仲間
小林への態度を反省したイガちゃんは、三人で食事に行こうと言い出した。
小林にそのことを話すと、「カップルと私の三人で食事するなんて、どんな罰ゲームよ。私すっごい邪魔じゃん。絶対に嫌だよ」と言うので、加藤達との飲み会に誘うことにした。
「高校時代の仲間との飲み会?」
「そう。小林の話をしたら、会ってみたいって言うから、一緒にどうかなと思って」
「私の話って……」
「大丈夫。大学の友達ってことしか言ってないよ。僕が人と親しくなるのは珍しいから、興味があるみたい。気が進まなければ無理しなくていいから」
小林はちょっと迷っていたが、
「イチヤの友達に会ってみたいし、行こうかな」
と言った。
夏期講習中は、お盆の数日だけ休みが入るので、その期間に飲み会をすることにした。
加藤達とは、たまにメールや電話で連絡を取り合っていたが、直接会うのは久しぶりだった。
最後に五人で集まったのは春休み中だった。その場でイガちゃんが「イチヤと付き合い始めた」と交際宣言をしたため、僕は妙に気恥ずかしくて、それ以来みんなで集まる場には顔を出さなくなっていた。
「イチヤー!!」
僕とイガちゃんが小林を連れて店に到着すると、加藤が大きく手を振って僕を呼んだ。
「久しぶりだな! イガちゃんと付き合い始めてから、全然顔を見せなくなっちゃったもんな」
加藤が大声で言うと、
「そういうこと言うと、また顔を出してくれなくなっちゃうでしょ」
と佐々木が嗜めた。
「イチヤ元気そうだね。その子が小林さん? 私、佐々木ミキ。で、こっちが吉野マユ。それから、大声出しててうるさいのが、私の彼氏の加藤」
佐々木が相変わらずの面倒見の良さで、みんなを紹介する。
「小林サヤカです。イチヤと同じ大学で、五十嵐先生の塾でバイトしてます」
小林が緊張気味に自己紹介すると、
「サヤカちゃんね。同い年だから、お互い敬語はやめよ!」
と佐々木が親しみをこめた笑顔を向ける。隣にいた吉野も、微笑みながら小林に声を掛けた。
「私もサヤカちゃんって呼んでいいかな。あっ、イチヤ君、久しぶりに会えて嬉しいよ」
吉野は少し痩せて、なんだか綺麗になっていた。
「吉野、ますます綺麗になったね」
イガちゃんが言うと、吉野はやわらかく微笑んだ。
僕達は席に着き、ビールで乾杯してから近況を語り合った。イガちゃんは時々集まりに顔を出していたので、話題は専ら僕と小林についてだった。
「それにしても、よくイチヤと仲良くなれたよな。俺と佐々木なんか、最初の頃は話しかけてもほとんど反応してもらえなくて、心が折れそうだったよ」
加藤がボヤくと、
「確かに、イガちゃんみたいにメンタル強い人じゃないと厳しいよね」
と佐々木も同意した。
そこで小林は、きっかけになったゼミの飲み会での出来事を話した。
聞き終えると、
「イチヤ君、カッコいいよ!」
と、吉野が言葉に力を込める。
「そうだね。頑張ったじゃん」
佐々木も優しい顔で言う。
加藤は何も言わず、僕の肩にそっと手を置いた。
僕の馬鹿げた行動に、みんなが「間違ってない」と言ってくれたような気がして、僕は泣きそうになった。
「ちょっとトイレ」
僕は赤くなった目を見られないように、慌てて席を外した。
トイレから出ると、入口の前に加藤が立っていて、
「タバコ付き合って」
と声をかけてきた。
「吸わないんだけど。ていうか、席に戻って吸えよ」
「他のみんなが吸わないから、席じゃ吸いにくくて。あと……イチヤに話したいこともあるし」
そう言われて、二人で店の外に出た。
加藤はタバコに火をつけると、ゆっくり吸い始めた。
「イガちゃんとは順調?」
「まあ、いろいろあるけど、なんとか続いてる」
「そっか」
「お前らは? 将来結婚すんの?」
僕が訊ねると、加藤は煙を吐き出しながら、深いため息をついた。
「この前、佐々木の親に会ったんだ。長く付き合っているし、大学を卒業したら結婚しようって約束してるから、一度両親にも挨拶しておこうと思って」
