帰れますよ?
「元の世界に帰る方法はあるんですか?」
「いや、それはない」
「ない!? 完全に誘拐じゃない! そんな、」
「いえ、帰る方法はありますよ?」
「え」
「は?」
召喚の間。
異世界へと召喚された少女が真っ先に気にしたのは元の世界へ帰れるかどうかだった。
しかし、それに王から無情な言葉が投げかけられ、怒ろうとしたところ、あっさりと欲しかった言葉が掛けられる。
「え、帰れるんですか?」
「はい、帰れます」
少女に答えたのは召喚魔法陣の最前列に立っていた若い女性だった。
どことなく野暮ったくは見えるが、美人と思える人物。
「今から帰ります?」
「え!? 今すぐ帰れるんですか!?」
「ええ」
「おい!? 何を言っているのだ、魔術師イシュタル!」
イシュタルという名がその女性の名前らしい。
少女は縋るようにその女性を見つめる。
「ただし、元の世界に帰した後、またすぐに召喚させていただきますが」
「え!? な、なんで!」
「それは、先ほど国王陛下がおっしゃったように、この世界には貴方という聖女の浄化能力が必要だからですが……」
「で、でも帰れるのよね?」
「はい、帰れます」
「おい! 何故そんなことを、帰れるだと!? イシュタル、どういうことだ! 何故そんな方法がある!?」
イシュタルは国王の言葉にコテンと首を傾げる。
「召喚で呼び寄せられるのですから、送還で元の世界に帰れる理論を構築するのは当然かと……。逆に何故、今までこの研究がされていなかったのかが不思議です。召喚に失敗したり、別の方を呼び寄せてしまった時には、どうするつもりだったんですか?」
「そ……! それは……」
イシュタルの言葉に国王を始めとした大多数の人間が気まずそうに視線を逸らした。
召喚された少女は察する。
彼女以外の人間は、召喚された聖女を元の世界に帰す気などなかった。
そのための努力すらしなかったし、それでいいと考えていたのだ。
しかし、このイシュタルという女性だけは違った。
ただ善意で元の世界に返してくれるのとは違い、『そこに理論があったから研究してみた』という雰囲気だ。
天才だが変人というタイプなのかもしれない。
「あ、あの! だったら帰してください! 元の世界に!」
「分かりました。では、帰してから、また後ほど召喚しますので」
「そ、それは絶対ですか!?」
「はい、それは譲れないかと」
「わ、私以外の人じゃ……」
「聖女はそう簡単に見つけられるものではないので、現時点で貴方が唯一無二かと」
「そんな……」
「負担を強いることは分かっています。ですが、代わりに報酬を支払います」
「報酬なんてもらっても、元の世界には」
「持って帰っていただけますよ? 金や宝石などでも」
「え?」
「元の世界に戻る際に持っていけばいいだけなので。そちらの価値基準で高価なものかは分かりませんが」
「……帰れるし、報酬がある……? 金? 宝石……?」
「はい。こちらも国の危機ですし、聖女に報酬を出すのは当然かと」
「……でも危険なんじゃ」
「瘴気溜まりに近付き過ぎると危険ですが、そもそもその瘴気を浄化するのが聖女なので、貴方の場合は危険を排除しながら進むだけになります。問題は移動が大変で、労力と時間が掛かることかと。人為的な危険に関しては私が守護魔法を常時、聖女様に張らせていただきます。その他、ご要望があれば対応しますよ。同じ女性ですので遠慮なく。私も同行しますし、権力や資産もありますから、だいたい対応可能かと」
「そ、そう……ですか? それなら……いい、のかな? あ、でも帰れるって嘘じゃ」
「ですので一旦、先に帰りますか?」
「……はい」
「では、帰っていただいてから、貴方の世界で翌日の日の出頃の貴方を再度、召喚しますね。何かあちらで準備するものなどあれば用意していただいて」
「え? あ、時間差あるんですね?」
