29 大学での一幕
樹海ダンジョンの騒動から数日。今日は朝から大学での講義があったため、久しぶりに大学へ来ていた。
講義の割合が少ないとはいえ全くないわけではないし、ダンジョン学以外の講義も存在しているからそっちも出席する必要はある。
いくら実技で単位を取れたとしてもそれ以外の講義にも出席しないと卒業はできないからね。面倒だけどしっかり出席している。
「朱鳥。お昼はどうするの?」
午前最後の講義が終わり荷物をカバンにしまっていると、小学校からの幼馴染が声をかけてきた。
この子の名前は御影 陽彩。高身長、スタイル抜群。顔もかわいい寄りの美人さんのつよつよ女である。普段から髪を後ろで縛ったポニーテールは彼女の身長と相まって実に目を引く。そして私の身長コンプレックスを刺激し続ける女でもある。
この子も同じ学部に所属しているので、受講している講義はほとんど同じだ。なので、こうやって大学に来ている時は大体一緒にいることが多い。
「いつも通り学食で食べるかな。陽彩も一緒に食べる?」
家でお弁当を作ってくる余裕もないので、毎回昼を跨ぐ日は学食を利用している。
話を振ってきた陽彩に聞き返すけど、特別な用事がない限り毎回一緒に食べているので一応聞き返しているだけだ。
「うん」
いつも通りの返事を聞いたところで荷物をしまい終えたので席を立つ。
「何か今日、周りから視線を感じるんだけど、何かあったっけ?」
「え? いや、樹海ダンジョンのやつかなり有名だし、そのせいだと思うよ? 私も朱鳥が救助した人の配信アーカイブで見たし」
「それかぁ」
あれから数日経過しているから気にする人が減っていると思っていたんだけど、そうでもなかった様子。
正直配信に載るとは思ってなかったんだよね。撮られてるってわかったときは別にいいかって思ったけど、あの後私のSNSにコメントが多数届いていたし、ちょっと配信を切ってもらった方がよかったと後々後悔した。
まあ、過ぎたことだし今更何ができるわけでもないから諦めているけども。
昼食を取り終わった後、食休めに学食で適当に空いている席に座って次の講義までの時間をつぶす。
「本当に小食だよね朱鳥って」
「もうちょっと食べれたらいいんだけど、何やっても食べられる量増やせないんだよね」
大量にとは言わないけど、普通くらいに食事ができればもう少し体も大きくなれたんじゃないかと、自分の胃の小ささを少し恨めしく思う。
「まあ、その体ならあれくらいが適量なんだろうね」
「はい? なんて?」
「朱鳥は小さいから仕方ないよねって。ふっふ」
こやつ、今なんて言いました?
昔からそうだけど、ちょこちょこ人を刺すような発言をするんだよね、陽彩は。今もニヨニヨしながら私を見ているし、反応を見て楽しんでやがる。
これで私に近い体型だったらふざけんなお前も似たようなもんだろってポカ殴りで抑えるんだけど、陽彩って本当スタイルいいからな。どこぞのモデルかって感じの見た目をしているから反論も難しいし、身長差が結構あるから言い合いをしても姉妹に見られることが多い。当然私が妹で陽彩が姉である。
とは言え、むかつくものはむかつくので別の内容で言い返しておく。
「その見た目のくせに陰キャの内弁慶が何を言っているんですかねー。一人でも知らない人がいれば一言も話せなくなる人見知りちゃんがよー」
「うぐ」
陽彩は陽彩で、この見た目のせいで面倒なことが多かったのは長年の付き合いなので知っている。
だがしかし、だからと言って最初に喧嘩を売ってきたのはこいつである。言い返されたくなかったら、言い返されるようなことは言わない。それが常識である。
それをわかったうえで煽ってきたのであれば、煽り返されても文句を言う資格はないのである。
「あ、朱鳥ちゃんだって配信中にちっちゃいみたいなこと言われてもキレないようにしないとねぇ。あんな反応してたら面白がってつついてくる人が出てきちゃうって」
「ぐっ」
陽彩め、私の配信見てたのか。いや、見ていてもおかしくないか。配信を始めることは陽彩にも伝えていたし、見ない方が陽彩らしくないか。おちょくっては来るけど、なんだかんだ心配性の優しい子だしな。
「はあ、もういいや。次に同じようなこと言ってきたら解体スキル使うからね」
「え、なんで。そこまでのことは言ってないよね!? というかそれ使われたら私死ぬよ!?」