「でも、行かなきゃよかったよ。交際も結婚も反対だって、はっきり言われた。俺のことだけじゃなくて、俺の親のことも気に入らないみたいでさ。親の仕事のことを馬鹿にされた。『ゴミ集めを仕事にしているような家に、娘はやれない』だってさ」
「何だよそれ」
僕は怒りがこみあげてきた。
「酷いだろ? 佐々木も怒ってくれてさ、親には二度と会わなくていいし、結婚式にも呼ばなくていいって言ってた。でも、そういうわけにはいかないだろ。佐々木にとっては大事な親なんだから」
加藤はうなだれながら話を続けた。
「佐々木のことは好きだし、もちろん結婚だってしたいと思ってる。だけど、どうすればいいのか分からなくなっちゃってさ」
加藤が再び深いため息をつく。
「付き合っているだけなら、自分達の気持ちだけを考えていればよかったけど、結婚したらそうはいかないじゃん。それに、俺は、親の仕事を馬鹿にした人間を、お義父さんって呼べる自信がないんだよね」
加藤の心の痛みが、僕の中にも流れ込んでくるような気がした。力になってやりたいのに、言うべき言葉が見つからない。
「ごめんな、こんな話して」
加藤は力なく笑う。
「僕こそ、何も言えなくてごめん」
僕は唇を噛みしめた。
「イチヤはさ、黙って話を聞いてくれるだけでも、俺に力をくれてるよ」
「そんなことないだろ」
「イチヤはあまり喋らないけど、俺たちのことを大事に思ってくれてるのは、ちゃんと伝わってくる。それに、イチヤはどんな時でも味方でいてくれるだろうなって、信じられる」
「僕も、加藤のことは信じられる」
僕が言うと、加藤は嬉しそうに笑った。
店の中に戻ると、小林達はすっかり打ち解けていて、女子三人で遊びに行く計画を立てていた。
「二人ともトイレ長すぎなんだけど」
僕と加藤を見て佐々木が笑う。
イガちゃんは、
「俺のイチヤと二人きりになるなよ」
と加藤に文句を言った。
「席外してごめんな。大丈夫だったか?」
僕が小林に声をかけると、
「ミキちゃんとマユちゃんが仲良くしてくれたから大丈夫。イガちゃんも優しかったし」
と弾んだ声が返ってきた。
「五十嵐先生」から「イガちゃん」へと呼び方が変わっていることに気付いて、二人の間にあった壁が取り払われたことを知り、僕は胸を撫で下ろした。
帰り際にイガちゃんから、飲み会の後で少し二人きりになりたいと言われた。
小林が「みんなと帰るから大丈夫」と言うので、駅まで送らずに店の前で解散した。
みんなの姿が見えなくなると、イガちゃんが僕の手を握った。
「人がいるだろ」
僕はふりほどこうとしたが、
「地元じゃないし、暗いから大丈夫だよ」
と言って、離してくれない。そのまま手を引かれて歩いた。
「加藤と何話してたの?」
とイガちゃんに聞かれて、
「いろいろ」
と僕は答えた。
「佐々木の親の話?」
「何だ、知ってたのか」
「二人がいない間に、佐々木もこっちでその話をしてたんだよ」
「結婚となると、二人だけの問題じゃないから難しいよな」
「そう? 結婚するのは二人なんだから、周りは関係ないと思うけど」
イガちゃんの言葉に、僕は少し苛立った。
「関係あるだろ」
僕が怒ったように言うと、
「じゃあ、イチヤは親に反対されたら俺と別れるの?」
と聞いてきた。
反対されたら……というか、そもそも知られたくない。母さんはイガちゃんのことを気に入っているが、それはあくまで息子の友人としての話だ。もし息子の恋人だと知ったら、どんなにショックを受けるだろう。だから、親には絶対に言えない。
「お前はどうなんだよ」
僕が訊ね返すと、イガちゃんは
「ちゃんと根回しするから大丈夫」
と自信満々に答えた。
その時、僕はイガちゃんのこの言葉を軽く聞き流してしまった。
夏の夜、繋いだ手は汗ばんでいたが、時折吹く風がとても心地良かった。




