へたれ悪魔王子は追放が嫌い~嫌いなので聖女の溺愛のついでに皆拾って幸せにします~
「アール第二王子。お前をジャーク公国に追放する」
王の間に呼び出された僕は、開口一番で父王陛下に追放を言い渡された。
正面の玉座には僕の父上であるカワウソ獣人の国王陛下と鹿獣人の母上。両隣にはライオン獣人の兄上と雲雀獣人の姉上もいる。
「……追放ですか」
うわちゃぁ。急に呼び出されたから何事かと思ったら。僕が追放されるのかぁ。
巷では、タダ働き同然でこき使ってた人を、無能だとか役立たずだとか言って追放するアレも、婚約破棄と同じくらい流行ってる。
うちにも何人か他国から追放された人たちが働いてるし。
あれって、大抵が追放する側の方が馬鹿なんだよね。
その人がいなくなってから、急に落ちぶれたり上手くいかなくなって自滅するんだもの。
逆に、追放された人はびっくりするくらい有能なことが多いんだよ。だからうちは率先してそういう人を拾うようにしてる。
ちなみに、他国の追放者をどうやって集めるかっていうと、各国に僕独自の情報網があるんだよ。
もともとはそんなつもりなかったんだけどね。
たまたま僕が拾った人が追放の当事者で、話を聞くとあまりに可哀想な境遇だったから。追放した側の自滅したギルドを言い値で買収して、追放された人たちの受け皿にした。
そのギルドの一つに情報ギルドがあったってわけ。使わない手はないでしょ。
追放された人たちはもともと働き者だし。拾われた恩を感じてもらえるし。ついでに他国の技術や情報も手に入る。いやあ、追放劇さまさまだね。
とまあ、それは置いておいて。今は僕が追放される側らしい。心当たりはすっごくある。
「お前が旧ジャーク王国から戻ってから早や半年が経つ」
「そうですね」
ちょこんと王座に腰かけた父上の声は甲高い。年齢に応じた渋みが出ないことが本人のコンプレックスだ。あと、足が短いから組んでも威厳が出ない。
母上からすると、それが可愛いらしいからいいんじゃないかな。僕も好き。なんか和むんだもん。
「お前にはジャーク公国の統治権を渡していたよな? なのに、まだ動かんのはどういう了見だ」
旧ジャーク王国で現在ジャーク公国はうちの国の属国で、なんやかんやで僕が統治権を持ってる。
なんやかんやっていうのは、まあ。僕の最愛の人で運命の番、聖女セシリアの婚約破棄劇にぶちっときて、さくっと滅亡させちゃったんだよね。
「動いていないわけではありません。指示なら出しております」
「ああ。聖女の育った孤児院への運営資金の見直し。それに伴った教会の予算増額だな。他にも裏で動いているのは知っている。しかし国滅ぼしの後始末はせねばならん」
ああ~、やっぱりね。
僕は、そっと視線を横に逸らした。
ちょっと言い訳して、悪あがきしてみたけど。全部把握されてるな、これは。
見た目可愛いし、普段は優しくて僕たちにメロメロに甘いけど。為政者としての父上は恐ろしく有能なんだよね。
「よってアール。お前を追放する」
牙を剥き出しにして、父上が王座のひじ掛け部分をぺしんと叩いた。
開けた口から覗く牙は鋭いけど、手はふにふになんだよね。小さい頃からあの手で撫でてもらうの好きだったなぁ。
「謹んでお受けいたします」
なんてちょっと現実逃避した僕はため息一つ。
渋々重い腰を上げた。
どっちにしろ、そろそろ行く予定だったし。
セシリアと離れるのが嫌で、ちょっと先延ばしにしてただけで。すぐ戻るつもりだからいいけどさ。
父上も僕に発破かけるために追放しただけだろうし。
いや待てよ。父上のことだから向こうで上手くやらなきゃ本当に追放するかも。そうしたらセシリアと離ればなれになっちゃう。
無理無理無理無理! さっさと片付けて戻ろう。
あー。でも、セシリアと離れるのはやっぱ嫌だなぁ。
****
ディビーナ王国から馬車で一ケ月。
やっとジャーク公国の王都の城壁が見えてきた。うん。この距離なら今日中には着くね。
「本当に大丈夫? セシリア」
僕は窓の外から視線を外し、向かいに座るセシリアの手を皮膜のない指でそっと握った。
一人で行くつもりだったんだけど、なんとセシリアも着いてきてくれた。すごーく嬉しかったけど、正直複雑。
うう。心配だなぁ。
無理してないかな。嫌な思い出が甦らないかな。傷つかないかな。
