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04






「はい?」と首を傾げる彼らを無視して「さて」と彼は私の方を見ると、膝から掬い上げるようにして持ち上げた。


「わっ! ロゼ様!?」と驚く私を無視して、「さあ、行きましょう」と彼は長い脚を動かす。


「おい待つんだ、ロゼ!」と叫ぶユグオンすらも無視して、彼は衛兵の横を通り過ぎていき、そのまま廊下に出る。



「ま、待って、離してください、ロゼ様……!」

「様なんてつけなくていいから、気安く呼んでよ」

「あの、わたし……!」


 手のひらが震える。どうして、いきなり瓶を振り上げてしまったのかがわからなくて……。


「気にしないで。物語の強制力を侮るなって、いつも自分で言ってたの、忘れた?」


 廊下をすたすたと歩いて、月の光が差し込むバルコニーに辿り着いて、この人は私のことを下ろした。


「ああ、そうか。忘れてるんだった」


 月明かりに照らされる。花のように美しく輝く目が私の顔を映し出す。


 ぽたぽたと、彼の額から流れ落ちる血を眺めながら、私は一気に頭痛が増した。


 そうして、ふとバルコニーの手すりを視線に移せば、動悸までしてくる。


『どう? 信じてた相手にこうやって手をかけられる気分は』


 頭を過る声。それは間違いなく。


「それにしたって、痛かったな。瓶で殴られるのは」


 ロゼ様のものだ。



「反省した方がいいよ、ララナ嬢。もしあの場で俺ではなく、きみの妹を殴っていたら」


 ずきん、ずきん。


「また首を刎ねられていたかもしれないよ」


 頭が、割れるように痛くてどうしようもない。


 立っていることすらままならなくなってきて、ふらりと身体を動かして手すりを掴めば、彼が「ララナ嬢?」と首を傾げた。


 私ははあ、と息を深く吐き出して、思いっきり。


 ドコッ! っと。


「っ、った~~~!」


 石で出来た手すりに頭突きをした。


 「う、うぅ」と頭を押さえると、ロゼと同じように額から血がたらりと垂れてくる。


「は? ちょ、ララナ嬢……急に頭突きなんてして痛いでしょ。一体何やって……」

「ロゼ」


 額を押さえて、顔を上げる。すると、その目が少し大きく見開いて、私のことを見つめた。


「ごめん……私、もしかして、失敗した……?」



 ずきずきと痛む額。確かめるように彼を見れば、「ララナ……?」と確かめるように名前を呼び、私の両頬を掴んだ。


 む、っと唇が突き出るようにして上を向く私に、「まじ? 思い出したの?」と続ける。


「ひふぁひひふぁひ(痛い痛い)! ほほひはひははら(思い出したから)! ふぁふぁひへ(離して)!」

「……!」


 ロゼは感動するように目を輝かせると、私の身体を上から覆うようにしてぎゅっと抱き締めた。


「ああ、ララナ、ララナ、愛しのララナ! やっと思い出したんだね!」

「ちょっ、苦し……というか、血が、血がつく!」

「どうしようかと思ったよ。せっかくやり直したのに、このままきみが悪役として、人生を全うしたらと思うと!」


 ぎゅうぎゅうと痛いくらい抱き締められて、「っも、く、るし!」ともがいていたら、「ああ、ごめんね」と彼は素直に謝りながら、私の頭に頬を擦り付けた。


「また俺の手で殺さないといけないのかと思って、ちょっと焦ってたからさぁ」


 ほっとしちゃって、と続ける彼に、ぎくりとする。



 この男、ロゼ・フラムスは、この国の第二王子であり、R18ヤンデレ乙女ゲーム『月のトロイメア』でいう攻略対象の一人である。


 気分屋でつまらないことが大嫌いな彼は、味方と敵の間をころころ行ったり来たりするようなサイコパス代表の登場人物だ。


 ヒロインからしたら、攻略が難しいキャラクターで有名だった。


「聞いてる? また記憶が飛んだなんて言わないよね?」

「聞いてる聞いてる。だから退いてくれる?」

「あはは、冷たーい。そういうところ大好き」


 私の頭の上に頬を擦り付けるようにのせていたかと思えば、そのまま軽く離した。


 血に濡れた額を、前髪をかき上げるようにして拭うと、私に向かって小首を傾げる。


「そうだ。キスしてもいい?」

「は? そんなのだめに決まって……んっ」


 返事を待たずして、唇を噛まれる。


「なっ……っ」


 何するのと、文句を言おうとすれば、そのまま啄むようにして、深く塞がれた。


 あまりに性急で息苦しい。「んんっ」と抵抗の意味でその腕を掴めば、返事の代わりか、さらに覆いかぶさるようにして深いキスをされてしまった。


 絡みつくような舌先がようやく離れて、唾液が糸を引く。


 その様を息絶え絶えに見つめると、「ごめんごめん」と。


 しつこいキスとは裏腹に、あっさりとした口調で彼は謝罪した。


「ずっと待てさせられてたもんだから、我慢できなかった」


 甘く柔い声音で彼はそう囁くと、指の甲で私の頬を撫でてにっこりと微笑んだ。


 状況とは全くそぐわない涼しい笑みの隣、きらりと光る、その翠色のピアスに私は思う。


 このゲームに転生してすぐ、彼の手を取ったのは間違いだったに違いない、と。


「ララナ」


 名前を呼びながら、私の額を袖で拭い血の跡が残る額にキスをする。


 そうして、私の身体をまるで愛しむようにぎゅっと抱き締めると、彼は穏やかにこう告げたのだった。


「今度こそ俺とハッピーエンド迎えようね」








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