「今回は突然呼び出しましたが、一度聖女様を確認しましたので、ある程度の融通がききます」
「そ、そう」
「ただ、こちらの世界では特に時間が経過していない、すぐ後に呼び出しますので。妙な感覚になるかと思いますが、ご了承を」
「あ、はい。分かりました……?」
「では」
そして、再び聖女を光が包んだ。
◇◆◇
「あ」
「また会いましたね、聖女様」
「……夢じゃなかったんですね」
「それはまぁ。どうでしょうか? 一晩お休みになれたでしょうか?」
「はい、それはもう……」
「それは良かった。では、改めてお願いしたいのですが……」
「あ、はい、あー、ええと。また元の世界に戻って、今度はすぐに呼び寄せて、って出来ますか? 何か魔力? 的に厳しいですか?」
「出来ますよ。私、魔力が無尽蔵にありますので」
「あ、では、お願いして……」
「はい」
シュン、シュン、と。
光と共に聖女が消えたり、現れたりする。
イシュタルのペースとその能力に呆然とした王たちは口を挟むことが出来なかった。
そもそも異世界側では、ほとんど時間は経過していないのだ。
「あ、余裕なんですね、行き来……」
「まぁ、はい」
「ええと。ええと、じゃあ、帰れるって分かってて、報酬があって、危険がそれほどないなら……滅多にない機会だし、浄化のお仕事しても……いいかな?」
「本当ですか?」
「はい、あ、契約書とか作れます? 出来れば魔法で絶対守れる契約とか……いや、それも怖いかな?」
「魔法契約ですね。構いませんよ。契約内容は聖女様が確認しながら作成するということで」
「あ、出来るんですね……。あの、でも奴隷とか隷属魔法みたいなの怖いんですけど」
「奴隷制度はこの国には特にないですね。隷属の魔法ですか? 魔法契約で擬似的に出来なくもないですが、それは双方に本心からの承諾がないと難しいですね。あとは力尽くといいますか、そういう形で強引に相手を従わせる者が居なくはないです。でも、聖女にそんなことをしているのがバレたら、王族であっても危ないでしょうね。浄化をしてくれる聖女に民は味方しますし」
「……イシュタルさんが私を守ってくれますか?」
「はい、良いですよ。仕事ですから」
こうして王国は無事、聖女に浄化の旅へ出てもらえることになった。
聖女は、主に魔術師イシュタルに懐き、様々な異世界のことを聞いて楽しい旅をする。
魔法について聞いたり、魔法行使を間近で見ることが何より楽しみだった。
王子や、騎士、高貴な身分らしい青年たちが聖女に近付こうとするものの、イシュタルの守護魔法を前にしてなす術がなかった。
「聖女様が気に入ったならお話しするぐらいはいいと思いますが」
「えー、でも下心しかないよね、あの人たち?」
「まぁ、そうですね」
「最初は帰れない状況の私にすり寄る予定メンバーだったんでしょ?」
「その通りかと」
「じゃあ、嫌です」
「分かりました」
こうして聖女は安全に旅を続けたのである。
「イシュタルさんって、かなり天才の部類ですよね?」
「天才かは分かりませんが、上位の実力はあると自負していますね」
「浄化ってイシュタルさんでも無理なんですか?」
「理論は構築中ですね。そのために聖女様の浄化を間近で見ているので」
「あ、そのためなんだ……。イシュタルさんって研究バカ……って言い方は良くないけど。そういう人ですよね」
「まぁ、研究することに限りがありませんので」
「……偶には綺麗に着飾ったりしても良いと思うな。勿体無いから」
「聖女様がそうおっしゃるなら」
「きっとそうしてね」
さらに旅は続く。
「イシュタルさんの浄化理論、試してみますか?」
「……やってみましょう。聖女様、失敗した時のフォローをお願いしても?」
「はい!」
これまでと違い、聖女ではなく魔術師イシュタルが前に出る。
そして。
コォオオオオ──カッ!!
