雨と鞭
美芽留は人のお金で買い物をしているんだと気を遣うこともせず、俺から紹介された商品をどんどんカゴに放り込んでいった。少し満足そうに見える美芽留を見た俺は、渋々レジへ沢山商品が積まれたカゴを運ぼうとすると、美芽留に呼び止められた。
「それは私が会計を済ましておくから、千春くんは外で待っていてくれないかしら?」
「いや、別に構わないよ。沢山入ってるから重いだ────」
「ここは私に会計を任せて欲しいの。男性の千春くんが会計をしていたら、冷ややかな目で周りの女性達に睨まれること間違いなしよ。というか、睨まれて欲しいわ」
「最後のは余計だ。まぁ︙︙確かに美芽留の言う通りかもな。ここは任せた」
そう言って俺は、少し重たいカゴを美芽留へと手渡した。先程ああ言って心配をしてくれたのは嬉しいが、どんなに周りから冷たい目線を向けられようが、いつも美芽留に睨まれている俺はどうってことはなかったんだが。しばらくすると、商品が詰められた袋を手に持った美芽留が現れた。言うまでもないが、会計を済ませて帰ってきたらしい。後ろで先程の店員さん達が、親指を立てウインクしているし。グッ!じゃねぇんだよ。グッ!じゃ。
「付き合わせて悪かったわね。早速昼食を食べに行きましょうか」
「買い物に付き合わせたことに謝るぐらいなら、誘拐させてしまったことに対して謝って欲しいね」
「やれやれだわ。千春くんのその減らず口が、今日で終わってしまっていたなんて︙︙」
「過去形!?美芽留は未来人なのか!?」
「いいえ、火星人よ」
宇宙人だった。どうりで人に対する優しさが無い倫理観の欠如した暴言を吐くわけだ。
「昼食の場所は、千春くんに任せるわ」
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうが、さっきから俺に任せっきりだけど良いのか?」
「別にどうだっていいのよ。お腹を満たす事が出来るのなら、私は千春くんの手料理だろうが道草だろうが何だって食えるのよ」
「俺の手料理を、そこら辺の草と同じにするな」
そんなやり取りをしている間に、沢山の料理店が店を構えているグルメエリアに到着した。この膨大な数の店舗から、一つに絞り込むのは一苦労しそうであった。だが、この場合は色々なジャンルの料理が楽しめる店を選ぶのが最善だと判断した俺は、美芽留をその店まで連れていこうと考えた。
「美芽留、あそこの店に︙︙」
「︙︙」
美芽留は俺の呼び掛けに反応せず、アンティーク調の家具や観賞用植物が置かれたお洒落なカフェを揺れ動く瞳で傍観していた。
「美芽留!」
「!?︙︙千春くん、いきなりそんな大きな声を出したらびっくりするじゃない」
「悪かったな。行きたい店があったから、案内するよ」
そう言った俺は美芽留の手を握り、先程美芽留が見ていた「豆川珈琲」と言うカフェへと向かった。店に入ると店員さんが慣れた手つきで接客をし、テーブルへと案内してくれた。椅子に腰掛けた俺は、少し意地悪な笑みを美芽留に向けた。
「どうだ?結構良い雰囲気のお店だよな?」
「別に、普通よ」
「美芽留は素直じゃないな、本当は入りたくって堪らなかったんだろ?」
美芽留は喉元まで通っていたお冷を驚きで詰まらせ、むせこんだ。
「︙︙気づいていたのね」
「バレバレだよ。あんな、玩具を欲しがる子供のような表情をしてたら誰でも気づくよ」
「千春くんに気づかれたのは、私の人生において最大の汚点だわ。こんなの、賽の河原で積み上げた石を鬼に蹴られ続ける方がマシよ」
酷い言われようだった。だが、バレないようにしているのだろうが、冷静沈着な美芽留が忙しなく店内を見ている事が、何よりの喜んでくれている証拠だろう。だから、美芽留になんと言われようと、その姿が見られただけでも満足だった。
「さて、どんなのがあるのかな〜?」
早速、手前に置かれていたメニューを広げ、気になるものを探していった。数分考えた俺は、美芽留の方を見ると、真剣な眼差しでメニューと向き合っていた。なんとも微笑ましい姿であった。
「美芽留、決まったか?」
「あまり人を急かすのは良くないわよ、千春くん」
「美芽留にだけは言われたくない。『私は待つことがこの上なく嫌いなの』とか言ってたのは、美芽留じゃないか」
「︙︙うるさいわね」
どこか悔しそうに恥ずかしがっている美芽留は、意を決したように店員さんを呼んだ。
「すいません」
「はい、ご注文お伺いします」
「豆川ブレンドと豆川スパゲッティー、食後に窯焼きバニラスフレをお願いします」
「俺は、フルーツティーとオムライスとラザニア、食後に昭和のプリンをお願いします」
そう言い終わると店員さんは注文を聞き返し、確認が終わると厨房へと歩いていった。それを見送った俺は、キョロキョロしている美芽留に、ある提案を持ちかけた。
「まだ時間もあるし、午後も何処か見て回らないか?」
「ええ、良いわよ」
その会話の後、数分後に頼んだ料理が一通り届き、毒舌を吐かれながらも談笑(?)しながら食事を楽しんだ。食事を終えた俺達は、会計を済ませようとレジ前に並び、伝票を渡してから金額を店員さんから言い渡された。
「お金は俺が払うよ」
「千春くんは、ただ突っ立てればいいのよ。これぐらいの金額なら私が払うわ」
「まぁいいから、ここは俺にカッコつけさせてくれ」
「︙︙なら、仕方ないわね」
ようやく引き下がってくれた美芽留を先に店の外に出してから、パパっと会計を終わらせた。外に出ると、胸の前で腕を組み、ビシッと背筋を伸ばしている美芽留が呆れたような表情で店の前で待っていた。
「今後私を彼女に見立てて、優越感に浸るのはやめてもらえるかしら」
「おい、人の優しさに対してなんて物言いをするんだ」
「あら、性欲の捌け口にされるのかと思っていたのだけれど、違ったのね」
「当たり前だ、俺をなんだと思っているんだ」
「そうね、雨で濡れた私を見て欲情していた獣かしら」
「お、お前!あの時起きてたのか!?」
「ええそうよ。起きていたのだけれど、今にも襲われそうになっていたから、身動きが取れなかったのよ」
なんてことだ。これでは誘拐罪だけではなく、強制わいせつ罪のおまけもセットで付いてきそうだ。
「本当にすいませんでした!」
俺は恥を捨て、美芽留に土下座した。周りに見られることにも臆せずに。
「じゃ、私の買い物は全部千春くんのお金で買っても良いわよね?だって、カッコつけさせて欲しいんだものね?」
「︙︙払わさせてください」
美芽留よりも恐ろしい生き物などいないのだと、この時、体の奥深くにあるDNAにまで恐怖を植え付けられたのだった。