ジャーク公国はセシリアの母国だ。だから彼女の育った孤児院の人たちや、彼女を慕っていた人たちもいるけれど、虐げていたやつらも多数いる。しかも、数か月前に断罪されて追放された場所だ。
どちらかというと、いい思い出より悪い思い出の方が多い。そんなところにセシリアを連れて行きたくなんかなかった。
今までずっと大変だったんだから、もう辛い思いはさせたくない。出来るなら、ずーっと綺麗なものだけを見せてあげていたい。守ってあげたい。
体調の心配もあるしね。最近は食べる量も増えて、血色も良くなったし、ふっくらしてきたけど。長年の栄養不足と過労から、やっと回復してきたばかりだもの。馬車の長距離移動は辛いかも。
だから一人で行こうと思ったんだけど。ついて行きたいって言ってくれた。というか、連れて行って下さいませんか? ってお願いされちゃった。
ちょっと遠慮気味に僕の皮膜をちょんとつまんでさ。上目遣いのお願いだよ。
そんなの断れる? 無理。無理無理。断れないよ。
断れないどころか皮膜から伝わってくるセシリアの手の柔らかさと体温にのぼせちゃって、セシリアにびっくりされた。セシリアいわく、一瞬で真っ赤になったらしい。
セシリアは僕を撫でるのが好きで、僕も撫でられるのが好き。普段から毛並みをよく撫でてくれてるけど、こんな反応をしたことないから驚いてた。
うう、恥ずかしい。
だってさ。皮膜って毛に覆われていないから、体を撫でられるよりも直接的な感触がするんだよ。あまり僕の皮膜を触る人もいないから、慣れなくて余計に反応しちゃうというか。
うああ。恥ずかしい。
僕はコウモリの獣人だ。
僕たち獣人族は二足歩行の獣という外見。僕の場合はコウモリだから、腕や手足、しっぽまで全部黒い皮膜で繋がってる。
コウモリとの違いは、二足歩行だから背骨の形が違うのと、人族と同じくらいの大きさなこと、人差し指と中指に皮膜がないこと。
要するに二足歩行のでかいコウモリ。それが僕。
人族からすると不気味な外見なんだけど、盲目のセシリアは人を本質の色で視るから、こんな僕を綺麗だって言ってくれる。
「大丈夫ですよ。アール様がいて下さいますから」
「うっ」
心配する僕にセシリアがにっこりと即答した。笑顔が可愛い。
うわぁ。どうしよう。僕がいるから大丈夫なんてめちゃくちゃ信頼してくれてるよ。
無理無理むりむり。可愛い。
ずきゅんと心臓を撃ち抜かれた僕は、胸を押さえてうずくまった。
「どうしかしましたか」
急にうずくまったものだから、セシリアが慌てて僕の背中を撫でた。
あああ。セシリアが僕を心配してくれてる。そんなとこも可愛い。心配そうなその顔も可愛い。
ヤバい。可愛いすぎて死ぬかもしれない。死んでも本望だけど。
って、心配させちゃ駄目でしょ。
「ううん。何でもない」
なんとか息を整えた僕は、首を横に振って座り直した。セシリアと一緒にいると心臓が持たないかも。
そんなことをやっているうちにも、馬車は城壁に到着。門番に迎えられて、城に案内されていく。
城下を移動中、人族の国民たちは僕たちが興味深そう。
なにせコウモリ獣人が国家元首だもんね。
気になるよね。
馬車の中から手を振ると、わあっと沸いた。
「アール様、人気ですね」
「珍獣扱いなだけだと思うなぁ」
「そんなことはありません」
セシリアは嬉しそうにそう言ってくれるけど。にこにこ笑ってるセシリア可愛いけど。
人気というか珍しい動物の動きに喜んでるだけだよね。だってほら、やたら子供に指差されてるもん。大人たちの視線も生温かいっていうか。
あ。女の子と目があった。泣かれたぁぁ。うわーん。僕も泣きそう。
あー。嫌そうな顔の人や、ひそひそ話してる人もいる。
やっぱりでかいコウモリは怖いよね。分かってた。
****
「ようこそいらっしゃいました」
ジャーク公国の城に着くなり、やたらと笑顔の教皇に出迎えられた。でっぷり太った腹の中身は欲とお金かな。
教皇の後ろには各主要貴族と大臣たち。うん。力関係が大変分かりやすくて結構だよ。
「出迎えご苦労」
教皇と握手すると、僕の腕に回していたセシリアの手にぎゅっと力が入る。反対の手で、大丈夫だよ、と彼女の手を軽く叩いた。
ごめんね。セシリア。こういうの苦手だよね。
セシリアは生まれつき盲目だけれど、日常生活に不自由はない。なんでかというと、セシリアは人や物をオーラで視る。どこに何があって、誰がいてどんな動きをしているのかはもちろん、その人がどんな感情なのかもオーラの色で分かるんだ。すごいよなぁ。
