政をせねばなるまい」
王は悲しそうな顔でそう語った。
それから、数ヶ月。
「ほら、早く働かぬか!」
「ディルも、おかし食べてばかりでなにもしてないですの!」
いつものようにディルはさまとメルディ姫の二人は言い争っている。
ぼくたちは各国の介入でなんとか停戦したミルソダスで、カイルなどに呼び掛け、復興の手伝いをしていた。
カレンは黙々と力仕事をしている。
「ディルさまに少し魔力が戻ったんだ。 とはいえ、一回消えた身だから魔力が完全に戻るには数百年か、数千年はかかるらしいよ。 今ならカレンを帰らせることはできるといってたけど......」
「......まだ帰らないわ」
「どうして?」
「私は、逃げたかったんだと思う、あの場所から...... 事故はそれで起こったんじゃないかって思うの」
「逃げたかった......」
「人にいわれたことをただこなすだけで、自分がなかった。 周囲の目や意見に飲み込まれて、なにをやりたいのかも見失ってた。 だから逃げたいと思ってたんだわ。 それをディルちゃんが叶えた」
「無意識の力...... あり得るな」
「それでここにきた。 私がなにをなしたいか、それがわかるまで、ここにいることにしたの」
「そうか...... でも、カレンは戦ってもいた。 それはわかるよ」
「ありがとう......」
そう空を見上げて悲しげにカレンは微笑んだ。
(ぼくは...... 神でもない人でもない。 帰るべき場所すら......)
「なにをしておる! トール! はようこっちにこい!」
そう身勝手にディルさまが叫んでいる。
ひとつ思ったことがある。 ディルさまは自由の神なのだろう。 逃げたいという願望が生んだ存在。 誰にも縛られず、自由でいたいという願望。
しかし自由だけでは世界は崩壊する。 そして人々は秩序を望んだ。 その相反するふたつがぼくという存在を生んだんだ。
(ぼくは何者でもない。 ただそれでもいいとそう思える。 誰かが望んだのならば、ここにいてもいいのかもしれない)
──自由に願った神が、秩序に抗われて、ぼくは生まれた。 この世界の秩序が何度崩れても、願望はきっとまた、誰かのなかに芽吹くだろう──