「大丈夫大丈夫。地上ならたぶん死ぬまでは行かないから。…たぶん」
「二度たぶんって言ったのがすごい怖いんだけど!」
地上で解体神のスキルを使ってもダンジョンの中と同じような触れた物を即解体するような効果はでない。
ポーションと同じように、ほとんどのスキルはダンジョンの中じゃないと本来の効果を発揮することができない。特に物理現象から外れる効果があるスキルはこの現象が顕著であり、魔法スキルや私の持っている解体神なんかがこれに該当する。
「よくて着てる服が解体されるくらいの効果しかないと思うから死ぬことはないはず。人が着ている服に試したことはないけど」
一応、解体神が地上でどのくらいの効果があるのかは試したことがある。地上でも人に直接使うのは怖くて試したことはないけど、洋服は完全にばらばらにできることは確認済みである。
「それ社会的に死ぬじゃん!」
「そうだね。まあ、本当にそんな状況になっても他の人に見られる場所ではしないから安心して」
「それもちょっと……ん? それって、二人っきりの空間で私が朱鳥に脱がされるってコトォ!? それなんてご褒びゃっ!」
「変なことを考えるな!」
バカみたいなことを言い出した陽彩の額を小突く。
「いたい。でもその通りじゃん」
「状況は間違ってないけど、嬉しそうに言われたらこういう反応になるのはおかしくないよね? 逆の立場になって想像してみ?」
「え? 私は朱鳥相手なら全然ありだけど」
「うわぁ」
そんなの全然私はありですが? みたいな表情で言われても内容が内容だからあまり嬉しくないのよ。
「んあ?」
「何、もしかしてもう時間?」
陽彩といつもと同じようなやり取りをしていると、テーブルの上に出していたスマホに連絡が入っていたことに気づいた。
「ううん、違う。誰かから連絡が来ただけ」
「そっか」
陽彩からスマホへ意識を移すと少しすねたように陽彩がつぶやいた。これもいつものことなので構わず連絡の内容を確認する。
「うーんああ、琥珀さんか」
「お得意さんだ?」
「うん、そう」
琥珀さんは私が依頼を受けるようになった最初期からのお得意様だ。他の人はギルドを通して依頼を受けているけど、この人は直接依頼を出してもいいと許可を出すくらいには懇意にしている人でもある。
「明日は桜島かな」
「忙しいねぇ」
採取依頼を受けたけど、採取を頼まれたものは近場のダンジョンでは取れないもので、国内だと桜島にあるダンジョンにしかない。そのため、依頼を達成するためには桜島まで行く必要がある。
ちょっと距離があるから日帰りは難しいけど、それを考慮して依頼費を上乗せしてくれるって書いてあるし、明日には早速向かうことにしよう。
「陽彩も行く?」
「え? 私も行っていいの?」
「さすがに陽彩の遠征費用は出せないし、行ってもやること少ないと思うけど」
「うーん。どうしようかな」
桜島のダンジョンは樹海ダンジョンと同じようにモンスターの出現数が少ないダンジョンだから、シーカーの陽彩ができることはあまりないんだよね。採取中に近づいてくるモンスターを警戒してもらうことくらいしかしてもらうことがないから、ついてきても手持ち無沙汰になるだけの可能性が高い。
「あ、それと配信もすると思う。琥珀さんが採取中の配信OKって書いてくれてたから」
「あ、じゃあヤダ。行かない」
「即決かい」
本当に陽彩は人と接するのが苦手なんだよね。配信なら直接人と接するわけじゃないんだから、多少マシだと思うんだけど配信するってわかった瞬間に即決するくらいには嫌なのか。
人見知りもここまで来ると今後相当苦労すると思うんだけどな。シーカーとして活動するにしても人と接することもあるし、実力もあるから卒業した後、社会に出れば初対面の人と会話する機会だって相当あるはずなんだけど。
いっそ無理やり配信に登場させてリハビリというか人前に出ることに慣らして、ちょっとでも人見知りを改善させた方がいいのかも。
「変な気、使わなくていいからね?」
私がそんなことを考えていると、何を察したのか少し真剣な表情でそう言ってきた。
「うーん?」
変なところで勘の鋭い陽彩である。とはいえ、やっぱり無理やり配信に出して、少しでも人なれさせた方がいいかもしれない。本気で嫌がったらさすがに止めるけど。
まあ、それは私がもう少し配信慣れしてからになるだろうけども。