彼女は魔法で聖女の浄化を再現してみせた。
「……どうやら成功です」
「やった! すごい! すごーい!」
「聖女様の浄化を何度も見てきたので。聖女様のお陰です」
「これ、もう私いらなくない?」
「まだ経過観察をしてみませんと。聖女の浄化と何も変わらないのか。私以外の者でも再現可能か」
「ぜひ、再現出来るようになって!」
やがて聖女の旅が終わりに近付いた。
イシュタルが浄化した地も大きな問題は起きていない。
「……いよいよ終わりかぁ」
「少し早いですが、お疲れ様でした、聖女様。無理なことを引き受けていただき、感謝しております」
「ううん。元の世界に帰れるって分かってたし、道中も安全だったし、ちょっとした海外旅行気分だもん。悪くなかったよ。全部、イシュタルさんのお陰っぽいけど」
「他の者は信用いただけませんでしたか?」
「そりゃねぇ……」
「精進あるのみですね、この国も」
「イシュタルさんは大丈夫なの? 明らかに国王様の意向とか無視した状態っぽいけど」
「浄化の魔法が確立したなら、十分な成果を提示出来るかと。今後、わざわざ聖女を別の世界から呼ぶ必要もありませんし」
「うーん……。聖女のネームバリュー狙いで、また何かやらかしそうな気がするんだけど。事前にアポ取って契約してとか出来ないの? いきなり呼び出すんじゃなくてさ。あと断れるようにも。あー、でも魔法の世界って見せつけられないと受け入れられないかなぁ……」
「どうでしょう。先に聖女の下へ手紙を送るぐらいなら出来そうです。送還魔法も理論立て出来ましたし」
「じゃあ、事前に来るぞ来るぞってアプローチが……うーん。なんか深く考えるとホラーな感じになりそうな? せめて召喚するタイミングとかいい感じに」
聖女とイシュタルはそんな風にお喋りをしながら、最後の浄化を済ませる。
「終わっちゃったね……」
「はい、お疲れ様でした」
「もう、お別れ? もう会えないよね」
「……この世界に残りますか?」
「……ううん。残らない。元の世界に帰る」
「分かりました」
「……王宮に帰らずに、ここで帰ることって出来る? なんだか、あっちに帰ったら危険だし、面倒くさいこと起きる気がして」
「出来ますよ」
「出来るんだ……」
「正確には出来るようになった、ですね」
「やっぱり天才じゃん」
「ふふ、ありがとうございます」
「えへへ。……楽しかったよ、イシュタルさん。私、一生忘れないと思う」
「良き思い出になれたなら。ああ、あとは報酬ですね」
「あ、そうだった」
「何が良かったですか? 王宮、王都に帰らないなら、この地で急いで用意しますよ」
「……そうだな。じゃあ、イシュタルさんとお揃いの髪飾りが欲しい」
「はい?」
イシュタルはキョトンとした表情で聖女を見る。
「この旅自体が報酬みたいなものだったもん。これ以上はなんかバチが当たりそうだからさ。金銀財宝とか貰っても、私の国じゃ逆に何か変なことを疑われそうだし。換金する時とか困りそうだしさぁ。それなら思い出の何かが欲しい」
「……そうですか。でも、お揃いの品をすぐには用意出来ません。ですので、この髪飾りを貴方に差し上げます」
「え? でも」
「いいのですよ。この髪飾りはただのお気に入りなだけで失って絶望するものではありません。誰かの形見でもありませんから」
「……そっか。なら、本当にいいの?」
「はい。私は、また同じデザインの物を作っていただきます。そうしたらお揃いです」
「あはは、それはいいね」
そうして、聖女は髪飾りを受け取る。
「ありがとう、イシュタルさん」
「いいえ、こちらこそ」
「……楽しかったよ」
「私もです」
「でも、少しだけ不満」
「おや、何か不備が?」
「イシュタルさん、最後まで私の名前を呼ばなかったでしょう? 嫌な感じじゃないから別にって思ってたけど。きちんと名前で呼んでほしい」
「……そうですね。お仕事も終わりましたから。プライベートな時間ですからね」
「そうそう!」
「では」
「うん」
聖女とイシュタルは互いに頷いて。
「さようなら。どうか、これからもお幸せに。偉大なる聖女様、そして私の友人、────」
「ありがとう! 楽しかった! 忘れないからね! ていうか、魔法でポンポン行き来できるなら偶にこっちに遊びに来てよね! ……無理かもしれないけど! じゃあね、……また! またね、私の友達! イシュタルさん!」
そうして、光が聖女を包み込み、その姿を失った。
聖女の旅は終わったのだ。
聖女一行は、当の聖女本人を欠いた状態で王都へ帰還した。
勝手に聖女を帰らせたイシュタルに不満を持つ者も居たが、浄化魔法の確立や、類稀な才能による国家への貢献など功績が大き過ぎるために不問となる。
王子たちは大人しく身分に合った女性と婚約を結び、大きな混乱が起きることはなかった。
「……行ってみますか? あちらの世界には魔法がない。帰りは……時限式の魔法陣でも」
聖女が元の世界に帰った後。
そう時も経たない内にしんみりとした気持ちになっていたところへ、光と共に現れたのは──