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第三話「贋花嫁」  作者: 和泉和佐
8/18

背花嫁8

更新できました_(^^;)ゞ

―――――― 8 ――――――


「大丈夫?」

 おことが声をかけたが、おちよは返事をしなかった。あれから部屋の中に連れ帰ったもののすっかり意気消沈の様子である。

 夜は明けて陽も昇ったというのにおちよは一睡もせずに朝を迎え、朝餉に手をつけることもなく茶を一杯啜ったのみである。

「おつらいでしょうが、これからのことを取り決めませんと―――」

 雪之丞はその言葉を続けることが出来なかった。おちよがキッと顔を上げ、それをさえぎったからだ。

「近江屋さんには戻りません」

「おちよさん、でも…」

 菊弥の言葉にもおちよは頭を振った。

 おそらく今ごろは近江屋では花嫁が消えたと大騒ぎになっているだろうが今ならばしれっと戻ったところで問題はないだろう。近江屋彦四郎はそんな狭量な男ではない、というのが間近でみた雪之丞の判断である。それよりも伊勢屋の大おかみの方が激怒していそうだった。

「駒吉っつぁんが言っていたように、意に染まぬお人とは夫婦になりません。私、一生誰にも嫁いだりなんかしません」

 おちよはきっぱりと言い切った。どうやら駒吉が去り際に残した言葉をおちよはちゃんと聞いていたようである。

「では、伊勢屋さんにお戻りに…?」

 またしても菊弥が言い出すが、

「戻りません! それこそ今戻れば力づくで無理矢理にでも近江屋さんに嫁がされてしまいます!」

 これまたピシャリと言い返されてしまう。

 とにかくこんな様子で話にならないのだ。このまま家に帰れば近江屋に嫁入りさせられてしまう、それでは駒吉に申し訳がたたない、その一点張りだ。雪之丞たちはほとほと手を焼いていた。

 さらにはもう贋花嫁の依頼は果たしてもらったのだからと、すぐにでも出ていこうとする―――そういうところはキチンとしているというか―――しなくてもいいのにというか―――余計に厄介なのである。

 ともあれ、出ていくと頑なに主張するおちよを説得して引き留めた。今放り出したならおちよのような世間知らずの娘など、絶対にどこかで野たれ死ぬか身を持ち崩すかの二択である。無事ではすむまい。わかっていて『はい、さようなら』というわけにはいかないだろう。なにしろ(元)大名家の家老の娘が呆れるくらいの世間知らずである。ここを出てどうするのかと問いただしても、具体的なことを考えているわけでもなく、上方に出さえすればなんとかなると考えている節がある。駒吉が上方へ向かったと知って、何処かで会えるのでは…などと甘い考えもあるらしい。


 おちよが別室でようやく休んでくれたところを見計らい、

「困りましたねえ」

 雪之丞が言った。

「どうしたらいいでしょう」

 と菊弥もそっくりの思案顔。同じように眉を下げていると、本当によく似た兄妹である。にやにやと助三がそれ眺めているのが実にイヤらしい、とは文治の感想である。おちよがいない隙にと対策会議である。

「やはり家に帰ってもらうべきだと思いますが…」

 もちろんそれが正解なのはわかっている。そこを説得できないので困っているわけだ。

「―――本人は出ていかれるとおっしゃってますが?」

 もうめんどくさいからそのまま出ていかせてはどうかとの思いを込めて文治が言うが、

「あら、ダメよ。そんなことになったらあっという間に悪人どもにとっつかまって何処ぞの岡場所(非公認の売春宿)に売られてしまうわよ」

 すかさずおことが反対してくる。もともとおちよの無理矢理の結婚話に憤っていただけにおちよには幸せになってほしいのだ。当初ほどロマンチックな話ではなくなったが、だからといってバッドエンドでは寝覚めが悪い。

「へぇ…」

 文治は自分の意見をすぐに引っ込めたが、おちよの頑なな態度にいささか疲れ気味である。彼の話術をもってしても意見を曲げない若い娘という生き物には初めてお目にかかった文治なのだった。

「―――それにしたって―――これから何処でどう暮らしていくのか」

本人は商人の町である上方にさえ行けばなんとかなると思っているらしい、が、そんな甘いものであるはずがない。『生き馬の目を抜く』と言われるのはお江戸だが、大坂だって似たようなもの。いや、それよりもおちよのような娘が一人旅をしようものなら道中で雲助(くもすけ)(宿場や街道で駕籠かきや荷物運搬などに従事する人夫。駕籠に乗せた客が若い娘なら人目のない山中でいたずらを働くようなタチの悪い者も多かった)に手込めに(レイプ)されて身ぐるみ剥がされるのがオチだ。その後はまあお定まりの転落人生―――大阪に辿り着くことさえ出来ないに違いない。生きていればまだマシだ。

「巳之衛門のおじ様にお願いしましょう。どこか、おちよさんでも働けるようなところを見つけてもらえるように―――それに―――頭が冷えたら帰る気になるかもしれないし、ね?」

 結局のところ、家に戻るのがおちよにとって一番なのだ。それがわかっていてもおちよ本人がガンとして承知しないのであれば仕方がない。

 一先ずは大黒屋の帰りを待とう、という結論とも言えない結論におことは知らずため息をついた。父の惣右衛門から留守を預かった以上、上手く案件を解決しておきたかった気持ちをそっと宥めるように。

とりあえず大黒屋と惣右衛門が帰ってくるまではあれやこれやと理由をつけておちよを引き留めておかなければならない。おちよの頑なさを見るとかなり骨が折れるであろうことが予想されるのだが。

