24 別視点 煽られた結果
別キャラクター視点の話になります。次話は主人公視点に戻ります。
「ああ、くそ」
巨木にもたれかかり息をつくと同時にそう言葉を漏らす。
どうにかあのモンスターから距離を取ることができたが、その前に受けた攻撃により左足から鈍い痛みが常に襲い掛かってくる。
額に浮かぶ脂汗をぬぐい、再度周囲の状況を確認する。
さっき自分に襲い掛かってきたモンスターたちは樹の枝の上に逃げた自分を逃がさないように巨木の周りに群がったままだ。幸いあのモンスターは樹の上に登るような力はないらしく、自分がいる高さまでは追いかけてこれないようだ。
しかしまだ諦めていないらしく自分を下に落とすつもりなのか、いくつかの個体は自分が上った巨木に対して攻撃を繰り返している。このままだとそう遠くないうちにこの樹はモンスターたちによって破壊されてしまうだろう。
[だからさっさと引き返していればよかったのに]
[調子に乗ったやつは結局こうなるのね]
[ご愁傷様w]
「引き返しておけばって、お前らが煽ったからでもあるんだぞ。わすれたわけじゃないよな」
リスナーたちのコメントに乗せられて本来行く予定のなかった深層に潜ったのは確かに自分の責任だ。しかし、その原因の一部を作ったのはリスナーたちなのも間違ではない。
[ただのアンチの暴言に乗っちゃったのがよくなかった]
[ああいうのは無視しないと]
[平坂、まさかお前ここまでなのか?]
[アンチは無視しないと駄目よ]
「アンチのせいにすんな。お前らも面白がって一緒になって煽ってたのは聞こえてたんだぞ」
スマホから流れる自動読み上げの棒読みの音声に苛立ちが募るが、左足から伝わる鈍痛にいつものように強く言い返すことができなかった。
自分の声が普段の配信をしている時とは違うことにリスナーたちが気づいたのか、ようやく心配しているようなコメントが流れ始めた。
[これマジでまずい感じか]
[え?]
[何かいつもと違う気がするって感じた時点で戻るべきだった]
[リスナーのせいにスンナ]
「あ?」
スマホから音声以外の音が聞こえてきたので配信しているにもかかわらず、とっさにスマホに手を伸ばした。
痛みからうまく体が動かせず、スマホを落としかけ自分の顔が映ってしまったが、そんなこと気にする余裕もなく、スマホの画面に表示されていたギルドからの通知に目を通す。
[顔色マジでやばいじゃん]
[無理しても強引に突破した方がいいんじゃないか]
[それができたらとっくにしてるだろ]
[何か連絡か?]
「はぁ、今更おそいよ」
スマホに届いたギルドからの連絡に悪態をつく。
今自分が遭遇しているような状況がこのダンジョン内で少し前から起きているため、安全を確保するためにできるだけ早く地上に戻るようにという通知だったのだ。
[何かすまん]
[逆切れすんな]
[逆切れか今の?]
[面白がってアンチの煽りに乗ってすまん]
「お前たちに言ったんじゃないよ。ギルドの連絡が今更来たから文句言っただけ」
正直、今リスナーにかまっている余裕はあまりない。
勘違いさせて謝らせてしまったのは申し訳ないと思うが、精神的にも余裕がなくなってきたため強く否定することはできなかった。
[ギルドから連絡来たんか]
[俺たちに言ったわけじゃなかったんか]
[言われても文句は言えんけど]
[アンチそろそろどっか行ってくれ]
[救難信号出した?]
