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第3話「車内」

 時刻が深夜になろうとしている中、俺は誘拐した女子高生を助手席に乗せ、車を走らせていた。いや、前文に述べた誘拐という言葉には、少し語弊がある。俺は誘拐をした覚えなどない。たまたまコンビニの前に座り込んでいた女子高生を助け、仲良くドライブを楽しんでいるだけなのだから。などと弁解をしてみたは良いものの、実に犯罪者らしい供述に仕上がってしまった。これは、前言撤回をする必要がありそうだ。やはり俺は、誘拐犯なのかもしれない。

 車内は静まり返っており、車に打ちつける雨の音が響き渡っていた。初対面の美芽留と会話をすることなく、沈黙という名の敵と戦い続けるには、少々厳しいものがあった。頬杖をつき、外の暗闇を見続ける美芽留に、しりとりをしようと提案をする。美芽留はこちらに視線を移し、分かりましたと頷くと、また外の暗闇へと視線を戻す。

「りんご」

 無事しりとりができることに安堵し、無難なりんごからスタートを切った。しかし、美芽留は乗り気で無いのか、すぐに返すことをせず、窓の外を眺めたままだった。気まづい空気が車内に流れ、俺は気持ちを紛らわす為にアクセルを深く踏み込んだ。エンジン音が重い音を立てて、音に集中させられる。通り過ぎる街灯の数は明らかに一本、また一本とすれ違っていき、美芽留がいたコンビニからは結構な距離が開いた。助手席に行儀よく座っている無愛想な囚われのお嬢様は、歪んだ嘲笑でこちらを見てきた。

「ゴリラ」

 いや、俺は決してゴリラではない。がたいが良いわけでもないし、意気ようようと胸を叩いて猿人類の仲間入りを果たす正式な手続きも踏んだ覚えはない。これは馬鹿にされているわけではなく、しりとりであることを忘れてはいけない。

 とは言いつつも、美芽留に侮辱された俺の心は、横のビルに描かれている落書きのようにぐちゃぐちゃになっていた。平常心を保つ為、しりとりを続けようと思考を巡らす。先程のビルに描いたであろうヤンキーの計らいにより、なんとかラリーを続けることができた。

「落書き」

 車の窓に激しく向かってきていた大雨の粒達は車体の表面をなぞりながら、風に乗って飛び立ち、いつの間にかにいなくなっていた。

 先程まで感じていた肌寒い感覚は今では汗ばむようになり、この暑さに対抗するべく冷房をつけて冷やしたいのだが、換気や冷房をつけたりなどをしてしまったら、美芽留の濡れた身体が冷えてしまうことは想像に難くなかった。

 今俺がすべき最優先事項は、俺の住むマンションまで辿り着くこと。そして、温かいふかふかな繭で美芽留を包み込むことだ。さながら蚕のようにタオルから顔を出し、クールな美芽留がくねくねしている姿を想像しただけで、ニヤつきが止まらなかった。我ながら面白いジョークである。

「千春さん、その絞ったあとの雑巾みたいな顔をやめってもらっていいですか? 馬鹿にされているみたいで、凄く不愉快です」

 敬語で罵倒をするのがお得意な美芽留は、蛇のような鋭い目つきで俺を睨みつけながらそう言った。

「おいおい、これが普段の顔だったら失礼じゃ済まされないぞ」

 でも実際に、美芽留を可笑しい状態にして馬鹿にしていたのは事実だが。そんなことを思いながら俺は、美芽留へ気になった呼び方のことについて話した。

「てか、千春さんじゃなくて、千春って呼んでもらって良いよ。これからは、ひとつ屋根の下で一緒に暮らすんだし」

 美芽留は、眉をピクリと動かした。

「ひとつ屋根の下という言い回しには不快感を覚えますけど、実際その通りだから仕方ないですね」

 美芽留は、不満のある声でそう言うと、ため息をついてから一言を放つ。

「これからお世話になります。千春くん」

「おい、千春くんじゃねぇか」

 予想外の君付けに、鋭いツッコミを入れてしまった。

「どうしました? 何か不満な点でも?」

「不満しかねぇよ。君付けやめろ」

 俺がそう言うと、美芽留はやれやれと呆れた態度を大袈裟に示した。

「他人に興味の無い私が、他人の名前をわざわざ覚えてあげているんですから、私のくだらない名前を覚えてくださりありがとうございますと、感謝の意を表するべきでは?」

「分かった分かった、美芽留の好きな名前で呼んでくれて構わないから、せめて敬語は使わないでくれ」

「︙︙分かったわ」

 彼女の威厳に満ちた態度には、どこか懐かしさを覚える。だが、俺には友好関係のある女性などいるはずもない。これは俗に言う、デジャブだろう。

 不意に美芽留が点けたテレビによって、俺は現実へと戻される。横目で美芽留が見ていたテレビを確認すると、テレビ界隈では人気のドキュメンタリー番組であった。

「誘拐するなんて最低ですよね。そういう人達は、死刑で良いんですよ。死刑で」

 司会者に誘拐のことについて振られた若手のアイドルの尖った発言によって、心臓がきゅっと引き締めつけられた。ただ、気分が高揚していなかったかといわれれば、そうでもなかった。

 ふと思い返してみると、中学生頃からだろうか、退屈な日常に何か変化が起こってくれないかと、期待していた自分がいたのは。異世界に転生してハーレム生活を楽しんだり、ある日を境に、裏社会の住人になったりと。もちろん、現実は厳しく、サラリーマンになるか、ニートになるかという選択肢しか待ち受けていなかった。だからといって、それを易々と受け入れる気にはならないというのもまた、人の運命なのかもしれない。

 俺は少し浮かせていた靴底をペダルに乗せ、アクセルを強く踏み込んだ。

 抜け殻となった大きなビルやショッピングモールに囲まれた交差点を抜け、高級住宅街へと侵入していく。夜遅くもあってか、住宅街全体に明かりは無かった。住宅街の奥に進んでいくと、ホームライフと書かれた緑の看板が目に入る。

 ホームライフとは賃貸専門の大手企業であり、ホームライフが所有しているマンションを、俺も賃貸していた。看板があった場所から一キロメートル先まで進むと、俺が住んでいる黒いモダンなマンションが見えてくる。辺りにある住宅もなかなかの値段だろうが、このマンションは倍の値段はするだろう。このマンションを見る度に、お金の面では両親に感謝している。

 マンションに設備されている駐車場に車を駐車し、エンジンを切った。駐車場の灯りがガラスから差し込み、隣でいつの間にかに眠ってしまっていた美芽留の顔を照らす。濡れた黒い髪に着いた雫に光が反射して、日本神話の天照大神を連想させた。自宅に着いたはいいものの、どうやって美芽留を起こすかが問題だった。起こさないように美芽留を担ぐという手段もあるのだが、起きた美芽留に罵声を浴びせられる様が目に浮かぶので、ここで起こしてから行くことにした。

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