ep5.悪女に味方はいないのよ
あれから結局、私は離宮へと連れて行かれた。
専属の侍女は必要ないことを伝えると、少し不審がられたが、何とか承諾してもらえた。
「それでは、本日は旅の疲れを取ってごゆるりとおやすみください。後日は午前の間に皇帝陛下との謁見があり、午後からは皇后陛下とのティータイムとなっております」
一見すると無表情で淡々と仕事をこなしているように見える侍女の1人も、やはり隣国から来た悪女は怖いのだろう。
身体が固まって足運びが少しぎこちなかった。
「予定を教えてくれてありがとう。あなたも、私の部屋に入るたびにそんなに緊張しなくて良いからね。私はあなたに何かするつもりはないから」
「…!…かしこまりました…。失礼します」
自分が緊張していることがバレて焦ったのだろう。
少しの沈黙の後、侍女は部屋を後にした。
「…はぁ〜……、つかれた…」
誰もいなくなったところで、やっと貴族でいることから解放された。
唯一の安らげる時間だ。
本当はずっと魔導書を読んだり魔法の研究をしたりしていたいのだが、どうやら嫁ぎ始めは忙しいようだ。
特に魔法が好きと言うわけではないが、念の為というものがある。
その必要性と大切さは身に染みて感じている。
後日、侍女に支度を手伝ってもらいながら謁見の用意を進めた。
皇帝陛下が直々に会いに来てくれるようなのでソファに座りながら待っていると、外で待機していた侍女からドア越しに声がかかった。
「皇帝陛下がご到着されました、失礼してもよろしいでしょうか」
「ええ、お通しください」
私が許可を出すと、ドアはゆっくりと開かれた。
「先日はよく眠れたか」
「おかげさまで。こんなに良い場所をご提供頂きありがとうございます」
お礼を言うと、皇帝陛下は少しだけ目を見開いた。
すぐ元の顔に戻ったけど、あれは何の顔だったんだろう?
「眠れたのならよかった。茶はいらぬ。1つだけ其方に言っておこうと思ってな」
「なんなりと」
ここは、あの家とは違った。
思ったことをはっきりと言ってくれて、居場所自体はないものの、決して居心地が悪いわけではなかった。
「ここでゆっくりするのも何かに没頭するのも構わないが、国の印象を下げる真似はしないでもらおう」
「…陛下は、私がそんな真似をするとお思いですか?」
けれど、余裕あるフリをするのは、少しばかり疲れてしまう。
指摘する箇所など与えないよう、背筋を伸ばして完璧な所作で皇帝陛下に質問する。
すると、少し固まった後、皇帝陛下は応えた。
「どうだろうな。残念なことに、エヴァ嬢の噂は祖国から隣国まで届いている。今の態度を見ている限りとても悪女には見えぬが、皮を被っているだけかもしれん。来て1日目の貴方を信用するわけにはいかんのだよ」
とても平坦な声で告げる皇帝陛下はこの先も私に皇帝と言う立場の顔しか見せないのだろう。
であれば私も、同じように接するのみ。
「なるほど、確かにそうですわね。ですが、人質としての価値も、後々の死刑囚としての価値も、第一皇子殿下の婚約者としての価値と信用も、これから築いていきます。私は一応第一皇子殿下の婚約者なので、いくらでもチャンスはありますわ」
思っていたよりも余裕そうな私に驚いたのか、それとも私生児ごときの私に第一皇子の婚約者だと言われて腹が立ったのかは定かではないけど、目を細くしてこちらを強く見てくる。
やめてくださいよ。
そんな目で見られても事実なのだから仕方ないものは仕方ないではないか。
「…まあいい。……ああ、言い忘れていた。2ヶ月後、皇宮でパーティーを行う。エヴァ嬢の披露目も兼ねてな。必ずクラウスと出席しなさい」
クラウス…初めて知ったよ第一皇子の名前…。
「かしこまりました。皇帝陛下」
「…話は以上だ。」
こうして皇帝陛下との短かい会話は終わった。
お昼を食べて少し休憩し、今度はティータイムを皇后陛下と過ごす。
「あら、悪女という噂なのに約束事はしっかり守るのね?正直来ないと思ってたわ」
「約束は守るためにありますわ。それに、皇后陛下からのお誘いを破ることなどするはずがありません」
「ふふっ、思ったより可愛いところがあるのね。さあ、座って。ゆっくり話をしましょうか。まあそんなに話せないかもしれないけど」
「…失礼します」
皇后陛下の意味深な発言を頭の隅に置きつつ、私は皇后陛下の向かいに座った。
皇后陛下は一見おおらかそうに見えるが、後ろでゆらゆらと揺れている青色の魔力はあり得ないほど大きい。
ちなみに、この魔力は私にしか見えない。特異体質なようだった。
「貴女の好みが分からなかったから、取り敢えず色んなデザートを用意してみたのだけど、良かったら食べてみてくれないかしら?1番気に入ったものを教えてちょうだい。離宮に贈ってあげるわ」
「お心遣い感謝致しますわ。皇后陛下」
正直、このデザートのどれかに毒でも入っているのではと思った。
まさか数年ぶりに食べるデザートをこんなに警戒して食べなければいけない日がくるなんて思ってなかった。
1つ、また1つと食べていったけど、喉が乾くだけで毒は入っていなかった。
「どれもとても美味しくて決めかねます…、ですが…」
ラスク、ドーナツ、カステラ、クッキー、スコーンなどなど、本当にいっぱい並べてあった。
だけど1つ、気になるデザートがあった。
あえて私の目の前に置かれていたデザート…
「マシュマロを送ってもらえますか?」
「…!ええ、分かったわ。そうだ、良かったらそれ、飲んでちょうだい。きっと美味しいはずよ」
「ありがとうございます」
皇后陛下にお礼を言って飲むと、甘くて舌触りが滑らかな飲み物だった。
_バリーン!_
「…何を、お入れになられたのです…、皇后陛下」
そう、油断をしていた。
デザートが大丈夫だったから飲み物も大丈夫だなんて、安易な考えに至ってしまっていた自分の目を覚ましてあげたい。
この世界のどこにも、私の味方はいないのだと。
「そう睨まないで、隣国の悪女さん。私はね、この国も私のことも、どれだけ悪い印象を抱かれても構わないの。ただ、この国の民は幸せであるべきよ。だから、貴女は邪魔しないでね」
「…邪魔など致しませんわ。この毒は、忠告と受け取っておきます。…それでは、私は体調が優れないようなので部屋に戻らせて頂きますね」
「体調が悪いだなんて、心配だわ。早く戻って休んでちょうだい。マシュマロは部屋に送っておくわ」
「ありがとうございます」
心配するふりなんてしちゃって…
本当は私に消えて欲しいくせに。
皇后陛下の心情を理解しながら、私は痺れている足を何とか動かして離宮へと戻って行った。
最後まで読んで頂きありがとうございました!
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