だから僕はセシリアの前ではいつも丸裸。毛のないコウモリ。表情に出さなくても、毛で顔色が変わらなくてもセシリアには全部バレちゃう。まあそれはいいんだけど。
こういう腹の中どろどろの連中なんて、どんだけ汚いオーラしてるんだか。見えない僕でもうんざりなんだから、人の本質が見えるセシリアからしたらすごく不快だろうな。
だから連れて来たくなかったんだけど。こうなったらスパッといっちゃおう。
「ところで教皇。任せていた新政権の人事と財務だが」
「ええ。この私が信頼できる者を直々に選びましたとも! 収支報告書もこちらに取りまとめております!」
満面の笑みの教皇がぱつんぱつんの手を広げると、ぶるんと腹が揺れた。後ろの各主要貴族と大臣たちが、教皇に追随してうんうんと頷いている。
目星をつけていた人物が勢ぞろい。うんうん、余計な手間が省けて助かるね。
用意された収支報告書にざっと目を通す。こっちもよし。
「完璧だ」
「ありがたき幸せ!」
「あまりに綺麗にはまってくれすぎて、怖いなぁ」
「はい?」
ぽかんと口を開けて、もみ手した恰好で固まる教皇。どうでもいいけど、なんか余計に丸くて、樽みたいだなぁ。
「カーター」
「は!」
護衛名目で連れてきていた騎士団と、あらかじめ配備していたうちの騎士たちが、教皇と各主要貴族、大臣たちを拘束する。
「な、なぜですか!」
うわぁ。唾飛んだ。汚っ。
念のため、距離をとっといて良かった。
「いやいやいや。なぜって。セシリアに横領と賄賂の罪をなすりつけた癖に。逆になんで自分はお咎めなしだと思えたの」
王太子と公爵令嬢が仕組んだ、婚約破棄と聖女の資格剥奪。あの婚約破棄劇でセシリアにかけられていた、教会寄付金の横領と信者からの賄賂受け取りの嫌疑。実行犯はウェルズ侯爵令嬢だけど、当の教皇が関与してないわけがない。
それなのになんで僕が見逃すと思っていたのか。そっちの方が不思議だよ。
「い、いいいえ、あれは王太子殿下とウェルズ侯爵令嬢がやったことで。私に関係は!」
教皇がぶるぶると肉を振るわせてうろたえた。
王太子と国王夫妻、ウェルズ侯爵と侯爵令嬢を表舞台から引きずり下ろしたこと。統治権を持っているにも関わらず、僕がディビーナ王国から動かなかったこと。その二つから、完全に油断していたらしい。
やれやれ。半年間泳がせた甲斐があったというか。なんというか。お粗末だなぁ。
「ここにいる、君が任命した者たちだけど」
僕はため息と一緒に拘束された人たちを指で示した。
「君と個人的な取引があった者ばかりだよね」
新政権の人事を任せたら、まあ釣れた釣れた。裏で金やら権利やら飛び交う飛び交う。いちいち調べなくても活発に動くから、手間が省けたよ。
教皇から打診した者、教皇に擦り寄った者。彼らはもろに、横領の二重帳簿や改竄に加担したり、賄賂を渡した信者たちだった。
「ああ、裏取りはもう終わってるから言い訳はいらない。今提出してくれた収支報告書でばっちりだ」
獣人騎士に拘束され、青くなって震えている教皇たちに、収支報告書とオーウェンから渡された証拠書類をひらひらと振ってみせた。
「二重帳簿に改竄。不正のオンパレード。ここまでくると感心するよ」
やると思ったけど。教皇の用意した収支報告書と、実際の収支の違いがまー、えぐいね。
一回味しめちゃったもんねぇ。期待通りすぎて笑っちゃう。
「馬鹿な!! なぜ証拠が」
「二重帳簿と改竄をした場に獣人はいなかったのに、でしょ? 僕ら獣人は目立つから、目を盗みやすい」
くい、と熊獣人のカーターを顎で示した。
僕を含め動物の顔と体を持つ獣人は、人族の中で異質。特に熊の獣人のカーターは服を着こんでも人とは違う骨格が隠しきれない。
だから僕はあえてカーターを筆頭に、威圧感のある肉食獣の獣人を旧ジャーク王国に配備していた。不正を働くような後ろ暗い人間は、目立つ彼らを警戒するだろうから。いい隠れ蓑になる。
「残念。うちが持ってる人材は獣人ばかりじゃないんだよ」
ひらりと皮膜のついた手を振る。
本当はぱちんと指を鳴らしたいところだけど、僕の指は柔らかくて音が鳴らないんだよ。
とにかく僕の合図で、ぞろぞろと数人の人族の文官が入ってきた。
「属国になってから配備した獣人とは別に、送り込んでおいたんだけど。見事に気づかなかったね」
「アール殿下のおかげで昔より血色はよくなったと思いますが。こうまで気づかれないとは複雑ですな」