リスナーのコメントを見て自分の持っていた緊急信号発信機を使っていないことを思い出し、すぐに発信機を起動させた。
「使ってなかったわ」
緊急信号を出しはしたが、この信号を拾った他のシーカーが助けに来る可能性は低いだろうと思う。
今日、このダンジョンに潜る前、ギルドで伝えられたすでにダンジョンに潜っている人数が8人だった。深層まで潜っている自分のもとへ助けに来られるシーカーが果たしてその中にいるのかわからない。
それにこの緊急信号の発信距離がそこまで広くないことも懸念材料になっている。
[普段使わないと忘れるよな]
[使ってないとか余裕かよ]
[はよ誰でもいいから来い]
[深層に来れる人他に潜ってるんかな]
[救難信号だけじゃ不安だからギルドにも連絡入れとこ]
救難信号を発信してからそれだけ経っただろうか。どうすることもできず、ただチャット欄のコメント欄を眺めていたが、先ほどまで鈍痛がひどかった左足の感覚が鈍くなっていることに気づいた。
「…そろそろまずいな」
すぐに傷の確認をするため破けたズボンを割いて見てみると、とてもここから元通りに回復するような見た目ではなかった。
最初に確認した時は噛みつき傷のみだったが、今ではその傷の周辺が青黒く変色し、明らかに普通の傷では起こりえない変化が起きていたのだ。
最悪だと思いながらも今の自分にできることはほどんどない。
[まずい?]
[もしかしてさっき受けた攻撃、回復してないんか]
[ポーション持ってるだろ?]
[こんな時はケチらず使え]
「使ってる。使っても回復してないけどね」
最初は偽物でもつかまされたかと思ったが、購入先はギルドである。さすがに偽物の可能性はないはずだ。となればこの傷はポーションで回復できないタイプの傷の可能性がある。
ポーションは怪我を回復させるダンジョン産の素材で作られた回復薬だ。怪我であればほどんどの状態を回復することができる万能薬ではあるが、地上ではあまり効果が出ない特殊な薬である。
ポーションは怪我をしやすいシーカーたちにとって生命線とも言える治療薬で、これを持たずにダンジョンに潜るシーカーは存在しないと言われるほどだ。というか持ってないやつは自殺志願者がただの馬鹿くらいである。
そんなポーションを何度も使っているにもかかわらず、足の怪我は一向に回復している様子がないどころか徐々に状態が悪化している始末。
[回復してない? それ本当にポーションか?]
[偽物つかまされてて草]
[回復していないぽいけど、効かないからって使うのやめるのあかんぞ。ポーションが悪化を止めてる可能性はある]
「ポーションは使う。ただ、もう残りがこれしかない」
これまで、鈍痛が来るたびにポーションを使っていたので手持ちのポーションの残りが最後の1本まで減ってしまっている。これが尽きた後、自分の足がどうなるのか、足の具合を見た限り、足だけで済むのか。その判断がつかない。
[マジでやばい状態じゃん]
[本当に怪我してんのか? 演技でやばそうな表情して金せびろうとしているだけじゃね]
[演技でこの表情できるなら、シーカーじゃなくて演者目指した方がいいわ。顔もいいし人気出るやろ]
[ポーションで治らんってことは特殊毒か? 樹海ダンジョンにポーションがきかない毒持ちのモンスターがいるとは聞いたことないが]
「疑うなら見せてあげようか? モザイク必須な状態だけど本当に見たい?」
[グロはいらん]
[モザイク必須レベルって相当やばい状態では]
[馬鹿多すぎ。見せないための嘘に決まってんじゃん]
[アンチ消えろ]
こんな状況になっても居続けるアンチにむしろ感嘆する。さすがにほとんどのリスナーは心配するコメントを投げているのに、その中でも煽り続けられるごみ屑精神はさすがとしか言えない。
「視聴者ありえないくらい多くて草」
そしていつの間にか、自分の配信を見ているリスナーの数が普段の倍どころか10倍以上になっていることに気づいた。
普段ではまずありえない数字に乾いた笑が漏れる。
[視聴数の伸びが異常]
[やっぱりこういう配信になってると見に来るやじ馬多くなるな]
[確実に誰かが拡散しているのは間違いないが、悪質すぎる]
[対して有名でもないのにこんなに見てもらえてよかったじゃん]
[誤字ってるぞアンチ。拡散してんのお前だろ]
「チャット欄で喧嘩するな」
アンチの発言を皮切りにチャット欄に流れるコメントが荒れ始める。それを窘めるように言うが、その程度ではコメントの流れが落ち着くことはなかった。
「……これは切り落とした方がいいかもしれない」
再度左足に鈍痛を感じ、ポーションを使おうと左足を確認すると、先ほどよりも青黒く変質している範囲が広くなっており、さらにひどい状態になっていた。
ここでポーションを使ってしまえば足を切除した後の回復ができない。足を切除するなら今のタイミングしかないのは間違いなかった。
[え?]
