03
◇
パーティーとは、基本的にパートナーにエスコートされ参加するものだ。
私には婚約者であるユグオンがエスコートにつくと、誰しもが思っていた。
それなのに。
「えっ……! ユグオン様、クローネ様をエスコートされているわ!」
「どうして!? ララナ様がいらっしゃるのに!?」
ざわざわとざわめく周囲と共に、頭痛がどんどん増していく。
舞踏会の真ん中で立ち尽くした私に、クローネとの仲の良さを見せつけるようにしてやってきたのは、本来は私の婚約者であるユグオン・フラムスだ。
階段の上から、二人して私を見下ろしている。
「ララナ、ようやく来たのか」
彼の声を聞いたのは何週間ぶりだった。
「いつまでもお前が来ないから、ずっと白い目で見られるわたしとクローネの気持ちになるといい」
うんざりした口調で続けるユグオン。金色に輝く髪はこの国の王太子殿下の象徴で、私も幼い頃はその美しさに見惚れたことが何度もあった。
「だが、お前にそんな思慮深さがあれば、初めからこんなことを言わずに済んだのかもしれないな」
呆れたような声音。気づけばすぐ近くまでやってきた彼は、私をまるで敵のように睨みつけて、「今日は、この場を借りて言いたいことがある」と言い放った。
「ララナ、お前がクローネのことを好いていないのはわかっている。だが、彼女を苦しめるのはわけが違うだろう。公爵令嬢であり、わたしの婚約者としてこれ以上の名誉はないというのに、一体これ以上、何を望むんだ」
「クローネを、苦しめる……?」
一体何を言っているのかわからなくて、クローネを見る。彼女はびくりと肩を揺らして、隠れるようにしてユグオンの後ろに隠れた。
「ララナ・ティアベル」
ずきん、ずきん。と頭が、割れるように痛い。
「わたしはお前と、婚約破棄をし、正式にクローネ・ティアベルと婚約関係を結ぶことにした」
予定調和のようにざわめく周囲。ああ、何か言わなきゃいけないのに。
手が、勝手にワインの瓶を掴みそうになる。
私はこのあと、何をするんだっけ。クローネに向かって、この瓶を投げつけて、「この泥棒猫! そんな顔をして私を嵌めたわね!?」と髪を引っ張って暴れるんだっけ。そんなことしたら、尚更立場が危うくなるだろうに。
だけど、どうしてもそれをしたい、衝動に駆られそうになる。
「お前に足りないものは、愛らしさ、奥ゆかしさ、それから優しい心だ」
ユグオンの声を聞きながら、私はボトルを持った使用人につかつかと歩み寄って、それを取り上げる。
そして、私の足はクローネ向き、そうして近づいた後、「お姉様……?」と怯えるように見上げている彼女に向かってそれを振り上げた。
ボトルは割れはしなかったものの、激しく鈍い音が周囲に響き渡った。
瞬間、悲鳴が上がる。
はっとして前を見ると、額から血を流したロゼ様が「いたた」とそこには立っていた。
ゴトッ、と足元にボトルを落として、私は震える手のひらで口元を押さえた。
わ、私は……今、一体何を……。
ロゼ様、申し訳ありません、と言うべきなのに。
「あ、あなたまで……クローネを庇うのね……」
そう、流れるように口から出てきた言葉に、首を振る。
違う、こんなことを言いたいわけじゃない。
身体が勝手に動いてしまって、と言いたいのに。
言えない。口が全く、思うように動かない。
「ララナ・ティアベル! 貴様、クローネだけでなく、ロゼにまで……! 衛兵、この女を引っ捕らえろ! 地下牢へ閉じ込めておけ!」
ユグオンの命令に、衛兵たちが一斉に動き出す。すると、先ほど私に殴られた彼は「まあ、待ってくださいよ。お兄様」と手を上げた。
だらだらと流れる血は、その貼りついた笑みに不釣り合いで、見る人によっては少々不気味な絵面かもしれない。
「殴られたのは、俺なんですから。彼女の処遇は、俺が決めてもいいですか?」
「しかし、ロゼ……その女は!」
「罰を与えればいいんですよね。わかっていますから、黙って見ていてくださいよ」
腕を掴まれて、ボトルがごとりと足元に落ちた。思わず顔を上げると、涙が散るように落ちていく。
彼はその様子を見ながら「ああ、勿体ない」と私の目から軽く涙を拭った。
「ろ、ロゼ様! どうして……!」
クローネが叫ぶ。ロゼがゆっくりと彼女へ顔を向ければ、クローネはしまったとばかりに口を押さえて、「お姉様は、その、あなたを殴ったのに」と付け足した。
「手が滑っただけで、本気で殴ったわけじゃないから」
「でも、血が……!」
「何より」
ロゼが彼女を振り返って答える。
「俺は彼女に痛めつけてもらえるなら、それは本望なので」