「な‥‥‥あ‥‥‥」
複雑そうに顎を撫でる白髪交じり中年の文官を見て、教皇がぱくぱくと口を開け閉めした。
「追放劇って知ってる? よく知ってるよね。君たちが当事者なんだから。でも駄目だよ。追放した人の顔くらい覚えておかなきゃ」
ウィルバー・クラフティ。彼はセシリアの断罪劇で、とかげのしっぽ切りをされた教皇の元秘書。病気の娘さんの治療費を盾に、無理矢理やらされていたのに、全部秘書が勝手にやった事だと断罪されて追放されたんだよ。酷いよね。
しかも娘さんの病気の治療なんて嘘。家族と一緒に着の身着のまま国から放り出されて途方に暮れてたから、セシリアと一緒に連れて帰った。
あの時は過労と心労でガリガリのぼろぼろだった。顔色も死人みたいに悪かったし。
今は表情も明るく立ち姿も堂々としたから別人に見えるとはいえ。元部下にも気づかないなんて本当に見下げる。
たとえセシリアのことがなくても許すもんか。投獄・極刑・追放。相応の罰を受けさせてやる。
「連れて行け」
「は!」
連行される奴らを文官たちが見送った。中には涙ぐんでいる人もいる。国籍は様々だけど、皆一度、いわれのない罪で追放された人たちだ。思う所があるんだろう。
彼らを冷遇した者たち全員に報いを受けさせてやることは出来ないけど、救いや希望の一つになってくれたらいい。
「さて。本当の新政権をはじめようか」
「「「はい」」」
新しい人事はもう済ませてある。もちろん、教皇の案とは別物。予算も組みなおしだ。教皇たちから財産没収したので、財源はたっぷりある。
信賞必罰。有能でやる気のある人には地位を。権力をかさに着る愚か者には罰を。
そのためには僕も頑張らないとね。
****
「セシリアお姉ちゃん、お兄ちゃん。もう帰っちゃうの」
可愛いなぁ。
名残惜しそうにしてくれる孤児院の子供たちに、僕はほっこりした。可愛いのはもちろんセシリアが一番だけど、子供たちはまた違う枠で可愛い。
「うん。だけどこれからはまた来るからね」
「ほんと!?」
「絶対だよ!!」
「うん。約束」
人よりも長い小指を差し出すと、あちこちから小さな小指をからめてくる。ああ、可愛い。
最初はギャン泣きしたり遠巻きにしてた子供たちだけど、帰る頃にはすっかり懐いてくれた。
孤児院の玄関先で、見えなくなるまで手を振ってくれた。僕とセシリアも、馬車の中から手を振り返した。
新政権の体勢もひと段落ついて、今日はセシリアの育った孤児院視察。非公式なんで文官は連れてない。
宮廷の方はオーウェンとカーターや新しく任命した文官たちに任せている。
「連れてきて下さってありがとうございました」
「お礼を言うことないよ。このために来たんでしょ?」
馬車の中、ほくほくとした笑顔でお礼を言うセシリアは今日も可愛い。ああもう、この笑顔を見られるなら苦労も苦労じゃなくなるね。
セシリアが聖女になったのは、貧しい孤児院の経営を助けるため。育ててくれたシスターたちや、セシリアの兄弟である孤児たち。僕とディビーナ国に来た後も、ずっと彼らのことを心配してた。
だから孤児院の経営の建て直しは優先して進めておいたんだけど。
孤児院は教会の管理下のある。院長を始め、孤児院で働く人はみんなシスターや神官。予想通り。セシリアの育った孤児院はもちろん、ディビーナ国の孤児院の全てが酷い経済状況だったからね。
「孤児院に来たかったのは事実ですけど、アール様と一緒にいたい方が私の目的ですよ」
セシリアがぷうっと頬をふくらませた。
「あ、ありがとう」
うわぁ。どうしよう。可愛い。
照れた僕はぽりぽりと、皮膜の張っていない指で頬を掻いた。
僕、また赤くなってるんだろうなぁ。セシリアの言葉はいつも真っ直ぐで、すぐ僕の心を射抜くから困る。
「アール様」
「ん?」
僕のエスコートで先に馬車から下りたセシリアが足を止めた。
どうしたのかな。
セシリアの白い手が頬に伸びてきて、下に引かれる。逆らわずにかがむと。
鼻先に柔らかな感触がした。
え?
あっという間にセシリアが数歩先に離れて、くるりと振り返る。
えええええ?
「えへへ。今日のお礼です」
ふわりと軽やかに銀髪を広げ、セシリアが笑う。照れたのかほんのりさくら色の頬も、控えめな笑みも、後ろに組んだ手も。
……突然のキスも。
全部全部。
僕の聖女は超可愛い。
イラスト:夏まつりさま