[切り落とすってどこを]
[そんなやばいのか]
[もう少し待て助けが来るかもしれん]
[下手に待つよりもさっさと切り落とした方がいい場合もある。しかし平坂まだ若いんだよな]
[その年で片足は辛い]
これ以上足の怪我をこのままにしていたら駄目なことは感覚でわかっている。麻酔のない環境で自ら足を切除することに恐怖を感じないわけはないが、これが最後のタイミングであることは間違いない。
「やるか」
そう自分に言い聞かせるように言葉を発し、左足の太ももを荷物の中に入れていたロープを使って縛り足を切断するための剣を足に添わせる。
「え、うわっ!?」
そしていざ剣に力を入れようとした瞬間、体を預けていた巨木が大きく揺れた。
不自然な態勢になっていたため踏ん張りがきかず、とうとう巨木の枝の上から転がり落ちてしまう。その際、持っていた剣が手から転げこちてしまった。
「ガチでまずい」
幸い自分が落ちると同時に巨木も倒れたらしく、その太い枝が私とモンスターの間に入りすぐに襲われるという事態は避けられた。
しかし、落下した時に変な態勢で着地したのか、怪我をしていなかった右足をくじいたようで動かすと鈍い痛みを覚えた。
[これまずいでしょ!]
[平坂どこ行った!?]
[下落ちた!]
[画面真っ暗で見えん]
[今思いっきり揺れたぞ]
落下した時にスマホも手元から転げ落ちていたが、幸いなのか画面側が上向きの状態になっていたため画面の明かりですぐに見つけることができた。
「あー、もうどうにもならなそうだから最後の独り言」
スマホを拾い自分が映るようにカメラを私の方へ向ける。
「私が死ぬのは実力が足りなかったから。ダンジョンのせいじゃない。ただ、自分の実力に見合わない階層まで来て、勝手に死んだだけだから」
[気が早いわ!]
[諦めるのが早すぎる]
[まだ助けが来るかもしれないから諦めず抵抗してろ!]
[言ってることは事実だが最後まで抵抗しなさい]
[いや、今までと違う状況になったのは平坂のせいじゃないだろ]
スマホから自動読み上げの音声が聞こえてくるが、スマホを落とした時スピーカーに異常が出たのか、かなりがさついて聞こえるようになってしまっており、何を言っているのかはっきり聞き取れない。
スマホのカメラではうまく捉えられていないようだが、すでに樹と地面の隙間からあのサンショウウオ型のモンスターがこちらへ顔をのぞかせている。
足の遅いモンスターであっても、両足が使い物にならない私ではどうあがいても逃げ切れる状態ではない。
そして、そのモンスターが樹の下を潜り、徐々に私との距離を詰めてくる。後ずさりしようにも自分の後ろには先ほどまで背中を預けていた巨木の幹が横たわっており、これ以上後ろに下がることはできない。
これで終わりか。そう想い天を仰ぐが残念ながらここはダンジョンの中。地上にあるような空は存在せず、鬱蒼と茂る木の葉の間からは灰色の景色が広がっているだけだった。
「ふぅ」
さすがに自分の体が食べられる瞬間は見たくないので目をつぶる。しかし、少し待ってもモンスターからの攻撃が来ないことに疑問を感じ、薄らと目を開けて目の前の光景を確認してみた。
「間に合い、ました……か?」
目を開けて真っ先に視界に入ってきた光景は、先ほどまで目の前まで来ていたモンスターではなく、恐る恐るといった感じで私の顔を覗き込んでいた少女の顔だった。