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プロローグ

 八月と言えば、青い空に入道雲と照りつける太陽の日差しが差し込む、そんな風景を思い浮かべるだろう。だが、そんな風景とは正反対である曇天からの大粒の雨に打たれながら千春こと俺は、車をある目的地まで走らせていた。

「まだ着かないのかしら?」

「そうだな、もう少し掛かりそうだ」

 隣の助手席で退屈そうに頬杖をついている彼女は、カーナビで番組を鑑賞し始めた。

「それ、恋愛ドラマか?」

「何よ、別に私だって恋愛ドラマくらい見るわよ」

「別にそういう意味で聞いたわけじゃないんだが︙︙」

 俺の弁解を聞こうともせず、ドラマの山場であろうシーンを熱心に見入っていた。その様子を横目で見終えた俺は、視線を前に戻して信号機を目に入れた。信号機が青から赤に変わったのを確認し、停止線の手前で止まる。

「そういえば、俺たちが初めて会った時も、こんな大雨の中だったよな」

「ええ、確かにそうね」

 暇でついつい話しかけてしまったが、ドラマを見ながらでも彼女は答えてくれた。

「あの時は、物凄く怖かったのを覚えているわ」

「まぁ、確かにな。俺と出会さなかったら、一体今頃どうなっていたんだか」

 俺的には普遍的な日常会話をしているつもりだったのだが、彼女は眉を寄せて怪訝そうな表情をしていた。

「何を言っているのかしら?私が怖かったのは、私をあられもない姿にしようと強引に車の中に連れ込もうとした男がいたってことよ」

「俺じゃねえか!って、それは俺ではないっ!俺であって、俺でないものだっ!」

 彼女に頼まれた事を快くとはいかなかったが、その誘拐をしてという難題を引き受けた俺が、依頼主本人に貶されるのは納得はいかない。そのことを抗議しようと彼女の方に目をやると、頬を赤らめながら上目遣いで見上げてきている彼女が、おもむろに手を握りしめてきた。

「ひゃっ!!」

 何をするんだと問い詰める前に、恥ずかしさと驚きのあまり変な奇声を上げてしまう。その声を聞いた彼女は握りしめていた手を離し、ニヤリと口角を吊り上げた。

「まさに、鳩が豆鉄砲を食ったような顔ね。いや、この場合正しくは、千春くんがサクラを喰らったような顔ね、かしら」

「︙︙」

 彼女から意味のわからない言い回しがされ、揺れを均等に繰り返す振り子のように続いていた会話が、簡単に途切れてしまった。

「何よ、そんなに落ち込まなくたって良いじゃないの」

「いや、落ち込んでるってわけじゃないんだ。ただ、さっきの言い回しがどうも理解できないんだ」

そう言うと彼女は、少し呆れた表情で淡々と説明してくれた。

「あっけにとられてきょとんとしているさまの事よ」

「俺を馬鹿にしているのか?頭はいい方ではないけれど、それぐらいのことわざなら知っているよ」

「じゃあ、自分が私と同じ人間であると言うのなら、私が言うことわざの意味を答えていってくれるかしら?」

「ことわざが答えられなかっただけで、人間として認められなくなるのか!?」

「────では始めるわ」

「美芽留、まだやるとは一言も︙︙分かったよ、答えればいいんだろう」

いきなり始まろうとしている問題に心を落ち着かせる余裕なんてものはなく、固唾を呑まずにはいられなかった。

莫逆の友(ばくぎゃくのとも)

「︙︙」

夜遠目笠の内(よるとおめかさのうち)

「︙︙」

人口に膾炙するじんこうにかいしゃする

「︙︙」

「やっぱり、千春くんは馬鹿だったわね」

「いくらなんでも、難しすぎやしないか?」

「こんなの、千春くんと一緒にいることより簡単なことよ」

「────俺とは嫌々いたのか!?」

 何故俺は、こんなにも彼女から酷いことを言われなければいけないんだ。

「ところで、さっきの『サクラ』ってなんだったんだ?」

「︙︙」

 随分本題からそれてしまっていたが軌道を修正し、気になっていた単語について尋ねてみた。だが、彼女はすぐには答えようとはせず、どこか物欲しそうに横暴さが感じられる視線を向けていた。

「あのぉ〜︙︙?」

「︙︙」

 この時俺は、一瞬にして彼女が俺に対して求めていることがわかった。江戸時代の農民や町人が幕府に税を納めるが如く、それが当たり前であるかのように、すんなりと抵抗なく行った。

「この無知である私めに、貴方様のお知恵をお貸し下さいませ。サクラとは一体、なんのことなのでしょうか?」

「日本警察の現行拳銃の事よ」

「︙︙︙︙は?」

 俺は固まった。サクラという気品のある名前とは裏腹に、彼女から出るとは思えないような物騒な単語が飛び出したからだ。

「いやだから、拳銃よ。他にも、チャカや弾きなんても言うわね」

「︙︙ありがとう。もう︙︙十分だ」

礼を言われた彼女は先程と同じように頬杖をついて、外の景色を無機質に眺め始めた。

「俺の事、射殺したい程嫌いだったのか︙︙」

 信号機が青色に変わったことを確認した俺は、呆気に取られながらアクセルを優しく踏み込んだ。その様子は傍から見たらまさに、「鳩が豆鉄砲を食らったような顔」だったのかもしれない。

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