9 戦うのは苦手です(対人に限る)
社長室の前に立ちそのドアのノックする。
「社長。朱鳥です。中に入ってもいいでしょうか?」
「入っていいわよー」
数瞬間をあけて社長室の中から何かを動かす音がした後、気の抜けたような返事が返ってきた。
こういう返事の時はあまり気を張らないように言われているので、社員としてではなく近しい親戚の感覚で社長室の中に入ることにした。
「入りまーす」
中から聞こえてきた返事に合わせて、私も少し緩めの返事を返して社長室のドアを開け中に入った。
「その辺、適当に座っていいわよ」
そう言って社長はデスクの上の書類を片しながらその近くにある椅子を指さした。その先にある椅子はいくつかあるのだけど、その全てに書類が乗っており、座れる状況ではなかった。
「これ、どかしても大丈夫?」
「大丈夫よ。どかしたのは別の場所にでも置いておいてね」
別の場所と言われても他に置けそうな場所はないんだけど、とりあえず一番載っている書類が少ない椅子の上を片して、その椅子に座った。
「あの配信。結構荒れているみたいね」
「え?」
これからあの動画についてどうするかを話し合うと思っていたのに、最初にそう言葉をかけられて困惑する。
それに私が調べたところではそんなところ見ていないのだけど、どこでそんなことになっているのだろうか。
「どんな感じで荒れているんですか?」
「か弱い女の子を餌にして脅迫犯を捕まえた悪質ギルドっていう感じね」
「そういうのは見た記憶がないんだけど」
そんな話題あったかな。切り抜き動画でそういう感じの物は出てこなかったのだけど。
「SNS上で荒れているだけだから、朱鳥ちゃんが確認したニーチューブではあまりこの手の動画は出ていないと思うわよ? あそこはこの手の動画は即削除されるから。あるなら他の動画サイトでしょうね」
「あー」
SNSはしていないからなぁ。動画も今回のことがなければ見ることはほとんどなかったし、ニーチューブ以外のことなら知らなかったのは仕方ないか。
「ま、内容はギルドアンチが煽ってそれを見た事情を知らない人たちが勝手に騒いでいるだけだし、ギルドが変な対応をしなければ数日も経てば話題にも上がらなくなるでしょ」
「だといいんだけど」
これって要は私が設定をミスったせいでギルド側に迷惑をかけたってことだよね? あの配信を公開状態にしていなければこんなことにはならなかったんだろうし。
昨日連絡が来たときはそんなこと一切言ってこなかったし、あの後にこの問題が広まったって感じかな。
「なんか自分が悪いみたいに思っている表情だけど、別に朱鳥ちゃんが気にするようなことじゃないわよ? 朱鳥ちゃんをあの役として採用したのはギルド側だし、ニーチューブの方もギルドが設定を人任せにしていたんだから、責任を感じる必要ないでしょ」
「そうかなぁ」
「そんなもんよ。それにギルドからすればあれが公開されたことで犯罪の抑止力になっているはずだから、公開されたことのデメリットってあまりないと思うわよ」
ああいうことをしているって知られていない方が犯人を捕まえやすいけど、そういうことをやっているって周知されていれば安易に犯罪をしようとする人は減るかも。どっちも一長一短って感じだけど。
「そもそも朱鳥ちゃんをか弱い女の子ってねぇ。あの動画を見てもそういってるのはどこに目ぇついてんだって話よね。どう見てもか弱くはないでしょ」
社長はあざける様に笑いながらそう言葉を出した。
「否定はできないけど、別に私戦うのは苦手な方だよ?」
「嘘おっしゃい」
「嘘じゃないよ!?」
本当に戦い、特に対人戦は得意ではないのだ。モンスター相手ならスキルを使えば簡単に倒すことはできるけど、あれは戦いとは言えないし。
「朱鳥ちゃん。毎回戦うのが苦手って言っているけど、去年一年モンスターを相手にして怪我したことってないでしょ」
「え、うん。まあ、確かにないけど、別にモンスターと戦っているわけじゃないし」
「はたから見れば普通に戦っているのよ。戦いじゃないって思っているのは朱鳥ちゃんだけよ」
私の持っているスキルの効果を知っていれば、戦っていないって判断されると思うんだけどなぁ。
「えぇ。だって、スキル使えば勝手に解体されるんだから、それは戦いとは言えないでしょ」
「モンスターに触れずにスキルが発動するならそうかもしれないけど、朱鳥ちゃんのは直接触れる必要があるでしょ。その触れるまで攻撃を見切ってかわしたり、動きを誘導したりいろいろしているんだから、しっかり戦っているって言えるわよ」
「そうかなぁ」
確かにスキルは触れないと発動しないから、モンスターから攻撃をかわしつつ工夫しているから、戦っていると言えなくはないかなぁ。うーん。
「それに対人戦得意じゃないって言っているけど、それって単純に加減ができないからでしょ? 朱鳥ちゃんって護身術かなり強いわよね? 昔の話でもしましょうか?」
「うっ」
どうなるかわからないからあのスキルを使うわけにはいかないし、私が覚えている護身術って基本とりあえず相手を無力化させるための物だから、加減とかできないんだよね。昔やりすぎてちょっとあったし。
「っと、話がそれちゃったわね。本来の話題に戻しましょうか。今日はあの動画のこととこれからどうするかの話し合いをしに来たんでしょ」
「いや、話をそらしたのは社長だよね」
「ははは、そうね!」
多分、私が少し気負っている感じだったから、少しでも気をそらすために適当に話しただけなんだろうな。