花火大会
高校二年生の夏休み、僕の地元の花火大会を見に、みんなが泊まりに来ることになった。
僕は中学の同級生に会うかもしれないから嫌だと言ったが、みんなでいれば大丈夫だとイガちゃんに説得されて、しぶしぶ承諾した。
四人も泊まりに来るなんて面倒がられるかなと思ったが、お願いしてみると母さんはとても喜んでくれた。
単身赴任中の父さんの書斎を片付けて、みんなが泊まれるように準備をしてくれた。
嬉しそうに準備する母さんを見ているうちに、何だか僕も楽しみになってきた。
当日、駅まで迎えに行くと、久しぶりに会うみんなは少し大人びて見えた。
家に着き、佐々木が
「これ、みんなで選んだんですけど」
といって、母さんに菓子折りを差し出す。
イガちゃんはまるで我が家のようにリビングのソファで寛ぎはじめ、その横では吉野が緊張した面持ちで床に正座している。
加藤はキョロキョロと部屋を見回して、
「イチヤの部屋も見せてよ」
と急かしてきた。
お前ら、個性出し過ぎだろ。
夕方まで僕の部屋でゲームをしたり、お菓子を食べたりしながらダラダラ過ごし、陽が落ちる前に花火会場へと向かった。
「楽しみー!」
佐々木がはしゃぎながら走り出し、吉野が後を追う。
僕は、誰か知っている人に会うのではないかと気になって仕方がない。
僕の浮かない表情に気づいたのだろう、
「イチヤ、手繋いでやろっか」
と言って、イガちゃんが僕の顔を覗き込む。
「やめろ」
僕が顔を背けると、
「イチャイチャすんなよ」
と、加藤がイガちゃんの背中を叩いた。
二人の笑い声を聞きながら、少しずつ気持ちが和らいでいく。
大丈夫。あの頃とは違う。今は、みんながいてくれる。
だから、きっと、大丈夫。
河川敷にレジャーシートを敷いて、みんなで寝転ぶ。
話しているうちに辺りが暗闇に包まれ、花火大会が始まった。
ドンッ
腹の底に響くような音を轟かせて、花火が打ち上げる。
こんな風にまた、友達と一緒に花火を見られる日がくるとは思わなかった。
毎日毎日、明日が来なければいいと願って眠りについていたあの頃。
二度と誰かと親しくなることはないと思っていた。
二度と、誰かを大切に思う日は来ないと思っていた。
夜空に咲き乱れる色とりどりの花火を見ながら、僕は気づかれないように涙を拭った。
家に帰り、母さんが作り置きした夜食のおにぎりを頬張りながら、順番に風呂へと入る。
女子には父さんの書斎に寝てもらい、イガちゃんと加藤には僕の部屋を使ってもらった。
疲れていたのか、イガちゃんと加藤はすぐに寝息を立て始めた。
なかなか寝付けなかった僕は、水を飲みに台所へ行った。
「イチヤ、わたしにもお水ちょうだい」
声をかけられて振り向くと、佐々木が立っていた。
「吉野は?」
「寝ちゃった」
水の入ったグラスを渡すと、佐々木はキッチンの椅子に腰掛けた。
「加藤と同じ部屋に出来なくてごめんな」
僕が言うと、
「いやいや、マユもいるのに加藤と私が同じ部屋とか、そっちの方がおかしいでしょ」
と佐々木が笑った。
「今日、全然二人で話せてなかったみたいだし」
「気にしないでよ。普段、しょっちゅう加藤の部屋で二人っきりになってるから大丈夫」
「親公認ってやつ?」
「そう。まあ、向こうの家は共働きだから、親と顔を合わせることはほとんどないけど」
「佐々木って親受け良さそうだよな」
「でしょ」
会話が途切れる。
僕は、ずっと不思議に思っていたことを聞いてみた。
「佐々木は加藤のどこが好きなの?」
佐々木は、ちょっと照れ臭そうに話し始めた。
「加藤ってさ、掃除当番の時、必ず最後にゴミをまとめて捨てに行ってくれるんだよね。あれって結構面倒臭いからさ、みんなあんまりやらなくて、ゴミ箱パンパンになるまで溜まってたりするんだけど、加藤は掃除当番じゃない時にも捨てに行ってる時とかあってさ」
全然知らなかった。
「何度目かに気付いたとき、聞いてみたんだよね。何でやってくれてるのって」
「そしたら、『俺の親父はごみ収集の仕事をしてるんだ』って言うの。『臭いし汚いから誰もやりたがらないし、感謝されるどころか見下されることもあるけど、世の中に絶対に必要な仕事だろ』って」
「だから、『必要なことなのに誰もやらない時は、出来るだけ自分がやろうと思ってるんだ』って言ってた」
話し終えると、佐々木は水を一口飲んだ。
「カッコいいな」
僕は心底そう思った。
「でしょ! イチヤなら分かってくれると思った!」
「誰でも思うでしょ」
「そんなことないよ。何で付き合ってるのって聞かれるたびにこの話するけど、全然伝わらないもん。分かってくれたのは、マユとイチヤだけ」
「イガちゃんは?」