「では、引き続きおちよさんを何とか説き伏せることといたしましょう。頼みましたよ、助さん、文治」

「うへえ…」

「うぁーい」

 説得役は深山一座のモテ男・文治と立役者・助三の担当となる。嫌そうに頷いた。今回の件では何といっても花嫁にまで化けた雪之丞だ。その彼がやると言うなら仕方あるまい。

 おそらく雪之丞もおちよに同情したのだろう。

好いた男に操を立てて、なんて健気な。それにシンパシーを感じて動く雪之丞のなんて優しいこと。おことと菊弥は微笑ましくそれを見守った。

 決して、雪之丞がおことの『ね?』にめっぽう弱いからでは、決してない―――多分。


  


 さて、一方。

 近江屋および伊勢屋では大騒ぎである。花嫁が一夜にして忽然と消えていなくなったのだから当然であろう。家出、誘拐、駆け落ち、いずれにしても花嫁に逃げられた近江屋親族にとっては堪ったものではない。

 恥をかかされた、という思いもある。当然その矛先は伊勢屋に向かった。

 伊勢屋では近江屋の親戚筋から怒鳴り込まれ、仲人となった同業者からは執拗に問い合わせられ、すっかりと疲弊しきっていた。おちよの行動力を見くびっていた。以前はやいのやいのと文句たらたらだったが、婚礼が近づくにつれ大人しくなったと胸を撫で下ろしていたというのに、ひどい裏切りにあった気分である。伊勢屋の主人はげっそりとやつれ、御内儀はとうとう床についてしまったという。


 ―――という話はもちろん深山一座にも逐一報告はされているのだが、おちよにはまるで堪えていないようである。困ったものである。


 さて、それは婚礼の夜から二日ほど経ったある朝のことだった。

 一通の《投げ文》が伊勢屋にあった。

 いつもと同じように明けた朝。

 いつもと同じように丁稚(でっち)の小僧たちが慌ただしく店を開ける準備を始めている頃。

 奥では主人夫婦や離れの隠居夫婦が目覚める頃。

 朝餉の支度に働く女中たち。庭の掃除に勤しむ下男たち。

 誰もが忙しい、そんないつもの朝だった。

 汗を滴らせながら一生懸命に庭を掃いていた爺やは、名を佐平といってかれこれ伊勢屋に二十年以上仕えている。古株中の古株というわけだ。掃除を受け持っている伊勢屋の庭は広い。そろそろ老骨にはキツくなってきていた。もっとも汗が吹き出して止まないのは仕事のキツさだけではなく夏の暑さも合間ってのことである。早朝まだ空が白み始めて間もないというのに今日はバカに暑い日だった。まあ、その暑さも含めてキツくなってきた年頃なわけだが。

「よいせ」

 フゥッと息を吐き出しながら佐平は腰を伸ばした。大変な場所を前にちょっくら一休みをするのである。この時期は夏椿が満開なので、落ちた花の掃除は本当に大変だ。一日花という通り名があるくらい夏椿の花の落ちるのは早い。花の形のままボトリと落ちるのでお武家さまの家では好まれないらしいが、伊勢屋では涼しげな白い花の風情を大おかみが大層喜んで、庭の奥の塀際にずらりと植えられている。

 涼しげなのは姿だけで掃除をする佐平にとっては大汗の大敵だ。

(だが、まあ―――)

 伸ばした腰を左右にぐるぐると回しながら、『キレイなもんさな』と佐平は独りごちた。数日前に嫁に行ってしまった(そして駆け落ちしてしまった)小さな可愛いお嬢さんもこの花が好きだったなぁといささか感傷的になっていた。

 ちなみにおちよの駆け落ちへの使用人たちの反応は見事に二つに分かれた。すなわち、『なんてことを…』と心配する派と『あー、やったかぁ』と納得する派だ。前者は大多数が新しく入った者たちで後者は大抵は古参の使用人たちだった。もちろん、佐平は後者だ。古参の者たちはおちよのことはちっとも心配していなかった。確かにおちよの駆け落ち相手は大おかみたちが反対するだけあってろくでもない男なのだろう。だが、おちよは大おかみに本当にそっくりで、きっと最終的にはどうにかしてしまっているに違いない、そう思わせるのが伊勢屋のお嬢さんなのだった。どんな男だろうと尻ぶっ叩いてでも働かせるだろうと、佐平以下古参の使用人たちはみな思ってる。現に旦那も大おかみも嘆くよりもまず、行方を探させるために人を動かす采配を急いでいる。

 だから、佐平はいつものように自分のやるべきことをやるために、もう一度大きく腰を伸ばした。

 そんな時だ。

「…?」

 伸ばした腰を屈めて箒を手にした佐平は、夏椿の落花のすぐそばに落ちていた固く結ばれた手紙(ふみ)に気がついた。訝しげにそれを拾い上げる。

 カサカサと開かれる投げ文。

 中を見る爺や。

 佐平はこう見えても字を読むことが出来る。徳川さまが天下をとって戦乱の世も遠くなった元禄の今日(こんにち)ともなれば江戸町人の識字率はそれなりに高く(鎖国していなければ世界でもまれに見る識字率の高さだったらしい)、大店の下働きと言えど馬鹿には出来ない。それだけではなく、実はこの爺や、読み書きそろばんが標準装備だった。だから、あまりにも怪しい投げ文をそのまま母屋に持ち帰らずにその場で確認したのである。

 投げ文に書かれていた内容にサッと一読。

「ッ?!」

 カッと目を見開く。手にした投げ文がカサカサと大きく揺れる。

 佐平はすうっと大きく息を吸い込んだ。




「―――だっ! 旦那様ぁぁぁあああーーっっ!」





( ゜∀゜)人(゜∀゜ )オヒサー

亀更新、どころかミジンコ更新です。

ミジンコはぎりぎり肉眼で見えます。見えます、見えますよね? ね?

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