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72 撮影開始……ん?

 

 上層から中層へ入る。

 湿地ダンジョンは深層の存在しないダンジョンだ。最下層は下層の37で、上層から下層まで全体的に湿地になっている。下層には底なし沼も存在しており、やや危険度の高いダンジョンになっている。

 ただ、下層の地形の危険度が高い代わりに出現するモンスターはそこまで強い存在がおらず、中層の中盤くらいまでなら比較的安全にダンジョンの中を探索することが出来る。


 出てくるモンスターがしょぼいからシーカーには不人気だけど、コレクターにとっては結構ありがたいダンジョンだよね。それに地形の沼もダンジョンに入る度に位置が変わるわけじゃないから、しっかり記憶して気を付けていればそうそう嵌ることはない。

 

 それで今回はこのダンジョンに生えているポーションの素材となる植物を主に採取する予定だ。

 これはポーション素材がギルドの買い取り強化項目に入っているのもあるけど、単純に採取がそこまで難しくないからというのもある。


 どうしても特殊な採取方法が必要なものは今回の動画では不向きだ。

 今回の撮影する動画の趣旨は6時間でどのくらい稼げるのか? というものだが、ただ稼ぐだけではいつもと変わらない。

 そのため、この動画を見てこうすればこの程度稼げるという、参考にできるような内容にするつもりだ。


 ただ採取が難しい高級素材を乱獲して大金を稼ぐだけの動画は、たぶん受けはいいんだろうけど、参考にできる動画になるかって言われたらそうではないだろうからね。


 少し前の配信で採取した宝石樹は採取方法が特殊な最たるものだから、一応やり方とか説明しながら採取したんだけど、あの配信の後に採取出来たって人がほとんどいないみたいなんだよね。

 数少ない採取出来たって人もSNSとかを見ている限りあまり質が良くないみたいだし、何ならおじさんが配信の流れで適当に採取したものが一番質がいいまでありそうなんだよね。


 だから、誰でもとは言えないけど、少しの知識と技術があれば採取可能な素材をメインに集めていきたい。


「この辺でいいかな」


 およその階層を決めてきてはいたのだけど、ダンジョンの中には他に採取を行っている人もいる。そういう人たちを映像に映さないよう、採取の邪魔にならない場所で撮影しようと思い、いろいろ探した結果中層の中盤、12層目まで来ていた。

 この階層なら他に潜ってきている人たちがまばらで多少気を付ければ問題なく撮影できそうだ。


 周りを確認しつつ、撮影の準備を始める。これまで背負ってきていた鞄を開けると、中からのそっとヨルさんが這い出てくる。そのまま私の頭の上に陣取ると息をついた。


「ちょっと重いよ、ヨルさん」


 少し不機嫌そうなところを見るに、ギルドの中に入る前から鞄の中に押し込まれていたのが少し不満だった様子。

 

「ビャクさん……は寝ているのね。それじゃあこのままでいいか」


 家に一匹で放置するわけにもいかなかったからビャクさんも連れてきていたんだけど、どうやら歩いている時の振動が心地よかったのか、小さく寝息を立てて腰に付けた小さい専用ポーチの中で眠っていた。


 なんというかビャクさんは結構マイペースな子らしい。ヨルさんもそうだけど、この子はさらにのんびり屋のマイペースだ。


 撮影のためにヨルさんにカメラを渡そうと鞄の中を探っていると、かすかに人の声が聞こえてきた。


 準備を始める前に周囲を確認した時は人影はなかったはずだが、その間に近くまで人が来てしまったようだ。

 配信で紹介したもののまだ直接人前に出す予定はないのでヨルさんに隠れるよう指示を出してから、その人から距離を取るためにその人影を探す。


 周囲は少し背の高い植物がちらほら生えているが割と見通しのいい場所なのだが、それらしき存在は確認できない。


 姿が見えないのでもうこの近くからいなくなっているのかと判断しかけたところで、また微かに声が聞こえた。

 

「うん?」


 声が聞こえてきた方向は先ほどと同じ。しかし、聞こえた方に視線を向けてもそれらしき存在は確認できない。


 しばらく耳を澄ませて、その声が何処から聞こえてくるのか確認していると、どうやら声の主は女性であることが分かった。さらに1人ではないらしく誰かと会話をしているらしい。

 しかし、その会話の相手の声は読み上げ音声のようで、やや機械的で少し聞き取りにくかった。


「動けないんだよね」

[―――w]

[――――だよ]


 コメント読み上げ機能を使っているってことは配信しているのかな。そうなら近づかずにこの場を離れたほうがいいんだけど、かすかに聞こえてくる会話の内容に気になる点がいくつかあった。


 普通に配信しているならそれでいいけど、動けないって聞こえてきたから実は何か危ない状況の可能性もある。とはいえ、普通に配信していたら邪魔になる可能性もあるので、相手に見つからないよう少しずつ近づいていく。

 

 ゆっくり声の元に近づいていくと、少し進んだところで沼に嵌った女性いた。その女性は胸元まで沼の中に沈んでおり浮き輪のような物を抱え、手に持ったスマホから聞こえる機械音声と談笑しているところだった。


 沼に嵌りながら何事も無いように談笑しているのは何かシュールな光景だけど、なるほどなぁ。事故りやすいタイプの沼に気づかず突っ込んじゃった感じか。


 女性が嵌っている沼は、よく見れば沼とその縁の境界部分に植物が生えていて、どこまでが地面でどこからが沼になっているか、わかり難い天然のトラップのような沼だった。

 まあ、ここはダンジョンの中だから天然って言えるかはわからないけどね。


「あと1メートルくらいなんだけどなぁ」


[その1メートルが遠い]

[あとと言いつつもさっきから1ミリも進んでいない件]

[こういうところでもPON発動するんだよなぁ]

[浮き輪常備していたのはえらい]


「視聴者さんが助けに来てくれるってことは……」


 うーん。沼に嵌って動けなくなっているみたいだから助けようと思ったんだけど、何だろう。配信しているのはそうなんだけど、視聴者さんたちと普通に会話しているし、切羽詰まっている様子も見られない。


[いやぁごめん。今忙しくて]

[他にも人居るっぽいし大丈夫でしょ]

[さっきスルーされたけどね]

[遠いから無理っす]


「薄情者どもがー」


[草]

[あ]

[誰か来た]

[何か様子見されてて草]

[またスルーされないこれ?]


「えっ?」


 こっちに気づいたみたいだけど、これって声を掛けてもいいのかな? 


 音声コメントに対して助けを求めるようなことを言っているけど焦っている様子はないし、これは下手に手を出さない方がいいのかもしれない。

 実は誰かが助けに向かっているとか、わざと嵌っているだけで自力で脱出出来るとかありそうだし、スルーした方がいいのかな。


「そこの人! 見てないで助けてくださーい!」


 どうしようと悩み始めたところでこちらの動きが見られなかったことにしびれを切らしたのか、沼に嵌っていた女性が助けを求めてきた。


 

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