「聞かれてないから話してない」
「そっか」
ちょっと沈黙が続いた後、佐々木が口を開く。
「で、イチヤはイガちゃんのどこが好きなの?」
「どこって……別に好きじゃないけど」
「またまた」
「いや、ホントに全然好きじゃないから」
「ふーん。でもまあ、イガちゃんてカッコいいもんね」
「カッコよくはないだろ」
「カッコいいよ」
「バカだし」
「でも、良いバカだよね」
「バカに良いとか悪いとかないだろ」
「あるよ。イガちゃんは良いバカで、木嶋は悪いバカ」
「……なるほど」
僕は妙に納得した。
佐々木が話を続ける。
「一年の学園祭で、加藤と木嶋って同じ班だったんだよね」
「へえ」
「加藤の班には調理器具の調達をやってもらったんだけど、重いし面倒だって、木嶋が文句言ってさ」
「あー、言いそう」
「で、他の班と担当変えろとかうるさかったわけ。どれ担当したって、それなりに大変なのにさ」
僕も、自分だけが大変だと感じていたことを思い出し、少し恥ずかしくなる。
「加藤はああいう性格だから、ちゃんとやろうぜって言ってくれてた。でも、それが気に入らなかったんだろうね。木嶋は加藤以外のメンバーに声をかけて、当日の当番をサボったの」
だからあの日、加藤しか来なかったのか。
「あの時、加藤を助けてくれてありがとう。木嶋だけじゃなくて、班の他のメンバーまで来なかったことが、加藤はショックだったみたいでさ」
「……」
「班の中には、加藤と仲良い奴もいたのに。普段からいじられキャラみたいな扱いだったから、みんなも面白がってたんだろうね」
「最低だな」
「だよね。その後から、それまでの仲間といる時、加藤はいつもつまんなさそうにしてた」
そう言って、佐々木はキュッと口を結んだ。それから思い出したように話を続けた。
「前にさ、イガちゃんが孤立してた時あったじゃん? あの時、加藤がすっごく気にしててさ。どうしようどうしようって言ってるうちに、気が付いたらイチヤとイガちゃんが仲良くなってたんだよね。そしたら、『良かったー!』って言いながら、『俺も二人と仲良くなりたかったー!』って悔しがってた」
佐々木は僕の方を向くと、
「だから今、イチヤやイガちゃんと友達になれて、凄く嬉しいんだと思う。二人といる時の加藤は、すっごく楽しそうだもん」
と言った。
「僕も、楽しいよ」
僕の言葉を聞くと、佐々木は優しく微笑んだ。
「じゃあ、私そろそろ寝るね」
そう言って佐々木は立ち上がり、グラスを洗った。
佐々木が部屋に戻った後も、僕はしばらく台所にいた。
窓から月を眺めながら、あの二人を『お似合いだ』と言っていた吉野の言葉を思い出した。あれは本心だったんだなということに、今になってやっと気が付いた。
夏休みが明けて秋が深まる頃、吉野が化粧をするようになった。
化粧と言っても、他の女子に比べたらずいぶん控えめなものだったが、元々が地味な印象だったせいか、明るく華やかな雰囲気へと変わった。
「吉野、可愛くなったよね」
とイガちゃんが面と向かって言うと、吉野は顔を真っ赤にした。
そういえば、吉野はイガちゃんに助けられたことがあったな。「五十嵐君のようになりたい」というようなことも、言っていた気がする。もし吉野が恋をしていて、その相手がイガちゃんだったとしたら。もし、二人が付き合い始めたら、今の五人で過ごしている時間はどうなるんだろう。
カップル二組と僕。どう考えても僕だけ邪魔になる。
出来れば、そんな日が来なければいいな、と思った。
しかし、その日はすぐにやってきた。
放課後、いつものようにイガちゃんと帰ろうとすると、
「ごめん、今日は吉野と約束があるから先に帰ってて」
と言われた。
「ごめんね」
と、吉野が申し訳なさそうに顔の前で両手を合わせる。
「あぁ、全然大丈夫。じゃあね」
そう言って、僕はいつもよりちょっと早歩きで駅へと向かった。家に着くまでの道のりが、やけに長く感じられた。
その日から、僕はなんとなく五人でいることを避けるようになった。
昼食を食べるとすぐに、読みたい本があるからと図書室へ向かい、バイトの面接があるとか、寄りたい店があるからと理由をつけて、なるべくイガちゃんとは帰らないようにした。
様子がおかしいと思ったのだろう。加藤と佐々木が、部活をサボるから放課後五人で遊びに行こうと言い出した。
僕は、またバイトの面接があるからと断って、一人で駅へと向かった。駅に着くと、ちょうど前の電車が行ってしまったところだった。仕方がないので、ベンチに座ってカバンの中に入れていたアルバイト情報誌をめくる。
