06
◇
という経緯もあり、私は今、悪役として助かる術をこの変わり者の男と探している。
わけなんだけれど……。
「っ、回帰するなんて聞いてない……!」
「それ、前回も言ってたよ。ララナ」
赤く腫れた額を氷で押さえる私を見もしないロゼは、私の困惑なんて差して興味がないのか。くるくると人の髪を指先に巻き付けて遊んでいる。
「死を迎える度に、元に戻るのはどうしてなの!?」
「なんでだろうね」
「それにどうして、いっつもロゼだけは記憶を引き継いでるの!?」
「あはは、なんでだろうね」
なんでだろうね、ばっかり。
にこにこと笑っているこの男を睨む。仮にもこの国の王子様で、この世界の攻略対象の一人だろうに、どうしてそんなに能天気なんだろう。
「でもほら、ララナだってしばらくしたら思い出すじゃん。いろいろと」
「毎回、あんなハラハラを味わったあとで思い出したくない。出来るならもっと前から思い出したいのに……!」
「だけど、その度に俺が救ってるでしょ?」
彼を見ると、「それでよくない?」とにこやかにこちらを見るので、「ロゼも冷やす?」と氷の入った袋を差し出せば、「いや、いい。もう血も、止まったし」と袖で額を軽く擦った。
「ああ、でも。その氷が解けたら俺に頂戴ね」
「……一応聞くけど、どうして?」
「え? 前回集めたララナ関連のものも回帰でなくなっちゃったから、また一から集めないと」
顔色を一つも変えず告げるので、「あの……今回もまたやるの、それ……」と引き気味で聞けば、「うん、だって」と彼は当然のような顔で頷いた。
「きみに関するものは、例え髪一本だって捨て置けないよ」
「……ロゼって」
初めて、私がロゼに助けを求めたあの日から、彼はやけに私の物を集めるようになった。そういえば、ヒロインがロゼルートに入った時、すごい収集癖があったことを思い出したけれど、まさか私に対しても同じことをするとは思わなかった。
じっと改めて見つめると、彼は「どうしたの」と続けた。
「顔がよくなかったら、本当に残念で気持ち悪いよね……」
「あはは。ララナ、それも同じこと言ってたよ。前回」
笑いごとじゃない。
「とにかく、今回こそ、私の生存ルートを目指して、元の世界に帰らなきゃ!」
氷の袋を握り締め決意を表明すると、彼は軽い口調で「うん。頑張って」と言う。もっと、こう、言い方があるでしょう。と言いたいけれど、気分屋に何を言ったって無駄なので、もう何も言うまい。
「そうだ、私、一旦帰らないと……」
「なんで?」
「え……だって、ずっとお城にいるわけには……」
今も氷を借りるために食堂にいるけど、いつまでもここに隠れているわけにはいかない。ロゼが連れ出してくれたとはいえ、このままここにいたら本当に投獄されるかもしれないし……。
「いればいいじゃん。前回みたいに」
「え……」
前回みたい、って。
そういえば、前はロゼの部屋に……。
「や、やだ……」
「なんで?」
「だ、だってそれってつまり」
私は引き気味にロゼから離れながら、あからさまに警戒してみせた。
「ロゼの部屋にいるってことでしょう?」
「うん、そうだよ。てかなんで、離れたの?」
「絶対に嫌だから」
「えー、どうして?」
「どうしてもこうしても!」
ぎゅっと氷の入った袋を握り締めたら、ぴゅるるっと水が飛び出てしまった。
それを見ながら、ロゼは「ああ、勿体ない! だめだよ、ララナ。そんなに強く握っちゃ!」と変なところで焦っているから、どうしようもなかった。
「バレないようにするの、どれだけ大変だったか!」
「え、大変だった? 普通だったでしょ」
「普通じゃない! あれを普通というなら……」
わなわなと指を震わせて思い出す、数々の……。
「ロゼの趣味嗜好はおかしい!」
「失敬な。俺、一応王子様なのに」
「私が知ってる王子様は、あんなことはしません!」
「あんなことって?」
「例えば?」とわざわざ聞いてくるので、ぐっと言いづらい気持ちを押さえて、「だ、だから例えば」とぐしゃりとさらに袋を潰してしまった。
「そ、そうだ、思い出した。人のこと着せ替え人形みたいに扱ったでしょ、いろんな服を着せて!」
「それは、ララナがなんでも似合ったから。つい止まらなくなっただけだよ」
「ご、ご飯を食べようとしたら、全部あなたが口に運んできたし!」
「だって、ララナ猫舌じゃん。熱いものを零して火傷したら可哀そうだから、俺が冷ましてあげてたんだよ」
「で、出かけようとしたら、全部、あらかじめ物を買ってくるのも怖かった!」
「便利って言ってくれたじゃん。それに無暗に、追放された君が見つかるのはちょっとねえ」
私の手のひらからぽたぽたと、床へと水が滴る様を眺めながら「あーあ、全部零れちゃった」とちょっと残念そうに彼は告げていた。
「あなたが私を軟禁してるせいで、第二王子はついに狂って女装趣味に走ったんじゃないかとか、夜な夜な独り言が絶えないとか、お城で騒がれてたこと覚えてないの?」
「ああ、あったかも。そんなこと」
「そのあと、女を連れ込んでるって話になって、私が衛兵から追われることになったのも!」
全部、全部、ロゼの部屋に匿ってもらうという選択をしてから起こったことだ。
「んーと、あったっけ?」
「ありました! それから……!」
そこまで言いかけて、つい止まってしまう。そんな私を、ロゼは見上げながら立ち上がると「ララナ?」と首を傾げた。やばい、危うく面倒臭くなりそうなことを言いかけてしまった。
「どうしたの、それから何?」
「い、や。ごめん、なんでもな……っわ」
「何って」
ぐんっと腰を思いっきり引かれて、距離が近くなる。「聞いてんだけど?」とへらっとした顔をしつつも、その声に圧を感じる。
私はごくっと喉を鳴らしつつ、「あの、は、離してくれるロゼ……?」と体を押せば、「それから、ほら」と私に向かって背中を屈めた。
以前、ロゼを見たとき、目の色がピンク色のバラみたいで綺麗だなあ、さすが攻略対象、とか呑気に思った記憶もある。
だけど今や、その目にこうやって見つめられるだけで、冷や汗を掻くほど、言葉に迷うようになってしまった。
「なーに、ララナ」
選択を間違えれば、普通に殺してくるだろうこの男。
好感度が高かろうと、そうでなかろうと。本当に読めなくて恐ろしい。
「だ、だから、それから」
「うん」
「それから、その、途中から当たり前のようにっ」
ぐぐっと身体を押す力を緩めずに、私は身体をのけ反らせる。お蔭で首の筋が痛くなった。
「ちゅ、ちゅーしてきたじゃない!」
ここは外国かってほど、この男は挨拶代わりにキスをする。いやまあ、ここもある意味、外の国というか、ゲームの世界なんだけれども。
「え、しちゃだめなの?」
初耳なんですけどそれ、と言わんばかりに衝撃を受けているから、「た、たぶん、一回くらいは言ったことあるかもしれないけど」と注意するように続けた。