21 異変
ギルドから出て樹海ダンジョンの中に入る。
このダンジョンは、上層が10、中層が20、下層が30、深層が13と合計73層で構成されている。他の深層を持つダンジョンに比べて割と少ない階層構成になっている樹海ダンジョンだが、このダンジョンの特徴は他のダンジョンよりも1階層当たりの広さだ。
平均よりも広いと言われている奥多摩ダンジョンと比べても、一階層当たりの広さが倍以上もあるため、階層の移動が面倒なダンジョンになっている。
一応、階層移動のための最短ルートは確立されているから、それに沿って移動すればいいだけなんだけど、やっぱり移動する距離が長いから面倒ではあるよね。
それで今回採取する琥珀苔と白磁竹の生えている階層は下層の15以降になっている。
ただ、ダンジョン産の植物は下の階層で生えているものほど質が上がるため、いいものを求めている場合はできるだけ下の階層で採取するのが基本になっている。
そして依頼の品はできるだけ質のいいものをと注文を受けているので、今日は下層の28~30当たりを目指して潜ることを予定している。
「相変わらず広い場所だよね。植物沢山でわくわくするダンジョンなんだけど移動が面倒だよね。足場もあまりよくないし」
樹海ダンジョンはダンジョンの中も外と同じように鬱蒼とした森が広がっているダンジョンだ。そのためルートが設定されていると言っても、足場がぬかるんでいたり、大樹の根が地面を這っているところも多く単純突っ走って移動することが難しいのだ。
できるだけ最速で上層、中層を抜け、下層に入ってしばらくしたところで少し違和感を覚えた。
「うん?」
何に違和感を覚えたのか、少し目を凝らしながら周囲を観察しその正体を探していると、下の階層に移動するための通路の端に生えていた植物が目に入った。
「あれ? この植物、下層には生えていなかったと思うんだけど、どうしてここに生えているんだろう」
ダンジョンに存在している動植物の生息地は基本的に固定されている。地上みたいな外来植物、生物が発生することは記録上ほとんどない。
「これまで来たときに見逃していたのかな。しっかり見ていたと思ったんだけど。まさか……」
ダンジョンの生態系が変動した記録は過去に何度かありはすれど、そこまで多くはない。
この樹海ダンジョンも最初のころに何度かダンジョンの階層数が増えたことで、中に生息しているモンスターや植物の生息場所が変わったことがあった。
しかし、こういう変化はダンジョンができてからしばらくの間だけで、ある程度時間が経つと起きなくなるものと言われている。
「いや、でもこのダンジョンが見つかってから5年は経っているし、ないと思うんだけど」
私の記憶している限りでは見つかってから時間の経ったダンジョンに変化、成長したという話は聞いたことがない。
そんなことが他のダンジョンで起きていれば話題になっているだろうし、ギルドの方でも注意喚起が行われているはずだ。
「でも」
この世界にダンジョンが発生してからまだ20年。そうたった20年しか経過していない。今まで記録がないからってそれがすべてとは限らない。むしろ今まで起こらなかったことが、起きてもおかしくはないんだ。
「うん。可能性が少しでもあるなら、ギルドへ連絡を入れたほうがいいよね」
そう判断して、スマホを使ってギルドへ連絡を入れる。
『はい、こちら樹海ダンジョン管理ギルドです。どうされましたか?』
「あ、すいません。今樹海ダンジョンに潜っている瀬良朱鳥です。ダンジョン内で異変を見つけ、連絡した方がいいと思って緊急で連絡をしました」
『……何かありましたか?』
私が異変を見つけたと言った瞬間、連絡を受けた職員の人の声色が少し真剣みを帯びた気がした。
どのような異変を見つけて、どうしてその判断したのか詳しく説明した後、それが私の見間違いではないことを確認した。
『連絡ありがとうございました。これから他に潜っている方たちに向けて緊急の通達を送ります。あなたも身の安全のためにできるだけ早くダンジョンの中から出てきてください』
「わかりました」
そう言って通話を切った。それとほぼ同時にスマホに緊急の連絡が届く。軽くその内容を確認して、スマホを腰につけているポーチの中にしまった。
「仕事が早いね。さて、私も目的の物を取ったらできるだけ早くダンジョンの外に出ないと」
一回地上に戻ることも考えたけど、この後またすぐに潜ってこれる保証がないので、依頼を受けているものだけ回収して地上に戻ることにした。
本当なら他の物も採取しつつ、依頼の物を採取する予定だったんだけど、これは仕方がない。
それと採取を予定していた28~30層では移動に少し時間がかかりすぎてしまうので、少し上の25層あたりで妥協して採取することにしよう。
そう決めて、私は下の階を向けて足を進めていった。




