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第三話「贋花嫁」  作者: 和泉和佐
7/18

贋花嫁7

更新できました_(^^;)ゞ

―――――― 7 ――――――


 夜もだいぶんに更けた。そもそも近江屋で行われた婚礼が始まったのが夕闇迫る頃である。雪之丞が宴席を抜け出してきてからでさえゆうに二刻は経っているのだから、もうすでに真夜中、いや現代の感覚で言えば真夜中であろうが、江戸のこの時代においては夜の明けてくる寸前の最も闇が深い時刻であった。

 江戸時代の夜は真の闇だ。街灯は無く玄関灯などもない(そんなものの概念すらない)。陽が落ちれば人が出歩く時間ではないのだ。町内ごとに設けられた木戸も閉まる。もちろん、出歩く人間がまったくいないわけではない。だが、月明かりと手元の提灯の光だけで覚束ない足取りで道に迷いつつ木戸番に言い訳をしながら通行の許可を求めなければいけないわけで―――江戸一番の遊郭である吉原でさえ江戸初期には営業は昼のみだったというのだから、江戸の夜の様子というものも推して知るべしであろう。好き好んで出歩いているのは酔っぱらいか後ろ暗いことのある奴だけなのだ。

 そんな夜の夜中になっても駒吉がやってこないのであるから、待つ身の不安というのはとてつもなく大きかった。その不安がピークに達したおちよが、腰を浮かした。外へ行こうとしたのだ。本人は表で待ちたいだけと言うが、許可はできない。

 その代わりというか、おことが声をかけ雪之丞と助三が家の周囲の様子を見に行くことになった。来ると言った者が来るのだったら表で待っていようが快適な室内で待っていようが同じことだと思うのだが、心情的にはわからないでもない。


 雪之丞と助三は外へ出ると適当に周囲の様子をうかがった。

「………」

 闇を透かして見るも特に怪しげなこともなく、ぐるりと周囲を見回って戻ろうかと歩き出したところ、

 ヒタヒタヒタ

 小砂利を踏みしめる足音が聞こえ始めた。小さく聞こえるそれは、まっすぐとこちらに向かってきているようであった。

「………」

 無言でお互いに目を合わせコクンと頷く二人。雪之丞は『ふ』、と提灯の火を吹き消した。夜とはいえ、月の明かりも星の明かりもある。完全に見えなくなるわけではない。だが、物陰に身を潜ませればまるで存在していないかの如く気配を消すことのできる二人であった。

 提灯の明かりも足音と同時に近づいてくる。迷いない足取りは提灯のお陰であろうが、それでも夜道に相当慣れていると見ていい。

 徐々に大きくなる明かり。ぼんやりと人の輪郭が浮かび上がる。男だ。

「………」

 物陰に潜む二人は微動だにしない。

「…ハァ」

 男は家の前までやって来ると足を止めた。木戸の(かんぬき)を確かめるためか提灯を持ち上げる。明かりが顔に近づく。

 駒吉だった。

 (かんぬき)が掛けられていないことを確認しつつも、駒吉はその戸へ手を伸ばすことを躊躇するような様子で、敷地内を密かに窺うように首を伸ばした。

「………」

 助三と雪之丞はすぐに声をかけることはせずにその様子をじっと見つめた。

 駒吉は敷地内に人の気配がないことを確認すると、中へ訪問を知らせることもせずそっと、極力音をたてないようにと配慮された小さな動きで木戸を押した。

 その瞬間―――

 物陰に潜んだ雪之丞と助三は互いに目配せをした後で、

「オイ」

 と助三が言った。声をかけられた駒吉は、

「ッウワッヒャッォォイ!!」

 よほど驚いたと見え奇声を発して飛び上がった。

「何をしている」

 低く威嚇するような助三の声はさすが立役者らしくよく通った。

 駒吉はすぐに贋物屋の仲間の一人だと合点(がてん)したようで、

「って、なんだ、脅かしっこなしですよ」

 軽口を叩いてきた。存外に太い男である。

「遅かったですね」

 雪之丞が暗がりから言葉をかければこちらにはまだ気づいていなかったらしく一瞬、ビクッと身体を揺らしたもののすぐに何でもないように振る舞った。

「あ、いや、それが、そのぅ、ですね」

 何やらモゴモゴと言い訳を始めた。

「―――おちよさんが待っていますよ―――さ」

 暗闇の中、唯一の光源は駒吉の持つ提灯の明かりのみ。こんな場所でいつまでもいるよりも待ちかねているおちよに知らせるべきである、そう思って雪之丞は駒吉を促した。

「あ、いや―――それがその…」

 腕を捉えてくるような動きを見せた雪之丞の手を拒絶した駒吉は、ゴホンと咳払いを一つ。

「行けやせん」

 咳払いの後でも逡巡するような様子であったが、意を決したかきっぱりと言った。

「―――あっしはご存知のようにやくざです。こんな男がおちよみてえな普通の娘と一緒になれるわけはねえ。はなっからわかってやした。けど……」

 駒吉はそこで辛そうにいったん言葉を止めた。

「ですから、あっしはこのまんまおちよには会わずに江戸を出ようと思いやす。上方にでも行って一旗揚げて、そうすりゃあおちよを迎えに―――」

 もう一度言葉を切る。

「いや、おちよを縛り付けるようなそんなことはやめときやしょう。―――ただ、おちよに伝えておくんなせえ。意にそまぬまま、助平親父と夫婦(めおと)んなるのだけはやめてくれってね。しあ…ウッ…幸せになっておくれ、と―――」

 そこまで言って駒吉はくるりと(きびす)を返した。タッと駆け出したその背中を、助三と雪之丞は引き留めなかった。

 ガタン!

 音がした。

 振り向いて見れば、おちよだった。後ろから提灯を掲げた菊弥が追いかけてくる。おちよ自身は明かり一つ持たずに急いで駆けつけたようだ。おそらくは最初に駒吉が発した奇声で気づいたのだろう。

「駒吉っつぁん! 待ってッッッ!」

 声を限りにおちよが叫んだ。一瞬、足を止めた駒吉。だが、彼はそのまま振り返ることなく去っていった。

「こまきっつぁん! こまきっつぁぁぁーん!!!」

 おちよは叫んだ。何度も何度も駒吉の名を呼ぶ。しかし、闇の中から駒吉が再び現れることはなかった。

「こまきっつぁぁぁーん!!!」

 おちよの悲痛な声だけが夜を切り裂いていた。



 

 雪之丞と助三が肩を並べて駒吉の消えた闇の先を見つめ―――




 二人同時に、シラケたようにその肩をすくめた。




( ゜∀゜)人(゜∀゜ )オヒサー

亀更新、どころかミジンコ更新です。

ミジンコはぎりぎり肉眼で見えます。見えます、見えますよね? ね?

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