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01








「どう? 信じてた相手にこうやって手をかけられる気分は」


 桃の花を思わせる淡い赤色の目が、微笑むように私を見下ろしている。


 耳にかけた少し長めの黒髪がさらりと下に落ちてきた時、私はいよいよ殺されると思った。


「これが、きみが恐れていた断罪イベントってやつかな。あってる?」


 バルコニーの手すりが背中に当たる。仰け反る私の身体は、今にも頭から真っ逆さまに突き落とされそうだった。


 涙目で彼を睨みつければ、さらに首を絞められて喉に爪が食い込んでいく。


 この最悪な状況から今すぐ逃げ出してしまいたいのに、息苦しさで頭が回らない。


「悔しい? それとももっと、頑張ればよかったって思う?」

「うっ、く」


 私の長い髪の毛が、後ろの空気に向かって流れ落ちる。


 顔を歪めてその人を見上げれば、彼の顔が恍惚と歪み頬を紅潮させた。


「その苦しくてたまらないって顔が、俺はずっと見たかったんだ」


 ぎりぎりと食い込む爪が、喉元を今にも掻き切りそうだ。


「だけど悲しいな。そんな顔は、きみがつまらない女に成り下がる前に見たかったんだけど」


 ああ、神様。いつになったら、この世界から逃れることができるのでしょうか。


「だからリセットしよう、ララナ」


 どうにもこうにも。


「殺してしまいたいほど、愛してるよ」


 私、ララナ・ティアベルは、手を取る相手を、初手から間違えてしまったみたいだ。




 ◇




「ララナ嬢、聞いてくれる? ここはね、『月のトロイメライ』っていう乙女ゲームの世界なんだって」


 十七歳の春。


 授業の準備に取り掛かっていたら、急に声をかけられた。


 顔を上げて目の前を見ると、黒髪と桃花色の目が印象的な男がそこにはいた。私は怪訝そうに眉根を寄せながら「えっと、あなたは……」と首を傾げた。


「ロゼ様ではありませんか。こんなところで何をしているのですか?」

「あ、俺のこと知ってるの? 嬉しいなあ。きみとの接触イベントは起きていないはずなのに、認知してくれているだなんて」


「すごいファンサだ」と続ける彼は、この国の第二王子ロゼ・フラムスで、私、ララナ・ティアベルの婚約者の弟だ。


 兄である第一王子、ユグオン・フラムスと違って変わり者で有名な彼とは、たった今まで会話すら交わしたことのない仲だった。


「ふぁんさ? 何を言っているんです?」


 よくわからない発言をしているところを見るに、やっぱり変人という噂は本当らしい。私は眉間にしわを寄せて、「声をかける相手を間違えていませんか」と続けた。


 すると彼は、ほんのり長い黒髪を耳にかけながら、「あー、そうだ」と何かを思い出したように呟いた。耳からぶら下がる翠色に光るピアスは、きらきらと光って、つい目が向いてしまう。


「あんまり急いちゃだめだよね、ごめんごめん。きみが警戒心強いタイプって知ってたのに、変なこと言っちゃって」


 にこ、と、愛想笑いに近い塩梅で微笑む。どこからどう見たって胡散臭いのに、そのやけに整った甘やかな顔と高身長があまりにも目立つからか。


 女性たちの殆どが彼に対して『黒薔薇の王子様』という謎のあだ名をつけて、きゃーきゃーと騒いでいるのは知っていた。これだけの外見なら、中身がいくら変わっていても構わないらしい。


「でもほら、あんまり時間がないんだ。ララナ嬢だって、さすがに問答無用で首が刎ねられるのは嫌でしょ?」

「首が……刎ねられる?」


 ますます理解できないという顔で彼を見る。幸い周囲には私たちの会話はぎりぎり聞こえていないらしく、「ロゼ様は、今なんとおっしゃったのかしら?」と不思議そうな顔をしていた。


「それは、どういった意味でしょうか」

「もちろん、物理的な意味でだよ」

「……ロゼ様、やはり相手を間違えています。どうして首など……」

「ううん、間違ってないよ。ララナ・ティアベル」


 私が使っている机にそっと手のひらを置く。その手の指には、宝石のついた指輪がいくつもついているので思わず目で追うと同時に、彼はこちらへ向かって身を屈めた。


「俺はずっと、きみに会いたかったんだ」


 頭上に影がかかる。顔を上げると至近距離で見つめられてしまい、思わず息を呑み込んだ。


 なんだか悔しい。誰かのペースに呑み込まれたことなんて、今まで一度たりともなかったのに。


「あ、会いたかったって……」


 どういうことでしょう……?

 

 すっかり困惑した私に彼はにっこりと微笑むと「とにかく、ララナ嬢」と言葉を続けた。


「今から、俺を好きになってくれないと」


 肌に触れるか触れないか。掠れるくらいの距離で、横髪をその指先で掬われる。


「きみをまた、殺すことになっちゃうかも」


 さらりとした柔い声音で、随分な物騒なことを言われた。


 この学園で、女性が放っておかない男、一位、二位に君臨するであろうロゼ・フラムスの口説き文句が、今の言葉だったなら心底がっかりだ。


「……失礼ですが、そのようなことを他のご令嬢にも言われるのですか」

「まさか。きみだけだよ、当たり前だろう?」


 冗談のような言葉を、冗談かどうかわからない口調で言われる。


 初めて、言葉を交わした相手に、どうしてそんな愛しそうな眼差しで、そんな奇妙なことが言えるのか一生、理解ができそうもない。


 きみをまた、殺すことになっちゃうかも、って。


 そんな顔で言うようなセリフなの……?


 大体〝また〟って……何?


 困惑したまま、今一度彼を見るとにっこりと微笑まれた。


 ……だめだ、きっとまともに相手にしていたら時間が奪われるだけだ。


 よし。金輪際、関わらないようにしよう。そう結論付けた私に。


「いいなあ、きみのそういう顔。懐かしいよ、困惑と呆れが入り混じったような表情……何度見たって、いいものはいい。最高だね」


 第一印象、奇妙奇天烈な口説き文句を述べた男、ロゼ・フラムスは、さらに理解不能なことを言って私を困らせてきた。な、何なの、この人。


「ちょ、ちょっとお聞きしてもいいですか、ロゼ様」

「ん? 何」

「わたくしたち、以前、言葉を交わしたことはありますか?」

「…………」


 彼は目をぱちくりとさせて、少し考えるように空を見上げて、そうして、こちらを再度見下ろして「ううん」と微笑んだ。


「ないよ、たぶん」

「……ですよね」


 たぶん、という言葉が引っかかるけれど、間違っていないわよね。


 改めて考えるように呟けば、彼は今一度「うーん」と考えて、小首を傾げた。


「でも、俺はきみのことをよく知ってるよ」

「お言葉ですが、それを口説き文句というなら大分不気味ですよ。ロゼ様……」


 引き攣った顔で呟けば、彼は「不気味……?」と目を丸くしたあと吹き出した。


「あはは! 確かにそうだ。違いない、俺は不気味かも」


 何も笑うことはなかったのに。


 困惑していると、「まあ、でも」と彼はにこやかな顔でこう続けた。


「他の奴に手をかけられるくらいなら、いつでも言ってね」


 ゆっくりと私の髪の毛を手のひらに掬い、まるで慈しむようにキスをして。


「きみはこの世界で、悪役にしかなり得ないんだから」


 やっぱり、理解しがたいことを言っていた。





ついに始めてしまいました、新たなお話……。こちらは息抜きで、ちまちまと書く予定です。ヤンデレ限界突破目指します。よろしくお願いいします。

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