本当にアルバイトを始めようかな。そうすれば、嘘の理由を考えなくてすむ。通学時間が長いから、平日にバイトをするのは正直キツいけれど、嘘をつき続けるのもしんどい。
ため息を吐きながらふと顔を上げると、息を切らしたイガちゃんがこちらへ向かってくるのが見えた。
「何やってんだよ」
僕が驚いて声をかけると、
「俺も、イチヤとおんなじバイトの面接受ける」
とイガちゃんが強い口調で言う。
「は? ていうか、みんなのところに戻れよ」
「イチヤが来られないって言うから、加藤と佐々木は部活に行ったよ。吉野は図書室に寄るって」
「お前も図書室に行けばいいじゃん」
僕が突き放すように言うと、イガちゃんは怒りのこもった声を出した。
「あのさ、言いたいことがあるならハッキリ言えよ」
「別にない」
僕はイガちゃんの顔から目を逸らした。
「嘘つくなよ! この前からずっと変じゃん!」
イガちゃんは本気で怒っているようだった。
僕も怒りが湧いてきた。
「お前だって俺に言ってないことがあるだろ!」
「え?」
「お前、吉野と付き合ってるんだろ!」
僕が叫ぶように言うと、イガちゃんは訳がわからないという表情を浮かべた。
「何だよそれ」
「だから、邪魔しないようにしてるんじゃないか」
「付き合ってねーよ」
「この前二人で約束があるって言ってただろ」
「吉野の相談を聞いてただけだよ。部活が終わった後、佐々木も合流したし」
「……」
「相談の内容は、俺から話すようなことじゃないから、知りたかったら吉野に聞いて」
「……別に、知りたくない」
「あっそ。で、勝手に勘違いして、一人で考え込んで、みんなに心配かけて、何か言うことはないわけ?」
「……ごめん」
「明日、みんなにも謝れよ」
「わかった」
僕は、恥ずかしさと安堵の入り混じった複雑な気持ちで、イガちゃんと一緒に電車へ乗り込んだ。
翌朝、態度がおかしかったことをみんなに謝ると、既にイガちゃんから話を聞いていたようで、
「思い込み激し過ぎ!」
と佐々木に笑われ、
「吉野がお前からイガちゃんを奪うわけないだろ」
と加藤に呆れられ、
「誤解させてごめんね」
と吉野に謝られた。
そして昼休みに
「ちょっと二人で話せるかな」
と、吉野から声をかけられた。
みんなと昼飯を食べた後、校舎の周りを吉野と歩く。二人きりで話すのは初めてだったから、少し緊張した。
「私ね、好きな人がいるの」
突然、吉野が口を開いた。
僕は恐る恐る訊ねた。
「……五十嵐?」
「違うってば。同じ予備校に通っている他校の人。ミキにしか言ってなかったんだけど、メイクをするようになってから、五十嵐君に『好きな人でも出来たの?』って聞かれて、相談するようになったんだ」
「あいつに相談しても、まともな答えなんか返ってこないだろ」
「そんなことないよ! 五十嵐君のアドバイスは、いつも的確だよ」
的確じゃなくて、適当の間違いじゃないのか。
「五十嵐君の恋愛観は参考になるし、凄いなって思う」
吉野が頬を染めながら力説する。
恋愛観……イガちゃんからは程遠い言葉に聞こえる。
「私の師匠だよ」
そこまで聞いて、僕は思わず吹き出してしまった。吉野がびっくりした顔でこちらを見ている。
「ごめん。吉野が本心で言っているのはわかってるし、それを笑っているわけじゃないから。ただ、普段の五十嵐のイメージと違い過ぎたからさ」
吉野がふっと微笑みを浮かべて聞いてきた。
「イチヤ君から見た五十嵐君ってどんな人?」
「適当で、図々しくて、カッコつけるのが好きな奴」
「それから?」
「バカで、空気が読めなくて、怠け者」
「悪口ばっかりじゃん」
吉野が笑う。
「だけど、凄く良い奴」
僕の最後の言葉を聞くと、吉野は足を止めてこちらを見つめてきた。
「仲良しなんだね」
「全然仲良しじゃない」
「五十嵐くんは、イチヤ君のこと大好きみたいだよ」
「そんなはずない」
「あのさ、花火大会の日、みんなでイチヤ君の家に泊まりに行ったでしょ?」
「うん」
「あれ、行こうって言い出したの、五十嵐君なんだよね」
「あー、だろうね。あいつ図々しいから」
「最初、イチヤ君が迷惑そうだったから、やめた方がいいんじゃないかなって言ったの」
吉野は僕から目を逸らさずに話しを続けた。
「そしたらね、五十嵐君が『イチヤの地元にも、良い思い出を作ってやりたい』って言ったんだ。『楽しい思い出をたくさん作って、嫌な記憶を塗り替えてやりたい』って」
吉野が温かな声で続ける。
「五十嵐君が、どれだけイチヤ君のことを大切に思っているか、少しは伝わった?」
「……うん」
「よかった」
吉野の長い髪が風になびく。
落ち葉を踏みしめながら、僕はいつのまにか緊張がほぐれていることに気が付いた。




